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6.王子様にイケナイ秘密なんてあるわけがない


 翌日。

 今日は一日自室で座学を受けることになった。

 この世界に転移してきて3日目の私の知識量は赤子同然だからだ。

 

 この国の人々は、生まれてから数年後、会話ができるようになった歳から学校に通うようになり、この国の成り立ちや生活に必要な知識を学ぶという。

 生まれた時から既に将来の職業が決まっているので、私たちで言うところの高校生くらいからは、その職業に特化した勉強を始めるのだそうだ。


 私に勉強を教えてくれるのは、王室専属教師のセピア様。

 五十代後半くらいの女性で、茶色の髪を後ろでまとめていて、上品でクールな印象だ。

 ブラン様やブラン様のお兄さんのモント王太子殿下の教育も担当していたのだそう。


 モント王太子殿下は生まれつき身体が弱いそうで、幼い頃は学校に通えずセピア様の授業をずっと受けていたのだとか。

 今も基本的には自室で過ごしているらしい。



「この国の通貨の単位は『コロル』といいます。この街では一回分のキズ薬が200コロル、パン一つ100コロル程度で⋯⋯」


 ほうほう。


「ファルベ王国はここ王都を中心に、広大な領土が広がっております。王都の東には『ヴェールの森』が、南には宗教都市『イーリス』が、西には鍛冶職人の街『ガランス』が、北には秘境『リヴィエーラ』があり、その最果てに魔王の巣窟がございます。それぞれここからの距離は⋯⋯」


 なるほど。覚えきれない。

 だけど、二ヶ月コースで必要な情報を全て叩き込んでくれるという話から察するに、覚えるべき内容なんだろう。

 

 午前中は一般常識と地理歴史を教えてもらい、お昼休憩を挟んだ後は、役職(クラス)やスキルについて教えてもらった。

 役職やスキルに関しては、元いた世界のファンタジーRPGの知識が活かせそうだった。


「神託によりますと、ブラン様を中心とした六人パーティーで魔王を討伐することになりましょう。パーティー内の役割については、前衛職がブラン様と重戦士・盗賊(シーフ)、後衛職が魔法使い・神官(プリースト)、精霊術師となります」


 そうか、私って前衛職なんだ。

 最前線で戦うなんて私にできるのかな。

 それに、ブラン様ってどういう役割なんだろう。


「盗賊は遠距離攻撃の手段を持たず、攻撃力と回避能力に長けておりますので、自ずと前衛職となりますが、なにぶん体力と防御力が紙のようにペラペラですので、他のメンバーとの連携が重要となります」


 セピア様は真面目な表情で、手に持っていた紙をペラペラと揺らしながら言った。

 ちょっと面白いけど、ここは笑っていいんだろうか。


「あはは」


 素直に笑うことにした。


「コホンコホン」 


 セピア様は少し頬を赤くしながら咳払いをした。



 そこからは各役職の役割と、盗賊のスキルについて教えてもらい、今日の授業はおしまいになった。



「はぁ〜疲れた! 頭がアチアチだ」


 ベッドの上に仰向けで倒れ込み、両手でこめかみをマッサージする。


「セイラ、お疲れ」

「セイラちゃん、難しいお話だったね」

  

 キリリとキララも今日の授業を一緒に聞いてくれていた。


「二人はここの生まれだから、今日の内容は常識って感じ?」


「知っていたのは8割ぐらいだな」


「テディベアの状態で見聞きする情報も限られてるから」


「そっか。二人も知らないことがあるんだ。じゃあ一緒に勉強頑張ろうね」


 二人の頭をワシャワシャと撫で回した。



――コンコン


 二人とじゃれ合っているとノックの音が聞こえてきた。

 入ってきたのは⋯⋯ブラン様だ!


「ブラン様、ごきげんよう」


 さっきセピア様に習った挨拶を早速実践する。


「あぁ。綺麗なお辞儀だが、そこまでかしこまる必要はない。これから一緒に旅に出るというのにそれではセイラが参ってしまうから。パーティーメンバーとしては対等な関係だ」


「なるほど。ではお言葉に甘えまして⋯⋯こんにちは」

「あぁ、こんにちは」

 

 ブラン様はくだけた挨拶を返してくれたあと、イスに腰掛けた。


「セピアの授業はどうだ? 覚えることも多いだろうが⋯⋯」


「都市名なんかは一度に覚えきれませんでしたが、とても分かりやすく教えて頂きました」


「そうか。表情があまり変わらないまま淡々と話すだろう? 怖くなかったか?」


「全然怖くありませんでした。時々空気を和ませてくださって、思わず笑ってしまったくらいです」


 正直に答えるとブラン様はクスクス笑い始めた。


「それはセピアも喜んだだろうな。幼い頃、私や兄上が怖がると落ち込んでいたから」


 ブラン様は少年のような顔で笑った。

 


 そこからはブラン様とセピア様とモント王太子殿下の思い出話を聞かせてもらった。

 ちなみにブラン様は三歳から王都にあるアカデミーに通っていたそうで、アッシュ様と今回のパーティーメンバーになる他の四人とはその頃からの付き合いだそうだ。

 


「そういえばアッシュから転移前の君の人生について報告を受けた。君もなかなか苦労したようだな。特に父君と母君のことについては、なんと声をかけていいか⋯⋯」

 

 アッシュ様がブラン様に昨日の話を報告するのは事前に聞いていた。

 ブラン様は私の両親のことを思って悲しげな表情をしてくれている。



「もちろん今でも寂しくなったり、悲しくなったりすることはありますけど、キリリとキララがずっと支えてくれましたから」


 両手で二人を抱きしめ、頬ずりする。


「そうか、セイラと精霊たちはそんな頃からの付き合いだったんだな」


「はい! この子たちは私が生まれた日に父が贈ってくれたぬいぐるみだったんですけど、愛情を込めて手入れをして、毎日話しかけてきたから精霊になれたんだそうです!」

  

「そうか、愛情か⋯⋯」


 ブラン様は顎に手を当てて考え込んでいた。

 


 しばしの雑談の後、ブラン様は私のおでこにキスをして、部屋を出ていった。

 どうやらこれは通常の挨拶みたいだ。



 夜になり、夕食とお風呂を済ませ、ベッドに寝転びながら今日の復習をしていた。


「盗賊のスキルの使い心地ってどんな感じなんだろう」


 盗賊の戦闘中の役割は、攻撃力と攻撃速度の高さを活かした短剣での攻撃で、等級が上がれば状態異常を付与することもできる。


 そして最も大事なのが、盗賊の名の通り、人や遺跡などから物を盗む独自の仕事だ。

 盗みを成功させるための便利なスキルがいくつもある。

 暗視や熱源感知、敵の殺意や罠に反応できる『探知』

 足音や気配を消す『隠密』

 アイテムや魔物の名前、宝の真贋(しんがん)を調べる『鑑定』

 部屋や宝箱の鍵をあける『解錠』

 あとは屋敷や遺跡の見取り図を作れる『地図作成』と、人の物を盗む『略奪』だ。


「早く使ってみたいなー」


 独り言のようにつぶやくと、キリリとキララが反応した。


「せっかくこんなに広い建物にいるんだ。使ってみればいいじゃないか」


「いやでも、万が一バレたらただじゃ済まないんじゃ⋯⋯」 


「大丈夫だよ。魔王討伐に向けて特訓してるんだなって思われるだけだと思うよ?」


 ⋯⋯本当かな。

 確かに、盗みはせずに、ちょっとうろちょろするくらいなら良いよね?

 好奇心を抑えきれず、自主訓練を開始することにした。 


「じゃあ、えーっとまずは地図作成! おぉ〜」


 一瞬で手元に王宮内の見取り図が現れた。

 これはもしかして超超重要機密情報なのでは?

 

 どこに行こうかな。

 食料庫か武器庫か、大浴場⋯⋯はさすがにまずい。

 他に面白そうなのは⋯⋯ブラン様のお部屋。

 客室だけでもこんなに広くて豪華なんだから、王子様のお部屋はもっと凄いはず。

 それにかっこいい王子様のオフの姿が見られるなんて、ちょっぴりスリルを感じる。

 

 探知スキルと隠密スキルを起動し、自分の部屋の通気口からダクトに侵入した。



 さすがは王宮。ダクト内にも塵一つ落ちていない。

 お抱えの魔法使いが掃除していると聞いていたけど想像以上だ。


 見取り図によるとこの辺りがブラン様のお部屋のはずなんだけど。

 通気口から部屋の中を覗くと⋯⋯

 どうやらここみたいだ。

 ブラン様の姿は見えないけど、声が聞こえてくる。

 


「そんなに可愛い目で見つめないでくれよルーシー」


 ん? もしかして、部屋の中では気まずいことが行われている?

 そりゃそうか。

 ブラン様は二十三歳らしいし、王子様なんだから夜のお相手くらい、いくらでもいるはずだ。

 でもなんでだろう。

 ちょっとショック⋯⋯


「ローラはまつ毛が長いな。それに手足が細長くて美しい」


 おっと。

 まさかまさかの三人で⋯⋯


「マリーの身体はなんて柔らかくて、抱き心地がいいんだ」


 ちょっと待って?

 いったい何人の女性を同時に可愛がっているというのか。

 ブラン様はとんでもないお戯れをして遊ばせられる王子様のようだ。

 もう混乱して自分でも何を言ってるのか分からない。

 

「ジョニーはいつも毛並みが綺麗だな」


 ジョニー? 男もいるの?

 毛並みってどこの毛?


 いよいよ怪しくなってきたところで、怖いもの見たさに熱源感知を使う。

 これならダクト内からでもぼんやりと姿形が見える。

 けど、なぜかブラン様の体温しか感じられない。


 無礼者覚悟で通気口から頭を出す。

 ブラン様はガウン姿でベッドに横になっていた。

 そしてブラン様が可愛がっていたのは⋯⋯


「ええ!! ぬいぐるみ!?」

 

 なんとブラン様のベッドの上には四体の可愛い動物のぬいぐるみがいて、ブラン様はそのぬいぐるみたちに話しかけていたのだった。


「セイラ! どうしてここに!」


 ブラン様は勢いよく起き上がった。

 あっ。まずい。

 普通に見つかっちゃった。

 

「すみません。ブラン様がぬいぐるみに話しかける痛いお方だということは誰にも言いませんから、どうか命だけは⋯⋯」


 床にひれ伏し命乞いをする。

 けど、私だってキリリとキララに毎日話しかけて来たから、人の事は言えないはずだ。


「ってあれ? もしかして⋯⋯さっきの私との会話って関係あります?」


 ブラン様は私の質問に頬を赤らめながら頷いた。


「セイラの話では、愛情を与えればぬいぐるみが精霊になるということだったから、早速話しかけてみたというわけだ」


 ブラン様は照れながら言った。

 ざっと見ただけでもブラン様のベッド付近には、他にもたくさんのぬいぐるみが飾られている。

 どうやらこの国の王子様はピュアで可愛らしいお方のようだ。


「いや〜びっくりしました! てっきりブラン様が美男美女と戯れていらっしゃるのかと⋯⋯」


 と発言したところで冷静になる。

 あれ? そういえば今の私ってまずい状況だったんじゃ⋯⋯


 少し前まで照れていたブラン様の顔つきが徐々に変わる。


「そんな事よりセイラ。どうして君がここにいるんだ?」

「それはその⋯⋯盗賊の性能を色々と試してみたくって⋯⋯勉強熱心なのも困りものですね! あはは〜」


 笑って誤魔化そうとしても無駄みたいだ。

 ブラン様は真っ直ぐな目でこちらを見ている。


「セイラ。こっちに来なさい」

「いえ、その⋯⋯もう帰りますから! お邪魔しました! お休みなさ〜い」

「待ちなさい。このまま帰すわけにはいかない。これは命令だ」

「いやさっき対等な関係って⋯⋯」

「ここは王宮だ。君には私に従う義務がある」

「⋯⋯はい」

 

 とぼとぼとブラン様の元へ歩いていく。

 私が犬だったら耳としっぽが情けなく垂れているに違いない。


 ベッドの側に立つとブラン様は私の手を握った。


「セイラ。勉強熱心なのは関心だが、こんな時間に男の部屋を訪ねるというのが、どういうことか分かっているのか? とても危険なことなんだぞ?」


 ブラン様は諭すように言った。


「はい⋯⋯すみませんでした。でもせっかくならブラン様のオフの姿が見たくって、あと⋯⋯」


 豪華なお部屋⋯⋯と言う前にブラン様が立ち上がる。


「俺の素顔が見たいって?」


 耳元で低い声が響く。

 ブラン様の様子が変わった。

 今、俺って言った?


「悪い子にはお仕置きが必要だって言うのは、君の世界でも一緒かな?」


 ブラン様の綺麗な顔が徐々に近づいてくる。

 ガウンの胸元から覗く素肌が、セクシーすぎてとっても目に毒だ。


 どうしよう。お仕置きって何?

 このままじゃキスされてしまう。

 けどなんだかすっごくドキドキして⋯⋯

 

 焦っていると、おでこにコツンと軽い衝撃を受けた。

 ブラン様のおでこと私のおでこが一瞬だけひっついて離れる。


「お仕置きはここまで。分かったら部屋に戻ってゆっくり休むこと。まだここに来て3日目だろう? 焦らなくていい」


 ブラン様はおでこに本日2回目のキスをしてくれた。


 優しくて勇敢なこの王子様の新たな一面を知って、ドキドキが収まらない夜だった。


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