27.この私がそんじょそこらの色男に流されるわけがない
お疲れ会の翌日。
私たち四人はイーリスの街を出て、北に進んですぐの所にある、神殿の探索に訪れていた。
このあたりは山肌がえぐれたようになっていて、そこに神殿の入口がぽっかりと空いていた。
この神殿には普段誰も立ち入っておらず、ヴェールの森にあった神殿と同じで、恐らく今の私たちのためにある建物らしかった。
神殿の入り口に立ち、まずは地図を作ってみなさんに配る。
「構造は地下二階建てですね。地下一階が大広間で、地下二階に部屋が五つです」
「よし。それでは油断せずに気をつけて進もう」
ブラン様が先頭に立ち、私たちは神殿の中へ入った。
地下一階の大広間は真っ暗な空間だった。
すぐに暗視を起動するけど、困ったことに、何故かランタンで照らせる範囲位までしか明るくならない。
「すみません。暗視の効果範囲が異様に狭いです。みなさんの見えている範囲とそう変わらないと思います。どうしてでしょうか⋯⋯」
「そう言うことなら、恐らくこの部屋は明かりがなくて暗いんじゃなくて、闇で満たされているから暗いんだと思う。ちょっと待ってて」
ノワール様が魔法を使い始めると、その手に、真っ黒な空気が吸い込まれていく。
すると、いつものように暗視が使えるようになった。
「ありがとうございます! これで大広間の隅々まで見渡せます。問題なのは、この部屋には床がない場所がほとんどで、歩けそうな床が迷路のように入り組んでいることです」
試しに、床がない空間に、小石を投げ込んでみる。
⋯⋯⋯⋯落下音がしない。かなり深い穴だ。
この下がそのまま地下二階というわけではないらしい。
「目視出来ない罠の気配も感じます。慎重に進みましょう」
私が先導して三人を安全な道へ連れて行く。
この大広間の壁は目玉がいくつも連なったみたいな模様になっていて、それがさらに不安を掻き立てる。
しばらく進むと罠の気配が濃くなった。
「たぶんこの先に罠があります。ですが、私には何も見えません⋯⋯」
一体どうしたら⋯⋯
「風が揺れてる。結構な速度だ」
ジェード様には何かを感じ取れるらしい。
「幻惑系の何かで見えなくされてるのかな。妨害してみようか」
ノワール様が魔法を使う。
すると⋯⋯
「なんだこれ?」
「えー! 怖すぎます!」
目の前で巨大な斧が振り子のように揺れていた。
こんな物に当たったら、ひとたまりもない。
「止められるか、やってみっか」
ジェード様が魔法でツルを出し、斧に絡みつかせる。
すると斧の振り子運動は止まり、その場でガタガタと震えるだけになった。
「よっしゃ! 今のうちに抜けんぞ」
こうして地下一階の大広間を、無事に通過することができた。
長い階段を下りると、小さな部屋があった。
目の前には扉。
扉の上には天秤のような装置がある。
天秤に繋がるパイプの先に、黒い球体と黄色い球体が設置されている。
「この球体は、ヴェールの森の神殿にあったものと似ているな。この色はノワールとセイラの属性なんじゃないか?」
ブラン様の勘は正しかった。
私とノワール様がそれぞれ前に立つと、球体が輝き出した。
天秤がガタンと音を立てて、ノワール様の方に大きく傾く。
「何かが釣り合っていないということでしょうか? ノワール様の方が重いもの⋯⋯体重とか、魔力とか?」
その読みも当たっていたみたいだ。
ノワール様が試しに魔力を絞ると、ほんの僅かに 天秤の角度が変わった。
「これ以上は絞れない。セイラちゃんは増やせる?」
「いや、ちょっと厳しいかもしれません⋯⋯」
「んじゃあ、装備で盛るか」
魔力増加の効果がない装備品を一旦外し、ノワール様の耳飾りやジェード様の杖などの装備をお借りする。
「すみません。それでも釣り合うまでは行かないですね⋯⋯」
「増やす練習はしてきたけど、減らす練習はしてこなかったから。ごめんね」
「いやいや、ノワール様が謝ることではないですから」
どうしたらいいんだろう⋯⋯
頭を抱えていると、ノワール様が何かを閃いたらしい。
「一度しか使えない方法だけど⋯⋯」
そう呟いたかと思ったら、ノワール様の手から黒い煙のようなものが出てきた。
室内が闇で満たされる。
「え? え? 何も見えませんが!」
狼狽えていると、近くで何かが動く気配がした。
「え? ノワール様?」
「しーっ」
近付いてきたノワール様は私を抱きしめ、耳元で囁いた。
「この天秤で測ってるのが、魔力の大きさじゃなくて、愛の大きさだったらどうする?」
「へ? いや、そんなわけ⋯⋯」
状況の理解が追いつかずにいると、耳にキスされた。
「その耳飾り、よく似合ってるね。このまま君に贈ろうかな」
「わーわーわー!」
暗闇の中、突然の謎の接触に思わず声が出る。
激しく動揺した瞬間、天秤がガタンと大きな音を立て、正面の扉が開く音がした。
部屋を満たしていた闇が晴れていく。
「セイラ大丈夫か? 叫び声が聞こえたが」
「なんだよお前、赤い顔して」
ブラン様とジェード様が心配してくれる。
ノワール様は素知らぬ顔で球体の前に立っていた。
「何か夢を見たみたいです! どんな夢かは忘れちゃいましたけど! いや〜驚いたな〜。ラッキー! 行きましょう!」
なんとか誤魔化しながら先に進んだ。
二つ目の小部屋の正面には三つの扉があった。
一つは黒、一つは黄色、一つは白だった。
「なんだ。俺の部屋は無いのかよ。じゃあ、ここで留守番だな」
ジェード様は腕を組みながらドサッと壁にもたれた。
それぞれの属性の色のドアの前に立ち、ブラン様とノワール様と顔を見合わせ、頷き合う。
黄色い扉を開けて、中に入った。
部屋の中は黄色い光で満たされていた。
とても清らかで心地よい光だ。
徐々に光が収まると、正面にある椅子に美しい女性が座っていた。
黄色く光り輝く髪は、腰くらいまでの長さがあって、こめかみの髪を三つ編みにして、頭の後ろに回し、髪飾りのようにしている。
この神々しい姿は⋯⋯
「ルーチェ様⋯⋯でしょうか?」
尋ねると女神様は微笑みながら頷いた。
「セイラ、この世界に来てくれてありがとう。ここまで、この世界を救ってくれてありがとう。お願い。どうか再びこの国に平和をもたらして。今も一人苦しんでいるあの子を救い出して⋯⋯」
ルーチェ様は祈るように顔の前で手を組んだ。
ルーチェ様は私のことを知っている?
祝福した聖属性の人間のことは覚えてくれているのかな。
それと、あの子って誰のことだろう⋯⋯
「今からこの世界でたった一人⋯⋯あなたにしか扱えない力を授けます。今は、あなたと彼の試練は免除します。その代わり、全ての戦いが終わった時、訪れる試練をどうか乗り越えて⋯⋯」
ルーチェ様が組んでいた手を広げると、光り輝く何かがこちらへ近付いてきた。
それはひとりでに右手の中指にはまる。
黄色の宝石がついた指輪だ。
「私はね、セイラ⋯⋯あなたに幸せになって欲しいの。なぜ今まで多くの人たちに愛されてきたあなたが、あなたの望む幸せを手に入れられなかったのか⋯⋯それはあなたが全ての人間を愛しているから。それこそがあなたが聖属性たる所以。けれども、聖属性の愛と、あなた個人の愛は違う。自分の気持ちに気づいて、たった一人の人を愛せるようになれば、幸せになれるはずよ⋯⋯」
ルーチェ様が話し終わると、再び室内は光に包まれた。
気がついた時には、一つ前の部屋で立ち尽くしていた。
「随分と神々しい帰還だな。贈り物はもらえたのか?」
壁にもたれていたジェード様が近づいてくる。
「はい。この指輪⋯⋯ルーチェの秘宝を頂きました」
ルーチェ様は私にしか扱えない力を授けたと言っていたけど、これで一体何が出来るんだろう。
指輪を見つめて考え込んでいると、ノワール様とブラン様がドアを開けて部屋から出てきた。
「おぅ。どうだった?」
「自分と全く同じ動きをする影と戦った。贈り物はこれ」
「フォンセの秘宝ですね」
ノワール様の手には黒いしずく型の宝石の耳飾りがあった。
「ブランは? どうだったんだよ」
「私には試練のようなものはなかった。台座にこれが刺さっていた」
ブラン様の手には剣が握られていた。
今まで使っていた物よりも剣身が長く、鍔には六芒星が描かれ、六色の宝石が埋められている。
「六花の剣だそうです」
六花って雪の結晶のことかな。
どんな剣なんだろう。
それと、今回は私とブラン様の試練は免除されたけど、全てが終わったら別の試練があるって⋯⋯
多くの謎を残したまま、私たちはイーリスに帰還した。
夜。
宿屋に戻った私は、手帳を眺めながらベッドに横になっていた。
今回の探索で変化があったのは、略奪スキルだけみたいだ。
――略奪(物・体・心) 超越級
なんだか物騒な名前になっている。
どうやって使うんだろう。
何が出来るんだろう。
明日、色々試してみよう。
今日はもう寝ようと部屋の明かりを消す。
――コンコン
ノックの音が聞こえ、扉が開いた。
訪ねて来たのは、ノワール様だった。
「もう寝ようとしてた?」
ノワール様は流れるように自然な仕草で、私のベッドにストンと腰かけた。
さっき神殿であった、あれこれのせいか、ついつい意識してしまう。
「ノワール様! さっきのは、なんだったんでしょうか!?」
「人は興奮すると一時的に魔力が上昇することがあるから。結果、ああなったってことは、ドキドキしてくれた?」
反応を確かめるかのように、真剣な表情でじっと見つめられる。
「いやいや、酔ったら中二病になる人に、何されてもときめきませんから! いや〜昨日はいいものを見せて頂きました! これでようやく私たちは対等な関係に⋯⋯」
「あれは心を許した人にしか見せない姿だから。女の子の中でも、セイラちゃんだけが知ってる姿だから」
「そりゃそうでしょう。それにしてもお酒を飲みながら口説けないっていう、不利な体質にも関わらず、よく、次から次へと女性を落とせましたね!」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯」
ちょっとした軽口のつもりが、ノワール様は静かになってしまった。
あれ? 言い過ぎだった?
「⋯⋯⋯⋯そう言えばこれ、お返ししますね」
借りていた耳飾りをノワール様の手のひらの上に置く。
「俺にはフォンセ様の秘宝があるから、セイラちゃんにあげる。魔力を底上げしといて損はないから」
その耳にはフォンセの秘宝が揺れている。
ノワール様は元々使っていた耳飾りを手に取り、静かに私の耳に触れた。
「なっ⋯⋯」
くすぐったさに思わず身じろいでしまう。
「じっとして⋯⋯」
男らしい骨ばった手で、丁寧に耳飾りをつけてくれる。
「やっぱりよく似合ってる。それに、俺のモノって感じがそそる」
薄暗い明かりの中、ノワール様は私の後頭部に手を添えて、じっと見つめてくる。
このまま何かが始まってしまいそうな雰囲気を醸し出しながら⋯⋯
「もしかして、変な術を使ってます?」
「使って無い。けど、そう思ったんなら、もう俺のこと、好きになってるでしょ」
親指で唇をなぞられ、ゆっくりと顔が近づいてくる。
全然嫌じゃない。
たぶん最初の時と同じかそれ以上の、すごくいい気分になれる気がする。
でも、それじゃ駄目だから⋯⋯
私はノワール様の身体を押し返した。
「私は先ほど、この世界で真実の愛を見つけて、幸せになるとルーチェ様に誓いました。その相手がノワール様か否かは今の私には分かりませんけど、とにかく! 色欲に流されてどうのこうのというのは、私の美学に反します。それに! 今まで私はそれはそれは情熱的なアプローチをしてくれた男性としか、お付き合いしてきませんでした。ノワール様みたいに、まだまだ余裕ありあり、自信満々にかっこつけてるような男性は、いませんでしたから! そういうことです!」
早口で一気にまくし立てる。
「そっか。セイラちゃんを手に入れたかったら、もっと必死にならないといけないんだ。分かった。じゃあ、その時は覚悟しといて」
ノワール様は力が抜けたみたいに、ふわっと笑った後、静かに部屋を出ていった。