30.パーティー内恋愛が許されるわけがない
男湯侵入事件の翌日。
恥ずかしさと申し訳なさで興奮していた私は、眠りが浅く、何度も目が覚めた。
まだ夜中だけど、気分を変えるため、旅館の中を散歩することにした。
旅館の廊下は、行灯の柔らかい光で照らされていて、元いた世界を思い出して、ほっこりする。
廊下に囲まれた中庭に差し掛かった時、誰かが石の上に座っているのが見えた。
あれは⋯⋯ノワール様だ。
彼も眠れなかったのだろうか。
手の中に黒い闇の塊のような物を作って、お手玉にして遊んでいる。
なんかちょっと可愛いかも。
離れた所で観察していると、ノワール様はこちらに気付いた。
目が合ったので近づき挨拶をする。
「こんばんは。えっと、先ほどは失礼いたしました⋯⋯」
隣に座り、もう一度謝罪する。
「俺は良いよ、別に減るもんじゃないし。でもセイラちゃんのは見られないように気をつけないと。ブランとジェードは興奮してるのか、中々寝付けなかったみたいだよ? さっき出てくる時は、もう寝てそうだったけど」
「うぅ。そりゃ、いきなりあんなことになれば、寝れなくもなりますよね⋯⋯」
後でお二人にも、きちんと謝らないと。
特にジェード様は、もの凄く怒ってたもんな⋯⋯
「そう言えば、ハーピーのお姉様方は来られたんですか?」
「大丈夫だったよ。さすがに王子には手を出せなかったんじゃないかな」
「なるほど。それは一安心ですね」
なんとなく、会話が途切れる。
そこで私は、あるお願いを持ちかける事にした。
「ノワール様、実はお願いしたいことがあるんです。イーリスの北の神殿を攻略してからずっと考えてて、こんなことはノワール様にしか頼めそうも無くってですね⋯⋯」
ノワール様は私の話を静かに聞いてくれている。
「あの⋯⋯付き合って頂きたいんです。スキ⋯⋯」
「うん。ありがとう」
『スキルの実験に』と言う前に、何故かノワール様は私に感謝した。
肩を抱き寄せられ、唇を塞がれる。
初めての時とはまた違った、優しいキスだった。
自分のよりも少し厚い唇に、柔らかく温かく包み込まれるようで⋯⋯
「⋯⋯じゃなくて! どうしていつもいつも、流れるようにキスしてくるんですか!」
「このまま二人、夜の闇に消えちゃう?」
「ちょっと! 最後まで話を聞いて頂けませんか?」
なんとか事情を説明し、理解してもらう。
「なるほどね。『略奪(物・体・心)』とかいう、いかにも怪しいスキルの実験台になって欲しいってこと」
「はい! ノワール様相手なら、こういう怪しいのも気兼ねなく実験できるといいますか⋯⋯私、最初からそう言おうとしてましたよね? ノワール様はすぐ早とちりしちゃうから」
「てっきり愛の告白かと思って。男湯に乱入しようとするくらい困ってるなら、納得できるし」
「だから! 元いた世界では、女性が赤色なんですって! 疑うならキリリとキララに証言してもらいますから!」
やいのやいの言いながらも、承諾を得て実験を開始する。
「じゃあ、行きますよ?」
「うん」
ノワール様は普段通りの落ち着いた表情で、私の方を向いて座っている。
略奪スキルを起動し、ノワール様に手をかざす。
すると、右手の中指にはめている、ルーチェ様から頂いた指輪の宝石が輝き出した。
どうやら奪える物があると反応するらしい。
奪えそうなものといえば、フォンセの秘宝と聖典くらいか。
今のところ、これまでと変わらないかな。
心と体ってどうやって奪うんだろう?
とりあえず掴めそうな物を掴んで、自分の元に引き寄せる。
やはり手に入ったのは秘宝と聖典だけだった。
「奪えたのはこれだけですね。ノワール様から見て、何か変化はありましたか?」
「いや、特に変わらない。気付いたらその二つを奪われてた」
「そうですか⋯⋯」
「きっとすでに俺の心も体もセイラちゃんのものだから、今さら奪えないんじゃないかな。練習したかったら、その辺の通行人に使った方が良いかも」
冗談みたいな話なのに、真剣な眼差しで見つめられる。
「もう。ノワール様はすぐそういうことを言うんですから。通行人の方にスキルを使うのは抵抗あるんで、もう少し考えてみます。ありがとうございました!」
彼の一連の言動に心を揺さぶられた私は、逃げるように自分の部屋に戻った。
そして数時間後、夜が明け四人で朝食をとった。
「ブラン様、ジェード様⋯⋯昨晩は大変失礼いたしました」
畳の上に座ってひれ伏す。
「あぁ。一歩間違えればセイラが危なかったんだ。これからは気をつけること」
「全く女狐は油断も隙もないよな。まぁ、ガランスでやらかさなくて良かったってことで。てか、なんでノワールには謝らないんだよ」
「ノワール様とはさっきお会いしましたので⋯⋯ね?」
「うん」
頷く彼は普段通りだ。
どうしていつも私ばっかり、動揺させられてるんだろう⋯⋯
「そっか」
ジェード様は納得してくれたみたいだった。
呪いが無事に解けたので、後は族長のアンバーさんにご挨拶をして、この村を発つことになった。
荷造りを終え、部屋を出ると目の前の壁にジェード様がもたれていた。
「お待たせしました! って、ジェード様? どうされました?」
ジェード様は珍しく気難しい表情をしている。
どうしたんだろう。
まだ昨日のことを怒ってるのかな?
「ジェード様、本当にごめんなさい。やっぱり簡単には許せないですよね」
「昨日の夜のことはブランが言ってた通りだ。俺のはどうでもいいけど、お前のが見られんのは駄目だろ。相手が俺たちだったからまだ良かったけど、悪い奴らだったら、酷い目に遭うかもしれないぞ。分かったんなら気をつけろよな」
いつもと変わらない、ぶっきらぼうな口調だった。
「はい。気をつけます⋯⋯」
その後、沈黙が流れる。
「あの⋯⋯行かないんですか?」
話には続きがあるのか、彼はそのまま壁にもたれている。
「お前さ、ノワールと何かあったのか? お前があいつと初めて会ったって言うあの晩から、ずっとお前の周りの風がざわついてる。さっきは特にひどかった」
ジェード様は私の目を真っ直ぐに見ながら、問いかけてくる。
動揺を表に出さないようには気をつけてたけど、風なんて自分では感じられないし、コントロールできないからバレてしまったみたい。
どうしよう。
話が大きくなってしまったら、みなさんやりづらくなるよね。
「ええ! なんですかそれ? ちょっと自覚がないのでわかりませんけど、属性の相性とかですかね⋯⋯」
空気を変えたかった私は、彼の手を引いて、二人の元へと向かう。
この時の私は、誤魔化したつもりだったけど、ジェード様を欺くことは出来なかった。
理想郷ミラージュを後にした私たちは、ガランスに向かうため、山を下り、ラセットと馬車を回収し、トンネルをくぐった。
何度目かの晩、私たちは川のほとりで野営をしていた。
横になり眠っていると、背中側で寝ているはずのジェード様とノワール様が声を潜めて会話しているが聞こえてきて、目が覚めた。
「⋯⋯⋯⋯じゃあノワールはどうしたいんだよ。あんまり引っ掻き回すと、連携が取りづらくなんぞ」
ジェード様の声は少し怒っているように聞こえた。
「何を責められてるのか、よく分からないんだけど。今の俺たちの連携って、何か問題ある?」
不機嫌そうなノワール様の声に、一気に背中が凍りつく。
「こいつはこのパーティーに欠かせない存在だ。他の女にはどうして来たか知らねぇけど、遊びでちょっかい出していいヤツじゃないって言ってんだよ」
あぁ、やっぱりジェード様にはバレてたんだ。
私が上手く誤魔化せなかったせいで、今度はノワール様が責められることになってしまったんだ。
「俺の気持ちを勝手に決めつけて、行動を縛る権利はジェードにはないよね。それとも、セイラちゃんが何か相談して来た?」
「別にそうじゃないけど」
「大丈夫だよ。この子は男に好かれ慣れてるから。これくらいで身が入らないほど動揺するとは思えない。だからこそ、ぬるいことしてたら、その辺の村人にでも突然奪われるかもしれない。ジェードも俺を牽制してる場合じゃないと思うけど」
「そうかもしれないけど、こいつは俺らにそういうのを望んでないんだよ」
「ジェードが心配してることは分かった。俺もジェードと喧嘩がしたいわけじゃないし。この旅が終わってからなら良いんでしょ? 違うの?」
ノワール様の言葉の後、ブラン様が寝返りをうつ気配がした。
それと同時に二人は静かになった。
翌朝。
結局あの後は満足に眠れなかった。
私って元々、ジェード様とノワール様とどんな風に接してたんだったっけ。
朝食をとり一休みしていると、ブラン様が剣の素振りをしているのが目に入った。
どうして私は、この人の努力を踏みにじるようなことをしてしまうんだろう。
落ち込んでいると、ブラン様がこちらに歩いて来た。
「セイラ、顔色が良くないな。昨日は眠れなかったのか?」
そんなに顔に出ていたのかな。
きちんと切り替えないと。
「はい! 大丈夫です! ガランスが近づいて来たので、緊張してしまったのかもしれません! この旅も残りわずか、いよいよ魔王との決戦も近いですから!」
「そうか。セイラはいつも頑張っている。実力も十分ついてきたし、そんなに気負うことはない。困ったことがあれば何でも相談するんだぞ」
ブラン様は優しく微笑みかけてくれた。
この人はすごいな。
私みたいな駄目人間のことも、認めて褒めてくれるんだ。
「はい。ありがとうございます」
あぁ。泣きそう。でも駄目だ。
ここでブラン様に涙を見せたら、私は本物のクズだ。
「少し川の水に浸かって来ます」
なんとか涙を堪えて、逃げるようにブラン様の元を立ち去った。
その後、表向きは今まで通りではあるものの、どこか不安定な空気も漂う中、私たちのパーティーはガランスに到着することになった。