39.恋愛初級の男性がチート級俺TUEEEなわけがない
私が握手を求めたせいで、気を失ってしまったセルリアン様は、その日の夕方には意識を取り戻した。
セルリアン様たち精霊術師は、この秘境リヴィエーラで魔王の巣窟――通称魔王城の浄化と、魔王城周囲に張り巡らせた結界の維持を担当している。
特に夜は漏れ出る瘴気が濃くなるからと、夜間の浄化と結界維持は、セルリアン様が中心となって担当しているとのことだ。
こんなセルリアン様だけど、かなりお強くて頼りにされているらしい。
「つまり昼間、君たちの相手をしていたから、僕は休憩もなしに、仕事に駆り出される羽目になったというわけだ」
セルリアン様は疲れたように言う。
「ほとんどの時間、寝てたと思うけど⋯⋯」
ノワール様は冷静にツッコミを入れる。
セルリアン様は、ノワール様をチラリと見たあと、メガネのブリッジを中指でクイッと押さえ、位置を調整した。
「それで、魔王城には、いつ攻め込むのでしょうか?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
セルリアン様は私の顔を見ずに深呼吸をした。
なんだろう。精神統一?
「異世界人の君にも理解できるよう、順に説明しよう。まずは魔王城についてだ」
魔王城はここから近いということなので、今から全員で様子を見に行くことになった。
魔王城は石造りの古城だった。
城の周囲、特に上空には禍々しいオーラが漂っている。
「元々この城は、大昔にどこかの貴族が別荘として建てたものらしい。いわば廃墟。この湿原に相応しくない上に、こんな物を放ったらかしにしておくから、魔王に乗っ取られることになるんだ。全く、どこの誰が⋯⋯」
セルリアン様は怒りを隠しきれない様子だ。
確かに、セルリアン様たちリヴィエーラの精霊術師のみなさんからすれば、こんな目と鼻の先の場所に魔王に住み着かれては堪ったもんじゃない。
精霊術師のみなさんはというと、魔王城から離れた地点に等間隔に立って、相棒の精霊たちの力を借りて、結界に力を送っているみたいだ。
結界の周囲には、水色に光る玉のような精霊が、いくつも浮かんでいる。
張られた結界は半球状ではなく、垂直な壁のように見える。
「見ての通り、これ以上城に近づかないことには、城全体を包む結界を張るのは不可能。遥か上空の結界の終わりから瘴気が漏れ出るため、魔物の発生までは防ぎきれない」
残念ながら、この結界だけでは、全ての瘴気を抑え込めないみたい。
逆に言えばこの結界がなければ、もっと凶悪な魔物が大量発生することになるわけか。
「そう言えば、この周囲には魔物が見当たりませんね。魔王城に近づけば近づくほど、凶悪な魔物が出ると聞いていましたが⋯⋯」
確か、初めての魔物狩りのときに、アッシュ様にそう習ったはず。
「僕の精霊たちが全て片付けた。故にこの周囲は安全だと思ってもらって構わない。それでは僕は自分の仕事を始めることにする」
セルリアン様は精霊術師たちの元へと向かった。
「ご苦労」
セルリアン様が精霊術師たちに声をかけにいくと、みなさん安心したような表情で持ち場を後にした。
セルリアン様は魔王城の方を向いて数珠を構えた。
その数珠は、アクアマリンのような少し白みがかった水色の珠が、いくつも連なっている。
セルリアン様が何か特別な言語を話すと、数珠が一つ、また一つと光り出し、周りに精霊たちが現れた。
よく見慣れた球体のものや、紙人形のようなもの、光るてるてる坊主のようなものなど、たくさんの精霊が集まった。
精霊たちが結界に近づくと、結界全体に波紋が広がる。
波紋は何度も、広がっては消えるを繰り返し、徐々に結界を厚くしていく。
厚くなった結界は水で出来ているようで、その水の壁の中を精霊たちが泳ぎ回る。
まるで水槽を泳ぐ魚みたいだ。
精霊たちは楽しそうに水の中を泳ぎ回り、白い光の粉を撒き散らす。
光の粉は、瘴気に引き寄せられるように近づいていき、混ざり合うことで、瘴気を消し去っていった。
「この量の瘴気を一人で浄化するなんて、さすがセルリアン」
ノワール様は驚いていた。
「やはりセルリアン様はすごいお方なんですか?」
「うん。本当にすごい。あの珠の数は、契約している精霊の数と一致してるんだけど、数が多いから数珠の状態。他の精霊術師なら、ネックレスやブレスレットにできるくらいの球の数で収まるのが一般的だね。彼は今や超越級の精霊術師だし、物心ついたときから上級だったらしいから、エリート中のエリートだよ」
「ええ! 子供の頃から上級で、今は超越級!? それは頼もしいですね!」
恋愛は初級のセルリアン様は、本業の方は超越級とのこと。
初級・中級・上級・特級・超越級⋯⋯の内の超越級。
俺TUEEE系。生まれながらにしてのチート級の天才。圧倒的主人公。
幼き日のセルリアン様は、『僕、何かやっちゃいました?』とか言ってたのかな⋯⋯
セルリアン様は夜通し浄化作業をするからと、私たちは先に、来客者用の施設で休ませてもらうことになった。
「私は騎士団の支部に用があるから、皆は先に休んでてくれ」
ブラン様はバーミリオンに乗りながら、こちらに手を振り、飛び立って行った。
各街で騎士団の支部に寄るのは恒例だけど、セルリアン様が目覚める前にも寄ったのにな。
ここの支部は、今までの街とは違って、少し遠い場所にあるのに、そんなに急ぎの用事なのかな?
なんとなく心配になった。
そして翌日の朝。
「女。昨日の質問の回答の続きだ。皆にも来て貰いたい」
お仕事を終えたセルリアン様は、宿泊場所にやって来て、私たちを連れ出した。
セルリアン様が向かったのは祭壇だった。
祭壇に祀られているのは瑠璃色の大きな水瓶だ。
水瓶には金色の染料で魚の絵が描かれている。
大きさは人がお風呂に出来そうな位大きい。
鑑定スキルで確認すると、ヒュドールの秘宝と書かれていた。
水の神ヒュドール様の秘宝は水瓶なんだ。
「ヒュドールの秘宝は、既にここにあるんですね。てっきり神殿を攻略して手に入るものかと⋯⋯」
「神殿はもう攻略した。故に君たちを待つ間、時間を無駄にせずに済んだ。僕の苦手な木属性の魔物も現れたが、僕の精霊たちが強引に押し勝ってくれた」
さすが圧倒的強さを誇るセルリアン様だ。
もしかして魔王にも一人で勝てるのでは⋯⋯
「そんな些細なことは今は良い。ヒュドール様の秘宝は過去にも、とある水属性の精霊術師に授けられたことがあったようだ。当時の記録が残されている。この水瓶に水が溜まっているのが見えるだろうか? この水は、僕がこの水瓶を手に入れた日から少しずつ溜まり、今は溢れる寸前。この水が満ちた時、今以上に強力な結界を張ることが可能となる。魔王討伐の際は、僕が魔王城の中心に立ち、この水瓶の力を借りて結界を張り直す。魔王の逃亡及び討伐時の瘴気の流出を防ぐためだ。つまり、『魔王城にいつ攻め込むか?』という君の質問の答えは、『この水瓶の水が満ちた時』ということになる」
この水瓶の水が、強力な結界を張るための力の源になる⋯⋯
話によると、この水瓶は不思議なことに、ひとりでに水が増えていくらしい。
この水が満ちた時、いよいよ魔王に挑むんだ。
「この調子だと、そう遠くない内に溢れるだろう。それまでの期間は、各自の鍛錬や連携の確認など、最終調整に取り組むべきというのが僕の考えだ」
セルリアン様は厳しい表情をしていた。
それからはリヴィエーラを拠点に、魔王討伐の準備を整えることになった。
毎日午前中は各自の鍛錬を、午後から夕方までは六人での合同訓練や会議を行うことに決まった。