50.王子様が本気で私を愛しているわけがない
凱旋パレードの日の夜には、祝賀会が行われた。
パーティー会場の壁には、神様を描いた巨大な絵画が飾られている。
そこにはナーダ様もいて、六柱の神が揃っていることに嬉しくなる。
祝賀会の前半は勲章授与式だった。
六人で横一列に並び、両陛下の前にひざまずく。
貴族たちにも見守られる中、国王陛下が胸元に勲章をつけてくれた。
授かった勲章は、六芒星のマークと王冠がモチーフになった物だった。
会の後半は、煌びやかな雰囲気のパーティーだ。
オーケストラの演奏を聴きながら、豪華な料理を楽しむ。
この後、ダンスパーティーもあるとか。
ブラン様は両陛下と共に、会場の正面の席に座っていて、モント王太子殿下は不在みたい。
私たち五人は、その少し離れた隣の長いテーブルに、横一列に座っていた。
私は中央側の端の席で、隣がジェード様だ。
「みなさんはダンスも出来るんでしょうか? 私は全くの未経験なんですが⋯⋯」
こんなことなら、誰かに習っておけば良かったかな。
「あ? 俺にそんなもんが出来るように見えるか?」
「俺も未経験で〜す〜」
ジェード様とボルド様はこっち側らしく、安心する。
「俺は少しだけなら」
「僕も出来る。しかし、失神は免れない」
ノワール様はさすが大神官の息子だ。
こういうのもきちんと押さえているらしい。
セルリアン様のそれは、出来る内に入るのか⋯⋯
ワイワイと話していると、オーケストラの演奏の曲調がワルツに変わった。
貴族たちが男女ペアになってダンスを始める。
ブラン様も陛下に促され、ダンスホールに降りて行く。
「キャー! ブラン殿下! ぜひ、わたくしと踊ってくださいませ!」
「次はわたくしと!」
「お願いいたします!」
美しいドレスを着たご令嬢たちに、あっという間に囲まれていく。
ブラン様はそんなことにも慣れた様子で、順番にご令嬢たちとダンスを踊っていた。
こういうのを見ると、やっぱり王子様なんだなと実感する。
どのご令嬢も幸せそう。
それにブラン様だって素敵な笑顔だ。
すごくお似合いだな。
一緒に冒険に出たから、近づけた気になっていたけど、本当なら雲の上の人、別世界の住人だもん。
お祝いの席だと言うのに気分が沈む。
「セイラちゃん、俺と踊ってみる?」
ノワール様が声をかけてくれた。
「え? 未経験者は恥さらしになりません?」
「大丈夫。俺と同じ動きをすれば、それっぽくなるから」
ノワール様は私の手を取って、ダンスホールまでエスコートしてくれた。
見様見真似で左手をノワール様の肩に置く。
ノワール様は私の腰に手を回して、右手を握った。
次の曲が始まり、ノワール様が踏むステップに合わせて動く。
動きを真似するのが、元の世界のダンスゲームみたいで、結構面白いかも。
「セイラちゃん上手。普通に形になってるよ」
ノワール様は優しい笑顔で褒めてくれる。
うぅ。眩しすぎる。
「こんなことなら、ドレスにすれば良かったかもしれません」
華やかなご令嬢たちを見て少し羨ましくなる。
「ドレス姿も見たいけど、どんな格好をしていたとしても、セイラちゃんが誰よりも綺麗だよ。今日だってそう」
こんな間近で甘い言葉を言われると、ついついその気になってしまいそうになる。
「ノワール様も素敵ですよ! ほら、ご令嬢たちの熱い視線を感じます!」
少しずつ、私たちの周りに人が集まってきている。
曲が終わったところで、ノワール様は囲まれた。
「ノワール様〜!」
「素敵です〜!」
「次はぜひ、わたくしと!」
ここは助けるべきか、静かに退散するべきか⋯⋯
ノワール様の合図を待つ。
「セイラ様、僕と一曲踊っては頂けませんか?」
私の方に声をかけてきたのは、歳が近そうな男性だった。
それを皮切りに、遠巻きに見ていた男性たちが近づいてくる。
「セイラ様、なんとお美しい!」
「僕もぜひ、お近づきになりたい」
ちょっとした体験レッスンのつもりが、なんだか大事に⋯⋯
こういうのって、女性から断るのはNGとかあるのかな?
けど下手くそだし、万が一貴族のお坊ちゃまの足を踏んだり、こんなとこで、見知らぬ人にラッキースケベを引き起こしたりなんかしたら⋯⋯
戸惑っていると男性陣の声が止んだ。
誰かに道を譲るように、人々がはけていく。
「私と踊って頂けませんか?」
そこには、私に向かって微笑みながら手を差し出すブラン様がいた。
「はい⋯⋯よろこんで」
私は笑顔でその手を取った。
左手をブラン様の肩に置くと、ブラン様は私の腰に手を当てて、右手を握ってくれた。
曲が始まり、ブラン様の動きについていく。
「セイラは何でも飲み込みが早いな」
「先ほどノワール様に教えて頂きましたから。今は、ブラン様について行ってるだけなので、ブラン様がお上手なんです。って当たり前のことを言いましたね」
王子様に向かって、ダンスがお上手ですねなんて、逆に失礼だったかも。
「君は男を立てるのも上手だな」
ブラン様は微笑んでくれた。
そこからは夢のような時間だった。
「セイラ、君は本当に美しい。世界で一番美しい」
こんなとろけるようなセリフを、真っ直ぐ見つめられながら言われるなんて。
「世界一美しいのはブラン様です⋯⋯」
会場の雰囲気に飲まれているのか、目の前の彼に夢中だからか、こんな事も言えてしまう。
「セイラ」
「はい」
「セイラ」
「はい、ブラン様」
返事をして名前を呼ぶと、愛おしそうに見つめられる。
けどその表情はすぐに曇っていって⋯⋯
「ずっと君だけを見ていたかった。俺だけを見ていて欲しかった⋯⋯」
ブラン様は悲しそうに呟いた。
「それってどういう意味でしょう?」
その質問には、困ったような笑顔で返されてしまった。
モヤモヤしたまま曲が終わる。
また男性陣が、私たちを囲むように近づいてくる気配がする。
「あの⋯⋯このまま席に帰ることって、できたりします?」
恥をしのんでお願いする。
「あぁ。もちろん。君が望むなら」
ブラン様は私の手を取って、そのまま元いた席までエスコートしてくれた。
「セイラ、ありがとう。最後に、良い思い出になった」
ブラン様は耳元でそう言った。
さっきから、なんなんだろう。
まるでもう会えないみたいに。
それからもダンスパーティーは続き、お開きの時間が迫ってきた頃、陛下からお話があった。
「今日、このような盛大な宴を開くことが出来たのも、六人の英雄たちの活躍があってのこと。皆には今一度、英雄たちを讃えて欲しい」
陛下の一声で、再び会場に拍手が巻き起こる。
「そして今日、皆に知らせたいことが二つある。一つは、病に伏せていたモントが、快方に向かっているということじゃ。まだ日はかかるかもしれんが、いずれこのような場にも、姿を見せられるようになるであろう」
良かった。
モント王太子殿下も体調が良くなって来たんだ。
会場に安堵したような空気が流れる。
この国の後継者はモント殿下だから、今までみんなも不安だったのかもしれない。
「そしてもう一つは、ここにいるブランについてじゃ。此度、魔王討伐という偉業を成し遂げ、また、そろそろ妃を迎えても良い年齢となった。ふた月後、ブランの婚約者を正式に決定するため、パーティーを開くことにした。年頃の令嬢がいる家門にはすでに招待状を送ってある。ぜひ前向きに検討してもらいたい。以上」
陛下の言葉に会場は歓声に包まれる。
けど私の頭には殴られたような衝撃が走り、何度も陛下の声が響く。
二ヶ月後、ブラン様の婚約者が、貴族のご令嬢の中から決まる⋯⋯そりゃそうか。
私は何を勘違いしてたんだろう。
ちょっと甘い言葉を言われて、期待して浮かれて。
けど間違いなく愛してるって言われたのに。
伝えたい想いがあるから、待っててくれって言われたのに。
それも華麗な王子様の通常運転に過ぎなかったのかもしれない。
ブラン様も私と一緒で、旅の雰囲気に飲まれて、自分の立ち場を忘れていただけなのかもしれない。
たぶん、さっきのダンスが終わったあとの言葉は、もう現実に戻らないといけないと、そういう意味なんだろう。
胸が割れたように痛む。
左からジェード様たちの視線を感じるけど、怖くて見れないや。
そのまま立ち上がってお手洗いに逃げ込んだ。
個室に入ると、トイレの中からも外からも、色んな声が聞こえてきた。
伝説級になってから、異様に耳が良くなったんだよね。
便利なような、不便なような⋯⋯
「娘とブラン殿下の結婚が決まれば、この家も安泰だ」
「この国を救った英雄に選ばれれば、わたくしの名も、歴史に刻まれることになりますわ」
「どんな手を使ってでも、殿下の心をわたくしのものにしてみせます」
「本当はブラン殿下こそ、次期国王にふさわしい」
「それにしても、まさか英雄の中に女が混ざっているなんてねぇ」
「男ばかり六人で旅をしていて、おまけにあの美貌だ。相当使い古されているだろうな」
「それでも構わない。彼女を娶れば僕の名も轟くだろう」
貴族たちの下品で自分本位な発言に、嫌気が差す。
ブラン様はこんな世界で、ずっと生きて来たんだな。
そして、これからも。
そこからはどうやって帰って来たのか。
気づいたら自分の部屋にいた。