62.平和な世界が突然恐怖に陥れられるわけがない
数日後の朝。
ブラン様の執務室にて。
「何!? 未知の魔物の発生情報だと!?」
アッシュ様から受けた報告に、ブラン様は大きな声を出した。
「え!? 今、魔物とおっしゃいました? 魔物は魔王の瘴気から生み出された存在だから、もう完全に消滅したはずでは⋯⋯?」
アッシュ様は険しい表情で頷いた後、報告を続けた。
「魔物の出現場所は、イーリス北の岩場です。馬車で移動中の商人を襲おうとしたらしく、英雄ノワール様ら、神官達によって討伐されました。彼は今、休暇でイーリスに帰省中だったそうです。魔物の特徴は、大柄な人間くらいの大きさで、二本の角と鋭い牙を持ち、トゲの付いたこん棒を武器としていたとのことです。個体によって、体の色は赤や青、黄色など様々で、虎の毛皮の下着を着用していたと」
「え! それって鬼じゃないですか?」
「セイラはその魔物を知っているのか?」
ブラン様は驚いてこちらを見た。
「セイラ様のおっしゃる通り、ドロップアイテムは『オニのパンツ』という名前だったそうです」
アッシュ様は冷静に答えた。
ブラン様から紙とペンを借りて、鬼の絵を描きながら説明する。
「鬼と言うのは、私がいた世界の有名な魔物⋯⋯妖怪です。私も本物を見たことは無いんですけど、古くから、その姿形や生態についての伝承が残っています。姿形はアッシュ様のおっしゃった通りです。生態としては、大抵は人間を取って喰う恐ろしい存在ですので、力のない一般人は、豆を撒いて退治します。人々は家に鬼が来ないように、ヒイラギの葉を飾ったり、イワシを焼いた臭いを漂わせたりしたみたいです」
完成した鬼の絵を二人に見せた。
「しかし、どうして突然そんなものが現れたのだろうか。セイラの世界のヨウカイ⋯⋯だったか? そんなものが、イーリスの近くに現れるなんて⋯⋯」
ブラン様は顎に手を当てて、考え込んでいる。
「どうしてなんでしょう? 元々こっちの世界にも存在して、隠れて暮らしていたのか。それとも、私と同じように、虹の輪をくぐって来たとか⋯⋯」
と言いかけた時、一人の騎士が入って来た。
「失礼します! ブラン殿下、セイラ妃殿下、聖騎士アッシュ様! たった今、大神殿より連絡が入り、新たな神託が下ったとのこと! 陛下がお呼びです! 直ちに王の間へお越しください!」
新たな神託? なんだろう。
鬼の発生と関係あるのかな?
私たちは急いで王の間に向かった。
玉座に座る両陛下に一礼した後、神託を確認する。
「無の一族の御子ら、六人の従者とともに、海と地と天を脅かす災いを退け、世に平和をもたらす」
「六人の従者⋯⋯木属性の魔法使い、闇属性の神官、火属性の重戦士、水属性の精霊術師、聖属性の盗賊および聖騎士⋯⋯」
前回の神託と似てるけど、違う箇所が三箇所ある。
一つ目は無の一族の御子ら⋯⋯つまりブラン様だけじゃなくて、モント殿下も入ってるってこと。
二つ目、海、地、天と、場所が限定されている、これはアズール王国、トープ王国、セレスト王国のことかな。
ここで何かが起きるんだろう。
そして最後に、従者が一人増えているということ。
これはアッシュ様のことだ。
「何かの間違いじゃと言いたいところじゃが、すでにこの世界に再び魔物が現れた。モントは現在、イーリスにて、大神官の務めを果たしておる。今は続報を待つことになろう⋯⋯」
王様は眉間にしわを寄せながら、あごひげを撫でた。
異変が起こることが事前に予測出来るなら、一度集結して、作戦を立てるのかな?
誰も発言しないままでいると、沈黙を破るように騎士たちが、なだれ込んできた。
「失礼いたします! ガランスより伝令です! 街の上空に雷雲が発生し、現在激しい雷雨が降り注いでおります! 英雄ボルド様のご活躍により、住民たちの避難は完了しておりますが、一部気が触れたような者が現れております! また、イタチのようなタヌキのような、見慣れない生き物が地底に潜って行くのを目撃した者がおります!」
「こちらはリヴィエーラからの伝令です! 街および周囲の湿原にて積雪を確認! 一部の建物に損壊があるものの、住民の被害は今のところありません! 北の海面が氷に覆われ、アズール王国との連絡が途絶しております!」
「ヴェールの森で緊急事態発生です! 森全体が黒い霧に覆われ、エルフたちに疫病患者が発生! 聞き慣れない獣の鳴き声と、羽ばたきの音が聞こえたとの情報が入っております!」
騎士たちは次々と報告を上げた。
そんな、まさか同時に各地域で異変が起きるなんて⋯⋯
海と地と天だけじゃなくて、この国まで被害が出ている。
王の間が混乱に陥った時、さらに追い撃ちをかけられた。
――ガランガランガランガラン
緊急事態を告げる鐘の音だ。
「王都北、防壁外の草原に、魔物の大群を確認! こちらに向かって、攻め込んで来ております!」
また新たに騎士が報告を上げる。
「何がどうなっておるんじゃ! とにかくまずは魔物の迎撃じゃ! 部隊を防壁上に集め、遠距離からの攻撃を開始せい! ブラン、セイラ、アッシュは支度を整え、本作戦に加勢した後、リヴィエーラ、ガランス、ヴェールの森へ急行せよ! 騎士たちは北区の住民の避難誘導および、三地域への応援に向かえ!」
陛下はテキパキと指示を出した。
まずは王都の北に現れた魔物たちからだ。
王室の迎撃部隊は、魔法使い、神官、精霊術師、弓使いなどで構成されている。
みんな後衛職だから、遠距離攻撃で、少しでも敵の数を減らして、時間稼ぎをしてくれたら助かる。
私たち三人は、大急ぎで装備を身につけ、旅の支度を整えた。
パステルの背に乗って、お城から防壁の側まで移動する。
すでに防壁上には、迎撃部隊が揃っていて、魔法が飛び交う閃光の音と、けたたましい爆撃音が響いている。
防壁付近の住民たちが、南の方へ避難しているのとすれ違う。
「接近する前に、まずは敵の姿を確認しよう」
ブラン様の指示で、防壁の上に降りる。
そこから見えたものは⋯⋯妖怪の大群だ。
望遠スキルで詳細を確認する。
そこには鬼や巨大なヘビや蜘蛛の妖怪、河童など、一度は絵本か何かで、見たことがある妖怪たちがいた。
幾千もの魑魅魍魎⋯⋯まるで百鬼夜行だ。
中には手に鉈や斧、槍を持っているものもいる。
明らかに敵意を持って、襲いに来ているのが分かる。
中でも特段大きいのは、巨大なガイコツ⋯⋯ガシャドクロだ。
巨大な建物が迫って来ているかのように、土埃を巻き上げながら地面を這ってくる。
「ブラン様、作戦は?」
アッシュ様はブラン様を見た。
「そうだな。恐らく一番の脅威は、あの巨大なスケルトンだろう。あれをここに近づけては、防壁が破壊されてしまう。私たち三人であれの相手をしよう。セイラはあの妖怪については、何か知っているか?」
「ガシャドクロと言って、私が読んだ本によると、生きた人間を握りつぶしたり、食べたりするそうです。攻撃方法は、基本的には手を使ったものだと思います」
「ならば遠隔攻撃の方が有利だろうが、迎撃部隊の攻撃で止まらないと言うことは、リスクを冒してでも近接攻撃をするしかないな。アッシュは一旦、魔法による補助に専念してくれるか? あと丁寧な言葉遣いも不要だ。私がタンクをするから、セイラは一撃必殺を狙ってくれ」
作戦が決まったところで、上空から近づく事にした。
妖怪たちは、まるで、防壁の向こうには、たくさんの人がいることを理解しているかのように、一直線に王都に向かってくる。
ガシャドクロも例外じゃない。
パステルに近づいてもらうけど、一向にこちらに関心を示さない。
「騙し討ちを使ってみます」
パステルから飛び降りて、ガシャドクロの頭に着地した。
目玉を覗き込みながらスキルを使う。
――パン
「わぁ!」
目の前で手を叩いて大声を出す。
すると、赤く血走った目玉が、ギョロリと動いて私の方を見た。
すぐにブラン様に引っ張り上げてもらい、パステルには、王都と逆方向に向かって飛んでもらう。
よし。付いてきてる。
ガシャドクロを他の妖怪集団から引き離して、何もない草原の上で戦う事にした。
「私は地面に降りて奴を引き付ける。アッシュはバフと回復を頼む。セイラは隙を見て首を狙ってくれ」
ブラン様は指示をした後、飛び降りた。
一番危険な役割を引き受けてもらったんだ。
私も自分の役割を果たさないと。
私の短剣の長さでは、ドクロの首の太さには到底敵わない。
だから首を落とすんじゃなくて、砕くイメージで。
伝説級になってから、敵の急所を嗅ぎ分ける能力が発達した気がするから、そこを狙う。
「では、ブランには防御と移動速度の上昇を、セイラには攻撃力の上昇に全振りする」
アッシュ様がバフをかけてくれると、身体が黄色く光った。
「ありがとうございます! では行ってきます!」
私はパステルから飛び降りて、ドクロの首の骨に短剣を突き刺した。
けれども火花が散っただけで、簡単に弾かれてしまう。
もう一回。
今度はブロックのように積み上がる骨と骨の隙間を狙った。
さっきより深く入ったけど、これじゃ急所に届かない。
急所は頭蓋骨と首の境目、輪っか状の骨と突起状の骨が噛み合う箇所だ。
「パステル! もっと高いところから攻撃したい!」
アッシュ様に引き上げてもらって、もう一度高いところから、落下の加速を乗せて攻撃する。
駄目だ。それでも入らない。
ブラン様は盾を使って、ドクロの攻撃を受けながら時間を稼いでくれてる。
どうしよう。
考えているうちに、ドクロの手がブラン様の身体を掠めた。
バランスを崩したところに、ドクロの反対の手が襲いかかる。
「ブラン様!」
叫ぶよりも早く、アッシュ様が地面に飛び降り、盾でドクロの手を弾いた。
「大丈夫か?」
「助かった」
二人とも無事だ。
けれどもドクロは怒ったのか、口を二人に近づけ、歯をカチカチと鳴らし、威嚇するように口を大きく開けて声を出した。
ブラン様とアッシュ様の髪が激しく揺れる。
これだ。
私もすかさず地面に飛び降り、ドクロの口の中に飛び込んだ。
「セイラ!」
「危険だ!」
二人の叫び声が聞こえる中、私はドクロの急所に到達し、全力で骨を砕いた。
するとドクロはガラガラと音を立てて、崩れていった。
「驚かせてすみません! 無事、完了しました!」
急いでブラン様とアッシュ様の元に戻る。
「セイラ、お手柄だったが、危険なことは、よしてくれ!」
「セイラには防御上昇のバフをかけていなかったから、口を閉じられていたら、ひとたまりもなかった」
その後も二人に、しこたま怒られた。
後ろを振り返ると、妖怪の群れは、ほとんど壊滅状態。
私たちの手伝いは、これ以上必要なさそうだ。
「この後はどうしますか? まずはモント殿下とノワール様と合流でしょうか?」
「最初にイーリスに鬼が出たことを考えると、兄上とノワールを連れ出して、イーリスの守備を脆くするのは避けたい。私たち三人で、まずはリヴィエーラを目指そう。ガランスとヴェールの森も心配だが、恐らく神託にあった順には、理由があるのだろう」
こうして私たちは、リヴィエーラに向かうことになった。