26.二十三歳なのに中二病なわけがない
大神殿の妖魔と暗雲の中の魔物を倒した翌日の夜。
私たちはお疲れ会をするために、レストランに向かっていた。
「ブラン殿下〜!」
「勇者の皆さま〜!」
「この街を救ってくれて、ありがとうございました!」
ブラン様の演説の影響で、街を歩けば道行く人々にあちこちで声をかけられ、聖職者の人たちには深く感謝された。
この街の雰囲気は初めて来た時とは打って変わり、お祭りムードが漂っている。
「今夜のお食事はお決まりでしょうか〜? ぜひうちにお越しください! もちろんお代は必要ありませんので!」
「すまないがもう決まっているんだ。気持ちだけありがたく受け取らせてもらう」
このような騒動になっていては、落ち着いて食事も出来ないということで、個室があるレストランに行くことになった。
そこはいわゆるVIPが利用するお店らしい。
「ここだ」
ブラン様の案内でお店にたどり着いた。
店内は一見、普通のレストランだった。
白い長袖のシャツに、黒いベストと黒いズボンを着た男性が、私たちを奥の部屋へと案内してくれる。
その部屋には、中央に大理石でできた大きなテーブルがあって、テーブルを囲うように、真っ白なソファが置かれている。
窓からは夜景が見えて、川に並走した歩道の街灯の明かりが、水面に映ってオレンジ色にキラキラと光っている。
四人で使うには明らかに広すぎる、まさしくVIPの部屋だった。
「わぁ⋯⋯夢みたいです⋯⋯」
「皆よく頑張ったからな。今夜はゆっくり楽しもう」
ブラン様は私の手を取って、席までエスコートしてくれた。
程なくして、目の前のテーブルに豪華な料理とお酒が運ばれてきた。
互いを労いながらグラスを合わせ、さっそく食事を楽しむ。
「皆、本当によく頑張ったな!」
ブラン様は笑顔で私たち三人を順番に見渡す。
「みなさんのお陰で頑張れました! ありがとうございました! 今日はブラン様の昇格のお祝いでもありますから、パーッとやりましょう!」
ブラン様は昨日の一連の功績が称えられたのか、中級から上級への昇格を果たした。
「あぁ。ありがとう」
ブラン様は少し照れたように笑った。
「そういえば、ノワールと酒を飲むのは初めてだよな」
「うん。大人になったんだなって実感するね」
「みなさんは子どもの頃からの付き合いなんですもんね?」
「あぁ。この三人とアッシュ、セイラはまだ会ったことがない、ボルドとセルリアンは、私たちが三歳だった頃からの付き合いなんだ」
「そんなに幼い頃から⋯⋯」
ブラン様とジェード様とノワール様は懐かしそうに笑った。
「その頃のみなさんは、どんな雰囲気だったんですか?」
「今と変わんねぇよ。当時から俺は将来を約束された魔法使いで、ブランは真面目で上品な王子様で、ノワールは優秀だけど何考えてんのか分かんない、むっつりな神官だった」
ジェード様は自分の胸を叩いて、自信満々に言った。
今、一瞬、怪しいワードが聞こえたような⋯⋯
「いつまでも少年のように無垢な男よりも、むっつりでも色気があった方がいいよね? セイラちゃんもその方が好きでしょ?」
隣に座っていたノワール様が顔を覗き込んでくる。
その色っぽい上目遣いは、油断したら魅入られてしまいそうだ。
意図せず自然にやっているのだとしたら、たちが悪い。
「どどどどうでしょうね〜? 時と場合と相手によりますよね〜。まぁ、ノワール様はおモテになるようですから? どうぞ、そのままで⋯⋯」
どうして私がこんなに動揺する羽目に⋯⋯
「あ! そう言えば、神官の皆さんは食べてはいけないものも、特に無いんでしょうか!?」
大慌てで話題を変えると、ノワール様は身体を離してくれた。
「うん、大丈夫。あえて挙げるなら、ニジバトくらいかな」
「あんなもん食うやつがいるのか?」
「大昔にいたらしい。だからこの街では誤解を避けるために、鶏料理は出ない」
「そんな事があったんですね⋯⋯」
確かに目の前にある料理は、牛肉のステーキや海鮮パエリアなど、鶏肉を使っていない料理だった。
ちなみに今日は四人ともブドウ酒を飲んでいる。
「ジェード様はブドウ酒がお好きですか? 故郷を思い出すでしょうか?」
「おぅ。エルフはグランアルブから離れて過ごす時間が長くなると、途端に参っちまうからな。グランアルブのブドウを摂取した方が、長持ちするんだ」
「なるほど。栄養剤のような側面もあるんですね」
それからどんどんお酒は進み、みなさんがほろ酔い気分になった所で、昨日の出来事を振り返った。
「それにしても昨日のお前は、ちょこまかとよく動いてたな。オッサンとの特訓を頑張った成果が出てよかったな」
「あぁ。機転を利かせて、よく切り抜けてくれた」
ジェード様とブラン様が褒めてくれた。
「ジェード様の木で、雲の上までグーンと行けたのも、すごかったです! さすが特級魔法使い様ですね! あと、ブラン様がクジラをバサーっと斬り裂く姿もすごかったですし、その後の演説にも心をバキューンと撃たれました! そして! やはりノワール様のボワンボワンとした補助魔法があってのことです! ね? ノワール様!」
先ほどから一言も話さないノワール様に話しかける。
「もう誰にも俺たちを止めることは出来ない」
ノワール様は静かな声で言った。
「え? まぁ⋯⋯そんな感じですね!」
「俺たちはこの国を救うために、生まれてきたんだから」
あれ?
さっきからなんとなく、雰囲気が違うような⋯⋯
「もしかして、かなり酔ってます? 私も人のこと言えないですけど⋯⋯」
ノワール様の頬は少しだけ赤くなっていて、目が潤んでいて⋯⋯
危険なほど色気が溢れ出ているのに、発言内容が怪しい。
「それ以上は禁断の領域。闇に引きずり込まれたくなかったら、踏み込まない方が良い」
ノワール様は真剣な目で私を見つめている。
もしかしたら見つけてしまったかもしれない。
このお方の弱点を。
「ノワール様って、酔うと中二病を発症する人なんですか? だから闇属性ですか?」
ノワール様は、私の言葉が聞こえているのか、いないのか、静かにグラスを傾けている。
「チュウニ病? なんだそれ?」
「何かよくない病気なのか?」
ジェード様とブラン様が心配そうに尋ねてくる。
「そうですね⋯⋯心と身体が子どもから大人へと成長する時期にありがちな、自己陶酔感強めの言動のこと⋯⋯と言えば伝わるでしょうか。個人の世界観全開の、難解な言い回しを多用しがちで、我に返ったあとは、恥ずかしさで、のたうち回ることになります。誰しも発病する可能性はあって、重症度もさまざまですが、たいていは一過性のものです。予後も人それぞれですけど、残念ながら治療方法はありません。ノワール様はもう二十三歳とのことなので、一生このままかもしれませんね⋯⋯」
「そっか。神官でも病気になったりするんだな」
「ノワール⋯⋯それは気の毒だな⋯⋯」
ジェード様もブラン様も酔っているのか、大真面目に話を聞いている。
「ねぇ。もっと何か面白いことを言ってみて下さいよ! せっかくなんで、可愛いノワール様が見たいです!」
「この世界で一番可愛いのは君だよ、セイラちゃん。君を傷つける者がいれば、俺の内に秘めた力が暴れ出して、闇の炎で跡形もなく燃やし尽くすことになる。たとえ、この世界そのものが敵だったとしても⋯⋯」
このパーティーのお色気担当のノワール様は、かなり重度の中二病みたいだ。
ようやく彼の弱みを握れたことに、密かにほくそ笑む私だった。