44.魔王城に攻め入るのに緊張しないわけがない
私が上級に昇格した翌日、水瓶の水が溢れたことが確認された。
朝から会議が開かれ、新たに獲得したスキルのことも共有した。
夜通し働いていたセルリアン様を、出来るだけ長く休ませるため、明日の朝に魔王城に攻め入る事に決まった。
今日は各自、身体を休めたり、精神統一をしたり、自由に過ごすことになった。
短剣を磨いたり、手帳を確認したりしている内に、あっという間に夜が来た。
魔王討伐前夜だ。
私は自分の部屋で、キリリとキララとパステルと四人で思い出話をしていた。
「色々なことを乗り越えて、とうとうこの日が来たね。三人とも今までありがとう。明日もよろしくね」
順番に三人を抱きしめる。
「危ない男に命を狙われて、こちらに逃がしたは良いものの、セイラにはいきなり過酷な運命を背負わせてしまった」
「セイラちゃんは、本当にここまでよく頑張ったね。セイラちゃんのお父さんとお母さんも、きっと天国から見守ってくれてるよ」
キリリとキララは頭を撫でてくれた。
「キュルン」
「『貴女のことは我が命を賭してでも、必ず守り通してみせる』と言っている」
「パステル、ありがとう。私もパステルを守るから、みんなで無事に帰ってこようね」
四人で話をしていると、勇気づけられるし、癒される。
けど、こうして座っていると、焦りと不安が波のように押し寄せてきて、そわそわしてしまう。
そんな気分を落ち着けるため、部屋を出て、外の空気を吸いながら、少しだけ身体を動かすことにした。
みなさんも出かけてるのかな。
それとも、もう寝ちゃった?
宿泊施設内は声や物音が全くしない。
少し寂しい気分になりつつも、うろうろしていると、ベランダにノワール様がいるのを発見した。
柵にもたれて、外の景色を眺めながら煙草を吸っている。
その横顔は、長い睫毛が伏せられていて、もの憂げに見える。
この姿、久しぶりに見たかも。緊張してるんだ。
邪魔をしないように、静かに玄関へと向かった。
外に出ると、すぐそこの芝生の上に、ボルド様とバーミリオンがいた。
ボルド様はバーミリオンに背中を預けながら、装備の手入れをしている。
この二人にしては、落ち着いた静かな雰囲気が漂っているように感じた。
そのまま街を彷徨っていると、笛の音が聞こえてきた。
綺麗な音に惹き寄せられて近づくと、ジェード様が湿原に立っているのが見えた。
彼はヴェールの森を旅立つ前にも、笛を吹いていた。
きっとこれが精神統一の方法なんだろうな。
ジェード様の周りには、黄緑や水色の精霊がふわふわと浮いている。
こうしていると、本当に神秘的な妖精エルフだ。
しばらく遠くから鑑賞させてもらった。
夏の湿地だと言うのに、この街の夜の空気はひんやりと澄んでいて、気持ちがいい。
外に出て来て良かった。
けど、そろそろ帰ろう。
緊張してるのは自分だけじゃないって分かって、ちょっと心強くなったし。
宿泊施設に向かって歩いていると、水瓶の前にブラン様が立っているのを見つけた。
「ブラン様も精神統一ですか?」
声を掛けると、彼はゆっくりとこちらを振り返った。
「あぁ、そんなところだ。神託には私たち六人が力を合わせれば、魔王を討ち取ることが出来るとあった⋯⋯だから心配はないはずなんだが、どうしても落ち着かなくて」
ブラン様は困ったように笑った。
「そうですね。セルリアン様は部屋で休まれているのか、見かけませんでしたけど、他のみなさんは、緊張しているように見えました。けどきっと大丈夫です。ブラン様も、みなさんもお強いですから。いつも通りで大丈夫ですから」
自分にも言い聞かせるようにそう伝えたあと、二人で宿泊施設に戻って、それぞれ休んだ。
そして翌朝。
いよいよこの時がやって来た。
今、私たち六人は魔王城の前に立っている。
「皆、今日まで本当によく頑張ってくれた。この国を守るために立ち上がり、鍛錬を重ね、自身を高め⋯⋯ここに集い、共に命を賭して戦ってくれること、心から感謝する」
ブラン様はみんなの顔を見ながら言った。
「堅苦しいのは無しにしよ〜」
「ボルドの言う通りだ。どうせ城の中では、ギャーギャー騒ぎながら、魔物と殺り合うんだろ」
ボルド様とジェード様の発言に、空気が一気に緩む。
「それもそうだな⋯⋯では、とにかく皆が無事であることが最優先だ。今の私たちが力を合わせれば、必ず魔王を討つことが出来る。それでは行こう」
ブラン様に続いて、ゾロゾロと魔王城に向かう。
精霊術師の人が結界を一部解除して、私たちを中に入れてくれた。
魔王城の入り口は木製の扉だった。
「突入前に最終確認をするとしよう。城の内部がどうなっているかは、現段階では見当もつかない。セイラ君のスキルで、見取り図を取得した後、まずは出来るだけ城の中心部に移動し、精霊たちと共に結界を張り直す。僕は結界の維持に、ほとんどの力を割くことになるが、属性有利の場合は協力できるはずだ」
セルリアン様はみなさんの⋯⋯特に私の顔を見ながら言った。
扉を開けるのは私の役目だ。
探知のスキルを起動して、罠や敵の気配が無いことを確認する。
「では行きます」
静かに扉を開くと、城内には、瘴気に満たされた異空間が広がっていた。
そこは吹き抜けのエントランスホールで、正面には二階へと続く階段がある。
けどそれらは全て白黒で見えて⋯⋯自分たちの髪や装備品もそうだ。
ここは色のない世界?
戸惑いながらも、すぐに地図作成スキルを起動する。
「駄目です。紙が真っ黒になって作れません」
いつもなら部屋がいくつあるかとか、どことどこが繋がっているのかが見られるのに。
「幻惑系の妨害をしてみる」
ノワール様が魔法をかけてくれると、空間は色を取り戻した。
エントランスホールの床や壁は白色で、二階へと続く階段には、ホコリをかぶった赤い絨毯が敷かれているのがわかる。
これで地図も作れるようになった。
「地上四階建てのようです。城の中心は二階の一番広い部屋ですね」
「いかにも、魔王が待ち構えていそうな部屋に見えるが、まずは近づくとしよう」
セルリアン様の判断に従い、中央の大部屋を目指す。
その前に、一階に魔物の気配がするので、背後を取られないように、討伐することにした。
全員がノワール様にバフをかけてもらって、扉を開ける。
その部屋は食堂だった。
そこには上半身が人間の女性、下半身が蛇の姿の魔物がいた。
灰色の長髪に、血の気の引いた肌の色をしている。
胸と下半身は灰色の蛇のウロコで覆われている⋯⋯ラミアだ。
ラミアは蛇のように鋭い目で私たちを観察している。
「シャー!」
どうやらラミアは、セルリアン様に狙いを定めたらしい。
まずい。女型の魔物に近づかれたら、失神してしまう。
まだ結界を張ってもらっていないのに、ここでセルリアン様を失うわけには⋯⋯
セルリアン様が後退りしながら、精霊を呼び寄せていたその時。
「お前の相手は〜! 俺だろ〜!?」
ボルド様が大声で叫んだ。
あまりの迫力に建物が揺れ、食器棚のガラス戸がガタガタと震えだす。
ラミアはボルド様に狙いを変更し、髪を振り乱しながら、尻尾の先端を蜂のお尻の針のように尖らせて、突き刺そうとする。
盾にラミアの攻撃が当たる度に、嫌な金属音が響く。
「行くぞ!」
その声かけでボルド様が後ろに飛び退いた。
ジェード様が放った無数の葉っぱが、ラミアの体に降り注ぐ。
ラミアは両手で顔を押さえながら、体をくねらせている。
効いてるけど、耐久力があるからか、決定打にはならないみたい。
ラミアがジェード様を睨みつけ、近づこうとするも、再びボルド様の注目スキルでターゲットが切り替わる。
敵は単体攻撃しか、仕掛けて来なさそうだから、ボルド様一人で止められる。
私とブラン様、どちらかなら、フリーで動けるかもしれない。
「セイラは一撃必殺を積極的に狙ってくれ! 私はボルドのフォローにつく!」
ブラン様がそう言ってくれたので、隠密のスキルを起動して、静かに死角に回る。
人数が多いから、私が消えたことにまで、気が回らないはず。
二回目のジェード様の攻撃の直後、再び顔を押さえているラミアの背後から、その首を狙う。
よし。決まった。
一番太い血管に毒が入ったからか、一撃で倒すことが出来た。
床に着地して息を整える。
この一瞬のために、神経を尖らせないといけないし、体力もごっそり持って行かれる。
連発は出来ないか。
「よくやってくれた!」
「長引かずに済んで助かった〜」
みなさんが駆け寄ってきて、労ってくれた。
もと来た道を引き返し、階段へと向かう。
廊下を歩いている時に、不思議な声が聞こえてきた。
「助けて⋯⋯お願い⋯⋯早く⋯⋯終わらせて⋯⋯」
「え? 誰かいるの?」
振り返って声をかけるも、誰もいない。
すぐ耳元で聞こえた気がしたけど⋯⋯
「こんな私⋯⋯嫌い⋯⋯もう⋯⋯耐えられない⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯今、何か聞こえませんでした? 小さな女の子の泣き声というか⋯⋯」
「なに〜? お化け〜?」
「おい。こんな時に怖いこと言うなよ」
「俺にはわからなかった」
「私もだ」
「探知スキルに反応がないなら、君の空耳ということだろう」
「⋯⋯⋯⋯確かにそうですね」
この時、この声を無視しなければ、あんなことには、ならなかったのかもしれない。