52.エルフと人間が一緒になれるわけがない
朝目覚めたら、隣でジェード様が眠っていた。
肌が透き通っていて、うらやましいくらい綺麗だ。
まつ毛も長くて、人間とは違う不思議な光り方をしている。髪の毛もそう。
本当に妖精なんだな。
ずっと一緒に冒険してきたとは言え、こんなに近くで、まじまじと見るのは初めてかも。
「ん? もう朝?」
ジェード様は子どもみたいに目をこすった。
寝起きだからか、ちょっと声が掠れてる。
「まだ寝ていて大丈夫ですよ。今日の予定はお昼からですから」
凱旋パレードと祝賀会から約一週間が経った今日は、六人での写真撮影が予定されている。
馬車の出発時間にさえ間に合えば、それまでは自由時間だ。
「あれ?⋯⋯セイラがいる。やったぁ」
ジェード様は無邪気に笑った。
まだ少し寝ぼけているのか口調も柔らかい。
「毎朝これがいい」
ジェード様は私の身体を優しく抱きしめた。
一連の行動に胸が締め付けられる。
この感情に名前を付けるとしたら、それはおそらく罪悪感。
結局私たちはキスまでしかしてないけど、まだ気持ちが一つになっていないのに、こうやって一緒に朝を迎える資格が、私にはないような気がする。
けど、側にいるだけで、こんなに喜んでもらえるなんて、幸せなことだよね。
そのままジェード様と二度寝をした後、マロンさんがヘアセットとメイクをしてくれると言うので、お言葉に甘えてお願いした。
昼食後、馬車に乗るための集合場所に向かうと、既に馬車が停まっていた。
まだ約束の時間の二十分前だというのに、中からは楽しそうな声が聞こえてくる。
もしかして私が一番遅い?
急いで乗り込むと、みなさんお揃いだった。
そこには一週間ぶりに見るブラン様の姿もあった。
同じ馬車なんだ。
てっきり王子様用の馬車に乗るのかと思ってたけど、一人だけ違うのも寂しいよね。
私は気まずさを顔に出しちゃったのかな。
車内が水を打ったように静まり返る。
「⋯⋯お待たせしてすみませんでした!」
「⋯⋯あぁ。いいんだ。私たちが早く来すぎたんだから」
「⋯⋯セイラちゃんはすっぴんでもかわいいのに、お化粧すると、ますます可愛くなるよね〜」
変な間がある中、ブラン様とボルド様が返事をしてくれた。
こういう時に真っ先に文句を言うジェード様は、静かに窓の外を見ていた。
当たり障りのない会話をしながら馬車に揺られ、写真館にやって来た。
ここは王都でも有名な写真館で、今からの時間は貸し切りなんだそう。
今日撮った写真は、歴史書や新聞記事に掲載される他、王都の広場に建設予定の記念像の参考資料になったり、記念グッズ化されたりと、色々活用されるらしい。
記念グッズの中には、いわゆる写真集的なものもあるそうだけど、確かにこの美男子集団ならアイドル視されるのも頷ける。
「ブラン殿下に真ん中にご着席頂いて、セイラ様が左隣に、あとはそうですね⋯⋯セルリアン様が右隣にご着席頂ければ、バランスがよろしいですね」
カメラマンの指示に従い、まずは歴史書と新聞用の集合写真を撮影する。
「はい! 続いてみなさん、笑顔でお願いいたします! ボルド様以外は表情が堅いですよ〜!」
ちらりと後ろのボルド様を振り返ると、それはそれは良い笑顔だった。
白い歯がキラッと輝いている。
私も真似しなきゃ。がんばれ。笑え。
ブラン様の隣で写真に写れるなんて、最初で最後の機会なんだから。
「続いてみなさん、お一人ずつの写真を、武器を構えて頂いて撮影します〜」
⋯⋯⋯⋯それはちょっと恥ずかしい。
ボルド様はノリノリで盾や斧を構えている。
ジェード様は杖を、ノワール様は聖典を、セルリアン様は数珠を持って、それぞれ撮影していく。
ブラン様は六花の剣と盾を構えている。
かっこいいな。
ついつい、うっとりとした気分で眺めてしまうけど、すぐに現実に引き戻される。
私、何やってんだろ。
「最後はセイラ様ですね!」
「はい!」
気を取り直して、短剣と砂川さんにもらった木の盾を構える。
「両手に短剣のパターンも撮影させてください〜」
「は〜い!」
「良いですね! 次、もうちょっと前かがみになって、手を前につく感じで〜! 次は床に座ってちょっと脚を崩してみましょうか!」
ん? なんだか私だけポーズが多いし、武器が関係なくなってるような⋯⋯
「次は、ちょっと肩ひもをずらしましょうか! あと、ショートパンツのボタンを外してもらって⋯⋯」
「ええ! なんか趣旨が変わってませんか!? 無理です無理です!」
「セイラ様のそういう姿を見たい男は、多いと思いますよ〜」
ぬぬぬ。
どうやら、とんだ変態カメラマンだったらしい。
「コホン」
なんと抗議しようか言葉を選んでいると、ブラン様が咳払いをした。
ふと男性陣を見ると、みなさんすごい形相でカメラマンを睨みつけている。
「ひぃ〜! 申し訳ございません! 先ほどまで成人誌の撮影をしていたもので⋯⋯」
カメラマンは、みなさんの圧に縮み上がっている。
この夢と魔法のファンタジーな世界にも、そういう物は存在するんだ⋯⋯
そこからはカメラマンも心を入れ替えて、真面目に撮影してくれた。
オフショットも撮りたいと言うことで、談笑しているシーンや、会議の様子などを撮影された。
後は、私以外の五人は、出身校であるアカデミーでの撮影もあるらしく、私はここで帰って良いことになったんだけど⋯⋯
「え〜なんで〜? セイラちゃんもおいでよ! 俺たちの母校を案内したいからさ〜!」
ボルド様が誘ってくれた。
「良いんですか? 実はどんな所なのか、ちょっと気になってたんです!」
みなさん頷いてくれたので、くっついていくことにした。
馬車で移動すること数十分でアカデミーに到着した。
アカデミーは広い敷地内に、茶色っぽいレンガ造りの建物がいくつもあった。
元いた世界の大学みたい。
四階建てくらいの棟が多くて、一つだけクリーム色っぽい建物がある。
正面の一番大きな建物には、垂れ幕がかかっていた。
『祝! 魔王討伐! ありがとう! 次の英雄は君たちだ!!』
その隣の幕には、ブラン様たち五人の名前が書かれている。
「見てください! みなさんの名前が、こんなに大きく書かれてますよ! 英雄を輩出した学校で学べるなんて、生徒が殺到しそうですね!」
「毎年ここは入学希望者が多くて、全員は受け入れられないんだ。今後も優秀な生徒がたくさん集まってくれると、私も嬉しい」
ブラン様は笑顔で答えてくれた。
うん。大丈夫。普段通りだ。
垂れ幕の前でみなさんは集合写真を撮った。
次は校内でも写真を撮るらしく、事前に約束していた先生に声をかけに行くことになった。
「ここは三歳から入学出来るんでしたっけ?」
「そうだよ〜まだおしめが取れたばかりの頃に入るから、学校と言っても遊びの時間が多かったけどね〜最初の二年間はあの建物だったな〜」
ボルド様はクリーム色の建物を指さした。
窓際の通路を通ると、子供たちが机に座って工作をしているのが見えた。
その隣の教室では、音楽に合わせてダンスをしているみたい。
幼稚園って感じだな。みんな楽しそう。
みなさんもあんな風に楽しく通ってたのかな。
「ブラン様以外は、みなさんここからご自宅まで、数日かかると思うんですけど、どうやって通っていたんですか?」
「ブラン以外はみんな、寮に入ってたんだよね〜家に帰るのは長期休暇だけ」
「へぇ! そんな小さい頃から寮生活ですか!」
その歳から親と離れて暮らすなんてすごいな。
自分である程度身の回りのことが出来ないと厳しいはずだ。
「あ、けどジェードたちエルフは、もうちょっと頻繁に帰ってたよね。月の三割くらいは居なかった気がするけど」
「おぅ。二〜三週間ここで過ごして、一週間は森に帰るって感じだったな。だからエルフだけ宿題が山盛り出されるんだ」
ボルド様の質問に、ジェード様は口を尖らせながら答えた。
やっぱりエルフにとっては、森から離れて暮らすのは負担なんだ。
そうこうしている内に職員室に着いた。
写真館の助手さんが、話をするために中に入っていく。
待つこと数分。
現れたのは、メガネをかけた初老の男性だった。
「ヌガー先生〜!」
みなさんは笑顔で駆け寄っていく。
「この国を救って頂き、ありがとうございました。みんな、本当に立派になりましたね」
ヌガー先生は優しい笑顔で、五人を順番に見ながら声をかけた。
「なぁ、ヌガー先生! 今いる魔法使いの生徒の中で、一番優秀なのはどんなやつだ?」
ジェード様はヌガー先生に懐いているのか、嬉しそうに隣に並んで話している。
「そうですね⋯⋯君の同胞のエムロード君も中々筋が良いですね。後は、五歳で中級になった水属性の子もいます」
「は? 早すぎんだろ。俺の時は八歳で中級になったって言ったら、持てはやされたっていうのに」
話を聞いていると、どうやら十歳未満で中級になるのはかなり優秀らしい。
そう思うと入学時点で上級だったセルリアン様って、本当にすごいんだな。
ヌガー先生に鍵を開けてもらい、五人は教室での撮影を開始した。
ヌガー先生の隣に並んで、撮影風景を見守る。
みなさんすごくいい笑顔だ。
「ヌガー先生はみなさんに慕われてるんですね。私も先生の授業を受けてみたくなりました!」
「もしみんながそう思ってくれているとしたらありがたいことです。王子であるブラン君と神童と呼ばれたセルリアン君がいる学年だから、特別記憶に残っているのはもちろんですが、当時から他の三人もそれぞれ優秀でした。優秀なだけじゃなくて、心も綺麗で素直ないい子たちだったんです」
「そうだったんですね。優秀なのもいい人なのも、みなさん大人になっても、変わってないですね」
なんだかまぶしいな。
私は学校に良い思い出がなかったから、こういうの、すごくうらやましい。
大人になってからも、ずっと信頼し合える友だちと先生⋯⋯
「そういえばセイラさんは盗賊でしたよね。もし教育に興味があれば、授業をしてはもらえませんか? 盗賊自体が、他の役職に比べて数も少ない上に、気まぐれな性格の者が多くて、教育者の適性がある人材が少ないんです。セイラさんが引き受けてくださるなら、生徒たちも喜ぶかと思います」
教育か⋯⋯
次世代を育てることは、私たちの次なる使命だ。
ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様も、それぞれ、お城とアカデミーで教育に携わる話が固まって来ていると言っていた。
盗賊が誰かに教育を出来る機会は限られているから、防衛関連の仕事しか道は無いのかと思ってた。
それも大事な仕事だけど、教育にだって挑戦してみたい。
「私でよければ、ぜひやらせてください!」
こうしてひよっこ教育者としての道が開けた。
みなさんと共にアカデミーを後にした私は、自分の部屋で休んだ。
その日の夜、ジェード様は部屋に来なかった。
そして翌日。
この日は、新聞記事に掲載するためのインタビューを受けることになっていた。
ジェード様は、この予定が終われば、一旦森に帰ることになっているので、優先的にインタビューを受けてもらう。
構成としては、全員で旅を振り返る座談、それぞれ個人の思い出話、最後にリレー対談がある。
リレー対談は、パーティーの加入順に行われるので、私の対談相手はブラン様とジェード様だ。
対談テーマはお互いの印象と思い出。
「セイラは鈍くさい所もあるけど勘がいいから、セイラのお陰で解決出来た事件も多かった。グランアルブを救ってくれたのもセイラだ。後はセイラがいると雰囲気が明るくなる」
「ジェード様は、冒険の初期から頼れるエースとして活躍されてました。困ったらジェード様が何とかしてくれるという安心感がありました! 口は悪いですけど、いつも心配してくれて、危ない時にはすぐに助けに来てくれました!」
インタビュアーが用意した、いくつかの質問に二人交互に答えて、対談を終えた私たちは、控え室に戻ろうとしていた。
長い廊下を歩いている途中、ジェード様の様子がおかしくなった。
「ジェード様、顔色が悪いですよ。それに、息も上がってます。どうされたんですか?」
ジェード様は私の質問には答えず、壁にもたれながら頭を押さえている。
「ノワール様を呼んで来ますから! 座って待っててください!」
座らせようと、両肩に手を置くと腕を掴まれた。
「行くな⋯⋯今晩帰るから⋯⋯そしたらすぐに治る」
呼吸の合間になんとか言葉を発している。
この症状は、グランアルブから離れているせいで出ているってこと?
「セイラ⋯⋯ごめん。こんな俺でごめん。けど⋯⋯それでも俺は⋯⋯セイラのことが好きだ」
ジェード様は私を抱きしめて、頭に顎を乗せた。
誰に見られてるかわからないような場所で、ジェード様がこんなことするなんて、かなり参ってるのかな。
「ジェード様、私⋯⋯」
「心配すんな⋯⋯大丈夫だから」
この夜ジェード様は、ヴェールの森に帰って行った。