32.ドラゴンと結婚できるわけがない
ガランスの街の男たちに、花嫁候補として狙われる羽目になった私は、ジェード様の魔法で生やしたツルに、ぐるぐる巻きにされていた。
途中、風が吹いて、頭のフードが外れるというハプニングがあったため、とうとう頭までぐるぐる巻きにされてしまっている。
つまり、もう、何も見えない状態だ。
しばらく移動して、街の人の声が聞こえなくなった頃、ようやく目元のツルが解かれた。
「ボルドの作業場に着いたぞ」
ジェード様が一言で状況を説明してくれた。
この場所は、ガランスの街の中でも、小高い丘の上らしい。
作業場は、街の建物と同じ赤のレンガの壁に、暗い灰色の瓦の屋根で出来ている。
違う点は、外から見たら三階建位の建物に見えたけど、中に入るとフロアがなく、吹き抜けになっていて、屋根が見えているということ。
床は地面がむき出しで、まるで大きな倉庫みたいだ。
目の前の広い空間に、ドラゴンがうずくまっていた。
元いた世界の生き物では例えられない位に大きい。
全体的に赤い身体をしていて、ゴツゴツとした硬そうで尖ったウロコに覆われている。
背中からは大きな翼が、お尻からは太くて長いしっぽが、頭からは角が生えている。
「みんな〜! 久しぶり〜!」
現れたのは、紺色の作務衣を着ている、赤髪赤眼の男性だ。
髪の毛は無造作に外に向かってハネている。
重戦士と言うから、もっと筋骨隆々のクマみたいな大男かと思いきや、身長180cm位の細マッチョ風だ。
他のみなさんと、そう変わらない体格に見える。
ボルド様は爽やかな笑顔で手を振り、こちらに向かって歩いて来た。
「ボルド! 元気だったか?」
まずはブラン様が、ボルド様と熱い抱擁を交わす。
「久しぶり」
続いてノワール様がボルド様に近づいていき抱擁する。
どうやらボルド様はフレンドリーなタイプのお方のようだ。
そして最後に⋯⋯
「ジェード〜! よく来たな〜! 生きて帰れると思うなよ〜!」
ボルド様はジェード様の元に走って来て、勢いよくタックルした。
「おい! やめろよ! 暑苦しいんだよ! お前、冗談でも絶対に火を出すなよ!?」
じゃれ合う姿は、少年時代に時間が巻き戻っているように見える。
元同級生たちの感動的な再会の儀式が終わった所で、ボルド様は私の存在に気がついた。
「なにこれ? 新種のミイラ?」
驚いたように目をまん丸にして近づいてくる。
「こちらは私たちの仲間の、聖属性の盗賊のセイラだ」
「ここに来るまでに、街の連中に狙われそうになったから、隠して連れて来たんだよ」
ブラン様とジェード様が説明してくれる。
「んじゃ、解くぞ」
ジェード様はそう言うとツルを解いてくれた。
はぁ〜やっと解放された。
歩かなくていい分、楽だったけど、ぐるぐる巻きにされていると暑いし、窮屈だったんだよね。
「ボルド様、はじめまして。セイラと申します。どうぞよろしくお願いします」
はらりと床に着地し、髪を軽く整えて、会釈する。
ボルド様は頷いたあと、私のことをガバっと抱きしめた。
みなさんがしていたように、私も背中を軽くポンポンと叩く。
身体が離れると、なぜか両手を包み込むように握られた。
「セイラちゃん。結婚しよう」
ボルド様はいきなり大真面目な顔で言った。
「えー! ボルド様も花嫁募集中ですか? ちょっとごめんなさい。今は考えられません」
即座にきっぱりと断る。
「こら! 君はいきなり、なんてことを言うんだ!」
「お前、ふざけんなよ! 時と場合を考えて発言しろ!」
「ボルドのそういう所、良くないと思う」
みなさんはボルド様の発言をたしなめてくれた。
そしてようやく話は本題に入った。
「バーミリオンの容態はどうなんだ?」
「冬に手紙で話した状況からは悪くなってる。大食いで雑食だったこいつが、ここ二週間位は何も食べてないんだよね」
ボルド様は心配そうに言った。
「お前、トカゲみたいなチビだったのが、少し見ない間に、こんなに大きくなったんだな。会う度に俺のことをおちょくって、火を吹いてきやがったのに、弱々しくなって⋯⋯」
ジェード様は懐かしそうに語りながら近づいていく。
「ガァーー!」
すると突然、バーミリオンはジェード様に向かって、大きく口を開けた。
「なんだよお前。びっくりさせんなよ」
どうやらこれが、挨拶代わりのじゃれ合いらしい。
「うーん。回復魔法をかけてみたけど、そんなに効いてる気がしない。あと、この部分だけ色がおかしいのはどうしてだと思う?」
ノワール様はしゃがんで、バーミリオンのお腹の辺りを撫でた。
「これは⋯⋯もしかして、凍ってる? 今朝見た時はこんなんじゃなかったはず。お前、どうなっちゃったの?」
ボルド様が焦ったようにバーミリオンの顔を見ると、バーミリオンは甘えるようにボルド様の肩に顎を乗せた。
「この異常な天候はいつからなんだ?」
「それも二週間前から。年寄りたちに聞いてもこんなの見たことがないって」
なるほど。
私たちがまだ王都にいた頃⋯⋯この前の冬からバーミリオンは体調がおかしくなり、さらに、ここ二週間は食事も喉が通らないレベルになった。
それとほぼ同時に気温が下がり、オーロラが見え始め、今日になってお腹が凍ってしまった。
状況を整理していると、バーミリオンがうめき声を上げた。
「グオーー! グオーー!」
お腹を上にして転がりながら、苦しそうに叫ぶ。
「辛いなぁ」
ボルド様はすぐにバーミリオンに寄り添い、身体を撫でる。
「こうやって数時間おきに苦しみ出すんだ」
「そうなんですか⋯⋯」
バーミリオンは涙を流しながら、もがいている。
かわいそう。
なんとかしてあげたいけど、何が起こってるのかも分からないんだよね。
どこかが痛むのかな⋯⋯そうだ。
「キリリ、キララ、通訳できる?」
バングルに話しかけると、二人はテディベアの姿で飛び出してきた。
バーミリオンは少し落ち着いた頃、二人の存在に気づき、顔を見ながら話し始めた。
「グオーー! グオーー!」
「『痛い痛い』と言っている」
「グッ⋯⋯グッ⋯⋯」
「『身体の内側』って言ってるよ?」
キリリとキララはバーミリオンの訴えを教えてくれた。
「そっか⋯⋯身体の内側が痛いんだね⋯⋯」
困ったような表情でうずくまるバーミリオンに近づいて、頭を撫でた。
初対面だけど、特に警戒されている様子もない。
首の辺りを撫でると、気持ちよさそうに上を向いた。
爬虫類っぽいけど、仕草は犬とか猫にも似ている。
今度は身体を撫でてみると、突然右手の指輪が光りだした。
「なんでしょう? バーミリオンから盗める物があるみたいですね」
すぐに略奪のスキルを起動し、バーミリオンの身体に手をかざして、感覚を探る。
なんだろう。硬くて異様に冷たい物がある。
ウロコとは触り心地が違うけど、盗んでも良いものなのかな?
この謎の物体が悪さをしている可能性があるよね。
「何か身体の中に、冷たくて硬いものがあるみたいなんですけど、取り出してもいいですか?」
ボルド様に意見を聞くと、少し迷ったように考え込んだあと頷いてくれた。
「では行きますよ? せーの!」
その何かをしっかりと握りしめて、自分の元に引き寄せる。
すると、氷のように冷たくて、青く幻想的に輝く宝石を取り出すことが出来た。
これはいったい何なのか、鑑定スキルで確認する。
「『カーバンクルの宝石』とのことです」
「うそ〜! これがバーミリオンの身体の中にあったってこと? こんなの食べたの?」
ボルド様は驚き、バーミリオンに尋ねる。
「ゴガゴーー! ゴーーゴーー!」
バーミリオンは嬉しそうに笑いながら返事をした。
「『キラキラしてて、おいしそうだったから食べちゃった。もう痛くない』と言っている」
どうやら彼の体調不良の原因はこれみたいだ。
「セイラちゃん! ありがとう! 君はエンジェルだ〜!」
ボルド様は勢いよく抱きついてきて、まるでダンスでも踊るかのように、その場でくるくると回った。
「ボルド様? 目が回りますので、それくらいで⋯⋯」
遠慮がちに言ってみるものの、止まってくれる気配はない。
テンションが上がったこのお方には、私の声が届いていないらしい。
「ゴガゴゴーー! ゴゴゴゴーー!」
「『ありがとう。セイラちゃんは僕だけのプリンセスだ。結婚しよう』⋯⋯って言ってるよ」
キララは少し照れたように通訳してくれた。
「えー! 人間とドラゴンって結婚できるんですか?」
「できるわけないだろうが! 少し考えたらわかんだろ。何がプリンセスだ。こいつ、元気になった途端に色気づきやがって」
ジェード様は腕組みをしながら、バーミリオンを睨みつける。
「ガァーー!」
バーミリオンは大きな声を出しながら、ジェード様の頭上の空間に向かって火を吹いた。
「うわぁ! お前それ、びっくりするからやめろって!」
「ゴゴーー! ガゴーー!」
「『エルフのクソガキ。僕がチビだったのは、もっと昔の話だ。この僕をからかっておいて、生きて帰れると思うなよ』と言っている」
「はぁ? そっちこそ、俺はもうガキじゃねぇぞ! ったく、お前もボルドと同じこと言いやがって。セイラ相手と俺相手とで、キャラが違いすぎんだろ」
ジェード様は怒りながらも半分笑っている。
言い合いをする二人の様子を見て、ボルド様も嬉しそうに、ニカっと笑っていた。