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51.初恋初失恋のショックから立ち直れるわけがない※


 祝賀会の夜。

 ブラン様の婚約者探しのことを聞いて、ショックを受けた私は、気づいたら自分の部屋にいた。

 

 この世の終わりのような気分でいると、ノックの音が聞こえてくる。

 入って来たのはジェード様だった。

 その手には私のバッグを持っている。


「お前、かばんも置いたままフラフラどっか行きやがって。大事なもんが入ってんだろうが」

 

 ジェード様はベッドに腰かける私に、そっとバッグを差し出してくれた。


「ありがとうございました」


 俯いたまま受け取ってお礼を言う。

 どうやら私はトイレに行ったあと、会場には戻らずに部屋に帰ってきてしまったらしい。

 ジェード様はわざわざ持ってきてくれたんだ。

 迷惑かけちゃったな。


「そんなに泣くほど、ブランのことが好きなのかよ」

「え? 私、泣いてます?」


 ジェード様の声で気づく。

 ほんとだ。これは大泣きだ。


 気がついたら頬も、ズボンの太ももも、びっしょり濡れていた。

 太ももの上にたった今置いたバッグも、ボタボタと涙が落ちる音を立てながら濡れていく。

 

 そっか。私、こんなにブラン様のことが好きだったんだ。

 男の人を想って泣くなんて、生まれて初めてだった。

 これが恋か。気づいた瞬間、失恋も確定。

 みんな、こんな風に胸を痛めながら誰かを想っていたのかな。


「あはは、無様ですよね。けど、ようやく私も人間らしい感情を理解出来たってことですね! これで大人の女性の仲間入り⋯⋯」


 涙を拭いて笑顔を向ける。

 ジェード様は、痛々しいものを見るような目でこちらを見ている。


「無理して笑うなよ。見てらんねぇよ。こういう時ってどうしたらいいんだ? 俺、そういうのわかんないから」

 

 ジェード様は額に手を当てて悩んでいる。


「そうだ! お前はこういうのが好きだったよな! どれがいい?」


 ポンポンポンポン音を立てながら、両手から交互に花を出してくれる。

 薔薇、ガーベラ、チューリップ、カーネーションなどなど⋯⋯


「あはは! すごいです! 全部好きなやつです! マジックみたいですね! あ⋯⋯そっか。本物の魔法ですもんね!」


 出してもらった花を束ねて胸に抱くと、可憐な香りがした。

 それにしてもこの花束って、まるで結婚式のブーケみたい⋯⋯

 悪い連想が始まってしまい、また涙が出てくる。


「おいおい⋯⋯あ、あと! あれか! 笛だ! お前はあれも好きだったよな?」


 ジェード様は今度は手から笛を出した。


「けどこの部屋では無理か、後はそうだな⋯⋯」

 

 私を元気づけようと、あたふたしてるジェード様から優しさが伝わってくる。

 その気持ちがすごくありがたいけど、困らせちゃったみたい。


「もう、大丈夫です! わざわざありがとうございました! ジェード様もお疲れでしょうから、ゆっくり休んでくださいね。お休みなさい!」

 

 これ以上は甘え過ぎだ。

 そう思って話を切り上げようとしたんだけど⋯⋯

 ジェード様は宝石みたいな目で私をじっと見つめている。

 その表情はいつになく真剣だ。


「ジェード様?」


「セイラ、大丈夫だ。俺がちゃんと慰めてやるからな」

 

 そう言うとジェード様は、私の両肩に手を置いて、ベッドに押し倒した。

 そのまま馬乗りになったかと思ったら、隣にゴロンと横になる。

 私の身体に布団をかけて、その上から抱きしめて、頭を撫でてくれる。

 

「俺がガキの頃、親が死んで大泣きしてたら、ジジイが毎晩こうしてくれたんだ。ジジイは笑えるくらい音痴だったけどな」


 ジェード様は子守唄を歌いながら、私の背中をポンポンと叩いてくれた。


 幼い頃のジェード様も毎晩泣いてたんだ。

 私もお母さんが入院を繰り返す度に泣いたし、亡くなった時も毎晩泣いてた。

 この人は自分も苦しんだ経験があるから、他人の苦しみにも寄り添えるんだな。


 子守唄を歌うその歌声は、透き通るように美しかった。

 目を閉じると、そよ風が吹く森の中にいるような気分になって癒される。

 結局私はジェード様の優しさに甘えて、腕の中で眠った。



 それから毎晩、ジェード様は、夜寝る時間になると部屋に来てくれた。

 

「ジェード様。私はもう大丈夫ですから。ジェード様もゆっくり休まないと、毎晩毎晩大変ですよ?」


「俺がやりたくて、やってんだからいいんだよ。お前が今泣いてるかもって思ったら、居ても立ってもいられないから。ほら。支度ができたんなら早く寝ろ」 

 

 ジェード様はベッドの上にあぐらをかいて座り、ベッドをポンポンと叩く。

 私は横にはならずに、隣に座って話を続ける。


「ジェード様だって、いつかは森に帰っちゃうんですよね?」


 私たち五人は王宮への居住権が与えられたものの、ジェード様とボルド様とセルリアン様は、元々の住処の環境が合っているからと、王宮にはこちらでの仕事がある日だけ、泊まるような形にするそうだ。


 ノワール様はお父様の勧めもあって、当分の間はこちらで仕事をしながら生活するみたい。

 

「まぁ、あとは写真撮影とインタビューだっけか? それが終わったら一旦森に帰るけど」


 つまり、こんな生活がいつまでも続くわけじゃない。


「こんな風に毎晩優しくされたら、居心地が良すぎて、このままだと依存症になっちゃいます。弱ってるからって、いつまでも甘えていられません」


 こんなことを続けてたら、こうしてもらえない日に苦しくなってしまう。


「それで良いだろ。もっと俺に依存しろよ」


 ジェード様は私を真っ直ぐ見つめながら言った。


 ベッドについた左手を上から握られる。


 そのまま顔が近づいて来て、そっとキスされた。

 慈しむような優しいキスだった。

 唇が離れたあとも、至近距離で見つめ合う。

 

「嫌じゃない?」


「⋯⋯嫌じゃないです」


「なぁ。なんであの時泣いた? グランアルブで別れた時」


「それは、寂しくて」


「俺だってお前と離れるのは寂しいよ。泣きたいくらい」


 そのまま強く抱きしめられる。


「セイラ、好きだ。もっと一緒にいたい。もうここを出て、ライズで暮らさないか? ずっと側には居られないかもしれないけど、時々は森に帰らないといけないけど、できるだけ寂しい思いをさせなくて済むように、俺、頑張るから。人間とエルフだって一緒になれる。だって、俺たち、あんな風に旅が出来たじゃん」


 頬に手を添えられ、再びキスされる。


 こんな風に思いを伝えられて、心が揺れ動かないわけがない。

 私はもうブラン様を好きでいちゃいけないんだし。


 ジェード様と一緒にいたら楽しいし、彼のことは普通に好きだ。

 ジェード様の長い人生に、最後までは寄り添えないけど、最初の女として、私の人生は捧げることができる。

 けど、こんな曖昧な気持ちのままで、種族の壁は乗り越えられる?

 それって結局は、ジェード様の負担が大きいんじゃ⋯⋯


 柔らかく繰り返されるキスに、迷いながら応えていると、優しく横たえられた。 


「俺、こんな気持ちになったのは、初めてだから⋯⋯」


 大切にしまい込むように胸に抱かれると、こんなにも愛されているのかと、実感できる。


 結局、この日は明確な返事が出来ないまま、ただただ与えられた愛情を受け入れた。

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