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5.盗賊の前世がマトモな人生なわけがない


 翌日。 

 この日から、早速、騎士たちの屋外訓練場をお借りしての訓練(レベル上げ)が始まった。


 現在の私の等級(レベル)は『初級』。

 初級・中級・上級・特級・超越級の五段階の一番下。

 まぁ、最初の内は、そんなものだろう。


 先ほど、師匠から渡された、手のひらサイズの手帳は、魔力が込められた、特殊な紙で出来ているらしい。


 私の属性・等級・使用できるスキルなど、様々な情報が記載されていて、この紙に触れる度に、情報が更新されるというのだから、なかなかに便利だ。


 今の私に必要な訓練は、短距離及び長距離の走り込みと短剣の扱いだ。

 そして、師匠というのが、昨日私を助けてくれた聖騎士アッシュ様だ。

 

 アッシュ様は、聖属性の聖騎士で、騎士の上位の存在だそう。

 騎士団内の剣術大会で優勝するほど、剣の腕が立つ上に、馬術も極め、さまざまな魔法も使えるというすごい人。

 等級は、まさかの上級だ。


 盗賊(シーフ)である私は、魔法は使えないけど、聖属性同士、波長が合うだろうということで、訓練をつけてくれることになった。


 属性には、相性というのが存在して、聖属性は闇属性と、互いに弱点同士なのだそう。


 ちなみに、水は火に強く、火は木に強く、木は水に強いの三すくみ状態で、無属性は弱点を突くことも、突かれることもないらしい。


 

「足の速さは、さすがといった所だが、持久力も高めていかなければならない。短剣の方も鍛え甲斐がありそうだが、ここで昼休憩にしよう」


 アッシュ様は、午前中の訓練での様子を、そのように評価してくれた。

 


 屋外訓練場のベンチに二人並んで座り、サンドイッチを食べる。

 このサンドイッチは、騎士団専属の料理人が作ってくれたもので、中には野菜やお肉、卵が挟まっている。


 たくさん身体を動かし、栄養補給が必要な騎士たちが満足できるようにと、好きなだけ食べていいことになっている。


 テーブルの上に、おびただしい量のサンドイッチが積み上げられている様には驚いたけど、午後の訓練が始まる頃には、全て無くなるという。


「訓練はどうだ? やって行けそうか? 盗賊に稽古をつけるなんて初めてだから、正直加減が分からない。本当にきつかったら、いつでも言ってくれ」


 アッシュ様は優しい言葉をかけてくれた。

 

「今のところは大丈夫そうです! アッシュ様の説明は、私みたいな初心者にも分かりやすいですし、ちょっとした所も褒めて頂けるので、俄然(がぜん)やる気が出ます!」


 アッシュ様はガタイがよくて、強そうだけど、優しいお方みたいだ。

 それにお顔立ちも整ってらっしゃる。 

 けれども、昨日の様子から察するに、意外と涙もろい一面も⋯⋯


「そうか。ならば、午後からは、もっと動きをつけながら、短剣の扱いを説明しよう。素早さを活かして、敵に奇襲をかけることができる上に、防御が低い盗賊にとっては、身を守る手段にもなるだろうからな」


「はい! 色んな技を習得できるのが、今から楽しみです!」


 実践的な訓練を受けられそうな予感に、少しワクワクしてきた。



「ところで教えて頂きたいんですけど、属性や役職(クラス)って、どうやって決まるのでしょうか? 属性に関しては、どの神様の祝福を頂けるかということは分かったのですが、なぜ聖の女神様に選ばれたのかとか、どうして盗賊だったのかとか、よくわからなくて」


「多くは血統が関係するとされている。木属性の魔法使い同士の子どももまた、木属性の魔法使いであることが一般的だ。俺は、騎士である父と神官の母の間に生まれ、このような特殊な役職になったのだろう。後は、前世での行いなども関係するとされているが、逆に聞かせてもらいたい。転移前の世界で、どういう人生を送れば、セイラのような属性と役職の組み合わせになるのかを」

 

 アッシュ様は興味深そうに質問してきた。

 この世界の生まれではない私の場合、前世というのは転移前の世界での『星山 聖良』としての人生のことで、それが今の属性と役職に影響しているのか。


「私の人生ですか? あまり面白いものではありませんが、何かのお役に立つでしょうか⋯⋯」


 アッシュ様とともに、自分の人生を振り返ることにした。



※ ※ ※



 二十一年前、温かく愛情深い両親の元に生まれた。

 兄弟はおらず、両親の愛情を一身に受けたと聞く。

 というのも、父親は二歳の頃に病死していて、残念ながら、一緒に過ごした記憶は残っていない。


 父からの最初のプレゼントであるキリリとキララは、そういった理由からも、とにかく大切に扱って来た。


 母は父と同じ病気を抱えていて、二人は患者会での情報交換をきっかけに知り合ったらしい。

 母は、私が高校二年生の時に他界するまで、毎日弁当屋で働きながら、私のことを育ててくれた。

 

 私はそんな母が大好きで、尊敬していた。

 母に心配をかけたくないからと、順調な学校生活を送っているフリをしていたけど、実際はそんなことはなくって⋯⋯



 異性に好かれてしまったせいで、初めて嫌な思いをしたのは、小学三年生の時だった。


「私、次の理科の授業の校内探検は、今回も森本くんを誘うから、みんなも応援して!」


 友だちの美香ちゃんは、私たち仲良しグループのメンバーにお願いしてきた。

 美香ちゃんは、活発で運動神経がいい森本くんに片思いしている。


 このあとの授業では、先生が出したお題を校内から探し出す、校内探検というペア活動がある。

 これは今回で三回目で、先生が指定した種類の花や材質の物が、校内のどこにあったかを紙に書き出していく人気授業だ。


「わかった!」

「森本くんと美香ちゃんがペアになれるように、みんなで誘導しよ!」

 

 グループの子たちは口々に言った。


 そして、理科の時間が始まってすぐに、問題は起こった。


「え〜俺、お前と組むのイヤだ」


 森本くんは、美香ちゃんの誘いを断った。


「どうして!?」

「お前はいつも喋ってばっかで、この前も役立たずだったじゃん! そうだ! 俺、星山と組むわ。星山はちゃんと事前学習もして来てるし!」


 森本くんは私の手を掴んだ。

 その瞬間、美香ちゃんの表情が凍りつくのがわかった。

 けれども、クラスの雰囲気は盛り上がってしまい⋯⋯


「ヒューヒュー! 熱々カップル誕生〜!」

「この前、森本が星山のこと可愛いって言ってたぞ〜!」

「森本! よかったな!」

 

 男子たちがはやし立てる。


「おい! やめろよ!」


 森本くんは周りに注意するけど、顔を赤くしていて、まんざらでもなさそうだ。


「森本くんは私よりも、美香ちゃんと組んだ方が⋯⋯」


「俺は星山がいいって言ってるじゃん!」


「もういい! 聖良ちゃんと組んだらいいじゃない!」


 美香ちゃんは怒ってしまった。


 

 放課後、仲良しグループの子たちに囲まれて、さっきのことを責められてしまった。


「美香ちゃんは森本くんのことが好きだって、ずっと言ってたよね?」


 泣いている美香ちゃんの背中を擦りながら、友だちは言った。


「聖良ちゃん、ひどいよ!」

「私たちは応援するって約束したじゃん!」


 みんな口々に私を責める。


「でも私が何かしたわけじゃないし、森本くんにもちゃんと美香ちゃんと組むように言ったし⋯⋯」


「そういうのがムカつくのよ! 私、聖良ちゃんみたいな子のこと、なんていうか知ってる。『泥棒猫』って言うのよ!」


 それから私は、クラス内で、一部の女子からハブられる事になった。

 こんなことは、まだまだ続き⋯⋯



 中学生二年生の時。


 生物係だった私は、週に一度、放課後に金魚鉢の掃除をしていた。


「また一人で掃除してるの?」


 話しかけて来たのは、親友の双葉ちゃんの彼氏の翔太くんだ。


「うん。まぁ、生き物係だからね」

「けど、係のやつって他にも三人くらい居ただろ?」

「餌やりはやってくれてるから、掃除くらいは私がやればいいし」


 両手にゴム手袋をつけて、スポンジで金魚鉢をこすりながら会話する。

 もちろん金魚たちは、別の容器に避難中だ。


「俺、聖良のそういう所が好き」


 翔太くんは真剣な表情で言った。


「わ〜ありがと〜褒められた〜」

「茶化すなよ。本気で言ってる」


 翔太くんは私のことをじっと見つめたあと、いきなりキスしてきた。


「何してるの!? 翔太くんは、双葉ちゃんと付き合ってるんじゃないの!?」


「あんなの表向きだけで、俺の中ではとっくに終わってる。だから付き合って欲しい」


「そんなのだめに決まってるでしょ!」


 ゴム手袋をつけたまま、肘で翔太くんを押し返していると、教室の入り口に立ち尽くしている双葉ちゃんと目が合った。


「聖良、どういうこと? 翔太は私の彼氏なんだよ? ずっと私のことを裏切ってたの? 人の彼氏を盗ったの?」


「違うよ! 双葉ちゃん!」


 この声が双葉ちゃんに届くことは無かった。



 高校二年生の時。

 母を亡くした後も、保険や国の制度のおかげで、学業は続けられることになった。

 高校の近くで一人暮らしを始め、授業が終わったあとは、近くの個人経営の定食屋で働くことになった。


 この店で働くことになった経緯は、スタッフを募集していた店長に、道端で声をかけられたというものだった。

 家庭の事情を説明すると、法律で定められた労働時間の上限いっぱいまで働いていいと言ってくれて、ありがたかった。


 

 友だちの佐知ちゃんの好きな人の航くんは、私のことをいつも褒めてくれた。


「星山はいつも頑張ってて偉いよ。俺も、俺にできることをして、星山を支えたい」


 航くんは、一度告白してきてくれたけど、母を亡くした直後で気持ちも不安定だし、バイトも忙しいから考えられないと断ったことがある。


 それでも航くんは、私を不憫に思ってか、家族や友だちと食事をする場に、この定食屋を選んでくれるようになった。

 店長も、恐らく私に、そういうのを求めていたのだと、今ならわかる。


「あんたは私の好きな人を奪った挙げ句、気持ちを(もてあそ)んで、バイト先に通わせて、お金使わせて。まるでキャバ嬢だね? やり方が汚いって自分で思わない?」


 佐知ちゃんは怒っていた。


 私はただ、一生懸命生きているだけなのに。

 佐知ちゃんは、学校が終われば部活をして、バイトしなくても、お金に困ってなくて、家に帰れば家族がいるのに、まだ欲しいものがあるんだ。


 私が本当に欲しいものは、航くんじゃないのに。

 それでも、佐知ちゃんの言葉に何も言い返せなかった。



 高校卒業後は、そのまま定食屋でフルタイムで働かせてもらえた。

 二号店を出す話が出たので、奥さんが開業準備に忙しくしていた分、私がその穴を埋めるためだ。

 しかし、最終的にはこの店を追い出されることになる。


 二号店の店長候補で見習いの高橋くんが、私のことを好きになったから。


 この頃の私は、男性に好かれないように、あえてダサい服装や髪型を心がけ、とにかく愛想悪くすることが板についてきた時期だった。


「聖良ちゃんは、真面目に黙々と仕事をしていて、周りのこともよく見ていて、完璧なタイミングでサポートしてくれる。そんな聖良ちゃんのことが好きなんだ」

  

 高橋くんは、そう言ってくれたけど、実は高橋くんは、店長の娘さんの鈴花さんとの結婚を条件に、店を任せるという話が出ていたそうだ。

 高橋くんは、その条件を蹴ろうとしたようだけど、店長に説得され、追い出されたのは私だった。

 


 どうしてこうも上手くいかないんだろう。

 私はただ、自分のやるべきことをやっているだけなのに。

 明日からどうやって、生計を立てていけばいいんだろう。


 別れさせ屋の所長と出会ったのはそんな時だった。


「あんたのその才能、人助けに使わない?」


 所長は、答えのない世界に迷い込んでいた私を、救い出してくれた。



 ※ ※ ※

 

「そして、ターゲットだった男に命を狙われて、この世界に逃げ込んで来たんです! ってあれ? アッシュ様⋯⋯?」


 アッシュ様は、私の話を静かに聞いていたかと思いきや、目頭を押さえている。

 もしかして、また泣いてる!?


「あの⋯⋯大丈夫ですか?」


 アッシュ様の肩に手を置くと、腕を掴まれて、強く抱きしめられた。


「え!? ちょっと!」


「セイラを愛してしまう男たちの気持ち⋯⋯俺には理解出来た気がする」


「ええ! 何を言ってるんですか? あなたちょっと感動屋さんの気がありますから、感情移入しすぎましたね?」

 

『師弟愛』

 アッシュ様のこれは、弟子可愛さに湧いた感情のはず。


 けれども、強くて(たくま)しくて、顔立ちが整った男性に抱きしめられて、不覚にも一瞬ときめいたような、そうでないような。

 戸惑いながらも身体を離そうとしたところで、私の力では敵わない。


「もう少しだけこのままで⋯⋯」


「はぁ。まぁ、もう少しだけなら」


 結局、アッシュ様は、結構な時間そのままの状態で、午後からの訓練は、なかなか始まらなかったのだった。

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