45.裏切り者を信じる人なんているわけがない
魔王城の二階に上がった私たちは、二択を迫られていた。
「本来なら優先すべきは結界だろう。しかし、明らかにこの先の大部屋からは、尋常じゃない瘴気が溢れ出ている」
セルリアン様は瘴気を浄化しながら言った。
「この大部屋の反応は、魔物とも違いますし、熱源感知も反応しません。なんとも判断し辛い所です。この部屋とは別の中サイズの部屋には、明らかに魔物の反応があります」
「先に中サイズの部屋の魔物を討伐してから、大部屋に挑むのが安全策か⋯⋯」
ブラン様は考え込んでいる。
私がよく遊んでいたファンタジーRPGでは、中ボスを無視してラスボスに挑むと、中ボスが乱入してきて、攻略が難しくなるのが定番だったけど⋯⋯
「皆はどう思う? 多数決で決めたい」
結果、全員の意見が一致し、先に中サイズの部屋に行くことに決まった。
その部屋は天井が高い書物庫だった。
扉を開けると、ホコリと古い本の臭いが漂ってくる。
あと異様なのは、尋常じゃない数と大きさの蜘蛛の巣が張っていること。
耳を澄ませていると、カサコソと不快な音が聞こえてくる。
恐る恐る、天井を見上げると⋯⋯アラクネがいた。
上半身は人間の女性の姿で、下半身は蜘蛛の形をしている。
黒色の長い髪に、セアカゴケグモのような黒くて細長い脚⋯⋯⋯⋯
「出たー!! 怖すぎますー!!」
大慌てで飛び退いて、距離を取る。
「どうして女体の魔物ばかりなんだ!⋯⋯⋯⋯しかし、意外と大丈夫かもしれない。それは、やはり奴らが魔物だからか⋯⋯」
「セルリアンは、好みの女の子にしか、過剰反応しないんじゃないかな〜」
これから戦闘が始まると言うのに、セルリアン様とボルド様は、なんとも間の抜けた会話をしている。
アラクネは、部屋中に張り巡らされた蜘蛛の巣を、ものすごい速さで這い回る。
お尻から糸を出して、こちらに飛ばしてくる。
盗賊の私は避けられるけど⋯⋯
「うわぁ! 踏んじまった! 動けない!」
ジェード様の脚に、ネバネバの糸が絡まってしまった。
すぐにブラン様がフォローに回る。
アラクネは、今度はノワール様とセルリアン様の方へ向かった。
まずい。後衛職ばっかり狙ってる。
「お〜い! こっちだ〜!」
ボルド様が注目のスキルを使ってくれた。
とは言え、ボルド様は、この中で一番移動速度が遅いから、盾で攻撃を防いでいるけど、糸の量が多すぎて動きが封じられつつある。
ブラン様は、引き続きジェード様を救出しようとしてる。
ノワール様も、ボルド様をフォローするために魔法攻撃をしている。
セルリアン様は、ここでは温存しないといけない。
となると、私が⋯⋯
――パン
「わあ〜っ!」
急いでアラクネに近づいた私は、顔の前で手を叩き大声を出す。
あまり使ったことがない、騙し討ちのスキルだ。
アラクネは一瞬怯んだあと、ターゲットを私に切り替えた。
このまま私が引きつけて、走り続ければ、みなさんが攻撃してくれるはず。
そうこうしている内に、ブラン様のおかげでジェード様が解放された。
ブラン様が斬撃を、ジェード様が木の葉のブーメランを飛ばして、部屋中に張り巡らされた蜘蛛の糸を切る。
徐々にアラクネは足場を無くす。
「キィヤァー!」
追い詰められたアラクネは、突然奇声を上げた。
すると、アラクネのお腹の中から、小さい蜘蛛が大量に出てきた。
「いやー! ムリムリ! ムリムリ〜!」
目の前の恐ろしい光景に、身体が拒絶反応を起こす。
しかし、そんなことは言ってられない。
気合を入れて、アラクネ本体の注意を引きながら、なんとか逃げ回る。
その隙にボルド様は大剣を振り、ノワール様は攻撃魔法を使い、子蜘蛛を倒していく。
子蜘蛛を倒しきったら、全員でアラクネを叩いて終わりのはずだ。
しかし、先ほどのラミア戦での疲労もあったのか、とうとう私の移動速度も落ちてきた。
糸が腕に絡まり、捕らえられてしまう。
アラクネは口を大きく開けると、鋭い牙を見せた。
あれに噛まれたら毒を入れられてしまう。
もうだめだ、間に合わない⋯⋯
――キィン
突然、真一文字に光が走り、アラクネの体が真っ二つに分かれた。
横からふわっと抱きかかえられる。
これはお姫様抱っこだ。
「セイラ、怪我はないか? よくここまで耐えてくれたな」
ブラン様は私の顔を見て、安堵したようにため息をついた。
「大丈夫です。助かりました⋯⋯」
あぁ、怖かった。
そっと床に下ろされると、一気に緊張が緩んで腰が抜ける。
ブラン様は優しく背中を撫でてくれた。
「ごめんね、セイラちゃん! ずっとヘイトを買ってもらっちゃって!」
ボルド様は両手を顔の前で合わせる。
そんな彼も、糸まみれでボロボロに見える。
「猛毒だったら回復も間に合わないかと思って焦った」
ノワール様は私に近づいて、回復魔法をかけてくれた。
消耗していた体力がぐんぐん回復していく。
これなら次の大部屋でも動けそう。
「ありがとうございます」
お礼を言って立ち上がろうとすると、再び不思議な声が聞こえてきた。
「あなたばっかり⋯⋯ずるい⋯⋯私だって⋯⋯愛されたい⋯⋯」
まただ。やっぱり勘違いじゃない。
はっきりと聞こえる。誰の声だろう。
「欲しい⋯⋯代わって⋯⋯私に⋯⋯頂戴⋯⋯」
言葉の意味が理解出来たと同時に、身体の自由が奪われた。
手が勝手に、腰に収めてある短剣へと伸びていく。
何をするつもり? みんなを傷つけるの?
逃げてと言いたいのに、声も封じられている。
そしてあろうことか、私は、背中を擦ってくれているブラン様に斬りかかってしまった。
彼の左脚に毒が入る。
「くっ⋯⋯」
ブラン様は痛そうに脚を押さえている。
「おい! どうなってんだよ!」
「セイラ君! 何をしているんだ!」
ジェード様とセルリアン様も駆け寄ってきた。
ノワール様はブラン様を抱えて、私から距離をとり、回復魔法をかけはじめた。
どうしよう。ブラン様を傷つけてしまった。
罪悪感と不安で鼓動が速くなって、手が震えて、冷や汗が出る。
「ねぇ、どうしちゃったの?⋯⋯⋯⋯セイラちゃん?」
ボルド様は不安そうな目で私を見つめながら、みなさんを後ろに庇うように盾を構えた。
「見て分からない!? 私はあなたたちの仲間でもなんでもないわ! 私はずっと機会を伺っていただけ! アラバストロ! 恩知らずの裏切り者の穢れた一族が! お前たちだけは絶対に許さない! 全員呪い殺してやる!!」
ひとりでに声が出た。
自分の声だけど、聞いたこともないくらい、憎しみがこもった声だった。
「お前、何言ってんだ? 俺たちは仲間だろ?」
「けど間違いなくセイラちゃんが、ブランを斬りつけたように見えた⋯⋯よね⋯⋯?」
「ずっと俺たちと一緒に旅して来たセイラちゃんが、王族を恨んでるって? そんな訳ある?」
「まさか、これが君の本性だと言うのか」
ジェード様、ボルド様、ノワール様、セルリアン様は戸惑っている。
「そう、これが私の本性よ。あなたたちが魔王と呼ぶ存在。私を忘れ去り、無かった事にしたこの世界を、私は許さない! 全て壊してやる!」
次の瞬間、身体から禍々しい瘴気が溢れ出て来た。
身体が宙に浮いていく。
そうか、私の身体は魔王に乗っ取られているんだ。
魔王はブラン様たち王族を恨んでいて、復讐のために、世界を壊そうとしてる?
「冗談だろ? なぁ?」
「こんなの悲しすぎるよ⋯⋯」
「傷つけずに動きを止めて。話はそれから」
「そんな甘いことで大丈夫なんだろうな?」
ブラン様を治療しているノワール様以外の三人が、武器を構えた。
ブラン様は苦しそうに脚を押さえている。
毒が回ってしまったみたい。
嫌だな。
みなさんを傷つけたくないし、傷つけられたくもない。
イーリスの妖魔の時と同じだ。
仲間同士で争うなんて。
お願い。私を止めて⋯⋯
「みなさん! 遅くなってしまい、申し訳ありませんでした!」
鈴を転がしたような、可愛らしい声のする方を見ると、神々しい姿の少女が立っていた。
真っ白な長髪に黒色の瞳、真っ白なワンピースを着て、頭にベールを被っている。
みなさんも少女を振り返る。
「私こそが神託に選ばれた六人目⋯⋯神を欺いたこの魔王を封印する聖女です。さぁみなさん、早くあの者の動きを封じるのです!」
聖女様は、私のことを凛々しい表情で見上げていた。