37.この想いを止められるわけがない
砂漠の村クライムの魔物を討伐し、村人のコブを治療した私たちは、盛大に歓迎された。
今日はもうすぐ日が沈むから、ぜひ一泊していってくれと引き止められ、お言葉に甘えて、今夜はこの村で休ませてもらうことになった。
今日の私たちの宿は、先ほど空の上から見えていた帆船のような建物で、一階が食堂、二階以上が客室という構造だ。
この建物は天変地異の際の避難用の船らしく、村人を全員乗せて砂の上を走れるという優れものだそう。
そして今、私たちは一階の食堂で夕食をとっている。
「んー! この村の料理はどれもスパイシーで、食欲をそそります!」
緑黄色野菜と鶏肉をカレー粉で炒めて、ご飯の上に乗っけた料理や、豆とひき肉をトマトとスパイスで炒めたものに、卵を落とした料理など、今まで食べたことがない料理ばかりだ。
ほかにはキノコのソテーやフルーツの盛り合わせなどなど、たくさんのご馳走を用意して貰えた。
それにしても⋯⋯
「そのキノコって美味しいんですか? 見た目がすごいですけど⋯⋯」
黄色いスパイスで炒められたキノコのソテーには、色々な種類のキノコが入っているけど、その中でもひときわ目を引くのは、水玉模様のキノコだ。
「これは『ハバタケ』っていう、門出を祝う時に出てくるキノコなんだよ〜」
ボルド様は私のお皿に、ハバタケを含めたキノコたちを乗せてくれる。
「へぇ〜そうなんですね。ありがとうございます⋯⋯うぅ」
そんなに縁起のいいキノコなら食べないと。
そう思ったけど、どうしても見た目が生理的に受け付けず⋯⋯
結局ハバタケ以外のキノコを美味しく頂いた。
みなさんは特に抵抗なくパクパクと食べている様子。
しかしこれが後の事件につながることになる。
夕食後。
お風呂を済ませて自分の部屋で寛いでいた所、慌ただしい声が聞こえてきた。
何事かと思い、声のする一階に降りると、食堂のシェフが狼狽えていた。
「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」
「これはこれはセイラ様! 実は先ほどお出しした料理⋯⋯ハバタケと間違えて、毒キノコを出してしまったんです!」
シェフは今にも泣き出しそうだ。
「えー! あの人たちみんな普通に食べてましたよ? 危険なものですか? どういう症状が出るんでしょう? 解毒の方法は!」
シェフの両肩を持って揺さぶる。
「命に関わるモノではありません。『オモイノタケ』というキノコでして、症状はその名の通り、内に秘めた思いの丈を表に出してしまうというものです。リミッターが外れた状態になるので、思わぬ危険な言動をしてしまいかねません。ここに解毒剤の注射がありますから、お連れ様に打って頂けませんか? 私は他のお客様の様子を見てきますので!」
シェフは慌てた様子で食堂を飛び出していった。
渡された5本の注射器。
中には透明な液体が入っている。
説明書によると、腕かお腹に注射するようにとのことだ。
大変な事になった。
みなさんに注射を打つため、急いで階段を駆け上がった。
階段から一番近いのはボルド様の部屋だ。
ノックをして部屋に入る。
彼はエンジ色のチュニックと、黒のダボダボなズボンに着替えて、ベッドで寛いでいた。
「うわっ! なんですかこの部屋。暑すぎます!」
部屋の中はすごい熱気と香りに包まれていた。
アロマキャンドルなんだろうか?
床に大量のろうそくが焚かれている。
とてもじゃないけど、正気の沙汰とは思えない。
「ちょっと! 火事になったら洒落にならないのと、危険なガスが室内に溜まりますから!」
急いで部屋の窓を開け、順番に火を消していく。
「や〜だ〜! 寒い〜!」
ボルド様は駄々っ子のように、ベッドの上で寝返りを打っている。
けど、起き上がって、私を制止する力は残ってないみたい。
確かに砂漠の夜は冷えるし、水辺のこの街はボルド様にとっては、快適ではないんだろうけど⋯⋯この変わり様は危険だ。
「ボルド様。あなたは今、毒キノコを食べて正気を失ってますから! 解毒剤を打ちましょう! 腕を出してください!」
腕をつかんで袖を捲くろうとすると、なぜか腕をつかみ返された。
彼の赤い瞳が真っ直ぐに私を射抜く。
「俺さ、セイラちゃんのこと、気になってるんだよね。君の初めての本気の恋の相手に、立候補してもいいかな」
⋯⋯ギャップ萌えと言うのだろうか。
普段ふざけている彼の真剣な表情に、今ちょっと、ドキドキしてしまったような、そうではないような。
戸惑っていると彼は上体を起こした。
「セイラちゃん、赤くなってるの? 可愛いね」
耳元で囁かれると、耳に血液が集まって来るような感覚がする。
ボルド様ってこんなに色っぽいの?
さすが恋の冒険家。
だけど⋯⋯
「ごめんなさい!」
腕に注射打って、すぐに部屋を出た。
次! ノワール様!
このお方もちょっと予測不能で怖いんですけど。
でもこのまま放置というわけにはいかない。
覚悟を決めて部屋に入る。
「あ、セイラちゃん。ちょうど俺も、君に会いたかったんだ」
ベッドに座るノワール様は嬉しそうに微笑む。
くっ⋯⋯駄目だ。
初っ端から破壊力がすごい。
「言っときますけど、キスしに来たわけじゃありませんから!」
流されないように予防線を張る。
「え⋯⋯そうなんだ⋯⋯」
あからさまに落ち込むノワール様。
この人って、こんなに感情を表に出す人だったっけ?
これが毒キノコの力⋯⋯
「俺、正直戸惑ってる。セイラちゃんは簡単には振り向いてくれなくて、そんな状況が苦しくて⋯⋯前にジェードに止められたけど、俺の想いはそんなに簡単に押し殺せるようなものじゃない。ねぇ、セイラちゃん。俺じゃだめかな?」
ノワール様は真剣な表情をしている。
これが彼の本音ってことなのかな。
「⋯⋯困らせたいわけじゃないんだ。でも俺は本気だから。他の誰でもない、セイラちゃんの心が欲しい⋯⋯」
両手で頬を包みこまれ、心臓がうるさく騒ぎ出す。
でも⋯⋯
「お気持ちは嬉しいです。けど⋯⋯お腹⋯⋯見せてください」
「⋯⋯⋯⋯お腹だけ?」
「はい! お腹だけです!」
ノワール様は素直に服を捲る。
後衛職なのに意外と鍛えられている⋯⋯
じゃなくて。
チクッと注射を打って、次の部屋に向かった。
三番目の部屋は⋯⋯ジェード様。
どうせ女狐だの、馬鹿だの、罵られる位だろう。
そう思って油断していたんだけど⋯⋯
部屋に入った瞬間だった。
ふわりと優しく抱きしめられた。
「セイラ、お前は今日も大活躍だったな。可愛いのに優秀だなんて、どうなってんだ?」
優しく頭を撫でられる。
あれ? ジェード様が甘い。
なんだか初めて、こんなにはっきりと褒められた気がする。
「いつも意地悪してごめんな」
⋯⋯槍でも降るのかな?
「まぁ、ジェード様の場合は口が悪いだけで、愛があると言いますか⋯⋯」
言い方はひどい時があるけど、ただの意地悪っていうのは、なかったはず。
「そっか。俺の愛情は伝わってんだな。俺は⋯⋯ドジで、素直で、可愛いセイラがほっとけないんだよ。ただ、セイラと一緒にいたいだけだ。笑ってる顔が見たいだけ」
宝石のように美しい瞳で見つめられる。
これがジェード様の想い⋯⋯
「ジェード様⋯⋯ありがとうございます。私もジェード様といると楽しいです。残りの旅も楽しいものにしましょうね」
抱きしめてくれる腕に注射を打った。
最後、一番奥の部屋はブラン様のお部屋だ。
ミッションの終わりが見えて来たところで、問題が発生した。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯いない。
いつからだろう? 部屋はもぬけの殻だ。
トイレやお風呂でもないってことは、宿屋のご主人に確認してもらった。
ということは外⋯⋯何かトラブルになってないといいけど。
急いで宿を飛び出した。
オアシスの周辺をぐるっと周りながら村を見渡す。
⋯⋯⋯⋯見つけた。
ブラン様はもの憂げな表情をしながら、ハート型の池の周りを囲む柵に、もたれて立っていた。
サラサラの髪が風に揺れている。
月が映り込んだ池は幻想的に光っていて、ブラン様の周りには、水色や黄緑色に光る球体がふわふわと飛んでいる。
まるで、じゃれつくみたいに。
目の前の光景の全てが絵画のように美しい。
「ブラン様は精霊にも好かれてるんですね」
隣に並んで声をかける。
「どちらに行かれてたんですか?」
「用があって騎士団の支部に顔を出していたんだ」
「そうでしたか」
あれ。結構普通に会話が成り立っているような。
「ブラン様はお身体の調子は⋯⋯? 水玉のキノコを食べましたよね?」
先ほどシェフに聞いた話をそのまま伝え、三人に解毒剤を打てたことを報告する。
「そんなことがあったのか。セイラ一人に対応を任せてすまなかったな。子供っぽくて行儀も悪いんだが、どうしてもあのキノコの見た目が受け付けなくて、食べないようにしていたんだ」
ブラン様は申し訳なさそうな、それでいて照れたような表情で笑う。
「いえ。それが人間本来の防御反応かと⋯⋯」
防御反応を乗り越えることができた、勇敢な三人が犠牲になったというわけだ。
「⋯⋯⋯⋯ここで想いを伝えると叶うんだったか」
ブラン様は池を見つめながら落ち着いた声で言う。
「それはボルド様の冗談だそうです⋯⋯」
「それでもいい」
ブラン様は私の方に身体を向けた。
「君は不思議な人だ。花のように美しく繊細に見えるのにも関わらず、強く頼もしくもある⋯⋯どれだけ見ていても飽きないばかりか、もっと色んな君を知りたくなる」
左手をそっと持ち上げ握られる。
その手つきは、まさしく王子様のものだ。
「セイラ、私はいつからか君を見ていると、胸が甘く締めつけられて苦しくなるんだ。私の想いは⋯⋯これからも君の笑顔を一番近くで見ていたい。君をこの手で守りたい」
手の甲にキスされ、切なげな目で見つめられる。
その表情から目が離せない。
「ブラン様は優しいお方です。いつも静かに見守ってくださって、でも困った時や心細い時には、すぐに手を差し伸べてくださる。私はブラン様の温かさに何度も救われました。私は⋯⋯これからもずっとブラン様をお側で支えたいです。あなたの役に立ちたい。力になりたい」
なんだか今夜は思ったことを素直に話せる。
というか、やっと自分の気持ちに気付けた気がする。
これが私の思いの丈⋯⋯
キノコは食べてないけど、エキスは摂取しているから、こういう症状が出たのかな。
でも解毒剤は使いたくない。
「セイラの頬が赤くなっているのは、私を想ってのことだと、そう期待して良いんだろうか」
その問いかけに無言で頷くと、愛おしそうに見つめられる。
「魔王を討ち取ることができたら、君に伝えたい事がある」
ブラン様は真剣な表情でそう言った。