25.この勇者の声が心に響かないわけがない
妖魔の術に嵌められてしまったのか、ブラン様、ジェード様、ノワール様は私の方を向き、臨戦態勢に入った。
これはまずい。
この三人と私が戦わないといけないってこと?
なんでこんな残酷なことをさせるんだろう。
そんなことができるわけがない。
この三人を傷つけたくないのはもちろんだし、そもそも実力差がありすぎて、傷一つつけられる自信がない。
どうしたらいいんだろう。
状態異常の痺れを使って、一人ずつ動きを封じる?
けどノワール様は状態異常を治す魔法が使える。
こういう時は、まずは後衛を狙うのが基本のはずだ。
一番火力が出るジェード様の動きをまずは封じたい。
正面から行っても、防御魔法で防がれるだろうし、ノワール様のバフもかかってる。
じゃあノワール様から?
ノワール様は私にとって相性の悪い闇属性だ。
ジェード様も、私では本気のノワール様には勝てないって言ってた。
どんな攻撃を使えるのかも見たことがない。
それに、私が後衛に辿り着く隙を、ブラン様が与えてくれるはずがない。
キリリは男の子だからだめかも知れないけど、キララなら助けてくれる?
けど、万が一キララまで敵に回ったら⋯⋯
略奪スキルでジェード様の杖、ノワール様の聖典、ブラン様の剣のどれかを奪えば分があるかもしれない⋯⋯
考え込んでいると、ジェード様の杖が光った。
やばい。来る。
そう思って身構えたけど、耳元にそよ風が吹いただけだった。
あれ? もしかして、まだ通信が繋がってる?
それに良く考えたら、ノワール様がかけてくれたバフも残ってる。
三人とも未だに動かないってことは、抵抗してくれてるのかな。
大丈夫。私たちは仲間のままだ。
三人を信じて本気でぶつかる事にした。
飛び上がって天井を伝い、まずはジェード様に斬りかかる。
けれども、防御魔法で呆気なく防がれた。
「あははー! 残念ー!」
妖魔の嬉しそうな笑い声が響く。
ジェード様の防御魔法を利用するため、背後に回り込んで、ノワール様が飛ばして来る、時間差で爆発する黒い魔法を防ぐ。
私だけノワール様の攻撃パターンが全然分かっていないのが痛い。
次にブラン様の攻撃を必死で避けながら、引きつけてノワール様の背後に回る。
ノワール様を盾にブラン様の攻撃を避ける。
やっぱり。
この三人はお互いを攻撃しないよう命令されているみたい。
ブラン様とノワール様が向かい合っている隙に、ジェード様の攻撃を誘う。
お願い。葉っぱのやつじゃなくて⋯⋯
「ツルの方をください!」
ダメ元でお願いしてみると、ジェード様はツルを出してくれた。
そのまま妖魔の方に走って逃げて、ギリギリの所で飛び上がって避けると、ツルが妖魔の身体に巻き付いた。
「ちょっと! 何やってるの!? 離しなさいよ! 」
妖魔自身は攻撃や防御の手段が無いのか、狼狽え始める。
「もらった」
ツルの上に着地した私は、すかさず短剣でその首を刎ねた。
妖魔の身体から、魂のような光り輝く球体が大量に出てきて、散り散りになっていく。
ブラン様、ジェード様、ノワール様の身体の中にも魂が戻って、三人の瞳がいつものように輝き出す。
「はぁ⋯⋯もう、だめかと思いました⋯⋯」
安心した私はそのまま腰を抜かした。
「セイラ!」
「怪我はないか?」
「セイラちゃん!」
三人が駆け寄ってくる。
「怪我はありません! 皆さん妖魔に抵抗してくれて、ありがとうございました!」
「ノワールが妨害系の魔法をかけてくれてたんだよな?」
「娼婦、妖魔と聞いて幻惑系だろうなと思った。けど強力過ぎて完全には防げなかった。ごめんねセイラちゃん」
そっか。
ノワール様が私たちを守ってくれたんだ。
「ノワール様、ありがとうございます。それにしても、みなさん強すぎるから、怖すぎました⋯⋯」
あーやばい。ホッとしたからか涙腺が⋯⋯
「セイラ、怖い思いをさせて悪かったな。よく頑張ったな」
ブラン様は子どもにするみたいに、抱きしめて背中をポンポンと叩いてくれた。
「ほんと、今回ばかりは、たくさん褒めて甘やかしてください! 全てが終わったら、ご馳走を食べながらお疲れ会をしましょうね!」
私の言葉に三人は穏やかな表情で頷いてくれた。
その後、教皇も大神官たちも、全員無事に意識を取り戻した。
妖魔を招き入れた神官には、特定され次第、相応の罰が下るだろうとのことだ。
大神殿を救った英雄として、堂々と正面玄関から脱出した私たちが見たものは⋯⋯
「まだ空はおかしなままですね。確か、妖魔は自分が空を弄ったと言っていましたが⋯⋯」
妖魔が消滅したのに、なぜか元に戻っていない。
「本来なら真っ白い雲の中で、ニジバトが遊んでいるんだけど」
ノワール様の言葉に、試しに望遠スキルを起動してみた。
雲の中を観察すると⋯⋯何あれ。
「雲の中を大量の魚と大きなクジラが泳いでます⋯⋯」
「は? ハトじゃなくて、魚とクジラ?」
ジェード様は信じられない様子だ。
「じゃあさ。空の上、上がってみる?」
ノワール様はジェード様を見た。
「そりゃあ上がれたらいいだろうけど、どうやってやるんだよ? 俺の移動は足場が無いと無理だし、ツルを伸ばすのも、あそこまでは届かないだろ」
「たぶん今のジェードなら大丈夫。最高火力で木を生やして」
ノワール様はジェード様に魔力上昇のバフをかけた。
「んじゃあ、行くぞ!」
地面がむき出しの公園に移動し、ジェード様が魔法を使う。
すると⋯⋯
――ゴゴゴゴ
下の方から地響きが聞こえてくる。
徐々に音が迫って来て、私たちの真下の地面から勢いよく、大木のように太く、頑丈そうな緑色のツルが生えてきた。
「ギャー!」
何かのアトラクションかのように、すごい勢いで上に向かって突き上げられる。
「まじかよ! ヤバすぎんだろ!」
ジェード様は嬉しそうに笑っている。
「ね? できたでしょ?」
「これはすごいな⋯⋯」
あっという間にさっきまでいた公園が遠ざかり、雲を突き破った。
目の前には暗い色の雲の海が広がっている。
その中を泳ぐのは魚の群れと大きなクジラ。
クジラは時々背中から潮を吹いている。
どうやらこれが雨を強める原因みたいだ。
「ヒトクチイワシとソラタカクジラという魔物だそうです」
「んじゃあ、やるか」
ジェード様は私たちが足場にしている木のツルを操り、クジラに攻撃を仕掛ける。
クジラの身体に細かい傷がついた。
効いてるみたい。
「このまま手数で押すぞ」
ジェード様が次の魔法を使おうとしたその時、クジラが大きな口を開けて、大声を出した。
魚の群れが、自らクジラの口の中に飛び込んでいく。
「何をしているんでしょう⋯⋯?」
「恐らく魚を食べて回復しているんだろう」
ブラン様の読み通り、クジラの身体の傷がみるみる内に回復していく。
「まずは魚からってことだね」
ノワール様は私とブラン様にもバフをかけてくれた。
「んじゃあ、足場を広げるから、時間を稼いでくれ。範囲攻撃をする」
ジェード様が足場のツルを伸ばしてくれる。
「お願い! キリリとキララも手伝って!」
二人は大きなクマの姿で飛び出し、魚を片っ端から狩ってくれた。
私とブラン様もそれぞれの武器で、魚を少しずつ倒していく。
「行くぞ!」
ジェード様が無数の葉っぱを魚たちに向けて放つと、みるみる内に魚の数が減っていく。
回復方法が無くなったクジラは逃げ惑う。
クジラが雲から抜け出し、飛び跳ねた所で、ブラン様が空高く飛び上がり、クジラの身体を大きく斬り裂いた。
その姿には後光が差しているように見えた。
切り裂かれたクジラの身体は、風船が割れたようにしぼみ、中から大量のニジバトが出て来た。
七色のハトの大群が一斉に羽ばたき、私たちの間を通り抜ける。
凄い風が巻き起こって、髪や服が激しく揺れる。
ふわりふわりと色とりどりの羽根が宙を舞う。
綺麗⋯⋯
ブラン様、ジェード様、ノワール様も、この光景に目を奪われているみたい。
「すごいですね! 七色全部のニジバトに会えました! 今ならどんな願いでも、叶いそうな気がします!」
「あぁ、そうだな」
「一生分のハトだ」
「こんな光景は初めて見た」
魚とクジラの魔物が消えた空は、元の風景を取り戻したらしい。
目の前の暗雲は、ふわふわの白い雲に姿を変えた。
地上を見下ろすと、虹色の柔らかい雨が降り注いでいるのが見える。
街の人々も笑顔で空を見上げている。
空高く舞うハトを見上げていたブラン様は、何かを決心したように、ジェード様を振り返った。
「ジェード、すまないが、国民たちに話をしたい」
ブラン様は変装の魔法を解き、髪と眼の色を元の金色に戻す。
ジェード様は頷き、私たちを乗せた木を縮ませ、人々に声が届く高さまで降ろしてくれた。
「皆! 聞いてくれ!」
ブラン様が声を出すと、街の人々が一斉にこちらを見上げた。
「私はブラン・アラバストロ! この国の第二王子だ! 魔王が現れたあの日から、この国は徐々に瘴気に侵され、皆は魔物の脅威に怯え暮らすこととなった。神に見放され、王に見捨てられたと不安を抱かせた。しかし、私は仲間と共に立ち上がった! この街の空に再び虹をかけたのも、私の仲間たちだ! 皆が混乱すると思い、今日までこの事を知らせず、かえって不安にさせて申し訳なかった。私たちは必ず魔王を討つ! だから皆は信じて待ってて欲しい!」
堂々と落ち着いた、よく通る声だった。
ブラン様の言葉に、人々はざわつき始め⋯⋯
「ブラン殿下〜!」
「ありがとうございます!」
「信じてお待ちしております!」
「ブラン殿下! バンザイ!」
人々は口々に声を上げた。
その目は希望と信頼に満ちている。
ブラン様は笑顔で声援に手を振り返した。
その横顔は間違いなく、この国の未来を託された一族の勇者の顔だった。