33.大事なものを盗まれて怒らないわけがない
バーミリオンは、お腹の中にあった、カーバンクルの宝石というアイテムを摘出されたことで、すっかり元気を取り戻していた。
その様子に安心したボルド様のテンションも、最高潮に達している。
「セイラちゃ〜ん! 本当にありがと〜! もう、最高に愛してるよ〜!」
ボルド様は私の両手を掴んで腕を伸ばし、ぐるぐるとその場で回転した。
遠心力で身体が浮き、まるで風車の羽根になった気分だ。
「もう分かりましたから! 離してください!」
「まだまだ俺の気が収まらないよ〜! あははは〜!」
「こら、ボルド! それくらいにしておくんだ! セイラが参ってしまうだろう?」
「そう? まぁ、確かに女の子の身体は丁寧に扱わないとね〜」
ブラン様がストップをかけてくれたことで、ようやく解放された。
ボルド様は今度はバーミリオンにまとわりつきながら、嬉しそうに笑っている。
「バーミリオンの件は解決したから良かったけど、この寒さはどうするの?」
ノワール様が冷静に問いかけると、ボルド様は再び表情を曇らせた。
「気温が下がり始めたせいで、職人たちが扱う火の温度が安定しなくなっちゃったんだよね。屋内での作業だし、職人たちは火属性だから、温度調整に手こずるはずがないのに⋯⋯」
「そうだったのか⋯⋯それでは仕事にならないな。そうなると武器や防具の供給が止まってしまう。この国にとっては大打撃だ」
ブラン様は深刻そうな表情で言った。
「このカーバンクルの宝石とは、何か関係があるでしょうか? この宝石は氷みたいに冷たくて、バーミリオンの身体も凍ってましたし⋯⋯」
ちなみにカーバンクルというのは幻獣の一種で、額から角のような宝石が生えた、ウサギの様な生き物らしい。
「この氷みたいな宝石が、この辺一帯の空気を冷やしてんのかもな」
ジェード様は私の手から宝石をとって、眺める。
「バーミリオンはこの宝石をどこで見つけて来たんでしょうね? 『カーバンクルの』ってことは、実は持ち主がいるとか⋯⋯?」
「ゴゴッーー! ガガガゴゴ!」
「『隣の山の洞窟に落ちていた。近くにそんな生き物はいなかった』と言っている」
引き続きキリリが通訳してくれる。
「も〜こんなの拾い食いしちゃ駄目じゃ〜ん! とりあえず、元あった場所に戻せば、気温も元に戻るでしょ。バーミリオンに案内してもらおっか」
こうして私たちは、宝石が落ちていた場所を目指すことになった。
「よ〜し! 準備完了〜!」
奥の部屋で支度をしていたボルド様は、鎧を着て、兜を被った姿で現れた。
右手には大きな剣を、左手には盾を持っている。
鎧や盾はバーミリオンのウロコで作られているということもあり、赤くゴツゴツと尖っている。
兜は目元のカバーを今は上に押し上げていて、窓があいたようになっている。
「んじゃ、みんな乗って〜!」
自力で、バーミリオンの背中の上によじ登る。
ゴツゴツしてるから、手足の置き場には困らないけど、まるでボルダリング⋯⋯
あっ、ジェード様は魔法で背中に移動したみたい。
また機会があったら、私も一緒に運んでもらおう。
なんとか上まで登りきって、バーミリオンの体にくくりつけられた、鞍の様な革製のベルトにしがみつく。
「バーミリオン! よろしく〜! 隣の山まで、ひとっ飛び〜!」
ボルド様が合図を送ると、両足で立っていたバーミリオンがその場で翼を羽ばたかせた。
ふわっとした感覚がして、バーミリオンの足が地面から離れる。
完全に浮き上がったところで、バーミリオンは身体を垂直にして、急上昇した。
「ギャー! Gがかかるー!」
顔や身体にものすごい圧を感じる。
油断したら振りほどかれそう。
しばらくその状況に耐えていると、バーミリオンは身体を水平にさせて、ゆっくりと翼を羽ばたかせた。
どうやら安定飛行に入ったらしい。
慣れて少し余裕が出て来ると、周りの景色を楽しむことができた。
ラセットとともに馬車で移動して来た街が、遠くの方に小さく見える。
「あれは王都でしょうか? ヴェールの森は遠くからでもよく分かりますね! イーリスはあの辺りでしたね! こんな体験、初めてです! ありがとう! バーミリオン!」
「ゴォーー!」
バーミリオンは大きな声で返事してくれた。
ふと後ろを振り返ると、ガランスの街の上空のオーロラが消えていた。
「やっぱりこの宝石が悪さしてたんだね。あとで街のみんなに謝らないと」
ボルド様は申し訳なさそうに言った。
楽しい空の旅はあっという間で、すぐに隣の山に到着した。
ジェード様の魔法でバーミリオンの身体から降ろしてもらい、洞窟へと向かう。
バーミリオンは二足歩行で私たちの前を歩き、洞窟の場所まで道案内してくれる。
その大きな体は、足を地面に着く度に、軽い地響きを起こす。
問題の洞窟は、バーミリオンが二足歩行で入れるほど、天井が高くて中も広かった。
地面からは透明な水晶が生えていて、ライトのように発光している。
「ゴガゴッゴ」
「『宝石はここに落ちていた』って言ってるよ」
キララが通訳してくれる。
そこは入り口からの一本道の途中で、本当に何もない空間だった。
「キューン」
その時、洞窟の奥から可愛らしい動物の鳴き声が聞こえてきた。
甘えるような。助けを求めているような⋯⋯
「『我が聖域を踏み荒らす汚れたサルどもめ。宝石を返せ、この盗っ人集団』と言っているな」
⋯⋯どうやら可愛いらしい声で、ものすごいことを言っているらしい。
バーミリオンは盗んだつもりはなかったとは言え、相手が怒るのも仕方ないと言えば仕方ない。
声の主に謝罪をするために、宝石を持っている私と通訳のキリリとキララ、バーミリオンとボルド様が洞窟の奥に進む。
突き当たりの広い空間にその生き物はいた。
ウサギの様な長い耳に、キツネのような、しなやかな体⋯⋯幻獣カーバンクルだ。
胸元の毛はマフラーを巻いているかのようにふわふわで、しっぽも長くてボリュームがある。
目は深い青色で、青白い体は光って見える。
額には、宝石と同じ色の角が生えていた形跡があった。
神秘的な姿だけど、耳は垂れ下がり、地面に丸まって、元気がなさそうに見える。
「うちのドラゴンが、君の大切な宝石を持ち去ってしまってごめんね。でもわざとじゃなかったんだ。本当にすみませんでした」
ボルド様は、私から受け取った宝石をカーバンクルに差し出し、頭を下げた。
バーミリオンもボルド様の隣に並び、頭を下げる。
するとカーバンクルは驚いたように耳を立てた。
「キュイーン。キュンキュン」
「『我から宝石を奪ったのはサルの集団だった。生命の源である宝石を失くし、長い間動けずにいた。君が取り返してくれたのか? 感謝する』と言っている」
どうやら汚れたサルの盗っ人集団は、本当に悪いことをした魔物のサルたちを指した言葉だったらしい。
もしかしたら私が砂川さんとの特訓のターゲットにしていた、クスネザルたちの別の群れなのかもしれない。
「ゴゴゴガーー! ゴゴッゴゴッ!」
「『そう言えばこの宝石を食べる時に、近くにいたサルの魔物の群れは踏みつぶした』って言ってるよ」
バーミリオンは誇らしげに胸を張った。
遠回りになったものの、結果的にはお手柄だったらしい。
「返します」
ボルド様はカーバンクルの方へと歩いていき、手に持っていた宝石をその額にくっつけた。
断面がぴったりと合わさると、宝石が強い光を放ち、ひび割れが修復されていった。
カーバンクルの額には、青く輝く宝石の角が戻った。
「ゴゴッ! ガーー!」
バーミリオンは笑顔で元気よく叫んだ。
「『この子、セイラちゃんが僕のお腹から宝石を取り出してくれたんだ。それがなければ、今ごろ宝石はこの世になかったかも』と言っている」
「キュルルン!」
カーバンクルはゆっくりと私の元へと四足歩行で歩いてきた。
耳は後ろにピンと伸びて、歩く度にふわふわのしっぽが揺れる。
私の前で立ち止まると、深い青い瞳でこちらをじっと見つめ、頭を下げた。
「『我はずっと貴女のような主を探し求めていた。天女のように美しく、清らかな心を持つ貴女に、この命を捧げる』って言ってるよ⋯⋯」
キララは困惑気味だ。
「えー! カーバンクルさん、それは言いすぎですって! 恩人はバーミリオンの方では⋯⋯?」
そう問いかけると、突然カーバンクルは体を大きく膨らませた。
私の足の間に強引に体をねじ込んで背中に乗せ、そのまま軽やかに出口の方へと走って行く。
「は? なんでお前、カーバンクルに乗ってんだよ」
「セイラ、どこへ行くんだ? 大丈夫なのか!?」
洞窟の途中で待ってくれていた、ブラン様、ジェード様、ノワール様の横を駆け抜けて行く。
「いや! ちょっとよくわかりません! 連れ去られてるかもしれません! ねぇ、カーバンクルさん? 止まって頂けませんか?」
お願いしてみるも、止まってくれる様子はない。
それどころか、とうとう洞窟の外に出てしまった。
そのまま崖の方まで走ったかと思ったら、耳を大きく膨らませて、羽根のように羽ばたかせ、空を飛び始めた。
「すごい! こんなこともできるんですね!⋯⋯じゃなくて! みんなのところに戻りましょう!?」
これが後にパステルと名付けた、私の命の恩人となるカーバンクルとの出会いだ。