34.重戦士なのに軽いわけがない
カーバンクルのパステルに連れ去られた私は、バーミリオンに乗って、後を追って来てくれたみなさんと、無事に合流することができた。
私たちの読み通り、パステルの角の宝石は、行く先々に気温の低下をもたらすことが分かった。
短時間なら深刻なことには、ならないものの、この街では影響が大きいことから、キリリとキララと一緒に、バングルの宝石の中に入ってもらうことにした。
もしかしてこのバングルって、色んな生き物を入れておける便利アイテムなんじゃ⋯⋯
ガランスの街の気温は元に戻り、空のオーロラも消えたことが確認され、一件落着となった。
後はこの山にある神殿を探索し終えれば、いよいよ水属性の精霊術師のセルリアン様がいる、秘境リヴィエーラへと向かうことになる。
秘境リヴィエーラは、魔王の巣窟の目と鼻の先にあり、セルリアン様は今も最前線で、魔王の瘴気の浄化にあたっているらしい。
今夜はボルド様の作業場に泊まらせてもらえることになっていて、今は食後の団らんの時間で、みんなでテーブルを囲んでいる所だ。
隣に座っているボルド様と、恒例の手帳交換をする。
ハートのページは読まないよう念押ししたし、ページを開かないように留めたクリップの数も増やしてある。
えっと、ボルド様は火属性の重戦士。等級は上級。
スキルの方は装備変形⋯⋯これは、武器を大剣からハンマーに変えたり、槍に変えたりするってやつね。
あと大事そうなのは、注目と鼓舞。
「注目と鼓舞というのは、どういうスキルでしょうか?」
「注目は敵のヘイトを集めるってやつで、鼓舞はパーティー全体の士気を高めて、魔力や攻撃力を上げちゃうやつだよ〜難点は士気を高めすぎて、みんなもちょっと無鉄砲になっちゃうことかな〜テヘッ」
ボルド様はいたずらっ子のように舌を出した。
「『テヘッ』じゃねぇよ。そこんとこは上手く加減しろ。セイラ、お前も気をつけろよ。こいつと一緒に戦うと、うるさくて耳が潰れそうになるし、鼓舞のせいで気が焦って、心臓がバクバクして苦しくなるからな」
ジェード様は嫌そうな顔で説明してくれた。
なるほど。これからの戦いは騒がしくなりそうだ。
そして話題は後半のページに移る。
ボルド様の剣のマークのページは、鍛錬のこと、バーミリオンとの絆のこと、作成した武器や防具の種類や完成度などが記されていた。
続いてハートマークのページは、側面から厚みのみを確認する。
出会いのないガランスの街にいるにしては、ページ数が多い気がする。
女性慣れしてそうでノリも軽いからな⋯⋯
「ボルド様って出会いさえあればモテそうですよね」
「俺は元々はローストっていう農村で生まれて、アカデミーを卒業した後は、火属性の重戦士だからって、この街で修行しながら働いているんだよね〜まぁ、ローストとかアカデミーにいたときはモテたし? この街に来てからも出先とか、旅人のお姉さんとの恋の冒険も⋯⋯」
「ほう。そうでしたか」
なるほど。納得だ。
それ以上深追いすることもなく、そっと手帳を閉じると、ボルド様は耳元で言った。
「セイラちゃん、すごいじゃん! 押さえるところ押さえてんね〜だってこの『王子様の初めて』とか、『フェアリーキッス』とかは、まんまそこの二人でしょ? それに、ノワールとは『闇に紛れて⋯⋯』」
「ギャー!」
大急ぎで手帳をひったくる。
それから私もボルド様の耳元で、小声で抗議する。
「だから! 見ないでって言ってるのに、どうして見ちゃうんですか!」
いつの間にかクリップも外されてるし。
「ごめんね。でもかわいい子の秘密って知りたくなっちゃうからさ〜」
ボルド様は、なんてこと無い素振りで微笑む。
うぅ。顔が近い⋯⋯
「いやでもこれの良くない所は、相手方のプライバシーでもある所ですよね。あとは、現実よりも盛り気味に記録が残る所です!」
これは私にとっても恥ずかしいけど、ブラン様やジェード様やノワール様にとっても秘密のはずで⋯⋯
「この三人のことは気にしなくていいよ。どのみちあとで全部聞き出すつもりだったからさ〜」
ボルド様はウィンクを飛ばしてきた。
いや、それもそれで嫌なんですけど⋯⋯
「そんなことよりもさぁ。セイラちゃんは本当に恋人がいないの? こんなに可愛いのに」
「⋯⋯ありがとうございます。そうですね。残念ながら⋯⋯」
「じゃあさ、俺のラブゲージは今何%くらい溜まってる?」
⋯⋯⋯⋯突然問われる数字を使った問題。
「んーどうでしょう。まだよく分からないので、50%くらいでしょうか⋯⋯」
「ええ! めちゃくちゃ脈ありじゃん! ちなみに何%で恋人に昇格できるの?」
「過去は60%くらいから⋯⋯」
正直に答えると、嬉しそうに肩を激しく揺すられる。
「ただ⋯⋯今までは自分が好きかどうかじゃなくて、相手がどれだけ熱心に思ってくれているかに、重きを置いてしまっていたと言いますか⋯⋯」
「うんうん」
「こんなこと言ったら失礼なんですけど、未だに恋とはなんぞや状態で⋯⋯でも次はちゃんと自分から好きになりたくって⋯⋯」
「そっかそっか。じゃあ、落とすことに関してはプロフェッショナルだけど、落とされることに関しては初心者と」
「なんか頷きにくいですけど、まぁ、そういうことですね。はい⋯⋯」
いつの間にか恋愛相談会みたいになってる⋯⋯
「じゃあ、まずはどんな男がタイプなのかを分析してみたらいいよ! セイラちゃんは、この四人の中だったら誰が好み!?」
さっきまで小声で話していたのに、ボルド様は急に大きな声で言った。
何か別の話をしていたであろう、ブラン様、ジェード様、ノワール様が無言でこちらを見る。
突然訪れたこの空気⋯⋯いたたまれない。
四人の中で誰が好みかって?
なぜそんなことを、この場で発表させられないといけないのか。
修学旅行じゃないんだから。
「いやいや、そういうのやめましょ? 絶対に変な空気になりますって」
「そうだ。セイラ、答える必要はない」
「ボルド! お前は突然変なことを言うんじゃねぇよ!」
ブラン様とジェード様が擁護してくれる。
「え〜でも、セルリアンと合流したらこんな話出来なくなるじゃ〜ん! それにセイラちゃんも、軽い気持ちでサラッと答えちゃった方が良いと思うよ〜? あんまりもったいぶられると、実はこの中に好きな人がいるのかな?って勘繰っちゃうからさ〜」
「なっ⋯⋯⋯⋯」
セルリアン様は風紀委員のような存在なんだろうか。
早く合流してボルド様の暴走を止めて欲しい。
その一言に二人は黙ってしまう。
ノワール様はいつもと変わらない表情で私を見ている。
⋯⋯どうしよう。
誰が好みかと聞かれれば、自分の中に答えはある。
たぶんこのメンバーの関係性を考えても、一番角が立たない人だから、軽いノリで言っちゃう?
けど絶対に空気がおかしくなるよね⋯⋯
こういうときは、この場にいない人、もしくは有名人の名前を挙げて逃げるのも一つの手だけど、それもそれで滑ったような空気になるかも⋯⋯
四人を見渡すと、固唾を呑んで見守られている。
⋯⋯⋯⋯⋯⋯覚悟を決めるか。
「⋯⋯っ」
「え? セイラちゃんなんて?」
「ブ⋯⋯うぅ⋯⋯」
「なになに?」
ボルド様は耳に手を当てて、近づいてくる。
どうしよう。恥ずかしくて顔から火が出そうだ。
どうしてこんな事に⋯⋯緊張で声が出ない。
動揺した私は悪あがきをした。
「『武士』のような男性です!」
高らかに叫ぶと、男性陣からの反応が飛び交う。
「『ブシ』というのは、何者なんだ?」
「なんだそれ? 聞いたこともない奴だ」
「四択だったはずなのに」
「セイラちゃんって、結構ズルい女だよね〜」
少し不満げな男性陣に、武士とは何かを説明する。
「武士と言うのは、私の元いた世界の役職で、剣や槍、馬などの技術を極め、主君のために尽くす人たちです!」
「それってアッシュなんじゃ⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯え?」
男性陣の声が揃った。
⋯⋯⋯⋯確かに。
「あ、あと! 忘れてはならないのは! 武士の特徴の一つに『ちょんまげ』というのがあります! 額から頭頂部にかけて、毛を剃り落とし、残った髪を束ねて、前向きに寝かせて固定します!」
「頭頂部の髪を剃り落とすだと? 私にそんなことが⋯⋯いや、手段を選んでなど⋯⋯」
「束ねて前に持ってくるってことは、相当な長さがいんだろ。まずは伸ばす所からか?」
「それがセイラちゃんの好みの髪型なんだ⋯⋯かなり厳しいね」
ブラン様、ジェード様、ノワール様は苦しそうにぶつぶつ言い始める。
「セイラちゃん! おめでとう! いるよ! 運命の人! 今から会わせてあげる!」
ボルド様は私の両手を握った。
「え? いるって何が? 武士が?」
ボルド様は戸惑う私を連れて外へ出た。
「こうもあっさり、その辺の村人に奪われるもんなんだな。ノワールが言った通りだった」
ジェード様が、脱力したように話す声が、後ろから聞こえてくる。
そして今、私の目の前には⋯⋯ちょんまげの男が立っている。
名前はゴブランさん。
三十五歳の独身男性で、恋人いない暦イコール年齢だそうだ。
普段は手ぬぐいで隠しているらしいけど、まごうことなき立派なちょんまげをお持ちだ。
「そうか。僕が君の運命の相手なんだね⋯⋯」
ゴブランさんは、大人の余裕ありげな表情で微笑んでいる。
ボルド様がゴブランさんに事情を説明してくれたから。
「そうみたいですね⋯⋯」
正直、ちょんまげには全く興味がないけど、ここまでくれば運命なのかもしれない。
それに、ゴブランさんの瞳って澄んでてキレイだったり⋯⋯
「お近づきの印に、スリーサイズを教えてくれるかな?」
ゴブランさんは小首をかしげながら言い放った。
時々チラチラと私の胸元を見ている。
⋯⋯⋯⋯それはマナー違反だ。
「うわ〜! 無理です無理です! そういうことを初対面の女性に聞くのは絶対にNGです! しかも悪気が全く無いのが逆に怖いです! 私の運命の人はあなたではありません! ごめんなさい!」
一瞬で終わった運命の出会い。
そんな場面に騒ぎを聞きつけた男たちが集まって来た。
「やっぱり女がいたぞ!」
「ゴブランの女か?」
「いや、たった今、フラれたらしい」
「フリーの女だ!」
「うちの嫁に!」
がやがやとヤジが飛んでくる。
「ちょっと! そこのみなさんも! 女女言わないでください! いきなりガツガツ来られたら怖いんですよ! 私が女心をレクチャーして差し上げますから、興味がある方は集まってください!」
こうしてなぜか勢いで教室を開くことになった。
街の広場にて。
講義を聞きに来た男性たちが、ずらりと体育座りをしている。
ブラン様、ジェード様、ノワール様、ボルド様も、立ったまま近くの壁にもたれながら、こちらを見守ってくれている。
「良いですか? まず私が気になったのは、女と一括りにされることなんですよね! みなさんだって、恋人にとって、たった一人の特別な存在になりたいですよね? それは相手だって同じなんです。女だから嫁に!ってなるんじゃなくて、その人個人のどんなところが好きだから嫁にしたいっていうのを、感じられるプロセスを踏んでください!」
「なるほど。それが女心⋯⋯」
「俺たちは結果を急ぎすぎているのか?」
生徒たちの反応は上々だ。
「あとは、みなさん! 勢いがすごすぎます! 街に一歩踏み入れれば血眼で探し回られるなんて、恐怖でしかありません! まずは爽やかな笑顔で挨拶! その後、世間話なんかをしながら、気が合いそうなら徐々に距離を縮めてください! それと、人にはパーソナルスペースと言うのがあってですね⋯⋯」
「でも先生! 女って強引な俺様男子が好きだろ?」
一人の男性が手を挙げて質問してくる。
「いい質問ですね。まず俺様男子を実践するには、高度なテクニックが必要かつ、相手の好みも分かれるということを理解してください! 俺様好きの女性が求めているのは、根拠のある自信、頼りがい、ブレない信念、そして押すべき所で押してくれる男らしさなんです! くれぐれも相手の反応を確認することを忘れないでください!」
「そういうことだったのか⋯⋯」
生徒たちはメモをとって聞いてくれた。
「ブラン様! いずれこの街の男性たちと出会いたい女性たちとの交流会⋯⋯街コンを開催してください! そうすればもっと地域全体が盛り上がりますよ!」
いつの間にか私は、この街の男性たちのキューピッドを気取り、お節介を焼いてしまったのだった。