55.伝説級盗賊に盗めないものがあるわけがない
ノワール様とのデートの翌日。
インタビューの続きと言うことで、個人の思い出を聴取されていた。
「そうですね⋯⋯右も左も分からない状態からのスタートだったので、最初は不安も大きかったです。そんな中、聖騎士のアッシュ様と、教師のセピア様にお世話になり、出発の日を迎えることが出来ました。後は、旅の途中で特級盗賊の方に稽古をつけてもらえたことで、大きく成長できたと思います」
キリリとキララとパステルの話や、理想郷ミラージュの話は公表しないとのことなので、個人の思い出と言うとこんな所だろうか。
そしていよいよ、ブラン様との対談の時間だ。
小さな丸テーブルを挟んでイスに座る。
目の前に座るブラン様に、優しい表情で見つめられる。
「ブラン様は頼れるリーダーで、いつもメンバーに気を配って、困っている時には声をかけてくださいました。危険な戦況の時に助けて頂いたのは、一度や二度じゃありません。旅の途中、何度かハプニングもありましたが、ブラン様の支えがあったからこそ、乗り越えることかできました。国民を愛し、ご自身の役目を果たすブラン様の真摯な姿に胸を打たれ、勇気づけられました」
自分の想いを言葉にして、ブラン様を見る。
「セイラは、戦闘経験も無い所からのスタートだったにも関わらず、努力によって、短期間で上級まで上り詰めた。彼女のスキルと才覚、勇敢さと人柄の良さには何度も救われた。魔王を討ち取れたのもそうだ。私のことを敵から庇ってくれたこともあった。それに加え、辛い時にそっと寄り添ってくれる彼女の優しさにも救われた。彼女に恩返しがしたい、平和な世界を見せたい⋯⋯その想いが私を強くしてくれた」
なんだか愛おしそうな目で、見てくれているように感じた。
うん。勘違い。勘違い。
全員のインタビューが終わり、森に帰ったジェード様を除いた五人で、馬車に揺られて王宮へ帰って来た。
急いで部屋に戻り、冷水で顔を洗う。
忘れろ。忘れろ。あの人は王子様だ。
早く切り替えて幸せになるんだ。
私は私の世界で生きていく⋯⋯
自分を洗脳していると、ノックの音とともに、ボルド様とセルリアン様が入って来た。
「セイラちゃ〜ん! あっという間にいなくなるじゃん! 足速すぎ! 俺たちもう帰るんだけど!」
「そうは言っても、これからも定期的に会うことになる」
どうやら私は、お二人の挨拶をスルーして、そそくさと退散してしまったらしい。
それは失礼なことをしてしまった。
「大変失礼いたしました! いろいろとありがとうございました! お気をつけてお帰りくださいね」
二人と順番に握手を交わす。
「それにしても、セルリアン様? ジェード様もノワール様も、ブラン様が脱落した途端、ガツガツしすぎではありませんこと? まさかあのお二人が女性を巡って、バチバチやり合う日が来るなんて、わたくし、思っても見ませんでしたわ」
ボルド様は目をパチクリさせながら、貴婦人の真似でもしているかのように話した。
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯発言内容には同意しよう」
セルリアン様は、冷めた目でボルド様を見ながら答えた。
「セイラちゃん、祝賀会ではショックだったよね。泣きたくもなるよね。最近のセイラちゃんのブランを見つめる表情⋯⋯切ないよね。そんなにすぐに諦められないよね」
ボルド様は慰めるように私の肩を叩いた。
「しかし僕は、セイラ君のことを誤解していたようだ。僕が把握している君の人物像と、今の君は大きく異なる。強引なのは、ある意味君の長所だと思っていたが、ずいぶんとしおらしく見える」
「ほんと、そうだよね〜! 勇敢にさらっと人助け出来ちゃう子だと思ってたけど」
セルリアン様とボルド様は真剣な表情で言った。
「え? それってどういう⋯⋯」
「第三者目線で言わせてもらうとさ〜ジェードとノワールの勢いに押されちゃって、セイラちゃんが囚われの姫状態なわけ。けど、実際は囚われの姫はブランのはずで、セイラちゃんは勇者であるべきなわけ」
なるほど。たぶん二人は、もっとブラン様とのことを足掻くべきと言いたいのかな。
「けど、もうこれで最後だみたいなことを言われましたから。自分が納得出来ないからって、邪魔するわけには⋯⋯」
「そんなの、お利口さんのブランちゃんの建前に決まってるじゃん! 俺たちの前で、セイラちゃんのこと愛してるって言ってたでしょ? そんなこと簡単に言うやつじゃないよ。それは俺が保証する。セイラちゃんが、まだブランのことを好きなら、王様に支配された可哀想なブランを救い出せるのは、セイラちゃんだけだと思うよ?」
「そんなこと⋯⋯⋯⋯」
本当かな。
まだ間に合うのかな。
「ブランに正直に気持ちをぶつけてみて、それでもだめだったならスパッと諦める。あとはジェードでもノワールでも好きな方に慰めてもらう。その方が二人も楽になれるんじゃない? それで良いじゃん。俺が許可する」
「君は盗賊なのだから、欲しいものを盗んで来るのが生業だろう。伝説級に盗めないものはないはずだ」
ボルド様とセルリアン様の言葉は、私の背中をそっと押してくれた。
このままウジウジしてるくらいなら、一度本気で足掻いてみても良いのかな。
「そうですね。らしくないですよね! 当たって砕けて来ます!」
二人は親指を立てて頷いてくれた。
その日の夜。
私は再びブラン様の寝室に忍び込もうとしていた。
拒絶されたらその時点で命は無い。
見たくもないベッドシーンに出くわす可能性だってある。
けど、私はやると心に決めた。
自分の部屋の通気口からダクトに侵入する。
城内の地図は頭に入っている。
熱源感知と透視で人の動きは丸わかり。
隠密を起動しているから、まず他人にバレることはない。
これが伝説級盗賊の性能⋯⋯
ブラン様の部屋の上に、難なくたどり着くことができた。
ブラン様は⋯⋯⋯⋯⋯⋯いた。
その姿を一目見られるだけで、胸が苦しくなる。
ブラン様は時々ため息をつきながら、机で何か作業をしているみたい。
通気口のフタをダクトの中からそっと開けて、天井をノックする。
――コンコン
「ん? なんの音だ?⋯⋯⋯⋯うわぁ! セイラか!?」
「しーっ! ブラン様、お静かに!」
フカフカのカーペットが敷かれた床に飛び降りる。
ブラン様は驚いて目を見開いている。
「ブラン様! 勝手に会いに来ちゃってごめんなさい! 騎士を呼ぶ前に、話を聞いて欲しいんです!」
床にひれ伏して敵意が無いことを証明する。
「セイラ、そんなことは、しなくていいから」
ブラン様は私に手を差し伸べてくれた。
その手を取って立ち上がる。
追い出さずに話を聞いてくれるみたいだ。
そのまま目を見て想いを伝える。
「ブラン様、私⋯⋯ブラン様の事が好きです。こんな風に人を好きになったのは初めてなんです。迷惑だって分かってるんですけど、どうしても伝えたくって。好きです。愛してます。他の人と結婚して欲しくないです。私が側にいたいです」
なんとか声を絞り出す。
本当はもっと言いたいことがあったはずだけど、胸が苦しくて言葉が出てこない。
ブラン様は黙って私を見つめている。
その目には薄っすらと涙が溜まって、キラキラ輝いて見える。
綺麗だな。
でもこの後、残酷な言葉を告げられるのが雰囲気で分かった。
「セイラ、ありがとう。私だってセイラを愛している。君と結婚できたなら、どれだけ幸せなことか。父上だって、私がセイラを愛していると知れば、認めて下さったはずだ。けれども、その想いは断ち切らないといけない。私たちの間を阻むものはそれじゃないんだ。もっと重大な⋯⋯」
ブラン様も私のことを愛してくれていた。
結婚したいとまで想ってくれていた。
陛下もそれで良いと言うなら、どうして私たちは結ばれてはいけないの?
「明日、父上ともう一度話をする。私も君を忘れるよう努力する。君もそうしてくれ。これ以上はお互い辛いだけだ。頼む」
ブラン様は辛そうに言った。
翌々日。
陛下に呼び出されたとのことで、迎えに来てくれた騎士について行き、王の間に入った。
玉座の後ろのステンドグラスのデザインは、六柱の神に変わっている。
玉座には既に両陛下が座っていて、その表情からは、どういう用件なのか、全く読み取れない。
玉座の近く、段差を下りたフロアーには、ブラン様が立っていた。
この部屋の中には、他にも左右にずらりと人が並んでる。
初めてこの部屋に来た時と違うのは、騎士たちの他に、神官たちもいるということ。
中にはアッシュ様とノワール様の姿もある。
二人は私と目が合うと、表情を歪めて目を逸らした。
その反応は何?
陛下が側近に合図すると、何かを乗せた台座を運んで来た。
側近が目の前に来ると、そこには巻物が乗っているのが分かった。
「セイラ。そなたが魔王を討ち取ったあの日、神託が下った」
陛下は厳格な雰囲気で言った。
目の前の台座から巻物を手に取り、目を通す。
つらつらと書かれた文章の最後には⋯⋯
『世継ぎを授かる女子の名は――セイラ・アラバストロ』
そう書いてあった。
世継ぎということは未来の国王。
つまり、この国の王位継承者であるモント王太子殿下の子どもということだ。
その子を産むのが⋯⋯⋯⋯私?
ブラン様の顔を見ると、無言で頷かれた。
そういうことか。
この神託は魔王を討伐した日に下ったから、ブラン様がこの内容を知ったのは、王都に帰って来た日かその後だ。
だから、ブラン様は、私に伝えたい事があると言ってくれたのに、一度も会いに来てくれなかった。
ブラン様がご令嬢と婚約することを覆したところで、私がモント殿下と結婚することが決まっているから、どの道私たちが結ばれることはないと。
それどころかこれからは、私がいわゆる義姉?
とにかく、ロイヤルなファミリーということになる。
こんな残酷なことってあるの?
きっとこれが、ルーチェ様の言っていた試練⋯⋯
この世界のために尽くしてきた結末が、この仕打ち?
いや、むしろ最高の待遇か。
いずれ夫は国王になって、自分は王妃、息子も次期国王だなんて、おとぎ話の世界では最高のポジションだ。
ルーチェ様が、言っていたのは、ブラン様への想いを断ち切るという試練を乗り越えた先に、モント殿下との結婚という幸せが待ってるってことか。
悔しさで思い切り歯を噛み締めたから、奥歯がガリっと嫌な音を立てた。
本当はこの場で泣き出したい気分だったけど、そうもいかない。
「モントとセイラの婚儀を進める事が、最優先事項となる。以上。もう下がってよい」
返事をした方が良かったんだろうけど、頭が真っ白になった私は、玉座に向かって無言で一礼し、王の間を退室した。