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23.神官なのにキスが上手いわけがない※

 

 深夜、神々の石像がある広場にて、闇属性の神官のノワール様の姿を見かけた私は、彼に接触するためにすぐに後を追った。


 ノワール様は街を流れる川沿いに立つ、小さな塔に入って行った。

 もしかしてまだお仕事中なのかな。

 他の人に見つからないよう、隠密スキルを起動して、入口の木の扉をそっと押すと静かに開いた。


 中には石造りの螺旋(らせん)階段があった。

 足音は上の方に登っていく。

 熱源感知を使うと、この塔の中にはノワール様しかいないことが分かった。

 

 細心の注意を払いながら階段を登る。

 登り切った先は、屋上だった。

 低い壁で囲まれた空間で、上は丸い屋根で覆われている。

 胸より上の高さは壁がなくて、風がよく通る。

 

 ノワール様は片膝を立てて床に座り、壁にもたれながら煙草をくゆらせていた。

 どこか遠い目をしながら、たそがれた様子で煙を吐き出す姿に色気を感じる。


 神官って煙草も吸うんだ⋯⋯

 そんな事を考えながら立ち尽くしていると、ノワール様がこちらに気づいた。


「誰?」


 低くて落ち着いた声だった。


「あの⋯⋯ノワール様⋯⋯初めまして、こんな時間に、しかも後をつけて来ちゃってすみません。けど私、どうしてもノワール様とお話がしたくって⋯⋯」


 側にしゃがみながら挨拶する。


「そう。俺も君に会いたかったんだ。そのローブ⋯⋯どこかで見たことある気がするけど。まぁいいか。じゃあ、まどろっこしいのは無しで」

 

 ノワール様は煙草を始末した後、黒く印象的な瞳で私を見つめた。

 えっと、何から話したら良いんだろう。

 このローブはジェード様のです⋯⋯じゃなくて、まずは端的にブラン様の居場所を⋯⋯なんて考えていたのに。

 

 一瞬の出来事だった。

 腕を強く引かれ、ノワール様の腕の中にすっぽりと包まれる。

 それから顎を持ち上げられてキスされた。

 唇が触れ合うと、ミントのような爽やかな香りとベリーのような甘さを感じる。


 あれ? どういう状況?

 そんな思考もすぐにかき消されてしまうくらい、情熱的だった。

 徐々にキスが深くなって、溶かされていく。


「俺たち相性がいいみたい。聖属性の子とするといつもヒリヒリするのに」

  

 キスの合間にノワール様がつぶやく。


「どこから来たの?」

「どこって⋯⋯王都から⋯⋯」

「そう。じゃあ、やっぱり優秀なんだ」


 ん? なんの話?

 初対面で、しかもこれからパーティーメンバーになると言うのに、どうしてこんな事に⋯⋯

 でもなぜか抗えずに、自分からも求めてしまう。

 逃さないように頬に手を添え、唇を重ねる。


「そんな風には見えなかったのに、男をその気にさせるのが上手だね。上玉だし、ここでも引く手あまたでしょ」


 ノワール様は私の顔をじっと見た。

 

「君のこと、もっと知りたい」

「えっ⋯⋯その⋯⋯」


 何とか正気を保って腕から逃れようとする。


「まだ理性が残ってるんだ。やっぱり相反すると加減が難しいか」


 ノワール様が私の頭に手をかざすと、身体から白い湯気のようなものが出て、ノワール様の手に吸い込まれていった。

 あぁ、やっぱりなんか変な術を使われているみたい。

 頭がふわふわして、どんどん欲深くなっていく。


「ノワール様⋯⋯もっと⋯⋯」


 首の後ろに腕を回し、上目遣いで甘える。


「うん。どうして欲しい?」


 言葉に詰まっていると、首筋にキスされた。

 柔らかな黒髪に触れながら、頭ごと抱きしめると、そのまま首筋を強く吸われる。

 ノワール様の手が私のローブをはだけさせ⋯⋯動きが止まった。


「え? 盗賊?⋯⋯聖属性の?」


 ノワール様は目をまん丸にして私を見た。

 湯気のようなものが、ノワール様の手から私の身体に戻って来ると、正気に戻れた。


「あ、はい。セイラです。ブラン様の従者の⋯⋯って言いませんでしたっけ?」


 二人の間に沈黙が流れる。


「うん。言ってない。聞く前にしちゃったから」

「あはは、そうでしたか⋯⋯で、これ。どういう状況です?」


 どうやら人違いをされていたらしい。

 誰と間違えたらこんな事になるのか。

 このようにノワール様とは、出会い頭に事故を起こしてしまったのだった。



 その後はノワール様を伴い、宿屋に戻った。

 ジェード様を叩き起こし、ブラン様の部屋に向かう。

 ブラン様はあの後も、ずっと考え事をしていたらしく、起きていた。


「お前は俺らを叩き起こすのが趣味なのか? それにこんな夜中に女が一人で、知らない街をフラフラするなんて、さすが女狐は肝が据わってんな」


「セイラ、口は悪いがジェードの言う通りだ。ノワールと会えなかったら、危ない目に遭ってたかもしれないんだぞ」


 ジェード様とブラン様は、私を心配してるのか、そう言ってくれた。

 ノワール様と会ってしまったがために、危ない目に遭いましたとは言えず⋯⋯


「まぁ結果的にはお手柄だ。こうしてノワールに会えた」


 ブラン様はノワール様を見て安心したように笑った。

 これで、この街で起こっていることが分かるかもしれない。

 私とブラン様とジェード様はベッドに腰かけ、ノワール様は立ったまま壁にもたれ話し始めた。


「今、この街で起こっている問題は大きく二つ。まずは見ての通り空に異変が起きて、ニジバトが消えたこと。これに関しては現時点で全くの原因不明。けど、これがこの街の人間の精神状態に大きな影響を与えて、神の存在や王族の統治に不安を抱かせる原因になっている」


「もう一つは、その不安を加速させるような思想を広めている存在。そんなことが出来るのは位が高い神官だけだと思って、内情を探っていたら、最近神官ばかりに近づく娼婦と思わしき女がいるという噂を耳にした。それで今日、ようやく俺に近づいてきた女がいたから、丸め込もうとしたらセイラちゃんだった」


 つまり、危険な思想を刷り込んでいる犯人と、その娼婦は、何らかの関係がある可能性が高く、私はノワール様に娼婦と間違われ、ハニートラップを仕掛けられたと。

 娼婦にハニートラップを仕掛ける神官って一体⋯⋯


「俺が一人で探れたのはここまで。この宗教都市で湧き上がった神と王族への不信感は、いずれ国中に広がり混乱を起こす恐れがある。早急に原因を特定して、解決したいところ。あと怪しいのに調べられていないのは大神殿の最深部。そこには間違いなく何かがあると踏んでるけど、俺の力だけでは無理だ。そこで救世主の登場だね。盗賊のセイラちゃん」


「私ですか?」


「うん。そういうの得意でしょ? だからお願い。力を貸して欲しい」


 ノワール様は私に頭を下げた。


「私からも頼む。国家の基盤を揺るがす大問題になりかねないんだ」

 

 ブラン様も頭を下げた。


「大丈夫ですから、お二人とも頭を上げてください。ね? 行きましょう。大神殿の最深部」


 こうして明日の夜には大神殿に潜入することが決まった。



 ここで一度、作戦会議も兼ねて、ノワール様とお互いの手帳を確認し合うことになった。


 えーっと闇属性、神官、等級は⋯⋯上級!

 スキルはまずは、回復・浄化魔法⋯⋯これは体力を回復させたり、毒などの状態異常を治したりするやつだ。


 次は、補助魔法⋯⋯これは攻撃・防御・魔力・移動速度・攻撃速度などなどが上がる――いわゆるバフだ。


 あとは保護魔法や妨害魔法⋯⋯は毒なんかが無効になるやつと、隠密とかが無効になるやつかな。


 それに、攻撃魔法と防御魔法もジェード様ほど種類はないけど使えて、そしてそして何より怪しいのはやはり⋯⋯幻惑。


「この幻惑っていうのは、具体的にどういうことができるのでしょうか?」


「幻覚を見せるとか、他にも心理状態とかを色々と操作できる。さっきセイラちゃんにも使ったでしょ?」


 ⋯⋯⋯⋯やっぱりあれか。


「なんだお前。出会い頭に幻惑を食らったのか? 情けないやつだな。俺もガキの頃、練習相手として()()()食らってやったけど、目がチカチカして、頭の上をひよこが飛んでる、わけわかんない幻覚を見せられた。なぁ?」


「そうですね! 黄色いひよこが見えました!」

「あ? 俺は白だったけど」

「あれ? じゃあ、私も白だったかもしれません!」 

「私は茶色だったな」 

「そっか。じゃあ人によって違うんだな」


 ふぅ。何とか誤魔化せたか。

 ジェード様とブラン様の中では、幻惑ってそういうかわいいイメージの術なんだ。

 

 ふと視線を感じノワール様を見ると、色っぽい笑みを浮かべながら私の反応を見ている。

 本当にいたたまれない⋯⋯


 そのままページをパラパラとめくる。

 剣のマークのページには日々の修行の内容や、何人の人を病から救ったか、なんていう輝かしい記録があった。

 そしてハートマークのページは⋯⋯

 多すぎて途中で紙を継ぎ足した形跡がある。

 ⋯⋯心臓に悪いから内容は読まないでおこう。


「はい! ありがとうございました!」


 ノワール様に手帳を返す。


「俺も読ませてもらった」


 ノワール様も手帳と外れたクリップを返してくれた。


「ええ! まさか、これを外して読んだんですか!?」


「当たり前でしょ。セイラちゃんも俺のを読んでたから」


「読んだと言っても、何ページくらいあるのかという情報しか得られてません! 私のを読んだのなら、作戦までに一日かけて全て目を通しますから、もう一度貸してください!」


 ノワール様の手から手帳をひったくろうとするも、高い位置に持ち上げられて手が届かない。

 完全におちょくられている。

 ここで略奪スキルを使うのは大人げないか⋯⋯



「セイラちゃんって、この世界に来てからは、やることやってないの? 経験豊富なのは、前の世界でだけ?」


 耳元で囁かれる。


「うっ⋯⋯ご想像におまかせします」


「ご想像も何もこれを見たら分かる」


「え! この手帳ってそんな事まで記録されるんですか? プライバシーの侵害も良いところですよ! やっぱ燃やしましょう。そしてこの毎度毎度お互いに見せ合う文化も無くしましょう!」


 私の羞恥心はもう限界まで膨れ上がっている。


「俺のもそのうち見せてあげる。今はお互い秘密があった方が燃えるでしょ?」


 再び耳元で囁かれる。

 どうしてこんな辱めを受ける羽目に⋯⋯


「お前らさっきから何をコソコソしてんだよ? って⋯⋯あ! セイラ、お前、その首の跡は⋯⋯」


 ジェード様が驚いた顔で私の首筋を指さしている。

 終わった。キスマークのことがバレた⋯⋯

 あの醜態を、この人たちに知られるわけにはいかないのに。


「ヒカリコウモリにやられたんだな!? どうしてもっと早く言わないんだよ! これくらいなら俺が治してやるから、こっちに来い」


「プラウにいる時に気づかなくて悪かったな。私たちに気を遣っていたのか? 今度からそういうことはすぐに言うんだぞ」

 

 ジェード様とブラン様は、本気で心配してくれた。



 その後、夜明けも近づいて来たので解散となった。

 ノワール様はこれから仮眠を取ったあと、通常通り夜まで仕事をするらしい。

 その前にどうしても一言物申したかった私は、彼を自分の部屋に引きずり込んだ。


「なんかノワール様が私の秘密を握ってるみたいになってますけど、よくよく考えたらノワール様が術を使って、私に悪さをしたとも捉えられませんか? そうなると弱みを握るのは私の方⋯⋯」


「どうして? 確かに人違いで術を使ってキスしちゃったのは俺が悪かったけど、俺が奪ったのはセイラちゃんの理性だけ。身体の自由や意識、判断力、感情はそのままでいじってない。ブレーキを壊しただけ。つまり、セイラちゃんは相手が初めて会った男だとか、パーティーメンバーだとかっていう建前を全部取り払えば、本能ではあのまま流されたかったってこと」


「なっ! そんな! まるで人が欲求不満みたいに⋯⋯」


「間違いなく欲求不満だね。最後はいつ? こっちの世界に来てからご無沙汰なら、もう何ヶ月も経ってるでしょ。まぁ、今まで関わってきた男が、ブランとジェードとアッシュなら仕方ないよね。どうしても持て余したら俺のとこに来て。みんなに内緒で助けてあげる」


 ノワール様は私の頬にキスをして、あっという間に部屋を出ていってしまった。

 本当にいたたまれない。

 まさか私がここまで振り回される日が来るなんて⋯⋯かなり悔しい。


 ノワール様は危険な男だ。

 極力近づいてはいけない。

 そう肝に銘じた。

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