28.素敵な王子様に愛でられてときめかないわけがない
神殿の攻略から二日後。
出発の準備を整えた私たち四人は、イーリスを旅立った。
「ブラン殿下! お気をつけて〜!」
「皆様! ありがとうございました!」
「ノワール様〜!」
みなさんの声援に応えながら街を出た。
次に向かうのは、火属性の重戦士ボルド様がいる、鍛冶職人の街ガランスだ。
イーリスとガランスの間には大きな山脈が走っていて、決して交通の便が良いとは言えない。
私たちはラセットに馬車を引いてもらっているので、山を越えるのではなく、トンネルをくぐるルートを利用する予定だ。
「ガランスはどのような街なんですか?」
「一流の鍛冶職人たちが暮らす街で、ガランスでは武器や防具、農具などを作って、他の街に供給しているんだ。騎士団の装備品も、基本的には全てガランスで作られた物だ。ただ問題なのは、男ばかりの街だから、セイラにとっては、むさ苦しい場所かもしれないな」
「実際に火の熱気で熱いしな。悪いが俺はガランスでは役に立たねぇぞ。それとお前、ガランスでもそのローブは絶対に脱ぐなよ。あと、一人でフラフラ別行動もやめろ。お前みたいな女があんなところに無防備に飛び込んだら、すぐに取り囲まれるぞ。あいつらは飢えた獣だからな」
「え、なんですかそれ、絶対に行きたくないんですけど⋯⋯」
ブラン様とジェード様の話によると、どうやらものすごく治安の悪い街らしい。
「さすがにジェードの表現は大げさだが、気をつけた方が良い。セイラは無防備な所があるから。とにかく、私たちから離れないこと。いいね?」
ブラン様は真剣な表情で言った。
それからは、道中の魔物を狩りつつ、野営を繰り返した。
そこでノワール様とブラン様に起きた変化を実感した。
「ノワール様、なんだかさらに強くなられました?」
「うん。実はこの前、特級に昇格したから」
「はぁ? お前は、なんでそういうことを黙ってんだよ! もっと自慢して来いよ!」
「タイミングがなくって」
ノワール様はイーリスでの事件解決や、神殿の攻略を経て、密かに特級に昇格していたらしい。
「ブラン様の六花の剣の使い心地はいかがですか?」
「扱いやすい上に、かなりの性能だ。遠距離攻撃の手段が出来たことがありがたい」
ブラン様の六花の剣は、斬撃を飛ばすことが出来るので、戦闘スタイルの幅も広がりそうだ。
それから三日ほど経過し、ようやく山道に入った。
ここからはトンネルを目指して、ひたすら突き進むことになる。
「この辺りは異様に魔物が多いですね」
「街がなくて騎士団の支部がないからだろうな。魔物に耐性がない商人や旅人たちは、大抵は街で用心棒を雇うものだが、これでは危険だな⋯⋯」
ブラン様は難しい顔をして考え込んでいた。
しばらく道なりに進み、カーブを曲がった所で、目の前に人がうずくまっているのが見えた。
黒いローブを被った人だ。
「誰かいます!」
「どうしたんだ! 大丈夫か?」
ブラン様とノワール様が馬車を降りて、駆け寄る。
ローブを被った人は俯き、唸り声を上げながら胸を押さえている。
ローブを深々と被っているから、顔色は見えない。
すぐにノワール様が回復魔法を使う。
「持病なのか? 誰かにやられたのか?」
ブラン様が尋ねるも、答えが返ってこない。
なんだか胸がざわついた。
探知が反応してる。
ローブの人が頭を上げると、そこには人の顔はなかった。
真っ暗な空間の中に、目のような二つの光と、口のような切れ目があるだけ。
恐らく知性がある魔物だ。
「危ない!」
馬車を飛び降りた私は、ブラン様とノワール様を盾で弾き飛ばし、短剣で魔物に斬りかかった。
けれども一歩遅かったようだ。
魔物が胸を押さえていた手の中には、魔法陣のようなものがあり、消滅する間際に、私の胸にそれを押し付けてきた。
「痛い!」
胸が締め付けられる様に痛む。
「セイラ!」
「セイラちゃん!」
「おい! どうなってんだよ!」
ノワール様とジェード様が回復・浄化魔法を使ってくれるけど、痛みは治まらない。
それどころか、まるで縄か何かで締め上げられているような痛みが、全身に広がっていく。
ブラン様は私の手を握って、背中をさすってくれている。
このまま死んじゃうのかな⋯⋯
絶望した時、一際強い痛みが来た。
「あぁ!!」
全身の骨が折られたのかって位痛い。
そして、次の瞬間。
――ボン
身体が弾けるような感覚とともに、白い煙に包まれていく。
痛みはパタリと治まった。
けど、なんだか色々とおかしいぞ?
ブラン様、ジェード様、ノワール様が驚いたような顔で私を見下ろしている。
それも、しゃがみながら。
「ニャー」
ん? ニャー?
「なんだこれ? セイラか?」
「間違いなくセイラちゃんだ。毛の色も眼の色もピンクだし」
「セイラが⋯⋯猫になってしまった⋯⋯」
ローブの魔物にかけられた呪いによって、猫に変身させられてしまったのだった。
緊急事態ということもあり、急遽、進路を変更して、トンネルを潜る前に野営することになった。
今は周囲に木がたくさん生えた、平坦な原っぱの上にいる。
「なぁ、どうすんだよ? ノワールと俺の魔法じゃ元に戻すのは無理だし、魔物は死んじまったから手がかりもなしだぞ」
あぐらをかいて座るジェード様は、猫じゃらしを振りながら、深刻そうに言った。
大事な話の最中だと言うのに、目の前で物が揺れると、ついついじゃれついてしまう。
「ガランスからは少し遠ざかることになるけど、この山の奥には理想郷があるはず。理想郷の温泉にはどんな呪いでも解く効果があると聞いたことがある」
ノワール様は私のあごの下を撫でながら言った。
あぁ〜そこそこ。
ちょうど痒かった所なんだよね。
「理想郷ってハーピーの里か? 本当に実在すんのか? 仮にあったとしても、男がそこに行ったら、ハーピーたちに食い散らかされるから、絶対に近づくなってオッサンは言ってたぞ?」
「ハーピーの里、ミラージュは実在する。私も一度だけ訪れたことがある。確かに彼女たちは一癖も二癖もあるが、その伝承は女だけの里に、不用意に男を近づけさせないためのものなんだろう。では、明日からはそこを目指そう」
ブラン様は私の頭を撫でながら言った。
その後はみんなで夕食を取ることになった。
私のせいで遠回りすることになっちゃったな。
申し訳ない気持ちで地面に丸まっていると、ブラン様が声をかけてくれた。
「セイラは食べないのか? イーリスの騎士団支部で分けてもらった魚だ。美味しいぞ?」
ブラン様は優しく微笑みながら、私の前に焼き魚が乗った葉っぱを置いてくれた。
鼻を近づけて匂いを嗅ぐと、美味しそうな香ばしい匂いがする。
口を近づけてそのままガツガツと食べた。
「ニャー」
感謝を込めて鳴いてみる。
「そうか。美味しいか」
ブラン様は優しく頭を撫でてくれた。
猫になって、人間の時よりも胃袋が小さくなったというのに、まだまだ飢えが治まらない。
けどもうみなさんは、食べ終わりそうな雰囲気だ。
我慢しようかと思ったけど、ブラン様と目が合った。
「ニャーーーン」
太ももの上に前足を乗せて、長めに鳴いてみる。
「まだ食べたいのか? 好きなだけ食べるんだぞ」
ブラン様は追加のお魚を出してくれた。
さすが、ぬいぐるみに話しかけ、可愛い魔物を倒すのにも躊躇していたほどの動物好きだ。
猫の気持ちも分かってくれるらしい。
すっかりブラン様に懐いてしまった私は、彼のすぐ近くの地面に寝そべった。
日が完全に落ちて、そろそろ寝ようかとなった頃、ノワール様がとんでもないことを言い出した。
「セイラちゃんもいないことだし、久しぶりに男子会しよ」
ノワール様はいつもと変わらない落ち着いた様子で、ブラン様とジェード様を見た。
「君は何を言っているんだ? セイラならここにいるじゃないか」
そうだ。ブラン様の言う通りだ。
私は確かにここにいる。
「まぁ、ここにいるつっても、俺たちの会話を理解できる知能が残ってる様には見えないけどな」
ジェード様は失礼なことを言った。
抗議するために、猫パンチでも入れようかと思ったけど、確かに猫じゃらしに夢中になって、話も所々しか理解出来ていなかったかもしれない。
無視してそのまま寝転がる。
「じゃあ。大人になった二人の好みの女性のタイプを教えてよ」
「はぁ? そういうのは後でボルドとやれよ! 俺たちにそんなもん聞いても盛り上がんねぇぞ!」
ジェード様は暗くてもわかるくらい、真っ赤になった。
「じゃあ、俺からね。やっぱり二面性がある子かな。みんなの前では強がってるのに、俺の前でだけ弱みを見せてくれるとか」
ノワール様は語り始めた。
「おぅ。それならわかる」
「確かにわかるな」
ジェード様とブラン様も同意した。
流れるように男子会がスタートしている。
「あとは、普段はそんな素振りがないのに、二人きりになると積極的な子とか」
「積極的って、何に対してだよ?」
「それは所謂、男女の――なんじゃないか?」
「はぁ? やっぱりノワールはむっつり野郎だ! お前はなんて話を聞かせてくるんだよ!」
「ジェードにはまだ早かったね」
「あ? 失礼なやつ!」
これはどんな顔をして聞いていれば⋯⋯
人間がこういう話をしている時、いつも猫って何してるんだろ?
「あとはそうだな⋯⋯猫みたいな子かな」
ノワール様は私の方をじっと見た。
完全に目が合ってしまった。
どうしよう。今逸らしたら怪しい?
本音では走って逃げたい所だけど⋯⋯
あえてノワール様の方へと、歩いて行くことに決めた。
距離が近づくと、脇の下を支えられて抱き上げられる。
「猫みたいな女って、どんな女だよ?」
「こんな風に向こうから甘えてくることもあるのに、こっちが近づこうとすると逃げることもあって、勝手気ままに翻弄してくる⋯⋯手に入りそうで入らない子かな」
ノワール様は私を抱き上げたまま、赤ちゃんをあやすように身体を揺すりながら語る。
「ね、セイラちゃん」
急に耳元で囁かれた。
「ニャー!」
驚いてノワール様の腕から飛び降りる。
私が理解できていることに気づいてて、わざとやっているのでは?
いたたまれなくなった私は、ジェード様がいつも野営の時に生やしてくれる、光るキノコと遊ぶことにした。
「はい。次、ジェード」
「おぅ。でも俺は言葉では表現出来ないな。なんとなくの雰囲気だ。一緒にいて楽しいとか。あとはまぁ、ほっとけないとか」
ジェード様はぶっきらぼうに答えた。
「おいお前。そのキノコは食うなよ」
今度はジェード様に抱き上げられて、膝の上に乗せられた。
優しく背中を撫でられると、眠たくなって来る。
「最後、ブランは?」
「私は、父上の決定に従うまで⋯⋯」
「そういうのを抜きにしたら、どういう子?」
「そうだな⋯⋯守りたくなるような愛らしさと、芯の強さを持ち合わせた女性だろうか」
ブラン様は照れながらも、真面目に答えていた。
ドキドキハラハラの男子トークが終わり、休むことになった。
⋯⋯⋯⋯寒い。
猫が寒がりと言うのは本当らしい。
地面に直接寝そべっているから、少し湿った土と草の冷たさが直接伝わってくる。
「セイラ、凍えているのか?」
小声で声をかけてくれたのはブラン様だ。
顔を向け立ち上がると、そっと抱きあげてくれる。
あぁ、あったかい。
そのまま身体を擦り寄せる。
「こーら。ひげとしっぽが当たってくすぐったいぞ」
それはそれは嬉しそうに笑ってくれている。
こんなに喜んで貰えるとは光栄だ。
サービスしようと、もう少し追加でスリスリする。
「こちらで一緒に寝ような」
ブラン様はそのまま自分が寝ている場所まで、抱っこで連れて行ってくれた。
隣に横になると、毛布をかけてくれる。
今は猫の姿だから何の違和感もないけど、本来ならこれは添い寝⋯⋯
「セイラ、私たちを庇ってくれてありがとう。辛い思いをさせてしまったな。すぐに元に戻してあげるから、安心して待っててくれ」
優しい手つきで頭を撫でられる。
「ニャー」
一応小声で返事をした。
「君は本当に可愛いな」
ブラン様はそう言うと、私の身体を抱きしめて鼻同士をくっつけたあと、頬ずりした。
今の私は猫。今の私は猫。
この王子様は動物好き。この王子様は動物好き。
何度も言い聞かせる。
それでも優しい表情と声に、甘さを感じてしまう。
「初めて君を見つけた時、猫みたいだと思ったんだ。屋根の上を軽やかに飛び移りながら、街の中を逃げ回っていて⋯⋯思えばあの時からだったんだろうな。俺はもう、君から目が離せないんだ」
ブラン様は切なげな表情で言った。
それってどういう意味?
続きを聞きたかったけど、ぽかぽかしてきたからか、強い眠気が襲ってきて瞼が重い。
「おやすみ」
おでこにそっとキスされる。
この夜はそのまま温かい腕の中でぐっすりと眠った。