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56.神託に逆らえるわけがない


 神託について知らされた数日後、私はモント王太子殿下の隣の部屋に、引っ越してくることになった。


 ここは王太子妃専用の部屋で、寝室はモント殿下の部屋とも繋がっているみたい。

 反対隣はブラン様の結婚相手の部屋。

 きっとそのさらに隣のブラン様の部屋と繋がっているんだろう。


 この部屋は昨日まで与えられていた部屋に比べて、三倍ほど広い。

 執務室と寝室、ドレスルームに、トイレとお風呂も付いている。

 バルコニーにはテーブルと椅子が置いてあって、素敵な庭園が見える。



 今回の結末について、ボルド様とセルリアン様には手紙を送った。

 もちろんジェード様にも。

 ノワール様には、わざわざ言う必要ないよね。

 どうしていきなりこんなことに⋯⋯



 あと変わったことと言えば、今日から私も日常的にドレスを着ることになった。

 メイドさんたちが着付けてくれて、ヘアセットやメイクもしてくれる。


 今着ているレモンイエローの上質なドレスは、全体的にフリルとリボンがあしらわれていて、胸元は白いリボンが交差したデザインだ。


 少し窮屈だけど、紛れもないプリンセス待遇。

 多くの女性の夢、みんなの憧れの暮らしが始まるんだけど⋯⋯


 まさか顔も知らない人と結婚することになるとは。

 けどそんなの、昔からよくあることだったんだろうな。

 モント殿下はどんなお方なんだろう。

 ブラン様のお兄さんなんだから、いい人に違いない。

 大丈夫。きっとすぐに好きになれる。


 

 この日、初めてモント殿下との面会許可が降りた。

 あらかじめ指定された時間に、モント殿下のお部屋の前に立つ騎士に声をかける。


「セイラ妃殿下! 実はただいま少々立て込んでおりまして⋯⋯今しばらくお待ち下さい!」

 

 騎士は焦った様子で私に頭を下げる。


 まだ正式に婚約・結婚したわけじゃないから、妃殿下じゃないんだけどな。

 慣れない呼称に落ち着かない中、大人しく待つ。


「おい! いつまでかかるんだ! 妃殿下を立ったままお待たせするつもりか?」

「暴れていて手がつけられないんだ!」

 

 騎士たちの不穏な会話が聞こえてくる。

 モント殿下が暴れている?


「あの⋯⋯よろしければお手伝いしましょうか? 捕縛なら得意ですけど」


 王太子を捕縛していいのかは分からないけど。


「いえ。すぐにつまみ出しますので⋯⋯」


 騎士の言葉に首を捻っていると、中から騒がしい声が聞こえてきた。


「ほら、イザベラさん! 立って下さい! まだ意識があった頃のモント殿下の言いつけで、今まで入室許可が降りていましたが、その頃とは事情が変わりました! もう中にお入り頂くことは出来ません!」


 一人の女性が騎士たちに両脇をかかえられて出て来た。

 暴れていたのはこの方らしい。

 茶髪茶眼の綺麗な女性だった。

 女性は私のことを鋭い目で睨みつけた。


「どうしてあなたなの? 私は幼い頃からずっとモント様と想い合っていたのに。返してよ! この泥棒猫!」


 イザベラさんは、騎士たちの手を振り解こうと暴れ出した。


「イザベラさん! なりません! 不敬です! これ以上は看過出来ません!」  


 騎士たちは暴れるイザベラさんを連れて出ていった。


 イザベラさんはモント殿下の恋人だったんだ。

 どうやら私はまた人の恋路を邪魔してしまったらしい。

 どうして私なのかって?

 こっちが聞きたいくらいなのに。


 悲しい気分で部屋に入ると、ガウン姿のモント殿下が、ベッドの中で枕にもたれて座っていた。

 金髪金眼の麗しいお顔立ち。


 ブラン様に似ているけど、三歳上の二十六歳だからか、少し大人っぽい。

 それにブラン様と比べると、筋肉もなくて痩せ細っている。

 闘病生活が長かったことが、一目見ただけで分かる。

 

「モント王太子殿下。初めまして、セイラと申します」

 

 ドレスの裾を両手で持ち上げ、膝を軽く曲げてご挨拶する。

 けれどもモント殿下からの反応はなかった。


 モント殿下の表情はさっきから全く変わらない。

 どこを見ているのか分からないような目からは、光が失われている。


 ナーダ様は、自分の存在をモント殿下に伝えた結果、壊してしまったと言っていた。

 モント殿下の病気は心の病だったんだ。


 幼い頃から体調が優れず、最近はずっと眠り続けていたモント殿下。

 ナーダ様が天に帰ってから、快方に向かったとは言え、目が覚めただけといった所か。


 イザベラさんは、ずっとこんな調子のモント殿下を愛し続け、寄り添ってきたのかな。

 誰にでも簡単にできることじゃないのに。

 どうして私なんかが⋯⋯


 けどそうも言ってられない。

 これからは私がやらないといけないんだから。



 翌日からはいわゆる花嫁修業⋯⋯妃教育が始まった。

 貴族のご令嬢なら、こんな勉強は今さら必要無いんだろうけど、私はこの世界の常識をまだまだ知らない。


「セイラ様には覚えて頂くことが山ほどあります。まずは一番重要なのが、ファルベ王国と親交の深い三国についてです。一つ目は地底の国『トープ王国』、統治者はオーカー王。種族はドワーフです。こちらはガランスの地下に入り口がございます。続いて空に浮かぶ島、天空樹(スカイアルブ)にある『セレスト王国』、統治者はゼニス国王陛下。種族はピクシー族です。こちらはヴェールの森の上空に位置しております。そして最後に、海の国『アズール王国』、統治者はクイーン シアン。種族はマーメイドで、秘境リヴィエーラの北の海にございます」


 そう言えば他の国の話を聞くのは初めてだ。

 ちなみにこの三国は、地上で暮らす私たちとは余りにも生活環境が違うことから、それぞれ独立した国家を築いている。

 けれども、六柱の神からこの世界を託されたのは、ここファルベ王国の王族のアラバストロ家なので、対等な関係ではあるものの、この一族がリーダー的存在であるのには変わらないとのこと


 それからもセピア様は、淡々と知識を叩き込んでくれた。

 生まれた時からここにいれば、自然と頭に入るんだろうけど、まっさらな状態からのスタートはなかなか辛い。

 

「あとは各家門名、家族構成、爵位と領地に⋯⋯地名と名産品などの知識、挨拶やテーブルマナーなどの立ち振舞いと、ダンスの練習から愛のお作法まで、全て完璧に身につけて頂きます。セイラ様には異国のマナーと知識が染み付いている分、より険しい道のりを歩んでいただくことになるでしょう」


 容赦ない言葉にぐったりする。

 けれどもやるしかない。

 セピア様の言葉を一言一句聞き逃さないよう、真剣に授業を聞いてメモを取った。


 

 それから毎日、私はモント殿下のお部屋に通った。

 殿下は相変わらず表情が固まったまま座っている。

 こんな時に、私ができることと言えば⋯⋯


「それでブラン様が空高く飛び上がって、クジラを一太刀で切り裂いたんです! するとクジラの中から大量のニジバトが出て来てですね。それはそれはものすごい量でした! 髪の毛も服もバサバサと揺れるくらいで!」

 

 こんな調子で、旅の思い出話を語ることにした。


「今日はこんな所でおしまいです。明日はいよいよ、イーリス北の神殿について、お話をしましょう!」


 モント殿下は相変わらず無表情だ。

 聞こえてるのか聞こえていないのか。

 聞きたいのか聞きたくもないのか。


「では今日は失礼いたします」

 

 挨拶をして立ち上がる。


「イザベラ⋯⋯」


 モント殿下は、か細い声で彼女の名前を呼びながら、私の手を握った。


「え? モント殿下? 分かりますか? 話せますか?」


 初めて反応が返ってきた。


「イザベラさんじゃなくてすみません。会いたいですよね? どうしよう⋯⋯」

 

 執事の人に頼んで、イザベラさんを呼んでもらえば良いのかな。


「殿下、一旦退室しますから、手を離して頂けると⋯⋯」


 モント殿下の手を解こうと触れると、指輪が光っているのが分かった。


 何を盗めるんだろう。

 一見貴重品は無さそうだから⋯⋯

 略奪スキルを起動して感覚を探る。

 マリンちゃんやナーダ様の時と同じ感覚だ。

 

「失礼しますよ」


 掴んだものを思い切り引っ張る。

 すると白く光る玉が、ポロポロとベッドに溢れ落ちて、床に転がっていく。

 これがモント殿下を(むしば)んでいた感情?

 そう思って鑑定しようとしたけど、上手くこの感情の名前が見えない。


 それと、何故かモント殿下から溢れ落ちた玉は、私の指輪に吸収されていった。

 全ての玉を吸収し終えた指輪は、徐々に光が強くなっては、弱くなるというのを繰り返している。

 まるで誰かが中で呼吸しているみたいに。

 

 モント殿下の様子はというと、先ほどと変わらず反応がないままだ。

 この不思議な現象の意味を、私は理解出来ずにいた。

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