38.恋愛初級の男性がこの笑顔に耐えられるわけがない
毒キノコ事件の翌朝。
「身体が異様にダルいぞ」
「もやがかかったみたいに、昨日の夜のことが思い出せない」
「朝起きたら、床に大量のろうそくが立ってたんだけど〜! なんかの儀式? 超怖い〜!」
ジェード様、ノワール様、ボルド様は昨晩のことを何も覚えていない様子だった。
昨晩の内に、シェフとブラン様と相談して、三人には毒キノコのことは伏せる事に決まったから、真相はこのまま闇に葬られることになる。
ボルド様のろうそくは、処理しておくべきだったかな。
それはさておき、昨晩のブラン様との会話⋯⋯
あれはもしかして、両想いってこと?
伝えたいことって、いったい⋯⋯
いやだめだ。
今は最後まで魔王討伐に集中しないと。
そして朝食後。
「本当にありがとうございました〜!」
「またゆっくり観光に、いらしてくださ〜い!」
村人のみなさんに見送られて、クライムを出発した。
行きと同様、バーミリオンとパステルの背中に乗せてもらう。
あとは砂漠を抜け、海のように大きな川を越えれば、水属性の精霊術師のセルリアン様がいる、秘境リヴィエーラにたどり着けるらしい。
「秘境リヴィエーラとは、どのような場所ですか?」
「大きな川に隔てられてっから、特に用がなきゃ、誰も立ち入らないような場所だ。精霊術師ってのは、精霊との交流が得意だからか、なんなのか、人とは交流したがらない奴が多いらしいからな。ああいうへんぴな所で、静かに暮らしたいんだとよ」
一緒にパステルに乗っているジェード様が教えてくれる。
人との交流が苦手か⋯⋯
セルリアン様と元々仲が良いみなさんはともかく、私は仲良くしてもらえるのかな。
一抹の不安を覚える。
「ジェード様から見て、セルリアン様はどのような方ですか?」
「あ? 残念ながら、俺が優しく思えるくらい厳しいから覚悟しとけ。あと、毎度お馴染み、そのローブは絶対に脱ぐなよ。セルリアンの前で肌なんか見せた日には、とんでもないことになるからな」
「え⋯⋯分かりました⋯⋯」
ジェード様が優しく思えるって⋯⋯
確かに風紀委員みたいな人っぽいから、やらかしたら、厳しく指摘されたりするんだろうな。
「あとお尋ねしたいのは、精霊術師というのは、精霊の力を借りて戦う人たちなんですよね? 結局のところ、魔法使いと、どう違うんでしょうか?」
「おぅ。魔法使いと精霊術師では出来ることはそう変わらない。セルリアンが今最前線で担当してるのは、結界の維持と魔王城の浄化だから、そういう意味では神官にも少し似てる。ただ、魔法使いと神官は、自分の魔力で出せる火力が上限だけど、精霊術師は一度に大勢の精霊たちを操ることが出来れば、無限の火力が出せる。あと、普通は精霊と交信できるのは精霊術師だけだ。だからお前のクマたちは異常だよな」
なるほど。
精霊の力を借りる分、可能性は無限大。
そしてキリリとキララは精霊だけど、誰とでも会話出来る異例の存在なんだ。
「見えてきたぞ。あれがリヴィエーラだ」
ジェード様は正面を指をさす。
川の向こうに見えてきたのは、湿原だった。
この一帯は背が低い緑色の草が生えていて、鮮やかな青色の水が溜まった池が点在している。
街一つ覆うほどの大きな池の真ん中に、淡い水色の石で造られた建造物があった。
「着陸態勢!」
ボルド様の合図で街の入り口に降り立つ。
正面の大きくて長い階段を登った先には祭壇があって、その周りを囲むようにいくつも橋がかかり、同じ素材の石で造られた建物につながっている。
かなり複雑で入り組んだ構造みたいだ。
そして気になるのが⋯⋯人々が柱の影や建物の窓から顔を少し覗かせながら、こちらを静かに観察していること。
人との交流が苦手というのは本当らしい。
「随分と騒がしい。もう少し静かに登場出来なかったのだろうか。ここの皆が静かに暮らしたがっていることは、君たちも知っているはずだが」
声のする方を振り向くと、青髪青眼の男性が立っていた。
清潔そうな髪を七三分けにしていて、銀縁のスクエア型のメガネをかけている。
青みがかった灰色のズボンを履いて、上半身は腰までの長さの白いケープを羽織っている。
間違いない。まさしく風紀委員のような、このお方は⋯⋯
「セルリアン様⋯⋯」
思わず呟いてしまった私のことを、そのお方はチラリと見た。
慌てて会釈したけど、無反応のまま、ブラン様の方へと歩いていく。
あれ? もしかして、スルーされちゃった?
「⋯⋯遅い。遅すぎる。君たちはいったい、どれだけ僕を待たせれば気が済むんだ。春になってすぐに旅立ったはずの君が、ようやく僕の目の前に現れた⋯⋯今日が何月何日だと思っているんだ。もうギリギリだ」
セルリアン様は淡々と話しながら、ブラン様の胸元を指さし、詰め寄る。
「あぁ、すまなかった。各地でのトラブルを解決し、道中で魔物を討伐しながら、神殿や遺跡を攻略していたんだ⋯⋯」
ブラン様はその勢いに押され、後ずさりしながら、申し訳なさそうに答えた。
その後は立ち話もなんだと言うことで、セルリアン様の部屋に上がらせて貰うことになった。
大きな本棚と書き物机、魚が泳ぐ水槽が印象的な部屋だ。
テーブルにつきハーブティーを淹れてもらうと、トロピカルフルーツのような甘い香りが漂ってくる。
「イーリスでも派手にやったそうだな。こんなものが、ここまで届いている」
セルリアン様は机の引き出しから新聞を取り出して、テーブルの上に広げた。
そこにはブラン様とその一行が、イーリスの空の魔物を倒したことと、その直後のブラン様の演説の内容が取り上げられていた。
「なんだよ、この絵は!? 本来の俺はもっと神々しい姿のはずだろ? それになんでセイラだけ肖像画付きなんだよ」
ジェード様が指摘したのは、新聞の挿絵だ。
一枚はブラン様が演説中の私たち四人の姿。
これはブラン様に関しては、その勇ましさと美しさを余すことなく表現されているけど、ジェード様はエルフの特徴は捉えられているものの、その解像度はかなり低い。
言い換えれば雑な絵だった。
この絵に関しては、ノワール様も私も、ジェード様と似たようなものだ。
そしてなぜかもう一枚の挿絵は、私のみぞおちから上の肖像画だった。
これはいったい、いつの間に⋯⋯
「街を騒がすほどの美女は、こういう肖像画が出回ったりするんだよね〜さすがセイラちゃん!」
ボルド様が肘でつついてくる。
それはそれは光栄なことだ。
「そうか。この女が聖属性の盗賊か。世の理に反する異分子な上に、男をたぶらかす、けしからん女と来ている。僕は今までアッシュと文通を重ねて来たが、いつからか手紙の内容は、女との訓練のことばかり⋯⋯」
セルリアン様はようやく私の方に視線を向けたかと思ったら、やれやれとでも言いたげに、右手で自分の額を押さえた。
「あの⋯⋯セルリアン様⋯⋯?」
「すまないが、僕は君のように低俗な女とは、口を聞かないことにしている。それにしても、鍛錬一筋だったアッシュを変えてしまうとは、どんな恐ろしい手を使ってくると言うんだ⋯⋯僕はいったい、どうしたら⋯⋯」
セルリアン様は怯えたような表情で、途中からはブツブツと何かを呟いている。
みなさんツッコむ気すら起きないのか、完全に呆れ顔だ。
「セルリアン。それくらいにしておかないか? セイラはアッシュが二ヶ月間、熱心に稽古をつけて成長した。その実力を認められているんだ」
ブラン様がフォローしてくれる。
「そうかブラン。君もそちら側だと言うのか」
「つまりさ〜セイラちゃんを貶すことは、遠回しにアッシュを貶していることにならないのかな〜?」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯なるほど。君の発言には一理ある」
ボルド様の言葉にセルリアン様の勢いが弱まった。
セルリアン様は机の引き出しから、アッシュ様の手紙をいくつか取り出し、丁寧な手つきで中身を確認する。
「アッシュが心血を注ぎ、育て上げたのが、この女⋯⋯アッシュからはこの女のことを、何度も頼まれている。この手紙から伝わってくるのは、君たち四人への憤りと、僕への厚い信頼⋯⋯お前だけがこのパーティーの良心だと、そう締め括られている」
「なぁ。そろそろ、こいつの口を塞いでもいいか?」
ジェード様の背後には植物のツルがうねっている。
「君のことを認めよう」
セルリアン様は自分の中で結論を出したらしい。
「ありがとうございます⋯⋯」
なんだか分からないけど、一応お礼を言う。
「しかし、君のことを認めたわけではない」
「え? どっちですか? たった今、認めるって⋯⋯」
一貫性のない発言に、頭の中はハテナマークだらけだ。
「まず、君のことは当分の間は女と呼ぶ。名前を呼ぶ事に慣れるためには時間が必要だ」
「はい。よくわかりませんが、どうぞ⋯⋯」
「次に、許可なく僕の身体に触れないこと。許可なくこのテーブルよりこちら側の距離まで近づかないこと。あとは⋯⋯」
真剣な表情で条件を考えるセルリアン様。
内容は失礼だけど、たぶん女性への免疫が無いから怖がってるんだよね。
そう思うと結構かわいいかも⋯⋯
「大丈夫ですよ! セルリアン様のペースに合わせますから! では、これから仲良くしてくださいね!」
緊張がほぐれるようにと、笑顔で手を差し出す。
「だから、近づかないでくれと言っているだろう! 男にそのような笑顔を見せるなど、やはり君は、けしからん女だ⋯⋯」
その言葉を最後に、セルリアン様は意識を失った。