表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

37/108

37.この想いを止められるわけがない

 

 砂漠の村クライムの魔物を討伐し、村人のコブを治療した私たちは、盛大に歓迎された。

 今日はもうすぐ日が沈むから、ぜひ一泊していってくれと引き止められ、お言葉に甘えて、今夜はこの村で休ませてもらうことになった。


 今日の私たちの宿は、先ほど空の上から見えていた帆船のような建物で、一階が食堂、二階以上が客室という構造だ。

 この建物は天変地異の際の避難用の船らしく、村人を全員乗せて砂の上を走れるという優れものだそう。

 

 そして今、私たちは一階の食堂で夕食をとっている。


「んー! この村の料理はどれもスパイシーで、食欲をそそります!」


 緑黄色野菜と鶏肉をカレー粉で炒めて、ご飯の上に乗っけた料理や、豆とひき肉をトマトとスパイスで炒めたものに、卵を落とした料理など、今まで食べたことがない料理ばかりだ。

 ほかにはキノコのソテーやフルーツの盛り合わせなどなど、たくさんのご馳走を用意して貰えた。


 それにしても⋯⋯


「そのキノコって美味しいんですか? 見た目がすごいですけど⋯⋯」


 黄色いスパイスで炒められたキノコのソテーには、色々な種類のキノコが入っているけど、その中でもひときわ目を引くのは、水玉模様のキノコだ。


「これは『ハバタケ』っていう、門出を祝う時に出てくるキノコなんだよ〜」


 ボルド様は私のお皿に、ハバタケを含めたキノコたちを乗せてくれる。

 

「へぇ〜そうなんですね。ありがとうございます⋯⋯うぅ」


 そんなに縁起のいいキノコなら食べないと。

 そう思ったけど、どうしても見た目が生理的に受け付けず⋯⋯

 結局ハバタケ以外のキノコを美味しく頂いた。


 みなさんは特に抵抗なくパクパクと食べている様子。

 しかしこれが後の事件につながることになる。



 夕食後。

 お風呂を済ませて自分の部屋で寛いでいた所、慌ただしい声が聞こえてきた。

 何事かと思い、声のする一階に降りると、食堂のシェフが狼狽えていた。


「どうしたんですか? 大丈夫ですか?」


「これはこれはセイラ様! 実は先ほどお出しした料理⋯⋯ハバタケと間違えて、毒キノコを出してしまったんです!」


 シェフは今にも泣き出しそうだ。

 

「えー! あの人たちみんな普通に食べてましたよ? 危険なものですか? どういう症状が出るんでしょう? 解毒の方法は!」 


 シェフの両肩を持って揺さぶる。


「命に関わるモノではありません。『オモイノタケ』というキノコでして、症状はその名の通り、内に秘めた思いの丈を表に出してしまうというものです。リミッターが外れた状態になるので、思わぬ危険な言動をしてしまいかねません。ここに解毒剤の注射がありますから、お連れ様に打って頂けませんか? 私は他のお客様の様子を見てきますので!」


 シェフは慌てた様子で食堂を飛び出していった。


 渡された5本の注射器。

 中には透明な液体が入っている。

 説明書によると、腕かお腹に注射するようにとのことだ。


 大変な事になった。

 みなさんに注射を打つため、急いで階段を駆け上がった。

 


 階段から一番近いのはボルド様の部屋だ。

 ノックをして部屋に入る。

 彼はエンジ色のチュニックと、黒のダボダボなズボンに着替えて、ベッドで寛いでいた。


「うわっ! なんですかこの部屋。暑すぎます!」


 部屋の中はすごい熱気と香りに包まれていた。

 アロマキャンドルなんだろうか?

 床に大量のろうそくが焚かれている。

 とてもじゃないけど、正気の沙汰とは思えない。


「ちょっと! 火事になったら洒落にならないのと、危険なガスが室内に溜まりますから!」


 急いで部屋の窓を開け、順番に火を消していく。


「や〜だ〜! 寒い〜!」


 ボルド様は駄々っ子のように、ベッドの上で寝返りを打っている。

 けど、起き上がって、私を制止する力は残ってないみたい。

 確かに砂漠の夜は冷えるし、水辺のこの街はボルド様にとっては、快適ではないんだろうけど⋯⋯この変わり様は危険だ。

 

「ボルド様。あなたは今、毒キノコを食べて正気を失ってますから! 解毒剤を打ちましょう! 腕を出してください!」


 腕をつかんで袖を捲くろうとすると、なぜか腕をつかみ返された。

 彼の赤い瞳が真っ直ぐに私を射抜く。


「俺さ、セイラちゃんのこと、気になってるんだよね。君の初めての本気の恋の相手に、立候補してもいいかな」


 ⋯⋯ギャップ萌えと言うのだろうか。

 普段ふざけている彼の真剣な表情に、今ちょっと、ドキドキしてしまったような、そうではないような。


 戸惑っていると彼は上体を起こした。


「セイラちゃん、赤くなってるの? 可愛いね」


 耳元で囁かれると、耳に血液が集まって来るような感覚がする。

 ボルド様ってこんなに色っぽいの?

 さすが恋の冒険家。

 だけど⋯⋯


「ごめんなさい!」

 

 腕に注射打って、すぐに部屋を出た。

 


 次! ノワール様!

 このお方もちょっと予測不能で怖いんですけど。

 でもこのまま放置というわけにはいかない。

 覚悟を決めて部屋に入る。


「あ、セイラちゃん。ちょうど俺も、君に会いたかったんだ」


 ベッドに座るノワール様は嬉しそうに微笑む。

 くっ⋯⋯駄目だ。

 初っ端から破壊力がすごい。


「言っときますけど、キスしに来たわけじゃありませんから!」


 流されないように予防線を張る。


「え⋯⋯そうなんだ⋯⋯」


 あからさまに落ち込むノワール様。

 この人って、こんなに感情を表に出す人だったっけ?

 これが毒キノコの力⋯⋯

 

「俺、正直戸惑ってる。セイラちゃんは簡単には振り向いてくれなくて、そんな状況が苦しくて⋯⋯前にジェードに止められたけど、俺の想いはそんなに簡単に押し殺せるようなものじゃない。ねぇ、セイラちゃん。俺じゃだめかな?」


 ノワール様は真剣な表情をしている。

 これが彼の本音ってことなのかな。


「⋯⋯困らせたいわけじゃないんだ。でも俺は本気だから。他の誰でもない、セイラちゃんの心が欲しい⋯⋯」


 両手で頬を包みこまれ、心臓がうるさく騒ぎ出す。

 でも⋯⋯


「お気持ちは嬉しいです。けど⋯⋯お腹⋯⋯見せてください」


「⋯⋯⋯⋯お腹だけ?」


「はい! お腹だけです!」


 ノワール様は素直に服を捲る。

 後衛職なのに意外と鍛えられている⋯⋯

 じゃなくて。

 チクッと注射を打って、次の部屋に向かった。



 三番目の部屋は⋯⋯ジェード様。

 どうせ女狐だの、馬鹿だの、罵られる位だろう。

 そう思って油断していたんだけど⋯⋯

 

 部屋に入った瞬間だった。

 ふわりと優しく抱きしめられた。


「セイラ、お前は今日も大活躍だったな。可愛いのに優秀だなんて、どうなってんだ?」


 優しく頭を撫でられる。

 あれ? ジェード様が甘い。

 なんだか初めて、こんなにはっきりと褒められた気がする。

 

「いつも意地悪してごめんな」


 ⋯⋯槍でも降るのかな?


「まぁ、ジェード様の場合は口が悪いだけで、愛があると言いますか⋯⋯」


 言い方はひどい時があるけど、ただの意地悪っていうのは、なかったはず。


「そっか。俺の愛情は伝わってんだな。俺は⋯⋯ドジで、素直で、可愛いセイラがほっとけないんだよ。ただ、セイラと一緒にいたいだけだ。笑ってる顔が見たいだけ」


 宝石のように美しい瞳で見つめられる。

 これがジェード様の想い⋯⋯


「ジェード様⋯⋯ありがとうございます。私もジェード様といると楽しいです。残りの旅も楽しいものにしましょうね」

 

 抱きしめてくれる腕に注射を打った。

 


 最後、一番奥の部屋はブラン様のお部屋だ。

 ミッションの終わりが見えて来たところで、問題が発生した。


 ⋯⋯⋯⋯⋯⋯いない。

 いつからだろう? 部屋はもぬけの殻だ。

 トイレやお風呂でもないってことは、宿屋のご主人に確認してもらった。

 ということは外⋯⋯何かトラブルになってないといいけど。

 急いで宿を飛び出した。



 オアシスの周辺をぐるっと周りながら村を見渡す。

 ⋯⋯⋯⋯見つけた。


 ブラン様はもの憂げな表情をしながら、ハート型の池の周りを囲む柵に、もたれて立っていた。

 サラサラの髪が風に揺れている。


 月が映り込んだ池は幻想的に光っていて、ブラン様の周りには、水色や黄緑色に光る球体がふわふわと飛んでいる。

 まるで、じゃれつくみたいに。

 目の前の光景の全てが絵画のように美しい。

 


「ブラン様は精霊にも好かれてるんですね」


 隣に並んで声をかける。


「どちらに行かれてたんですか?」


「用があって騎士団の支部に顔を出していたんだ」


「そうでしたか」


 あれ。結構普通に会話が成り立っているような。


「ブラン様はお身体の調子は⋯⋯? 水玉のキノコを食べましたよね?」


 先ほどシェフに聞いた話をそのまま伝え、三人に解毒剤を打てたことを報告する。


「そんなことがあったのか。セイラ一人に対応を任せてすまなかったな。子供っぽくて行儀も悪いんだが、どうしてもあのキノコの見た目が受け付けなくて、食べないようにしていたんだ」

 

 ブラン様は申し訳なさそうな、それでいて照れたような表情で笑う。


「いえ。それが人間本来の防御反応かと⋯⋯」


 防御反応を乗り越えることができた、勇敢な三人が犠牲になったというわけだ。



「⋯⋯⋯⋯ここで想いを伝えると叶うんだったか」


 ブラン様は池を見つめながら落ち着いた声で言う。


「それはボルド様の冗談だそうです⋯⋯」

「それでもいい」


 ブラン様は私の方に身体を向けた。


「君は不思議な人だ。花のように美しく繊細に見えるのにも関わらず、強く頼もしくもある⋯⋯どれだけ見ていても飽きないばかりか、もっと色んな君を知りたくなる」


 左手をそっと持ち上げ握られる。

 その手つきは、まさしく王子様のものだ。


「セイラ、私はいつからか君を見ていると、胸が甘く締めつけられて苦しくなるんだ。私の想いは⋯⋯これからも君の笑顔を一番近くで見ていたい。君をこの手で守りたい」


 手の甲にキスされ、切なげな目で見つめられる。

 その表情から目が離せない。


「ブラン様は優しいお方です。いつも静かに見守ってくださって、でも困った時や心細い時には、すぐに手を差し伸べてくださる。私はブラン様の温かさに何度も救われました。私は⋯⋯これからもずっとブラン様をお側で支えたいです。あなたの役に立ちたい。力になりたい」


 なんだか今夜は思ったことを素直に話せる。

 というか、やっと自分の気持ちに気付けた気がする。

 これが私の思いの丈⋯⋯

 キノコは食べてないけど、エキスは摂取しているから、こういう症状が出たのかな。

 でも解毒剤は使いたくない。


「セイラの頬が赤くなっているのは、私を想ってのことだと、そう期待して良いんだろうか」

 

 その問いかけに無言で頷くと、愛おしそうに見つめられる。

  

「魔王を討ち取ることができたら、君に伝えたい事がある」

 

 ブラン様は真剣な表情でそう言った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ