41.泥棒猫なんかに友だちができるわけがない
対人訓練中に意識を失ったセルリアン様は、その日の夕方には目を覚まし、何も言わずに魔王城の結界へと向かった。
そして翌日の午後。
六人での合同訓練開始前、みなさんとの集合場所に向かう途中で、セルリアン様に呼び止められた。
「盗賊の女。まずは昨日の訓練は、君の勝利だと言うことをここに認めよう。あと、ペンダントをこちらに」
セルリアン様は俯きがちに、メガネの位置を調整しながら言った。
首にかけていたペンダントを外して、渡すと、彼は後ろを向いた。
「水の神ヒュドール様の御加護があらんことを⋯⋯⋯⋯⋯⋯これでいい」
こちらを振り返ったセルリアン様は、ペンダントを返してくれた。
これで六つの属性全ての宝石が輝くようになった。
宝石だけでなく、六芒星のマーク自体も、六色の神秘的な輝きを放つ。
「わぁ! ありがとうございます! それと昨日の訓練のことも、ありがとうございました! あれは一回きりの作戦なので、もう二度と勝てる気はしませんけど、これからもぜひ! ご指導をお願いします!」
嬉しくなった私は、思わず一歩二歩と近づく。
「⋯⋯くっ⋯⋯もう二度とごめんだ」
セルリアン様は驚いて後退りした。
小鹿のように震えているのが何とも愛らしい。
「セルリアン様も別の意味で、特訓が必要ではありませんか? 宗教都市イーリスにいた妖魔は、それはそれは、お色気ムンムンの美しい魔物でしたよ? そんな魔物と遭遇した時、セルリアン様は失神するおつもりですか?」
「君は手加減していた僕に勝ったからといって、すぐ調子に乗るんだな」
「俺もセイラちゃんの言う通りだと思うな〜セルリアンのその体質も気の毒だけどさ〜顔を見れない、名前も呼べないってのは、ね〜?」
「いい加減セイラちゃんが可哀想。セルリアンを酷い目に合わせた女の子たちと、セイラちゃんは全くの別人だから」
通りがかったボルド様とノワール様が加勢してくれる。
どうやらセルリアン様は、単純に初心なのではなく、なにやら訳ありらしい。
確かに圧倒的実力者かつ、お顔立ちも整っているセルリアン様が、モテないはずがないか。
「同情してくれるのは結構だが、君たちのような女好きには、僕の気持ちなんか永遠に分かるはずがない」
セルリアン様が言い返すと、二人はキョトンとした表情で、顔を見合わせた。
「ジェードは? ジェードはどうなっているんだ? 君はこちら側だったはずだ」
セルリアン様は、後ろから歩いてきたジェード様に同意を求める。
「あ? そら、ノワールとボルドがどうなってんのかは、全然意味がわかんないけど、俺は失神したことは無いからな」
「⋯⋯⋯⋯そうか」
セルリアン様はがっかりした様子だった。
それからはまずは目を見て話すこと、名前を呼ぶことを習慣化していくことになった。
そして自主練の方はと言うと⋯⋯
まずは大急ぎで上級に昇格出来るよう、基礎練習を続けながら、スキルの特訓を行う。
今の私に一番足りないものは何か⋯⋯
魔王というのが、どういう存在かは分からないけど、きっと盗賊の私にしか出来ない役目があるから、神託で選ばれたんだ。
それはルーチェ様が言っていた、この世界で私にしか扱えない力⋯⋯略奪(物・体・心)に関係あるはず。
訓練内容は略奪に重点を置くことにした。
ある日の早朝。
私はパステルの背中に乗せてもらい、街から遠く離れた湿原を巡り、魔物を討伐しながら略奪が出来ないか試していた。
これはここ数日のルーチンになりつつある。
空から湿原を見下ろすと見慣れた人影があった。
あの男の子⋯⋯毎日見かけるな。
十代半ばくらいの男の子が毎朝同じ時間、場所はちょっとずつ違うけど、この湿原に現れる。
いつも相棒の精霊と一緒に、辺りをキョロキョロ見回しながら歩いている。
気になった私は声をかけてみることにした。
「すみませーん! 何か探し物ですか? 手伝いましょうか?」
「わ!」
男の子は驚いて尻もちをついてしまった。
「ごめんなさい! 怪しい者じゃないんです! セルリアン様の知り合いなんです!」
距離を取ったまま、両手を挙げて、敵意がないことを証明する。
「知ってる。盗賊の人」
男の子は怪しむような目をこちらに向けながらも、返事を返してくれた。
「そう! セイラっていいます! あなたの名前は? ここで何してるの?」
「僕は⋯⋯スマルト。夜明けの花を探してる。でもこの辺りはもう、取り尽くしたみたい」
スマルトくんの話によると、彼の幼馴染の女の子のマリンちゃんが、幼い頃に声が出なくなる病気になってしまい、喉に効く薬草である夜明けの花を、もう何年もスマルトくんが、毎朝ここで集めているらしい。
「そうなんだ。たぶん私、それ、たくさん見たことある! 一緒に空の上から探してみよう?」
スマルトくんに、パステルの上に乗るよう促した。
空から探すと、夜明けの花は、あっという間に見つかった。
「あっちの方にも結構あるね! あと、こっちも! せっかくだから、遠い方から行こうか」
地面に降りてその花を観察すると、五枚あるピンク色の花びらが、ハート型になっている、なんとも可愛らしい花だった。
この花を使ってハーブティーを作ると、最初は青色をしているけど、時間が経つと紫色になり、そこに酸性の果汁などを垂らすと、ピンク色に変化するとのこと。
そのことから夜明けの花と呼ばれていて、喉の痛みにもよく効くらしい。
その日は少しだけ薬草探しを手伝い、明日以降もタイミングが合うようなら手伝うと約束した。
あと、治せる病気かは分からないけど、ノワール様に相談してみるのはどうかと言うのも伝えた。
そして数日後。
スマルトくんとは活動時間が一緒なのか、しょっちゅう遭遇するので、結局毎日のように薬草探しを手伝う形になっていた。
「ねぇ、スマルトくんは、マリンちゃんのことが好きなんでしょ?」
「⋯⋯⋯⋯どうして分かったの?」
スマルトくんは固まってしまった。
「そりゃ分かるよ! 何年もこんなことを毎朝してるなんて、愛以外の何物でもないよ! マリンちゃんってどんな子なの? どんな所が好き?」
この歳でここまで相手を思いやれるなんて、スマルトくんは大人みたいだ。
「小さい頃から一緒にいて⋯⋯昔はよく二人で探検ごっことかして⋯⋯気が合うし楽しかった。けど学校に通うようになって、ある時から虐められるようになったらしくって、声が出なくなった。僕は一緒にいたのに、そのことに気付いてあげられなかった。守ってあげられなかった。今では僕が花を持って行くと喜んでくれるけど、時々よく分からない理由で暴れて、突き放してくる。特級の神官様の話も必要ないって。でもほっとけないから⋯⋯」
スマルトくんは暗い表情で語った。
薬草を飲むくらいだから、声が出ないのは喉自体が悪いのかと思っていたけど、もしかしたら心因性のものなのかな。
時々不安定になってしまうし、治療も拒否か⋯⋯
私の想像よりも、事態はずっと深刻なようだった。
スマルトくんの薬草採取場所には、植物の魔物がたくさん出るので、いい訓練にもなった。
「セイラさん、ありがとう。コイツらは僕たちでは勝てないから助かった。おかげで今日もたくさん取れた。これ、いつものお礼」
スマルトくんは感謝の印にと、ハムサンドを作ってくれたらしい。
隣に並んで座り、包装紙を取り除いて食べる。
「美味しい! これを食べれば、訓練も頑張れそう! ありがとう」
お礼を言うとスマルトくんは嬉しそうに笑った。
「そうそう。私の故郷ではね、病気の人が早く治りますようにって祈りを込めて、小さめの紙で鶴を折るの。これを千羽作って、紐を通して束ねて⋯⋯」
私はハムサンドの包装紙を使って鶴を作った。
「私もお母さんが病院に入院する度に作ったんだ。けど嵩張るし、処分にも困るから、もらう人が喜ぶかどうかは、確認したほうが良いんだけどね」
スマルトくんは興味深そうに、折り方を聞いて練習して帰った。
その翌日。
「セイラさん! 昨日は鶴の折り方を教えてくれて、ありがとうございました。千羽は無理ですけど、いくつか折って渡したら、マリンはとても喜んでくれました! それと実は⋯⋯マリンがあなたに会いたいと言ってるんです! こんなこと初めてで。きっと僕が毎日、セイラさんがいかに良い人かって話してるから、お礼を言いたいんだと思います!」
スマルトくんは嬉しそうに声をかけてきた。
「そっか! 喜んでもらえてよかったね! それにしても、私と会いたいって!? そんな光栄な! 私もマリンちゃんに会ってみたかったから、嬉しい!」
友だちになれるといいな。
この時はそんな寝ぼけたことを考えていた。
どうして私は忘れてたんだろう。
自分が今まで繰り返して来た過去の事を。
午前中の訓練の後の休憩時間、スマルトくんと街で待ち合わせして、マリンちゃんの部屋に案内してもらった。
マリンちゃんは私と二人で話したいそうなので、スマルトくんは外で待っているとのこと。
筆談用の大量の紙とペンも持ってきたし、準備万端だ。
ノックをして部屋に入ると、可愛らしい十代半ばの女の子が椅子に座っていた。
側のテーブルには、ピンク色のハーブティーが入ったティーセットが置いてある。
夜明けの花のお茶ってこんなにきれいなんだ。
「マリンちゃん初めまして、セイラです! よろしくお願いします!」
私が挨拶すると、マリンちゃんはゆっくりと立ち上がり、私の顔をじっと見た。
けど、向けられたその視線は、私に会いたかったようには到底思えなくて⋯⋯
戸惑って見つめ返すことしか出来なかった。
マリンちゃんはティーポットを手に取り、こちらに歩いて来る。
そしてあろうことか、私の頭の上にハーブティーを注いだ。
「え!? ちょっと! マリンちゃん!?」
いきなりのことに驚いていると、はがき位の大きさの紙を押し付けられた。
『スマルトに近づかないで! 私から奪わないで!』
そう書いてあった。