35.重戦士に砕けないものなんてあるわけがない
女心教室の翌日。
ボルド様の作業場の一室で目を覚ました私は、朝食をとるために、テーブルのある部屋に向かった。
ちなみに男性陣は四人で夜遅くまで、わいわいと男子会を開催していたらしい。
「おはようございます〜!」
元気よく朝の挨拶をしながら部屋に入ると、すでにみなさんお揃いだった。
そしてテーブルの上には、なにやら封筒の束が⋯⋯
「セイラちゃん! おはよ〜! 今からこれをみんなで開けようと思って〜託されちゃってるんだよね〜」
ボルド様はそう言うと封筒の束を解いて、テーブルの上に乱雑に並べて行く。
差出人は⋯⋯全てアッシュ様だ。
「これは俺宛だな!」
「これは私にだ」
「俺のはこれとこれ」
みなさんはそれぞれ自分宛の封筒を見つけて、手に取っていく。
そっか。私はアッシュ様に、行く先々の騎士団経由で手紙を出せたけど、アッシュ様からすれば、私たちが、いつどの街に到着するか予想がつかないから、先回りできるように、ここに複数の手紙を送ったと⋯⋯
私宛のもあったら嬉しいな。
期待を込めて探すと⋯⋯
「ええ! 嬉しい! 残り全部、私のですか?」
どうやら私が手紙を送る度に、返事を出してもらっていたらしい。
なんとも筆まめな師匠だ。
そして何やら小包もある。
ワクワクしながら、まずは手紙を開封することにした。
なになに⋯⋯
手紙の内容は、私の身体を心配するもの、最近王都であった出来事、中級昇格を祝ってくれるものなどなど⋯⋯
そして気になる小包の中身は⋯⋯
美しい水色の宝石箱のような缶だった。
添付されている紙を確認すると、缶に入っているのは、体温を下げる効果があるドロップらしい。
ガランスの街の熱気や、これから訪れる夏の暑さで体調を崩さないようにとの、師匠の愛だ。
必要ならジェード様にも分けてあげるように、とのことだった。
「あぁ〜素敵です! アッシュ様の愛を感じます!」
嬉しすぎて、ドロップが入った缶を抱きしめる。
「ブシに一番近い男⋯⋯か⋯⋯」
「ここに来て頭角を現しやがった」
ブラン様とジェード様はブツブツと何かを呟いていた。
「そうだっ! セイラちゃんのペンダントのことも、手紙に書いてあったよ〜祝福してあげてってさ!」
ボルド様はニコニコ笑いながら、こちらに近づいて来る。
「火の神フェーゴ様の御加護があらんことを」
彼がペンダントの赤い宝石にキスすると、宝石はきれいに輝き出した。
「ありがとうございます!」
「良いってことよ!」
お礼を言うと、爽やかな笑顔を向けてくれた。
白い歯がキラリと光る。
こういう時は、かっこいいと思うんだけどな⋯⋯
アッシュ様の手紙を確認し終わった私たちは、ボルド様の案内で、神殿の探索に向かった。
神殿の入り口は、この山の洞窟の中にあった。
「これは⋯⋯この池の中に神殿があるということなのか? いったい、どうやって入れば⋯⋯」
ブラン様は池の縁に、しゃがみながら呟いた。
今から私たちが行こうと思っていた神殿は、洞窟の中の池に沈んでいる。
さて、どうしようか⋯⋯
「ね? 俺たちが今まで、行きようがなかったのも頷けるでしょ〜」
ボルド様は困った顔をしている。
「要は水を抜きゃ良いんだろ? ここなら俺も活躍できんぞ」
ジェード様は、ノワール様に厳重な保護魔法をかけてもらい、ここまでたどり着いた。
それに加えて、アッシュ様から頂いたドロップも摂取している。
パステルの角の効果がなくなってから、ガランスの街に職人の火が戻り、この火山のマグマの気配も戻ったらしい。
けれども、この神殿は水浸しで火の気配がないから、ジェード様も本来の実力を出せるらしかった。
「んじゃあ、やるか」
ジェード様は魔法を使い、池の周りに、私たちの背丈よりも大きい植物を大量に生やした。
植物たちは池の中に根を伸ばし、水をぐんぐん吸い上げていく。
「好きなだけ飲め飲め〜おいしいだろ?」
ジェード様は優しい手つきで、葉や茎を撫でる。
植物たちは、あっという間に大量の水を飲み干してしまった。
そのままジェード様の魔法で池の底⋯⋯神殿の入り口に移動した。
湿って重たくなった砂に、足を取られそうになりながら進む。
神殿の中に一歩入り、地図を作って皆さんに配る。
「地上一階建てのようですね。渦巻き状に小さな部屋が連なっているみたいです。奥の大部屋に辿り着くには、全ての部屋を順番に通らないと行けないと⋯⋯」
なかなか遠い道のりになりそうだ。
「了解〜! はぁ〜やっとこの神殿が攻略できるなんて、夢みたいだな〜!」
ボルド様は足取り軽く、中に入っていった。
そこからはただひたすら、小部屋を順番に攻略していった。
盗賊の解錠スキルがあれば、簡単に突破できる部屋、ヴェールの森の神殿にいた、火クラゲに似た『水クラゲ』がいる部屋など、種類は様々だ。
地道に進み、たどり着いた少し大きめの部屋は、四隅に切断された水道管のようなものがあり、水が垂れ流されていた。
床にはサイコロ状の石が、たくさん転がっていたて、その石には何やら模様が彫られているみたい。
部屋の奥の床には木製の額縁があった。
「これはパズルだろうか」
ブラン様は首を捻った。
ひとまず手分けして石を並べてみる。
「ノワールが持ってんのは、右上の角かもな」
ジェード様は生やした低木の上に立ち、全体を見下ろしながら指示を出してくれる。
知能が高いエルフのジェード様が頼りだけど、ピースは特徴の無い立方体だし、まだ完成形がわからないだけに、作業は難航する。
しかも、一つ一つの石がしっかりと重い。
「セイラ、君が無理する事はない。ジェードと一緒に上から指示を出してくれないか?」
ブラン様が声をかけてくれた。
「いやでも、私が抜けたら作業が遅くなりますし、これも筋トレに⋯⋯」
「んじゃあ、俺と交代なら作業は遅くならないだろ。筋トレは別の機会に、もうちょっと軽いのでやれよ」
ジェード様はそう言って、低木から飛び降りた。
「では、お言葉に甘えて⋯⋯」
低木によじ登り、みなさんの作業風景を見下ろす。
崩しては並べ、崩しては並べを繰り返す内に⋯⋯
「分かりました! これ、カーバンクルですよ! 左が頭で右がしっぽ側です!」
何を描いた物かさえ分かれば、作業はサクサクと進んだ。
「あれ? ピースが一つ足りませんね」
カーバンクルの額の部分のピースだけ、どこを探しても見当たらない。
「ここにピースと同じ形の器がある」
ノワール様が見つけたのは、升型の器だった。
なるほど。分かった気がする。
「この器に水を汲んで、凍らせるんじゃないでしょうか? パステル、出来るかな?」
バングルに話しかけると、パステルは勢いよく飛び出して来た。
「わ!」
そのまま私に飛びかかり、押し倒して顔をこすりつけてくる。
首元のふわふわの毛がくすぐったいけど、気持ちいい。
「よしよし。ずっと閉じ込めてて、ごめんね? たまには構ってあげないと」
両手でパステルの全身を撫で回す。
ふとブラン様と目が合うと、それはそれはうらやましそうな目で、こちらを見ていた。
あとでブラン様にも触らせてあげよう。
「おい! もういいだろ!? 早くしろよ」
ジェード様は腕を組みながら、私たちを見下ろしている。
「すみません。ついつい⋯⋯」
「キュルルン! キュウ!」
パステルがなんて言ってるかは分からないけど、たぶん、ジェード様とはまた違ったタイプの口の悪さを発揮しているんだろうな。
パステルは水が入った容器に角を刺して、水を凍らせてくれた。
完成した氷を、空いた部分にはめる。
すると、奥の扉のロックが外れた。
次の部屋は、何の変哲もない、ただの小部屋のようだった。
しかし、一箇所だけおかしいのは、側面の壁に亀裂があること⋯⋯
少しだけ隣の部屋の様子がわかる。
それに、隣の部屋にも同じような亀裂があるみたい。
「これこそ俺の出番でしょ〜!」
ボルド様は嬉しそうに武器を肩に担いだ。
そのままの姿勢で壁に近づき、スキルを起動して大剣をハンマーに変えた。
すごい! こんなに短時間で切り替えられるんだ!
感動していると、ボルド様は信じられない行動に出た。
「いくよ〜! そ〜れ!」
なんと彼は、肩に担いだハンマーを思い切り振りかぶり、壁をぶち壊した。
――ガッシャーン!
――ガラガラ
壁はボロボロに崩れてしまった。
「はぁ? お前、何やってんだ!?」
「乱暴が過ぎるんじゃないか? 天罰が下る可能性も⋯⋯」
「神からの贈り物を頂く場である神殿を、壊していいとは思えない」
ジェード様、ブラン様、ノワール様は、ボルド様を口々に責める。
「いやいや、これが最短ルート! 正規の攻略法なんだって! ほらだって、明らかに、ここだけわざと脆く作られてるでしょ? 素材も違うの! 俺にはわかんの!」
確かにこっち側の壁だけ、微妙に色が違うような気がするし、耐久性の弱さも不自然な気もする。
何より職人のボルド様が言うなら、間違いないんだろう。
「じゃあ、一気に大部屋まで行くぞ〜!」
ボルド様が次々と壁を壊してくれたので、渦巻き状のルートを、一気にショートカットできた。
そしてたどり着いた大部屋には⋯⋯
巨大なカニの魔物がいた。