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57.愛する人と一緒になれずに幸せになれるわけがない

 

 モント殿下が言葉を発し、心を略奪出来た日のこと。

 

「モント殿下がイザベラさんを呼んでるんです! 会わせてあげることは出来ないでしょうか?」


 私は、モント殿下の専属執事のネーフルさんに、イザベラさんのことを相談していた。 

 ネーフルさんは五十代の男性で、モント殿下が生まれる前からここで執事をしているらしい。

 

「セイラ様、それは致しかねます」


 私のお願いは、すぐにきっぱりと断られてしまった。


「どうしてですか? イザベラさんとは連絡がつきませんか?」


 私も、イザベラさんが、どこの誰だか良く知らないから、ネーフルさんも分からないなら、手がかりなしだ。


「そうではありません。セイラ様、あなたはご自身のお立場をお忘れですか? 妃自ら他の女性を⋯⋯殿下の想い人を部屋に招き入れて、側室にでもなさるおつもりですか? この国にはそういったものは存在しませんので、あなたのお立ち場が危うくなるのですよ? それでは神託に逆らうことになってしまいます。そんなことよりも、セイラ様はお世継ぎのことをお考えください。殿下があの様子ですから、あなたがしっかりなさらないと」


 ネーフルさんはぴしゃりと言って、立ち去って行った。


 そっか。腹をくくってもらわないといけないのは、モント殿下も一緒だもんね。

 辛いな⋯⋯

 モント殿下の部屋に一旦戻って、悲しいお知らせをしたあと、自分の部屋に戻った。



 部屋にいると、時々ブラン様の話し声が聞こえてくる。


「ブラン殿下、パーティーの進行についてですが⋯⋯」

「あぁ。それでいい。任せる」


「殿下、こちらが参加者のご令嬢の身上書でございます」

「そこに積んでおいてくれ。後で確認しておく」


 どうやら婚約者探しは、順調に進行しているらしい。

 パーティーまであと一ヶ月を切ったもんね。

 

 この耳の良さが辛いな。

 数ヶ月後には、ブラン様と奥様の会話も聞こえて来るのかな。

 もううんざりだ。

 まだ休むには早い時間だけど、耳を塞いで布団を被った。


 

 翌日以降もモント殿下の部屋に通った。


「それで、全身の骨がバッキバキに折れたのかってくらい痛かったんですけど、次の瞬間、猫に変身してしまったんです!」


 相変わらず旅の思い出話を続けている。


 それと、今日は食事の介助も、私がさせてもらう事にした。

 モント殿下のお食事はお粥が中心みたい。

 今日のメニューは卵の餡かけ粥。

 刻まれた小ネギがパラパラと乗せられている。

 

 スプーンで一口分をすくって、モント殿下の口元に持っていく。

 すると殿下はゆっくりと口を開けて、もぐもぐと食べ始めた。


「美味しいですか? お出汁のいい香りがしますね」


 殿下は特別な反応を示すこともなく、口を動かしている。

 ほとんど反射で動いてるって感じだ。

 どうしたらこの人の病気は治るんだろう。

 当然今までも、優秀な神官たちが治療に当たっていたらしいし。

 

 考えながら食事の介助をしていると、男性たちの話し声が聞こえてきた。

 

「最近のセイラ妃殿下は、毎日甲斐甲斐しくモント殿下の元へと通っているご様子だ」

「これならお世継ぎ誕生の日も近い」


 ⋯⋯⋯⋯はぁ。


 執事の人たちかな。

 まだ婚約もしていないのに、みんなしてお世継ぎお世継ぎって。


 執事たちの不安もわかる。

 私はつい最近のモント殿下の様子しか知らないけど、あの人たちはもう何年も、この調子の殿下のお世話を続けてきたんだ。

 もう一生このままかもしれないって、だったら一日でも早く、お世継ぎが欲しいって思うんだろう。


 モント殿下は、自分の身の回りのことを出来ない状態だけど、身なりは綺麗で、いつも清潔にしている。

 それは執事たちが丁寧にお世話をしているからだ。

 あの人たちは、モント殿下に誠心誠意尽くしているんだ。


 

 けれども、そんな好意的に取れる噂話だけでも無くって⋯⋯


「あんな状態の殿下の子を、どうやって授かるというんだ?」

「それが可能だから彼女が選ばれたんだろう」

「なるほど。それはうらやましい」


 知らない声だ。

 清掃担当の人たちかな。

 聞こえる範囲だけで、これだけあれこれ言われているんだから、これからいったい、どれだけ好奇の目に、さらされることになるのか⋯⋯


「貴族の生まれではないらしい」

「しかし身体の方の育ちは良さそうだった」


 耳を塞ぎたくなるような、低俗な話が続くのかと思い、身構えていると、急に声が止んだ。


「君たち、言葉には気をつけてくれないか? 先ほどから、自分たちがいかに下劣な行為をしているのか、理解できているのだろうか。王宮に相応しい態度で振る舞えないのならば、立ち入りを許可することは出来ない」


 ブラン様の声だ。

 

「申し訳ございませんでした! どうかお許しを!」


 男たちが立ち去っていく足音が聞こえた。


 そう言えばブラン様も伝説級の(キング)になってから、千里眼が発達したって言ってたっけ。

 助けてくれたんだ。嬉しいな。

 


 それでもこの日一日だけで、数え切れないほどの噂話を耳にすることになった。



 夜。

 部屋にいたら色々な声が聞こえるので、あえて王宮内をウロウロして、存在をアピールすることにした。

 さすがに、目の前で噂話をする人は、いないもんね。


 歩き回り、たどり着いたのは庭園だ。

 ちょうど私の部屋からも見える辺りかな。

 西洋風の東屋のガゼボは、真っ白な木で出来ていて、内側はベンチになっている。


 柵に囲まれ、近くに大きな木と薔薇の低木があるから、ちょっとした隠れ家みたいだ。

 そこに寝転がって庭園を眺める。

 今夜は月が明るいな。


 そのまま、うとうとしていると、草を踏みしめる音が聞こえてきた。

 誰だろう。


 目を開けると、そこにはブラン様が立っていた。

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