43.夜明けが来ないわけがない
翌日。
午後の訓練前の休憩時間の出来事だ。
セルリアン様の部屋でお茶を頂きながら、休憩していると、騒がしい声が聞こえてきた。
「セイラちゃ〜ん! 見てみて! こんなのがあったよ! 俺たちの写真!」
ボルド様は私の元へ走ってきて、一枚の集合写真を見せてくれる。
どうやらセルリアン様の本棚から拝借したらしい。
五歳くらいの男女二十人位の生徒が、正面を向いている。
「これは懐かしいな」
「セルリアンお前、よくこんなの取ってあったな」
「進級式の後かな」
「どうして君は、人のものを勝手に持ち出すんだ」
みなさんも、わらわらと集まってくる。
「この中にみなさんいるんですよね?」
「そう! アッシュもね!」
どれどれ。
この世界の人たちは、髪の色が個性的だから結構わかるぞ。
まずはやっぱり⋯⋯ブラン様!
かわいい!
こんなに小さいのに姿勢よく座っている。
さすが王子様⋯⋯
そのすぐ隣はアッシュ様だ。
幼いながらも精悍な顔つきで座っている。
この頃から、騎士として隣にいるということなんだろうか。
続いて、その斜め後ろに、満面の笑みのボルド様と、いたずらっ子みたいに笑うジェード様がいる。
ボルド様の肩の上には、赤ちゃん時代のバーミリオンもいた。
本当にトカゲみたいだ。可愛すぎる⋯⋯
最後列には、真面目な表情のノワール様とセルリアン様が並んでいる。
セルリアン様が、やけにノワール様に近いのは、反対隣が女の子だからだろう。
「なんだかみなさん、全然変わってませんね。かわいい!」
「どう? 子供の頃の俺を見た後、今の俺を見たら。大人の男って感じしない?」
ボルド様は意味深に筋肉を見せつけてくる。
なるほど。この可愛らしい子どもたちが、それぞれジャンル違いのクセ強イケメンに成長して、今に至ると⋯⋯
そこからは、みなさんの思い出話になり⋯⋯
「それでセルリアンが『僕のメガネがない!』って突然騒ぐから、どこいった?って急いでそのへんを探したら、カラスが咥えて飛んでったんだよな」
「そうそう。それでみんなでカラスを追っかけ回したんだった」
ジェード様とノワール様は当時を振り返る。
「セルリアン様って、優秀で、大人っぽくて、冷静な人だと思ってましたけど、結構面白い人ですよね?」
風紀委員キャラだけど、感情豊かなイメージもある。
それに間違いなく愛されキャラだ。
「面と向かって男をそんな風に褒めるとは。どういうつもりかは知らないが、僕は騙されない」
セルリアン様は顔を赤くしながら言った。
どうやらこれは照れ隠しらしい。
少しずつだけど、セルリアン様とも打ち解けてきたようで嬉しい。
「良い所を褒めるのに、特別な理由なんていりませんよ。ね〜?」
隣にいるブラン様に同意を求める。
ブラン様は微笑みながら頷いてくれた。
ブラン様は、昨日の雰囲気が嘘のように楽しそうにしている。
昨日話したモント王太子殿下のことは、他のみんなには内緒にしたいとブラン様は言った。
いつもの騒がしい雰囲気の方が、気が紛れるそうだ。
ほっと胸を撫で下ろしたその時。
突然、部屋のドアが開いた。
入って来たのは⋯⋯マリンちゃんだ。
肩で息をしながら、何やら焦った様子だ。
「え! マリンちゃん!? どうしたの?」
声をかけるとマリンちゃんは、こちらに向かってズカズカと早足で近づいて来た。
私に用があるんだ。
立ち上がって近づこうとすると、腕を掴まれ引き止められた。
「セイラ、ここはセルリアンに任せよう」
「ハーブティーぶっかけて来たクソガキだな。またセイラになんかするつもりなのか?」
「次は薬品とかかもしれない」
ブラン様、ジェード様、ノワール様は私を庇うようにしながら、マリンちゃんを怖い顔で見ている。
「さすがにそんなことしないですって。それになんだか様子が変ですし⋯⋯」
セルリアン様がマリンちゃんに近づき話しかける。
けどマリンちゃんは話せないから、気まずそうに俯いている。
紙とペンはどこだろう。
探すのに手間取っている内に、ノワール様がマリンちゃんに近づいて、回復魔法をかけはじめた。
何故かマリンちゃんは、そのことに動揺しているみたい。
「君、本当に病気なの? 本当に声が出せない?」
ノワール様は少し前かがみになって、マリンちゃんと目線の高さを合わせながら問いかけた。
どういうことだろう。
「魔法を使った感触として、まず発声器官はおかしくない。あとは俺の勘だけど、一連の反応が今まで見てきた病気の人たちとは違う」
ノワール様は落ち着いた声で言った。
本当は声が出るのに、出ないふりをしてるってこと?
ノワール様の追及から逃れるように、マリンちゃんは私の方に走って、抱きついてきた。
ブラン様やジェード様が、引き剥がそうと近づいて来てくれたけど、少し待ってもらう。
詐病かどうかも気になるところだけど、マリンちゃんは私に何を伝えたいんだろう?
落ち着かせようと華奢な背中を擦ると、不思議な感覚がした。
あれ? また指輪が光ってる。
何か盗めるみたい。
今、こんなことをして、何になるのか分からないけど、何かに導かれるようにスキルを起動した。
これはなんだろう?
明らかに貴金属とは違う。
引っぱろうとすると、すごく抵抗があるけど、これが何か大切なものに蓋をしている、邪魔なものだというのが分かる。
「ごめんなさい、ちょっと失礼するね!」
力を込めてそれを引っぱると、栓が抜けて水が溢れ出すような感覚がした。
床にパラパラと光る玉がこぼれ落ちるのが見える。
罪悪感、嫉妬、不安、恐怖、孤独⋯⋯
一つ一つの玉はそんな名前だった。
間違いない。これが略奪(心)だ。
「セイラさん! スマルトは!? 学校に来てなくて、家にも朝から帰ってないって!」
マリンちゃんは大きな声を出した。
話せるようになったんだ。
「ごめんねマリンちゃん。あれから一度もスマルトくんとは会ってないから知らないの。けど、心配なんだよね? 一緒に探してみようか」
みなさんの方を見ると頷いてくれたので、私とマリンちゃんでパステルの背中に乗って、空からスマルトくんを探す事にした。
ブラン様たちは街の中を探してくれるとのことだ。
朝からいないとなると思い当たるのは、やはり夜明けの花を取りに、湿原に行ったという線だ。
空から湿原を見下ろす。
最後に一緒に来たのは、この辺りだったと思うけど⋯⋯⋯⋯⋯⋯いた。
スマルトくんは、ハエトリグサのような魔物に捕まっていた。
「スマルト!!」
マリンちゃんは大声で叫ぶ。
「マリン!! どうして⋯⋯」
スマルトくんは驚いたように、一瞬目を見開いたけど、すぐにその表情が苦痛に歪む。
相性が悪い魔物に捕まったせいで、身動きが取れないでいるみたいだ。
ハエトリグサということは、消化液を出して、スマルトくんを食べようとしているはず⋯⋯
パステルに着陸してもらい、短剣を構えてすぐに魔物と対峙する。
どうしよう。
一匹の魔物みたいだけど、口のような部分がいくつもある。
マリンちゃんも水属性だから戦えない。
私がやらないと。
「キリリ、キララ、パステルも助けて!」
三人に助けを求める。
キリリとキララは大きなクマの姿で、牙や爪を使って戦ってくれている。
パステルは魔物の足元の地面を凍らせて、動きを鈍らせてくれる。
この隙に、まずは一つ一つ、口のような部分を切り落とすか。
毒か麻痺も入れられたら儲けものだ。
そう思って攻撃したんだけど⋯⋯
「ギーヤー!!」
魔物は声を上げて、地面にバタンと倒れた。
あれ? 一撃で倒せちゃった。
「スマルトくん、大丈夫!?」
「スマルト!!」
ぐったりとしている彼に駆け寄る。
「うぅ⋯⋯」
大丈夫。
意識ははっきりしないけど、ちゃんと生きてる。
消化液まみれのスマルトくんの身体を、マリンちゃんの精霊の力で軽く洗ったあと、ローブに包んで急いで街に戻った。
待機してくれていたノワール様に、スマルトくんを託す。
「どうでしょうか⋯⋯?」
「大丈夫。すぐに良くなるよ」
「よかった! ありがとうございます!」
ノワール様の言った通り、スマルトくんはすぐに意識を取り戻した。
「セイラさん、ありがとうございました。僕、気をつけろって言われてたのに。すみませんでした」
スマルトくんは落ち込んでいる。
「助かって本当によかったよ。マリンちゃんが私たちに教えてくれたんだ」
黙ったまま俯いているマリンちゃんの背中を、そっと押す。
「スマルト、私のためにごめんなさい。今まで毎日、あんなに危ない目に遭いながら、お花を探してくれていたなんて、知らなかったの」
マリンちゃんはスマルトくんに頭を下げた。
それからマリンちゃんは、なぜ今まで声が出せなかったのか、理由を話してくれた。
小さい頃、学校に通い始めたマリンちゃんは、スマルトくんのことを好きな女の子たちに、虐められたことがきっかけで、心が苦しくなって声が出せなくなった。
その後、虐めがなくなって、声も治ったけど、声が出なかった時に、スマルトくんが優しくしてくれたのが忘れられず、スマルトくんの気を引きたくて、喋れない振りをしばらく続けていたそうだ。
何度も正直に言おうとしたけど、どんどんマイナスの感情が募っていって、心が不安定になり、ここ数年は、とうとう何が本当か、自分でも分からなくなってしまったらしい。
今回、私が略奪を使ったことで、心が軽くなって、打ち明ける勇気が出せたとのことだった。
「セイラさん、お茶をかけてしまって、すみませんでした。私のためにお花を探してくれたのに、スマルトのことを守ってくれてたのに⋯⋯」
最近のスマルトくんが、私の話ばかりするから、小さい頃のトラウマが思い起こされて、条件反射で敵視してしまったそうだ。
やり方は良くなかったけど、同性からの嫉妬で、意地悪をされて辛かった気持ちには、共感できる。
「うん。もう気にしてないよ。これからは友だちになろう」
私が手を差し出すと、マリンちゃんは笑顔で手を握ってくれた。
「スマルト、嘘をついててごめんなさい」
「マリン、辛かったね。これからは思ったこと、何でも話して欲しい」
スマルトくんがマリンちゃんを責めることは無かった。
抱き合う二人を、みなさんは温かい目で見守っていた。
そしてこの日、私は晴れて上級に昇格した。
先ほど、ハエトリグサの魔物を一撃で倒せたのは、新しく獲得したスキル『一撃必殺』の効果だということがわかった。
これは、状態異常を付与する攻撃が急所に当たると、その名の通り一撃で倒せるという、強力なスキルだ。
私の上級昇格を待ってくれていたかのように、翌日の朝、水瓶の水が溢れていることが確認された。