36.この私に盗めないものなんてあるわけがない
洞窟の池に沈んだ神殿の探索をしていた私たちは、とうとう最後の大部屋にたどり着いた。
そこには見上げるほど巨大なカニの魔物がいた。
名前は⋯⋯タチアシガニ。
左右5本ずつ、合計10本の脚が生えている。
一般的なカニなら、ハサミがあるはずの2本の脚は、巨大な刀のようになっていて、真ん中の4本の脚には、誰かのを拾ったのか、盾と剣を装備している。
私たちのパーティーの現在の陣形は、ボルド様が加わり前衛三人、後衛二人になった。
重戦士であるボルド様は、積極的に敵を引きつけ、みんなの盾役となって私たちを守り、攻撃の隙を作ってくれる役割だ。
それに加えて、隙あらば大きな武器で、一撃加えることも出来るという。
しかし、敵のタチアシガニは脚の数が多い分、攻撃の手数も多いと予想できる。
このメンバーでの初連携⋯⋯果たして上手くいくのか⋯⋯
「さぁ~! かかって来い!」
ボルド様はよく響く大きな声で叫んだ。
確かに、鼓膜が震えるどころか破れそうだ。
さっそく注目のスキルを使ったということなんだろう。
タチアシガニはボルド様の方へと向かった。
続いてノワール様が、私たち前衛にバフをかけてくれる。
私の役割は、ボルド様をサポートしながら、後衛の攻撃の隙を作り、あわよくば毒を入れたり、脚を切り落としたりすることだ。
タチアシガニは刀を大きく振りかぶり、素早くボルド様に向かって振り下ろした。
――キーン
ボルド様が巨大な盾でその攻撃を受けると、甲高い音が響き、火花が散る。
すごい。あんな勢いで振り下ろされた攻撃を受けても、反動で後ろに下がることもなく、その場で受け止めている。
ボルド様が攻撃をさばいてくれている間に、すかさずその腕に斬りかかる。
けれども硬い殻に簡単に弾かれてしまう。
駄目だ。
狙うならもっと高い位置にある節の所だ。
そうこうしている内に、後ろからジェード様の魔法が飛んで来た。
大きい木の葉が、ブーメランのように弧を描きながら、敵に向かっていく。
初めて見る技だ。
木の葉は鋭い刃物のように、スパッとタチアシガニの脚を一本切り落とした。
よし。この調子。
ブラン様は、別の脚から繰り出される攻撃を盾で受けている。
その太刀筋は容赦なく、手数も多い分、前衛は苦しい。
ジェード様の次の攻撃を地道に待つしかないかと考えていると、ボルド様が再び叫んだ。
「俺たちは〜! こんなもんじゃないだろ〜! 戦え〜! 魔王を倒して、歴史に名を残すんだろ〜!?」
空間が張り裂けそうなくらい大きな声だった。
おそらく鼓舞のスキルだ。
ジェード様が言ってた通り、すごく心臓がドキドキする。
なんだかよくわからないけど、なんでも出来そうな気がする。
ボルド様とブラン様が攻撃を受け止めてくれている隙に、カニ脚の上を走って登り、根元を短剣で切り落とした。
よし。
これで二本目。
再びジェード様が脚を切り落としてくれたからこれで三本。
身体を支えるのにも脚を使わないといけないからか、徐々にカニの攻撃が弱まりつつある。
砂川さんに貰った木の盾で、なんとか攻撃をしのぐけど、さすがにこの盾は割られてしまいそう。
焦っているとブラン様が動いた。
ブラン様は回転斬りをしながら、次々と別の脚に飛び移り、連続で脚を切り落としていく。
すごい。華麗だ。
あんなにもアグレッシブな彼を見ることができるのも、鼓舞のお陰なのかな。
すっかり目を奪われている内に、タチアシガニは支えを失い、床に倒れ込んだ。
ブラン様はカニの頭の上に降り立ち、剣を突き刺してトドメを刺してくれた。
タチアシガニの身体が煙になって消えたあと、床から赤色球体が乗った台座と祭壇がせり上がって来た。
ボルド様が祭壇に近づくと、赤い球体が光る。
眩しい光に一瞬目を閉じ開くと、宝箱があった。
中身はヒューゴの秘宝。
赤色の宝石が埋め込まれた金色の腕輪だった。
二の腕に着けるタイプのものらしい。
さっそくボルド様は鎧を外して、利き手である右腕にヒューゴの秘宝を装着した。
「よし! これで魔王を倒す準備は整ったね〜!」
ボルド様は腕輪をみんなに見せながら、二カッと笑った。
神殿攻略の翌日。
私たちはガランスを旅立つことになった。
出発の準備をしていると、ボルド様に声をかけられた。
「セイラちゃ〜ん! これ、受け取って!」
ボルド様がくれたのは、赤い宝石と黒い紐で出来た御守りのようなものだった。
「盾の持ち手に結んでおいたら、ほんの少し防御力が上がるよ! バーミリオンのウロコで作ったんだ〜本当は盾全体をこれで作れたら最強なんだけど、セイラちゃんは盗賊だから、装備は軽い方がいいもんね」
「へぇ、これがウロコですか。宝石みたいにきれいですね。ありがとうございます! 大切に使いますね!」
さっそく盾の持ち手に、もらった御守りを付けた。
「ボルド〜! お前はこの街の英雄だ〜!」
「目立ってこいよ!」
「先生! またいつか、恋愛講座をお願いします〜!」
街の人々に見送られる中、私とジェード様はパステルに、ブラン様とノワール様とボルド様はバーミリオンの背中に乗って飛び立った。
なぜジェード様がこちら側かと言うと、バーミリオンは長距離飛行の際には、時々火を吹かないと、熱が身体にこもり過ぎて良くないらしく、それではジェード様が危険だからだ。
ラセットと馬車は、ここで騎士団に引き取ってもらうことになった。
あとは、このままリヴィエーラまでひとっ飛び。
⋯⋯の予定だったんだけど、ボルド様の用事を済ますために、クライムという村に寄ることになった。
この村から大量の武器の発注があったけど、気温が下がって作業が遅れていたから、急いで納品しようと言うわけだ。
「なぜクライムでそんな数の武器の発注があるんだ? あの村に住んでいるのは、武闘家達だから、剣や槍は使わないはずだが⋯⋯」
「あの辺も最近は魔物が多いらしいから。素手で戦うのは厳しいのかもね。ま、此度、特級に昇格した英雄ボルド様が、お届けついでに、魔物もチョチョイのチョイで片付けてやんよ〜」
ボルド様は自信満々そうに笑っていた。
そうこうしている内に、クライムの村が見えてきた。
その村は砂漠のオアシスのほとりにあった。
巨大なオアシスは、周囲にゴツゴツした岩の山が点在していて、水辺にはヤシの木がたくさん生えている。
それとちょっと可愛いのが⋯⋯
「見てください! あの池! 上から見たらハートの形ですよ!」
オアシスのメインっぽい大きな池から少し離れたところにある、小さな池を指さす。
「あの池のほとりで、想いを伝え合った男女は結ばれるらしいよ〜」
「そうなんですか! それは素敵な言い伝えですね!」
「俺が今考えた! あとで行こうね、セイラちゃ〜ん!」
「ちょっと! ボルド様!」
全く、なんというノリの軽さなんだろう。
気を取り直して村を見下ろす。
オアシスの周りに建っている人々の家は、木製の丸いフォルムで、大きな樽みたいだ。
中には木でできた巨大な帆船を、そのまま利用しているような建物もある。
村の人々は上半身はタンクトップで、下半身はサルエルパンツを履いている。
けれども何やら様子がおかしい。
急いでバーミリオンとパステルを空き地に着陸させると、白っぽい砂がふわっと舞い上がった。
「これは病気⋯⋯なのかな。こんなの見たことも聞いたこともない」
ノワール様は目を見開いていた。
それもそのはず。
村人のみなさんの顔や身体には、丸くて大きなコブが出来ていたから。
「は〜い! ガランスから武器の納品で〜す! 遅くなって申し訳ありませんでした〜!」
ボルド様は武器の入った大きな箱を持って、街の真ん中で大声を出した。
「おお! やっとか! ありがとう!」
「これでヤツらを倒せるぞ!」
村人はボルド様が持ってきた武器をさっそく手にとった。
私も続いてボルド様の方へ歩いていこうとすると、ノワール様に腕を掴まれ、引き止められた。
「伝染病の可能性もある。近づくならまずは話を聞いてからの方がいい」
そのままノワール様は私の前に立って、後ろに庇ってくれた。
「ありがとうございます。確かにそうですね。ボルド様は止める間もなく、行っちゃいましたけど⋯⋯」
それぞれの手に武器が渡った所で、村長から詳しい話を聞くことができた。
「オアシスの北にラクダの魔物が出るようになりました。あのラクダたちは、オアシスの植物を食い散らかし、水を汚していくのです。困った私たちは、魔物の討伐に踏み切りました。師範クラスの武闘家たちが交戦したところ、魔物の身体に拳が触れた瞬間、顔や身体にコブが出来てしまいました。騎士団のみなさんには、そのようなことは起こらなかったと聞き、直接触れない方法⋯⋯剣や槍で倒すしか無いと思い至ったのです」
なるほど。
そのラクダの魔物に触れることで、コブが出来てしまったんだ。
「コブを消す方法は、見つかっていないのでしょうか? 今、そこの方に回復・浄化魔法をかけてみたのですが、残念ながら手応えはなさそうです」
ノワール様は申し訳なさそうに言った。
「はい。コブができる原因になった個体を倒しても、コブが消えることはありませんでした」
それは困った事になったな。
時間経過で小さくなる可能性もあるけど、どうなのか⋯⋯
「見てくれが悪いだけなら、最悪諦めも付きますが、彼のようにコブで前が見えなくなった者もおりまして、そうなると不自由で、なんとかしてあげたいんです」
村長は集まっていた村人の中から、一人の男性の手を引いて、私たちの前に連れてきた。
本当だ。両方の瞼の上にコブができてしまってるから、目が開かないんだ。
それは大変だろうな。
吸い寄せられるように男性に近づく。
「少し失礼しますね」
同意を得てそっとコブを触ると、脂肪の塊なのか弾力はあるけど柔らかく感じる。
「おい!」
ジェード様が戻って来いと手招きしている。
確かに不用意に触ったら駄目だよね。
中に何が入ってるかも分からないのに。
引き返そうとしたその時、右手の指輪が光っているのに気がついた。
この人のお財布か何かに反応してるのかな?
試しにスキルを起動して見ると、柔らかい感触がする。
それこそ今触らせてもらったコブみたいな⋯⋯
「さらに失礼しますよ!」
柔らかいものをそのまま握りしめて、自分の方へ引き寄せる。
すると、パン生地をちぎるような、もちっとした感覚がした。
私の手の中にはコブのような球体。
そして、目の前の男性のコブは⋯⋯きれいになくなっていた。
「わぁ! 明るい! 前が見えるぞ! ありがとうございます! ありがとうございます!」
男性は大喜びだ。
手の中にあるコブを鑑定すると⋯⋯フォーンのコブと書いてある。
「あなたはフォーンさんですか?」
「はい! 以前、何処かでお会いしましたっけ?」
なるほど⋯⋯これってもしかして!
「ノワール様!」
勢いよく後ろを振り返る。
「俺も思った。それが略奪(体)の正体かも」
そこからはひたすら村人のコブを略奪しまくった。
その間、ブラン様、ジェード様、ノワール様、ボルド様の四人と村の騎士団は、人にコブをばら撒くラクダ⋯⋯『ヒトコブマクダ』の討伐をしてくれた。
村人のみなさんから、大いに感謝された上に、謎に包まれていたスキルが解明されて、嬉しい日だった。
そして、この日の夜。とうとう運命が動き出すことになる。