54.簡単にこの恋を忘れられるわけがない
デート当日。
ノワール様の魔法で変装し、二人して髪と眼の色を茶色に変えた。
行き先のリクエストを聞かれ、王都にしか無さそうな場所でのんびりしたいと伝えてみた。
「じゃあ行こうか」
「はい」
手を繋いで大通り沿いを歩く。
この辺りは、私が転移してきた時に降り立った通りとは雰囲気が違い、高級ブティックが立ち並んでいる。
歩いている人たちも貴族が多いのか、きらびやかな服を着ている。
ちなみにノワール様は、神官のトレードマークのジャケットを脱いだ、白シャツ黒ズボンのスマートな格好で、私はミモレ丈の水色のワンピースを着ている。
「セイラちゃんは、ああいうドレスは着ないの?」
ノワール様はショーウインドウの前で立ち止まった。
そこにはローズピンクのオフショルダーのドレスが飾られていた。
胸周りや腰回りには、暗い金色の刺繍が入っていてシックな印象だ。
「素敵ですね! けど、着る機会があるかどうか」
「俺たちは英雄なんだから、これからお城のパーティーなんかは、毎回招待されるんじゃないかな」
「え⋯⋯そうなんですか⋯⋯」
もしかして、ブラン様の結婚式も⋯⋯⋯⋯?
「セイラちゃん、あっちの通りは、また雰囲気が違うから」
嫌な連想が始まろうとしていたところを、ノワール様は手を引いて裏通りに連れていってくれた。
そこには古そうな本屋さんがあった。
「ノワール様はよく本を読みますか?」
「聖典や歴史書は仕事柄よく読むけど、それ以外はあんまり読まないかな。セイラちゃんは?」
「私はここに来て最初の二ヶ月間で、教科書をたくさん読んだっきりですね。あ、教科書で思い出しました。私もアカデミーの授業を担当させてもらえることになったんです。何か参考になる本はあるでしょうか⋯⋯」
教育関連はここかな。
『子どもの褒め方・伸ばし方』、『集中できる! 面白い授業とは』、『子どもが真似したくなる教師の習慣』⋯⋯なるほど。勉強になりそうだ。
他にも面白そうな本があったので、何冊か購入することにした。
劇場でミュージカルを観たあとは、貴族御用達の高級喫茶店で、アフターヌーンティーを楽しんだ。
淡いピンク色がイメージカラーのお店のようで、店内の壁やイス、食器などに淡いピンクが挿し色で使われている。
三段のケーキスタンドには、一口サイズのサンドイッチ、スコーン、ケーキが乗せられていて、香りのいい紅茶と共に楽しむ。
「素敵です! けど贅沢すぎやしませんか?」
「魔物との戦闘とか野宿とか、辛いことをたくさん頑張ったんだから、これくらいしないと。今回もらった褒賞金も、よっぽど派手な使い方をしない限り、一生遊んで暮らせる額だった。ここで毎日三食食べても大丈夫だよ」
⋯⋯⋯⋯なるほど。
どうやら私もセレブの仲間入りを果たしたらしい。
アフターヌーンティーを楽しんだ後は、広場にやって来た。
公園の中央には噴水があって、その周囲にはきれいに手入れされた芝生のゾーンが広がっている。
「どう? 気分転換になった?」
「はい! 王都ってこんなに素敵な場所だったんですね!」
私の返事にノワール様は安心したように笑った。
うぅ。眩しい。
大丈夫。ちゃんと普通のデートが出来てる。
「セイラちゃんがいた世界では、どんなデートをするの?」
「そうですね⋯⋯一緒に綺麗な景色を見たり、食事やお酒を楽しんだり、後は⋯⋯スポーツ観戦や美術鑑賞とか、他にも色々です」
「そっか。じゃああんまり変わらないね」
「そうかも知れません。あ! 変わったものと言えばドライブとか! 車という乗り物があってですね⋯⋯ざっくり説明すると、油が燃えて発生するガスの力で走ってるらしいんですけど⋯⋯」
土の上に移動して枝で絵を描いて説明する。
「すごいね。詳しい原理が分からないけど、魔法使いにも似たようなことが出来たりして」
「それが実現すれば、あっという間に移動できちゃいますよ! これに乗って遠くまで知らない景色を見に行けますし、デートで海に泳ぎに行ったり、山に登ったりするのにも便利ですね!」
「へぇ。カップルで海に泳ぎに行ったり、山に登ったりするんだ。冒険だね」
ノワール様は目を丸くして驚いていた。
確かにこの世界では、それを冒険と呼ぶのかもしれない。
「そう言えば、ここに私たちの像が立つんですよね? どの辺りなんでしょうね」
「噴水の周りとか? けどそれだとボルドがうるさそう」
「水が弱点ですもんね。それで、こっそり教えて欲しいんですけど、ボルド様ってお風呂に入れるんですか? ちょっと本人には失礼で聞けなくて」
火属性の人が水に触れたらどうなるのか、前から気になっていたけど、中々聞くチャンスがなかったから。
「セイラちゃんは面白いね。失礼すぎて本人に聞かせたい。魔力や攻撃力が籠もって無ければ大丈夫だから、シャワーは浴びれるし、手も洗える。だけど水鉄砲は駄目みたい」
「なるほど。そういうことなら、それなりに普通に暮らせますね!」
公園の景色を眺めながら、のんびりと雑談する。
「パレードの時のアッシュ様のキラキラの魔法は、聖騎士限定の魔法でしょうか?」
「攻撃魔法をキラキラさせて出したんだと思う。俺も出来るかな。大きいのはみんなが驚いちゃうから、小さいのでやってみる」
ノワール様は手をかざして、ピンポン玉くらいの黒い玉を作った。
玉の周りは電気がビリビリ走ったように光っている。
それを空に打ち上げると⋯⋯紙風船がつぶれるような控えめな音がして、花が開いた。
「出来た」
「すごい! 明るい所だと闇属性は、くっきり見えますね!」
私が笑うとノワール様も嬉しそうに笑った。
その後、目の前で子どもが転んでしまい、すり傷をノワール様が治してあげるというハプニングもあり、話題は子ども時代のことになった。
「そっか。セイラちゃんは苦労して来たんだね。ご両親を亡くして、人間関係に振り回されて、仕事を追われて、命を狙われて、この世界に来て⋯⋯精霊たちともお別れして、失恋して⋯⋯だから何かに寄りかかるのも抵抗があるんだね。セイラちゃんの周りは常に環境が変化するから。人は変わらずそこにあるものに、安心感を抱いて信頼するから」
ノワール様はそう分析した。
確かに次々変わる環境に、適応し続けるような生き方をしてきたのかも。
「ノワール様はどんな子どもだったんですか?」
「真面目なフリして、大人の目をかい潜りながら、イタズラばっかしてた。アカデミーの工事中だった校舎に秘密基地を作ったりとか。アッシュとセルリアンは止めたけど、俺たち四人はノリノリだった」
「へぇ! それは知能犯ですね! ボルド様とジェード様は何となく想像つきますけど、ノワール様とブラン様もそっち側でしたか!」
またここで、せっかく忘れていたブラン様のことを思い出してしまう。
幼い頃から親元を離れて、アカデミーに通ってたノワール様にとって、六人で過ごした思い出は宝物なんだ。
ノワール様と一緒にいる以上、ブラン様の気配から逃れることは難しいみたい。
「セイラちゃん⋯⋯」
ノワール様は心配そうにこちらを見ている。
「ノワール様、ごめんなさい。私、まだ駄目です」
「大丈夫。そんなすぐに切り替えられないのが普通だから。それでいいんだよ」
ノワール様は言葉ではそう言ってくれたけど、少し寂しそうな目をしていた。