4.可愛い我が子を魔王のもとに送り出す親なんているわけがない
「父上、聖属性の盗賊を見つけて参りました。これで神託の通り、春には魔王討伐に発つことが出来ます」
ブラン殿下はひざまずきながら国王陛下に報告した。
すると陛下は元々怖そうな顔をさらに強張らせ、私のことを鋭い目で睨みつけた。
「ならぬ。何かの間違いじゃ。その者は王族を欺いた罪で牢屋にでも放り込んでおけ」
陛下が左右にずらりと整列する騎士たちに指示すると、あっという間に取り囲まれ押さえ込まれる。
「ええ〜! 陛下! それはあんまりです! 私は街にいただけなのに⋯⋯」
思わず本音がこぼれてしまう。
「そうです! 私が彼女をここに連れて来たのです! その手を離してくれ!」
ブラン殿下が騎士たちに指示するも、国王陛下の命令が絶対のようだ。
「彼女が聖属性の盗賊ということは間違いありません! 私は何度も確認致しました! どうか父上もご自身の目で確認なさってください!」
「確認する必要はない。そんなものは存在しない。故にその者が何か妖しげな術でお前を騙しているだけなのだ」
陛下は頑なに信じてくれない。
「そうだ! アッシュ! 聖騎士の君なら彼女が本物の聖属性の盗賊だと証明できるだろう?」
ブラン殿下は一人の騎士に向かって叫んだ。
聖騎士アッシュ様は玉座に向かって深々とお辞儀をした後、こちらに近づいて来た。
私を取り囲む騎士たちが恐る恐る道を開けている。
騎士たちの中でも位が高いんだろうか。
二十代半ばくらいの銀髪銀眼の屈強そうな男性だ。
「失礼致します」
アッシュ様は私の頭に手をかざした。
すると、私の身体が淡く黄色い光に包まれる。
「この光の色はブラン殿下のおっしゃる通り、聖属性で間違いありません。スキルを使用している形跡も見当たりません」
アッシュ様は、はっきりと証明してくれた。
「父上!」
ブラン殿下は陛下を振り返った。
「ならぬ。ならぬ。ならぬならぬならぬ⋯⋯」
陛下は俯いたまま、壊れた人形のように同じ言葉を繰り返し始めた。
⋯⋯あれ? 陛下のようすが⋯⋯?
陛下の変化に気づいたルーナ王妃殿下が、騎士たちに退出するように指示をする。
広い部屋に両陛下とブラン殿下、聖騎士アッシュ様と私が取り残された。
そして⋯⋯
「ウソじゃ! ならぬ! わしの可愛いブランを行かせるわけにはいかぬ! 何かの間違いなんじゃ!」
陛下は顔を歪め涙を流しながら、駄々をこねる子どもみたいに地団駄を踏み始めた。
「父上⋯⋯」
ブラン殿下は困惑しながらも、父の愛情が嬉しいのか目に涙を浮かべている。
王妃殿下は優しい眼差しで陛下を見つめながら、背中をさすり、聖騎士アッシュ様はもらい泣きしているのか、目頭を押さえている。
えーっと⋯⋯なにこれ?
つまり陛下はブラン殿下可愛さに、魔王討伐に行かせたくなくて、なんとか引き止めようと必死だったわけか。
国王と言えど、どこにでもいる子煩悩パパということだ。
それは良いけど、私としては、突然この世界やって来て、状況を理解する間もなく騎士たちに追いかけ回され、王子様にここに連れてこられた上に、牢屋にぶち込まれそうになったわけで⋯⋯
どんな気持ちで見ていればいいの?
「父上、必ずや無事に帰還致します。神託にも魔王を討つことができるとありましたから」
「無傷で帰って来てくれなきゃイヤじゃ! あぁブランよ、いつの間にかこんなに立派になりおって⋯⋯」
陛下とブラン殿下は抱き合いながら、別れを惜しんでいたのだった。
とは言え、実際に出発するのは春ということで、あと二ヶ月ほど猶予がある。
その間を準備期間として、いわゆる訓練をするようにとのお達しが出た。
出発の時までは王宮内の客室で暮らせることになり、今からその部屋に案内してもらう運びとなった。
「セイラ様のお部屋はこちらでございます」
案内をしてくれたのはメイドのマロンさんだ。
ココア色の髪を後ろで一つくくりにしていて、黒っぽいワンピースに白いフリルのついたエプロンを着けている。
彼女がこれから二ヶ月間、私のここでの暮らしをサポートしてくれるそうだ。
案内された部屋は一言で言えばゴージャスなお部屋だった。
元々住んでいたワンルームマンションの軽く5〜6倍はありそうな広さで、天井や壁紙、カーテンやカーペットの色は青系統の落ち着いた色で統一されている。
目につく限り全ての家具に金色の装飾が施されていて、いったいどれくらいのお値段がするものなのか⋯⋯
部屋の中央の窓際にはダブルベッドが、壁際にはドレッサーや観葉植物も置かれている。
「素敵⋯⋯」
こんな部屋で暮らせるなんて夢みたい。
ここに来てから色々なことがあったけど、結果オーライだと思えてしまうほどだった。
「ではお食事は後ほどお部屋にお持ち致します。浴室の場所も後ほどご案内致しますので、もうしばらくお待ちください」
マロンさんは客室内の設備を丁寧に説明してくれたあと、部屋を出ていった。
「はぁ⋯⋯疲れた」
早速ベッドに倒れ込む。
こんなにふかふかのベッドに寝るのは初めてだ。
「セイラ、今日は大変なことばかり起きたがよく頑張ったな」
「セイラちゃん、お疲れ様!」
キリリとキララは労ってくれた。
二人とはいくらでも積もる話があるのに、全然それどころじゃなかった。
二人と話ながら休んでいると、ノックの音が聞こえてきた。
――コンコン
マロンさんかな?
ゆっくりと身体を起こすとドアが開く。
入ってきたのはなんと、ブラン殿下だった。
「ブラン王子殿下!」
偉い人の突然の訪問に勢いよく立ち上がる。
「あぁ、そんなにかしこまらなくていい。今は騎士達もいないから、楽にしていてくれ」
ブラン殿下は私にそのままベッドに座っているよう促した。
「では、失礼致します⋯⋯」
促されるままに座ると、ブラン殿下はベッドの側にあったイスを引き寄せ、すぐ近くに座った。
近い⋯⋯
「先ほどの父上には困惑させられただろう? 私が強引に君を連れて来たのにも関わらず、大変な目に合わせてすまなかった。それに、こんな大役を引き受けてくれたこと、感謝してもしきれない。そのことを伝えるために、ここに来たんだ」
ブラン殿下は柔らかい表情で笑った。
位が高い人なのになんて丁寧なんだろう。
それに、なんて美しい人なんだろう。
金色の髪は彼が動く度にサラサラと揺れて、金色の瞳はまるで宝石のように輝いている。
鼻はすっと高くて、形のいい唇をしている。
こんなに素敵な男性が目の前にいるなんて信じられない。
私はこの人とこれから冒険の旅に出るんだな⋯⋯
「ブラン王子殿下の足手まといにならないように気をつけます⋯⋯」
訓練期間があるとはいえ、果たして二ヶ月で形になるものなんだろうか。
不安が無いと言えばウソになる。
「あれだけ逃げ足が速いんだ、問題ないだろう。それにその堅苦しい呼び方も止めてくれ。これから君と私はパートナーになるのだから」
ブラン殿下は頭を優しく撫でてくれる。
「それでは⋯⋯ブラン様?」
「そうだな。今はそれでいい。ではゆっくりと休んでくれ。明日からもきっと忙しくなる。お休み、セイラ」
ブラン様は私のおでこにキスをし、静かに部屋を出ていった。
「⋯⋯⋯⋯ええ!?」
思わずおでこを両手で押さえる。
魅力的な王子様の刺激が強すぎて、果たしてこれからの訓練に身が入るのか、先行きが不安になったのだった⋯⋯