46.六人で力を合わせれば魔王を倒せないわけがない
魔王に身体を乗っ取られ、ブラン様に毒を入れてしまった私は、かつて仲間だったみなさんと対峙していた。
そこに現れた謎の聖女様⋯⋯
「神を欺いたこの者を封印しなくてはなりません!」
聖女様は声高らかに叫んだ。
その声を聞いて分かった。
この子が本物の魔王だ。
さっきから私に語りかけてきていた声と同じだ。
「聖女? 神を欺いた? なに言ってんだ?」
「俺たちが聞かされた神託が間違っているとでも?」
ジェード様とノワール様は、聖女様を疑ってくれている。
それなのに私は、二人のことを攻撃してしまった。
私が手をかざすと、白い球が前方へ飛んでいく。
二人は避けてくれたけど、後の本棚が消えてなくなった。
「はぁ? お前、こんな魔法が使えたのか?」
「そんなわけない。イーリス北の神殿の天秤で、魔力を測った」
「状況の理解が追いつかないが、相談している暇は無さそうだ。とにかく彼女の動きを封じるんだ。僕はここで結界を張り直す。中心は少しずれるが、やむを得ないだろう」
セルリアン様は精霊と交信し始めた。
すると、セルリアン様と瓜二つの姿形の影のような精霊が現れた。
精霊が天に向かって両手を伸ばすと、ヒュドールの秘宝の水瓶が現れる。
やがて水瓶から水が勢いよく噴き出し、天井をすり抜けて、半球状に広がり、城を包みこんでいった。
「さぁ、始めましょう。彼女はこの国の王子を手にかけようとした、悪そのものです!」
聖女様が、みなさんを扇動しようとするも、誰も動かない。
「何をしているの? 早くしなさい! やらないなら私がやるわ!」
聖女様は私に手をかざした。
細かい光の矢が飛んでくる。
あぁ、終わった⋯⋯
絶望的な状況に陥った時、バングルが光り、パステルが飛び出してきた。
パステルは身体を大きく膨らませ、角から氷の壁を作り出して、矢を防いでくれた。
けれども、矢が当たった部分の壁が消えてしまい、パステルの身体に矢が突き刺さる。
「キュイン」
パステルは苦しそうに叫んでいる。
私を庇うために⋯⋯ごめんね⋯⋯
その光景を目の当たりにして、みなさんは絶句している。
聖女様は苛立ったように舌打ちした。
すると私の身体はまた勝手に動き出した。
パステルや仲間のみなさんに向かって、無数の魔法攻撃を放つ。
ボルド様は盾を構え、ジェード様は防御魔法を使い、毒に苦しむブラン様と回復中のノワール様を庇う。
セルリアン様は、城を包む結界を維持しながら、自身の周りにも結界を張る。
止まない攻撃に、床も盾も結界も、穴だらけになっていくし、こんな攻撃をずっと受け続けていたら、いつかは命を落としてしまう。
「もう駄目! これ以上は盾がもたない!」
「頼む! 彼女を止めてくれ!」
ボルド様とセルリアン様は、辛そうに叫んだ。
「迷っている時間はありません! 仲間たちがどうなっても良いのですか!?」
聖女様は、攻撃をためらうジェード様に問いかける。
そろそろ私も覚悟を決めよう。
これ以上誰かを傷つけるくらいなら、いっその事、このまま⋯⋯
「皆! 待ってくれ!!」
声を振り絞るように叫んだのはブラン様だった。
毒が抜け切らないのか、顔色は真っ青で、苦しそうに肩で息をしている。
絶対服従のスキルを使っているんだ。
聖女様とパステル以外の全員の動きが、強制的に止まった。
「絶対にセイラはこんなことをしない! 何かに操られているんだ! 頼む、セイラを信じてくれ! 彼女が今まで、私たちにしてくれたことを思い出してくれ!」
ブラン様はこんなに酷い目に遭っているのに、それでも私のことを信じてくれるんだ。
「どうして、この女を信じようとするの!? もっと疑いなさいよ! 怒りなさいよ!」
聖女様は叫んだ。
「それは私が⋯⋯セイラを愛しているからだ」
ブラン様は、はっきりと言葉にして言ってくれた。
私を愛していると。
嬉しさと愛おしさで胸が熱くなる。
すると、首にかけていたペンダントが、激しく光り始めた。
この光から温かさを感じる。
きっとみなさんが、ブラン様の言葉を信じて、私のことを信じてくれたから。
そう直感した。
完全に光に包まれると、私の身体は解放された。
「ありがとうございます! もう自分の意思で動けます! 後で謝りたいです! とにかく、この子が魔王です!」
呆気に取られている聖女様に、一気に駆け寄り、略奪を使った。
「最初、助けてって、早く終わりにしたいって、こんな自分は嫌いだって言ってたよね? もう終わりにしよう」
掴んだものを引きずり出すと、光る玉が大量に溢れだして来た。
聖女様の身体が玉へと姿をかえて、ポロポロと床に落ちて消えていく。
一つ一つの玉は、絶望、悲しみ、悔しさ、寂しさ、怒り、嫉妬⋯⋯色々な名前がついていた。
聖女様はとうとう、完全に姿を消した。
「みなさん、傷つけてすみませんでした」
床に座って頭を下げる。
そこにパステルが駆け寄って来てくれた。
「ごめんね。ありがとう」
身体を撫でながら抱きしめる。
「セイラちゃん、ごめんね。俺が頼りなかったばっかりに」
「僕もどうする事も出来ずに、申し訳なかった」
ボルド様とセルリアン様は、何も悪くないのに謝ってくれた。
「お前、びっくりさせんなよ」
「乗っ取りを防げなくてごめんね」
ジェード様とノワール様は、ホッとしたような表情をしていた。
「セイラ⋯⋯」
まだ少し辛そうなブラン様に、駆け寄り抱きつく。
「ごめんなさい。ありがとうございます。信じてくれて、ありがとう⋯⋯」
「怖い思いをしたな。君もよく頑張った」
ブラン様は頭を撫でてくれた。
ブラン様とパステルが回復したところで、最後の仕事がある。
「大部屋に行きましょう。そこで魔王を創り出した方が待ってます」
書物庫にセルリアン様の精霊を残し、私たちは大部屋に移動した。
そこは元々はダンスホールだったんだろう。
白い床に金色のダイヤ柄の装飾が入っていて、高い天井からは、シャンデリアがぶら下がっている。
ダンスホールの奥の観覧用らしき椅子に、その姿はあった。
先ほどの聖女様と同じ見た目の幼い少女だ。
寂しそうな目でこちらを見ている。
「あなたは、女神様なのではないでしょうか? 無属性の⋯⋯」
声をかけると、少女はゆっくりと立ち上がった。
「私はナーダ。無を司る女神。遥か昔、創り出される以前のこの世界は、混沌としていました。そこに最初に私が無を与え、アルブル、フェーゴ、ヒュドール、ルーチェ、フォンセが、それぞれ木、火、水、聖、闇を与えた。けれども、無を与えたという私の存在は、いつの間にか人々に忘れ去られた⋯⋯最初はそれでもよかったのです。他の五柱の神に比べれば、まだまだ私は幼く、実力もないですから。そう思っていたはずなのに、長い年月を経て、徐々に醜い感情が降り積もっていき、この国の人々が抱える負の感情も巻き取り、もう一つの別の人格が生まれました。それが先ほど、あなたが救ってくれたあの子です」
ナーダ様は私を見つめた。
「私も他の五柱の神たちのように、人間たちに愛され、人間たちを愛したかった。無の一族の中で、最も神に近い者たちに、今まで何度も自分の存在を伝えて来ました。けれども、それは神託として受け取ってはもらえず、それどころかみんな壊れていく⋯⋯あなたと血を分けた兄弟もそうです。私のせいなのです」
ナーダ様は今度はブラン様を見た。
モント王太子殿下の病気とも関係があったんだ。
「私は、こんな醜い自分を止めて欲しかった。だから、この世界の人間の運命や、別世界の人間の運命を操作した。クマの人形をあなたの住む世界に送り込んだのも私です。私を止められる人を探して欲しかった⋯⋯」
ナーダ様の声に反応して、キリリとキララが飛び出して来た。
二人は私をここに導くための存在だったんだ。
「今、全てを思い出した。ナーダ様に生み出された日のことを」
「ナーダ様は人間を愛しているのに、愛されずにずっと苦しくて⋯⋯でも人間を傷つける自分のことも、自分ではもう、どうすることも出来なくて、誰かに止めて欲しかったんだよね」
キリリとキララは、ナーダ様に寄り添った。
「ナーダ様、私たちは今までの罪をどう償えば⋯⋯」
ブラン様はナーダ様の前にひざまずいた。
ナーダ様は、ブラン様を切なげな表情で見下ろしながら首を振った。
「罪を償うのは私の方です。一つだけ⋯⋯最後にあなたにお願いがあります。あなたたち六人の力を込めた六花の剣で、私を斬ってください。罪を償い、生まれ変わり、今度こそ、この世界の守護者になることを誓います」
ナーダ様はブラン様の前にひざまずいた。
キリリとキララもナーダ様に寄り添う。
「セイラ、今までありがとう。楽しかった」
「セイラちゃん、ずっと大切にしてくれてありがとう。元気でね」
そっか、二人とはここでお別れか。
生まれた時から一緒だった二人。
亡くなったお父さんから、もらった二人⋯⋯
寂しいけど、きっとこれがあるべき姿なんだよね。
喪失感で胸が締め付けられるけど、そんな私を勇気づけるように、ブラン様がそっと手を握ってくれた。
ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様も、優しい表情で見守ってくれている。
それとパステルも。
大丈夫。私には大切な人たちがいるから。
もう一人ぼっちじゃないから。
「キリリ、キララ、こちらこそありがとう! またどこかで会おうね!」
二人に笑顔で手を振った。
ブラン様は、ナーダ様の願いを叶えるため、六花の剣を構えた。
その剣に向かって五人が手をかざすと、剣に彫られた六芒星と六つの宝石が光り出した。
ブラン様がナーダ様に向かって剣を振ると、ナーダ様の周りを包むように、白い結界が作り出された。
結界の中では、六つの属性がぶつかり合って、激しい反応を起こしていた。
木に火がついて燃え上がり、巨大な火柱が上がる。
炎に水が近づくと水蒸気に変化して、結界内を埋め尽くす。
そこに光と影が差し込んで、さらに反応が強まる。
最後に空気が抜けて無くなり、一瞬で反応が鎮まったあと⋯⋯雪が辺りを舞い始めた。
雪が天に昇っていくとともに、ナーダ様も天に帰っていった。
その表情は、とても穏やかなものだった。
この日、水属性の精霊たちの交信によって、国内全土に魔王討伐の知らせが伝えられた。
各地で魔物が雪へと姿を変え、天に登っていくのが確認された。
後に『昇り雪』と名付けられたこの現象は、一晩中続き、その幻想的な光景は、人々を魅了した。
【第一部 魔王討伐編 完結】
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第二部は●角関係の甘さあり、切なさありの恋愛パートとなります。
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