31.ラッキースケベを封じる方法があるわけがない
私たちのパーティーを乗せた馬車は、重戦士のボルド様が待つ、鍛冶職人の街ガランスに近づいていた。
「あの山に、ガランスはあるんですよね?」
目の前の大きな山には、ほとんど木が生えておらず、ゴツゴツと硬そうな地面が丸見えだ。
馬車でも乗り入れられるように、螺旋状の山道が整備されているのが、ここからでもよく見える。
「あぁ。あの山は活火山で、火属性の人々は火の気配が強いこの山では快適に暮らせるらしい。とは言え、最後に噴火した記録が残されているのは、千年ほど前なんだ」
ブラン様が説明してくれる。
「そうなんですか。しかし、火属性の人にとって快適と言うことは、木属性のジェード様にとっては不快ということなんですよね?」
「おぅ。ただでさえ街中、鍛冶職人たちが扱う火で溢れてるってのに、地面の奥深くでもマグマが煮えたぎってるなんて、想像しただけでぶっ倒れそうだ」
ジェード様は心底嫌そうな顔をしている。
「ジェードにはガランスにいる間、ずっと保護魔法をかけてあげるから」
「おぅ。ありがとな」
ノワール様とジェード様は、お互いの腕を交差させるようにぶつけ合った。
うん。大丈夫。
あんな話をしていた二人だけど、いつも通りみたい。
「それで、ボルド様のお困りごとと言うのは⋯⋯?」
「ボルドの相棒のドラゴンの『バーミリオン』の体調が優れないらしい。ボルドとバーミリオンは幼い頃から一緒に過ごしていて、ガランスの鍛冶職人たちの中には、ボルドのように、ドラゴンが吹く特殊な炎を使って、金属を加工している者もいる。それに加えてドラゴンのウロコは軽量にも関わらず、物理攻撃に対しても、魔法攻撃に対しても、高い防御力を誇っているんだ。ボルドたち重戦士の鎧は、ドラゴンのウロコで出来ている物も多い」
再びブラン様が説明してくれた。
「なるほど。お友達でもあり、仕事仲間でもあるドラゴンが体調不良と⋯⋯」
病気か怪我か、お年寄りなのか⋯⋯
ドラゴン専門の獣医さんとかが、いればいいのに。
ボルド様たち重戦士と言うのは、鎧と兜で全身を守っていて、大剣やハンマー、槍に姿を変える武器と大きな盾を持って戦うという。
それらの武器や防具は、ボルド様の場合は全て自作らしい。
重戦士は、敵を引きつけるスキルも使えるそうで、このパーティーの頼れる前衛になってもらえるそうだ。
そしてとうとう、私たちはガランスの街にたどり着いた。
この辺りは、火山が噴火して流れた溶岩が固まって出来た土地らしく、地面は暗い灰色で、ゴツゴツしている。
街の建物は赤っぽいレンガで出来た壁に、地面と同じ暗い灰色の瓦の屋根で出来ている。
街の入り口の門や、家の屋根にある鯱鉾など、色々な場所にドラゴンの形の装飾が施されている。
ジェード様はノワール様に保護魔法をかけてもらって、かなり気合を入れた様子で、足を踏み入れたのだけど⋯⋯
「なんだよこれ。いくら標高が高いと涼しくなるからって、あんなのが見えんのか? 火の気配も全然しねぇぞ」
ジェード様は目を見開き驚いている。
それもそのはず、もうすぐ夏が来ると言うのに、なぜかガランスの街は凍えるほど寒かった。
まだ昼間なのに空は暗くなり、美しいオーロラが見える。
山を遠くから見上げていた時は気づかなかった位だから、局所的なものなのかもしれない。
「いや、そんな話は聞いたことがない。なんなんだこれは⋯⋯」
ブラン様は街の中を歩きながら、辺りを観察している。
外を歩いている人はみんな寒そうに、身体をさすっていた。
普段は寒くならない地域だからか、コートなどの本格的な防寒具を着ている人はいない。
だいたいの人は上下は作務衣を着て、頭には手ぬぐいを巻いている。
すれ違う人たちは本当に男性ばかりだ。
さすがは鍛冶職人。その身体は鍛え上げられているらしい。
中にはカメレオン位の大きさのドラゴンを連れている人もいた。
ドラゴンってあんなに小さい子もいるんだ。
可愛い⋯⋯
初めて来たこの街が珍しくて、キョロキョロ辺りを見渡していると、足元の段差につまずいてしまった。
「キャー!」
「セイラちゃん!」
転びそうになった所を、ノワール様が腰を支えて助けてくれた。
「すみません! ありがとうございました!」
「うん。怪我がなくてよかった」
優しい笑顔を向けられる。
その表情はちょっと反則だ⋯⋯
胸のざわつきを押さえようと必死になっていると、街の空気が変化したことに気付いた。
「なぁ⋯⋯今、女の声がしなかったか?」
一人の男が辺りを忙しなく見回し始める。
「俺にも聞こえた」
「セイラちゃんって名前らしいぞ!」
「間違いない。女の匂いもする」
どこからか、わらわらと男が集まってくる。
「探し出せ!」
「俺が先に気付いたんだぞ!」
「先に見つけたもん勝ちだ!」
「違うぞ! 誰がセイラちゃんのハートを射止めるかだ!」
「ようやく俺の所にも、お嫁さんが⋯⋯⋯⋯」
なぜか目を血走らせた男たちが、私を探し回り始める。
その様子に戸惑いと恐怖を感じ、縮み上がっていると、ジェード様が、私の頭にフードを深々と被せ、大きく息を吸い込んだ。
「キャー! ノワール様ぁ、ありがとうございましたぁ!」
彼は急に高い声を出した。
魔法を使って、手から綺麗な花束を出し、ノワール様に差し出す。
「ありがとう⋯⋯⋯⋯セイラちゃん」
ノワール様もジェード様の即興の演技に合わせる。
「なんだよ。セイラちゃんってのは、そこのエルフの兄ちゃんか?」
「女の匂いはその花からじゃないか?」
「解散解散!」
男たちはジェード様を舐め回すように観察した後、散っていった。
「ジェード様⋯⋯身体を張って助けて頂きありがとうございました⋯⋯それにしてもなんなんですか? この街⋯⋯私、もう帰ってもいいですか?」
どうやら鍛冶職人のみなさんは、お嫁さんを一生懸命探しているらしい。
けど勢いが凄すぎて、これじゃ誰もが逃げ出しちゃうんじゃ⋯⋯
そこからは、自分が女であることを必死に隠しながら歩いた。
はずなんだけど⋯⋯
「キャー!」
「だから! お前は何回転んだら気が済むんだよ! また俺にあんなことをやらせんのか!?」
「気をつけて歩いてるんです! でも、段差が次々と⋯⋯」
「俺はもうお前を信用しない。こいつはこういう星のもとに生まれ、厄介事を引き起こすように作られてんだ!」
怒ったジェード様は魔法を使い、私の身体にツルを巻きつけた。
「これでもう転びようがないだろ。ついでにローブがはだけるとかいう心配もない」
「ジェード、その巻き方だと、セイラちゃんの身体のラインが出ちゃってる」
「そっか。んじゃあ、あと3重くらい巻いとくか」
こうして私は罪人のようにぐるぐる巻きにされ、植物に運んでもらうことになったのだった。