60.盗賊が社会の役に立たないわけがない
お茶会から約二週間が経ったある日。
私は初めてアカデミーの教壇に立っていた。
目の前にいるのは、最終学年である十四歳〜十五歳の生徒たち四十名。
彼らは来年にはアカデミーを卒業し、それぞれの役職に特化した教育・修行を受けることになっている。
けれども、盗賊に関しては、なかなかそういった教育を受ける機会がないのが、現状だそう。
ヌガー先生曰く、ただでさえ人数が少ないのに、元々気まぐれな性格の者が多く、住所不定、さすらいの旅の真っ只中という者ばかりで、次世代を育てるという意識も低いことが原因らしい。
この四十人のメンバーの中でも、盗賊クラスなのはたったの一人だ。
私は、レアな役職への理解を深める授業というテーマで、2コマ分の時間をもらった。
「事前のアンケートの結果、みなさんの内の大半は、大人の盗賊を見たことがないとのことでした。ですからまずは、盗賊ってどんな役職?という所からお伝え出来たらと思います!」
黒板に白いチョークで、盗賊のスキルを書き出して行く。
探知(熱源感知・暗視・透視・望遠・危険の察知など)、地図作成、状態異常付与、隠密、略奪、解錠、捕縛、鑑定、騙し討ち、一撃必殺⋯⋯
「このように、主に遺跡内の探索や魔物の討伐に役立つスキルで⋯⋯」
と説明したところで気がつく。
あれ? 教室内の空気が白けてるような⋯⋯
「それって生きてて何の役に立つの? 魔物はもういないし」
「盗賊なんて、社会のためには働かずに、ふらふらしてばっかなんじゃないの?」
「最近も色んな貴族の家に、泥棒が出没するらしいけど」
「育ちが悪い人に与えられる役職ですよね」
⋯⋯⋯⋯どうやらここには役職差別が存在するらしい。
このクラス唯一の盗賊クラスのアガットくんは、この空気に俯いている。
ちなみに彼は火属性だ。
「そっか。みんなの中ではそういうイメージなんだ。盗賊だからこういう人なんでしょ?って、一方的に決めつけて、差別するのは止めて欲しいんだけど、そうだなぁ⋯⋯正直、先生も今いる他の盗賊がどんな人たちかよく知らないから、なんでみんながそう思ったのかまでは、わからないけど⋯⋯」
中には本当に悪いことをした人もいるのかもしれないけど、どうしようかな⋯⋯
「そうだ! みんな、今から実技をやってみませんか!?」
首をかしげる生徒たちを連れて外に出た。
「ではルールを説明します! 今から先生が悪い泥棒役で、みなさんの教室があるこの校舎の中に隠れます! そして、みなさんは悪い泥棒を捕まえるヒーローです! 次のチャイムが鳴るまでに、誰も先生を捕まえる事が出来なければ、先生の勝ち。誰か一人でも先生にタッチして捕まえる事が出来たら、みなさんの勝ちです! 校舎や備品は壊さないでくださいね! あと、ケガの無いように! 質問がある人〜?」
「面白そう!」
「四十対一でしょ? 余裕っしょ!」
生徒たちは気合十分、楽しそうにしている。
よしよし。
「じゃあ、今からスタートでーす! さぁ! 捕まえてごらんなさい!」
合図と共に全速力で走り出す。
「え〜! 先生、速すぎ!」
「もう見失った!」
「どこどこ?」
「手分けして探すぞ!」
みんなも一斉に動き出した。
校舎の屋上に登って地図を作成し、隠れられそうな場所を探す。
「俺たちは屋上から探す!」
木属性の魔法使いだろうか、木の枝を伸ばして上がって来ようとしている。
こんなのジェード様に比べたら赤子も同然。
スキップ出来そうなくらい、ゆっくりと移動を開始した。
熱源感知と透視と隠密を起動しているから、余裕余裕。
せっかくだから、あっと驚くようなところに隠れたい。
ということで、時計台の中の機械室に隠れる事にした。
機械室の隅っこに座り、みんなの様子を伺う。
ドアを開けたり、机の下を覗き込んだり頑張って探している。
文字通り、高みの見物だ。
おそらくここに真っ直ぐたどり着けるのは、ただ一人のはず。
⋯⋯⋯⋯来た。
「先生! 見つけた!」
鍵を解錠し、勢いよくドアを開けて入って来たのは、盗賊クラスのアガットくんだ。
「詰めが甘いよ、アガットくん!」
私はすぐに捕縛スキルを使って、彼をぐるぐる巻きにして縛りつけた。
「タッチして無いから無効です!」
なんとも大人げないけど、こっちだって真剣だ。
時間ギリギリまでは、彼から逃げ回ってやろうと、横を通り過ぎ、次なる隠れ場所に向かおうとしたその時。
――ボゥ
ん? ボゥ?
何かが燃えるような音がした。
それにちょっとだけ焦げ臭い。
後ろを振り返ると⋯⋯
「捕まえた! 俺たちの勝ちだ!」
何故か手足が自由になっているアガットくんに、腕を捕まれたのだった。
私の負けだけど、まだまだチャイムが鳴るまでに時間があるので、次なるヒーローが現れるのを二人で待つ。
「アガットくんは火属性の盗賊だから、捕縛が無効ってこと?」
「そう。耐火ワイヤーとかじゃない限りは燃やせる」
「そうなんだ。詰めが甘いのは先生の方だったね」
木属性の盗賊の砂川さんは、自然の中での隠密は得意だったし、アガットくんは捕縛無効。
聖属性の私は略奪が心と身体に対しても使える。
属性によって性能に特色があるらしい。
「先生は自分が盗賊でよかったと思う? 俺は正直嫌気が差してる。何もしてないのに、悪者扱いしてくる人もいるし」
アガットくんは俯きながら言った。
「私も盗賊がどんな役職か知る前は、魔法使いとか精霊術師に憧れたことがあったけど、私が盗賊じゃなかったら、魔王は倒せなかったと自負してるから、今は盗賊でよかったって思ってる」
「そっか。先生は盗賊だけど英雄だから。俺とは違うよね。俺は騎士になりたかったんだ。王様や国民を守る正義の味方だから。それってかっこいいし。盗賊なんて、魔物がいなくなった今、人から何かを盗むだけの悪いやつじゃん」
アガットくんは抱えた膝に顔を伏せた。
「アガットくん⋯⋯私ね、どうしてこんな、かくれんぼみたいなことをしようと思ったかと言うとね、私が伝えたかったのは、『蛇の道は蛇』ってことなんだよ」
「なにそれ? 俺、そんな難しい言葉、聞いたことない」
アガットくんは首をかしげた。
「つまりね。確かにこの世には、盗みを働く悪い盗賊もいるんだと思う。けど、その盗賊を捕まえられるのも、私たち盗賊なんだよ。見ててごらん。たぶん、騎士クラスの子は、残り五分で、ここにたどり着くのは難しいから。彼らには彼らの輝ける場所があって、私たちには私たちの輝ける場所があるってこと」
私の言葉を理解してくれたのか、アガットくんの目は輝き出した。
結局チャイムが鳴るまでに、私のもとにたどり着けたのは、アガットくんだけだった。
アガットくんのおかげで生徒チームが勝利したと伝えると、みんなはアガットくんを囲んで労っていた。
私が伝えたかったことも、ちゃんと伝わったらしかった。
「先生! 俺を弟子にしてください! それでさ、最近、貴族の家を狙ってるって言う泥棒も、俺たちで捕まえようよ!」
アガットくんは目を輝かせながら言った。
そしてその日の晩。
私たち二人は課外授業をしていた。
アガットくんのご家族には直接了承を得たし、ヌガー先生も説得した。
貴族を狙う盗賊は、ここ二週間で、五大公爵家を順番に回っているらしい。
しかも犯行は火曜か金曜の深夜と決まっている。
おそらく次に盗賊が狙うのは、ターコイズ公爵家。
ターコイズ公爵に話を通し、屋根裏で待機させてもらう。
「アガットくん。もみ合いになったら私に任せてね。アガットくんは絶対に接近しちゃ駄目だよ」
「分かった。俺はまだ初級で、先生みたいに捕縛は使えないから、手裏剣で頑張る」
小声で約束して布団に横になる。
私は右向きで、アガットくんは左向きだ。
相手が同業者なら間違いなく、熱源感知と透視を使って来るはずなので、私たちは『屋根裏部屋で寝ている人』になりすます。
しばらくそのまま待機していると、アガットくんから合図があった。
誰かが来たみたい。ガサゴソという音もする。
真下のターコイズ公爵の書斎からだ。
ローブを被った人が、引き出しを漁っているみたい。
私たちは顔を見合わせて頷き合う。
アガットくんは通気口から手を伸ばし、泥棒に向かって手裏剣を投げた。
「うわぁ!!」
ローブの裾に手裏剣が刺さり、泥棒はつんのめって叫ぶ。
そこに私がすかさず飛び降り、その首元に短剣を突き立てた。
「泥棒を捕まえました!」
大声で叫ぶと、ぞろぞろと公爵家の用心棒がなだれ込んで来た。
その後ろから、公爵夫妻とアクア嬢が、不安そうにこちらを伺っている。
泥棒が頭にかぶっているフードをめくる。
「誰? 誰ですか?」
「君は、プルシャン伯爵のところの⋯⋯」
どうやら犯人は、プルシャン伯爵家の使用人だったらしい。
つまり、盗賊ではなかった。
彼はプルシャン伯爵の指示で、上位貴族の家に忍び込んでは、重要書類を盗み、後ろ暗い情報が無いか調べ、権利関係の書類であれば燃やして、損害を出そうと企んでいたらしい。
泥棒の身柄を用心棒たちに引き渡し、アガットくんとガッツポーズをする。
「本当に捕まえられちゃった! これで俺も正義の味方だ!」
「アガットくん! お手柄だよ! やったね!」
この日、アガットくんは中級に昇格した。
「セイラ妃殿下、この度は本当にありがとうございました。それと、アガットくん。君もありがとう。アカデミーを卒業したら、家の警備員にならないかい?」
アガットくんは、ターコイズ公爵に声をかけられていた。
「セイラ妃殿下。わたくし、妃殿下のことを誤解して、先日は失礼な態度をとってしまいました。申し訳ございませんでした」
アクア嬢は謝罪してくれた。
こうして一件落着となり、パステルに乗ってアガットくんを家まで送り届けたあと、私は王宮に戻った。
夜中とは言え、王宮内は実に明るい。
警備中の夜勤の騎士のみなさんに軽く挨拶して、自分の部屋のドアを静かに開けると⋯⋯何故かブラン様が仁王立ちしていた。
「セイラ、こんな時間まで、どこに行っていたんだ?」
ブラン様は心配したような、怒ったような顔をしている。
やば、ブラン様への伝言を依頼して出かけるのを忘れてた⋯⋯
「ブラン様、申し訳ありません。決してやましい外出ではなくて、ターコイズ公爵家に忍び込んだ泥棒を捕まえていただけで、ターコイズ公爵に確認して頂ければ、証明してくれるはずです。すみません。すみません」
水飲み鳥のように何度も頭を下げる。
するとブラン様は私に近づき、ガバっと抱きしめてくれた。
「君の居場所はメイドたちから聞き出した。どうして私には何も言ってくれなかったんだ。大規模捜索を始めるところだったんだぞ?」
ブラン様の肩が震えてる。
本気で心配してくれてたんだ。
「もう、こうやって、腕に閉じ込めておくしかないんだろうか。そうしないと君はどこかへ行ってしまうだろう? 自ら危険に飛び込んで行くなんて」
「⋯⋯ブラン様、心配させてしまって、ごめんなさい」
ブラン様の胸に頬を擦り寄せながら謝罪した。
「駄目だ。そう簡単に許すことは出来ない。セイラにはこれから、お仕置きを受けてもらう」
「え? そんなぁ⋯⋯」
優しく手を引かれベッドに誘われる。
倒れ込んだ私の上に、ブラン様は馬乗りになって、両手を頭の上で拘束した。
「こうして押さえつけておくだけでは、足りないかもしれないな。大切に大切にしまっておかないと」
そこからは無数のキスが降ってきた。
頬に耳たぶに首筋に⋯⋯
くすぐったさに身をよじってしまうけど、離してもらえないし、肝心な場所にはキスしてもらえない。
「ブラン様⋯⋯もっとお仕置きをお願いします⋯⋯」
「くっ⋯⋯⋯⋯」
甘えたように言ってみると、ブラン様は一瞬照れたような表情をした後に、唇にキスしてくれた。
それからも甘いお仕置きは、なかなか終わらなかった。