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63.雪国育ちじゃないのに雪下ろしができるわけがない


 王都に迫りくるガシャドクロを討伐した私たち三人は、パステルの背中に乗って、リヴィエーラを目指していた。


 大きな川を越えると、湿原の上空を灰色の分厚い雲が覆っていた。

 間もなく雪が降って来たので、用意していた毛皮のローブを羽織る。


「寒いですね。確かに冬ではありますけど⋯⋯普段リヴィエーラは、こんなに雪が降る場所では無いんでしょうか?」


「雪がちらつくことはあるが、積もったという話は私は聞いたことがない」


「積雪が想定されていれば、街の構造もそれ用に設計されていたはずだ。それが壊れたと言うことは、そうではなかったようだな」


 ブラン様とアッシュ様は教えてくれた。


 街の中心に近づくにつれ、雪が深くなり、視界が悪くなって来た。

 夏には見えていた綺麗な池と草、夜明けの花も、真っ白な雪に覆われている。


 水色の彫刻のようだった街も、雪に覆われていた。

 深さ40センチくらいはあるだろうか。

 膝下くらいまで積もっているみたい。


 街のみなさんは、シャベルを使って、建物の入り口の雪を退けたり、屋根の上の雪を下ろしたりしている。


 損壊されたのは、お店の屋根らしく、上から大きなシートで覆われていた。

 雪の重みに耐えられなかったんだろうな。

 

「パステル、あの辺りに降ろしてくれない?」

 

 セルリアン様の部屋の近くに降りると、毛皮のローブを羽織ったセルリアン様が、精霊たちに指示を出していた。


「アッシュ、ブラン、セイラ君、ご苦労。神託のことは聞いた。街の状況は見ての通り。積雪の原因は不明。アズール王国の民の安否も、残念ながら不明だ。一つ分かったことは、神殿の入り口が再び開いたということ。僕が以前一人で攻略した神殿だ。とは言え、まずは街の状況が落ち着かないことには、僕はここを動けない」


 セルリアン様は淡々と状況を教えてくれた。


「先ほど王都には、妖怪という魔物が大量に押し寄せて来て、私たちはそれを退治してから、ここに来たんですけど、こちらにはそういう生き物は現れていないんでしょうか?」


「そうか、王都でそんなことが。しかし、今現在、魔物の目撃情報は、僕の耳には入っていない」

 

「そうですか」


 妖怪が現れたせいで、天候も狂ったと考えるのが自然なんだけど。

 雪を降らせる妖怪⋯⋯とか。


 まずは、街の人の安全と、生活環境を整えるのが第一ということで、雪かきと雪下ろしを手伝うことになった。

 


 シャベルを借りて、まずは屋根の雪を下ろしていく。

 このシャベルも、降雪の備えのためにあったわけじゃなくて、数が足りないから、みんなで交代で使っているらしい。

 

 今は、私とブラン様、アッシュ様で、住居の屋根の雪下ろしをしている。

 セルリアン様は精霊たちと、上下水道の凍結状況を確認して回っている。

 他の精霊術師の精霊たちも、素手で雪かきを手伝ってくれているみたい。


 パステルは、本来の大きさに戻って、ウサギのように走りまわったり、雪に体をなすりつけたり、嬉しそうにしている。

 最近は閉じ込めている時間も長かったし、今日も既にたくさん働いてくれていたから、気分転換になるといいけど。



「それにしても、この作業はかなり体力が要りますね! 火属性の魔法使いがいれば、あっという間に溶かして貰えたりするんでしょうか?」


 まだまだたくさんある住居の雪下ろしをした後は、道の雪かきもしないといけない状況に、絶望しているのが本音だ。


「どうだろうな。この量の雪を溶かせるレベルの炎を出せば、先に街全体が燃えるかもしれないな。とは言え、何か手っ取り早い方法があると良いんだが。今日これだけ雪下ろしをしても、明日にはまた積もっているんだろうし」


 ブラン様は困ったような顔で笑った。

 街が燃えるのも恐ろしいし、また明日もこの作業をしないといけないのも恐ろしい。  

 

「アッシュ様はさすがですね? みるみる雪が無くなっていきます!」  


 黙々と作業するアッシュ様は、まるで二倍速で動いているかのようだ。


「移動速度上昇を使っているからな。だが二人がこれをすれば、先に身体が壊れるだろうから、俺だけでいい」


 本当にアッシュ様は二倍働いてくれていたんだ。

 このお方は特別タフな身体をしているとは言え、私もへこたれている場合じゃないか。

 

「こんなことなら、元の世界にいる時に、もっと雪国の生活について、情報を集めておくべきでした。私が住んでいた地域は、雪がほとんど降らない場所だったんですけど、知り合いの中には、毎年冬になると雪が積もる地域に住んでいる人もいたんです。大人の身長くらいの雪が積もることもあったそうで、一階の玄関が埋もれて使えないから、二階にも玄関がある家に住んでいたそうです」


「そんなに雪が積もる場所があるのか⋯⋯⋯⋯」

「そのような状況下で、どうやって人々は暮らしていたんだろうな」


「そうですね⋯⋯私が知っていることと言えば、まずは合掌造りでしょうか。両手を合わせたような形の屋根の民家で、屋根の勾配(こうばい)が急だから、雪下ろしの作業軽減効果があるのと、豪雨の時も水はけが良いのが特徴と習いました! あとは、一部の地域は融雪装置といって、地面を通ったパイプから地下水が噴射されて、積もった雪を溶かしたり、道の凍結を予防したりという効果があるとか。あと、凍結防止といえば塩を()くとか⋯⋯」


 なんとか記憶を呼び覚まして説明する。


「セイラ君。君は今、地下水と塩と言ったのか?」

「わ! セルリアン様!」


 気づいたらセルリアン様が屋根の上に立っていた。

 いつの間に⋯⋯


「はい。地下水の方が、少し温度が高いらしいですね。あと、塩のお陰で水が凍る温度が、0度より低くなるとか⋯⋯」


「とある精霊術師たちが水を使い、屋根の雪を流そうとした結果、一軒は屋根が崩壊。三軒はそこまで至らずとも屋内が水浸しとなった。また、ある精霊術師が道の雪を流そうとした結果、雪が凍り転倒事故が多発した⋯⋯そうか。地下水程度の温度で済むなら、僕の精霊たちなら生成可能かもしれない。それに、塩なら腐るほどある⋯⋯塩なら腐ることはない」


 セルリアン様はぶつぶつ言いながら、他の精霊術師のみなさんと話をしに行った。



 その後、セルリアン様の精霊たちが、一斉に道路に散水を始めた。

 精霊たちは、まるでアイススケートでもしているかのように、右へ左へ移動し、時には回転しながら水を撒いていく。

 

 するとみるみる内に雪は溶けていき、流れ出た水も、精霊たちの身体に巻き取られるようにして回収された。

 これが伝説級精霊術師の力⋯⋯


 仕上げに道路に塩を定期的に撒いて、一旦は生活可能なレベルとなった。


 屋根の雪だけは、濡れると重みで建物が壊れる可能性があるので、今回は手作業で雪下ろしをすることになった。 

 一度下ろしてしまえば、あとは常時水を流せば大丈夫そうだ。


「はぁ〜これで終わりが見えそうです!」


「あぁ! またしてもお手柄だ! しかし、君は本当に物知りだな」


「まぁ、それは⋯⋯仕事柄ってやつです!」


 別れさせ屋の仕事では、男性との会話を盛り上げるために色々教えてもらう機会も多いし、当然、ターゲットの好みの話題については、事前学習も欠かせない。

 それがこんな所で役立つとは運が良い。

 


「雪下ろしの目処がついたことで、俺たちも自由に動ける。積雪の原因の究明及び排除、アズール王国の安否確認と、やる事は山積みだ。再び開いた神殿というのも気になるが、どれから片付けるべきなんだろうな」


 アッシュ様は肩を鳴らしながら言った。

 その表情には疲労の色は見えない。 

  

 まだまだ道のりは長そうだけど、まずはキリの良いところまで、屋根の雪を下ろそう。


 再び作業に戻ろうと視線を下げると、見かけない精霊術師がいた。

 青みがかった灰色のスカートを履いて、白いケープを羽織っている。  

 黒くて長い髪を二つ括りにした、色白の美人さんだ。

 近くにいた男性の精霊術師に話しかけようとしているみたい。

 

「前に来た時に、あんな人いましたっけ?」


 街の人全員の顔を覚えているわけじゃないけど、私にとって黒髪の人は、その懐かしさから、強く印象に残るんだけどな。


「すまないが分からないな。私の目にはセイラしか映らないから⋯⋯」

「コホン」

 

 ブラン様が甘い言葉を言いかけると、アッシュ様が咳払いをした。


「あぁ。悪い」


 ブラン様は若干頬を赤らめながら、気まずそうに目を逸らした。

  

 再び女性に目線を戻すと、一瞬目が合った気がした。

 あんまりジロジロ見たらだめだよね。


 私は雪下ろしの作業に戻った。

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