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22.異常だらけの街で信じるものを見失わないわけがない


 砂川さんが元の世界に帰った二日後のこと。

 ヒカリコウモリに襲われて寝込んでいたプラウの騎士たちが、ようやく元気を取り戻した。

 当面必要なお金を受け取った私たちは、闇属性の神官のノワール様がいる、宗教都市イーリスに向かって出発した。



「想定よりも日数がかかってしまったな。しかし収穫も大きかった」


 コウモリを討伐して騎士たちを救出したあと、農村での労働、砂川さんとの出会いと別れ、私の中級昇格⋯⋯確かに色々なことがあったな。


「今から向かうイーリスというのは、どういう都市なのでしょう?」


「イーリスは神に最も近い場所とされている『大神殿』を中心に築かれた都市で、聖職者たちの修行の場であり、病人など助けを求める人の救済の場でもある。もちろん病人たちは無償で都市の中に入れる。聖職者たちの組織は、『教皇』が最高権力者で、その下に各属性五柱の神のお告げを授かる『五大神官』、そしてノワールたち『神官』がいるんだ」


 ブラン様が説明してくれる。

 聖域と病院を兼ねているってイメージかな。


「ちなみに、宗教と権力って、切っても切り離せない関係という印象なんですけど、王族と大神殿の関係は、実際のところ、どうなんでしょう?」


「私たち王族が神々からこの世界を託されているというのは、聖職者たちにとっても、国民たちにとっても周知の事実だ。建国の時から現在に至るまで、我々アラバストロ家が、この国を治めて来た。大神殿に関しても、我々王族の管理下ということになっている。しかし、ノワールからの情報によると、それを批判する勢力が現れたとの噂があるらしく、実際のところは、我々の権力が及んでいないのかもしれないな」


 ブラン様は深刻そうに言った。

 そんな危険な勢力がいるかもしれないところに、今からブラン様が行っても大丈夫なのかな。


「では今回の都市でも、ブラン様はお忍びで行動される方が良さそうですね」


「あぁ。出来ればノワールと合流する前に、酒場なんかに出向いて、内情を探りたいところではあるな」


 イーリス到着後の大まかな流れが確定した。

 正体がバレないように、ブラン様もローブを着ることにした。


「お前もそのローブはイーリスの中でもちゃんと着とけよ。神の御前であの露出はまずい上に、お前は鈍くさいから、何をしでかすか、分かったもんじゃない。お前が目立って騒ぎになって困るのは、ブランとノワールだと肝に銘じておけ」


 ジェード様と初めて会った日に貸してもらったローブは、なんとなく脱ぐタイミングを失い、あれからも着用するのが基本スタイルになっている。


「分かりました。目立たないように気をつけます⋯⋯」


 なんだか急に雲行きが怪しくなってきたな。

 それに、怪しいといえば⋯⋯


「闇属性の神官っていうのが、私にはまだピンと来ていないんですが⋯⋯元いた世界では、闇属性はそれこそ魔王とか、悪いことをしている人っていうイメージも根強くてですね⋯⋯」


「まず神官とは修行を通して神に近づき、神に仕え、その教えを民に伝え、導く役割を持つ。そして、回復・浄化魔法、能力上昇等の補助魔法を得意としている役職(クラス)だ。闇属性と言うのは暗黒や不浄を司っていて、そう言うと聞こえが悪いようだが、闇があるからこそ、聖は輝き、聖があるからこそ、闇は際立つ。そういう関係性なんだ」


 ブラン様は分かりやすく説明してくれた。

 なるほど、お互いがお互いを引き立てる関係⋯⋯


「さらに専門的なことを言うと、聖属性の神官が、力を対象に与えて回復を促進させるのに対して、闇属性の神官は、負の要素を奪うことで回復を促進させるんだ」

 

 対象が回復するという結果は同じだけど、アプローチが違うと言うことか。


「私とノワール様は、お互いの属性が弱点になるとのことですけど、連携するにあたって何か気をつけることはありますか?」


「ドジってお互いを攻撃しないようにすることだな。聖と闇の関係は、お互いの力が不均衡な場合は、当然、強い方が勝つ。釣り合いが取れていると馴染んで何も起きない。お前とノワールが本気で殺り合ったら、お前が瞬殺されっけど、ノワールがお前にかける回復系とか補助系の魔法では、ダメージは食らわないから安心しろ」


 ジェード様は説明してくれた。

 それは頼もしいような、恐ろしいような⋯⋯ 




 それからさらに三日後、私たちは宗教都市イーリスに到着した。

 イーリスへの一本道に入る所で、通行料を支払う。


 イーリスの街は真っ白な石の壁に囲まれていて、現在は上空を暗い雨雲が覆っている。

 なんだか雲の高さが異様に低いように見える。

 

 イーリスに近づくと、間もなく雨が降ってきた。

 馬車のテントに雨が当たり、ボタボタと重い音がする。


「なんだこれ? イーリスの雨雲ってこんなどんよりしてたか?」

「いや。いつもはもっと白っぽい雲で、柔らかい霧のような雨だったはずだ」


 ブラン様とジェード様曰く、もともとイーリスは一日に何度も雨と晴れを繰り返すような天候で、空に虹が頻繁にかかることが見所の一つだったそう。

 


 都市に入るための門の前に到着すると、真っ白な賽銭箱(さいせんばこ)が置かれていた。

 どうやらここで拝観料を支払うらしい。

 ブラン様が三人分の拝観料を賽銭箱に入れると、門に穴が開き、中に入れるようになった。


 

 穴を潜るとまず目に飛び込んで来たのは、石造りの巨大な神殿だ。

 建物を囲うように、太い柱がいくつもそびえ立っていて、巨大な屋根を支えている。


 神殿の前の広場には五柱の神の石像が立っていた。

 遠目には神聖な雰囲気なんだけど⋯⋯


「なんなんだこれは⋯⋯」

「誰がこんな酷いことすんだ?」


 ブラン様とジェード様は呆気にとられている。

 それもそのはず。

 なぜか真っ白な神殿の壁に、生卵やトマトを投げつけような汚れがたくさんある。

 どんより暗い空から粗い雨が降る中、複数の神官たちが壁に向かって立ち、浄化魔法で清掃しているみたい。

 

 神官たちの服装は特徴的で、下半身は黒い革靴に黒いズボンを履き、上半身は白いシャツを着ている。

 その上から膝下くらいまでの丈の、真っ黒なコートを羽織っており、白いシャツと真っ黒なコートには金色の刺繍が施されている。

 首の周りにはマフラーのようなストラをかけていて、どうやらこれが属性によって色が違うらしい。

 手には表紙に六芒星が描かれた聖典を持っていて、魔法を使う時にはこの聖典を使うみたいだ。


 

「後、アイツらもいないみたいだぞ。いつもホーホー鳴いてるだろ」

「あぁ。ニジバトか。そうだな。いつもここか空に何羽かは必ずいるんだが⋯⋯」


 ニジバトという生き物は、この都市に生息するハトのことで、もともと真っ白な身体だったハトたちが、イーリスの虹に擬態するために進化し、カラフルな身体になったものらしい。


 虹の七色――赤、橙、黄、緑、青、藍、紫の七色それぞれの色のニジバトがいて、一日に全ての色のニジバトを見つけることが出来たら、願いが叶うとされている。


 普段はこの広場にいるか、空の低い位置に浮かぶ雲に、潜るようにして遊んでいるそうだ。


 何やらあれこれ様子がおかしいらしい。



 そんな時だった。


「おい。あれ、ノワールじゃねえか?」

「あぁ。間違いない。セイラ、彼がこれから仲間になる、闇属性の神官のノワールだ」


 彼がどの人物かはすぐに分かった。

 一人だけ黒いストラをかけている。

 ジェード様とブラン様の目線の遥か先には、黒髪黒眼のショートマッシュヘアの男性がいた。

 耳には黒いスティック状のピアスをつけていて、スラリと背が高く、どこか物憂げな表情をしている。

 ノワール様は神殿の外廊下を他の神官たちと共に歩いていて、そのまま建物の中に入って行った。



「私が堂々と彼に声をかけると話が大きくなる。ジェードの名前を借りて手紙を出し、彼との接触の機会を伺おう」



 その後私たちは宿屋に入った。

 そこで今までの情報を整理し、ノワール様への手紙を投函した後、内情を調べるために酒屋に出かけた。


 酒屋はレンガ造りの二階建ての建物で、カウンター席とテーブル席がある。

 私たちは一階のテーブル席に座ることにした。

 室内は薄暗く、オレンジ色に照らされている。

 客層は私たちのような冒険者や巡礼者のような人、神官もちらほらいた。


「神官のみなさんもお酒を飲まれるんですね」


「果実酒は自然の恵みだからな。ただし、快楽を求めて我を失うほど飲むと当然罰が下る。私たちも飲みすぎないように気をつけないとな」


 私とブラン様はリンゴ酒を、ジェード様はブドウ酒を飲んでいる。

 甘くて美味しいけど、飲みすぎて罰せられないように気をつけないと⋯⋯

 

 店内はガヤガヤとした雰囲気で、みんなお酒が入っているから、大声でプライベートな話題を話している。

 私たちが聞きたかったこともすぐに耳に入ってきた。



「天気はおかしいし、平和の象徴のハトたちは居なくなるし、もうこの国はおしまいだろうな」


「我々は神に見捨てられたんだ。魔王がこの国に降り立ってから(ろく)なことがない」


「神官たちの中にも、五神の伝承に異議を唱えるものが現れたらしい」


「大神殿は汚され、神官たちの権威が地の底に落ちるのも時間の問題だろう」


「本当に無の一族は何をしているんだ」


「王様は老いぼれで、王太子は病に伏せている。第二王子はまだまだ若造だ」


「あの一族は無関心で無責任で無能力だからな」


 客の話から感じ取れるのは、神や聖職者そして王族に対する不信感だった。


「なんですかあれは。無知で無理解で無礼者ですね。どんなお仕置きが良いでしょうか」


「ぐるぐる巻きにしてその辺に吊るすか」


 ブラン様の努力を近くで見てきた私とジェード様は、怒りを抑えきれなかった。


「まぁまぁ。混乱を避けるため、神託の内容も、私たちが王都を発ったことも、国民には公表していない。聖職者の中でもそれを知る者は、教皇と大神官と当事者であるノワールくらいだ、不安になるのも当然だろう」


 ブラン様はそう言ったものの、傷ついたような顔をしていた。



 その後、三人で宿屋に戻り、それぞれ別々の部屋で休むことになった。

 けど、先ほどのブラン様の様子が気になった私は、ブラン様の部屋を訪ねることにした。


――コンコン


 ノックをすると扉が開いた。


「セイラ、どうしたんだ?」


 扉を開けてくれているブラン様は、お風呂上がりなのか髪が少し濡れている。

 深刻な状況にも関わらず、不謹慎にも少しドキドキしてしまう。


「すみません、夜遅くに。けどどうしてもさっきの様子が気になっちゃって⋯⋯」


 私の言葉にブラン様は少し切なげな表情をした後、部屋の中に入れてくれた。


 ベッドに並んで座り、先ほどの話を振り返った。


「今まで私は王子として、何度も国内各地を視察に訪れた。当然、皆は私のことを王子として丁重に扱ってくれるし、笑顔で手を振ってくれる者がほとんどだ。しかし、今回のように身分を隠して国民の声を聞くのは初めてだから、さすがに少し動揺したな。けれども、こんなのは普通のことなんだ。幼い頃からそうだった。周りの大人たちが私の前とそうではない時とで、態度が真逆なんてこと、数え切れないほど経験してきたんだ」


 ブラン様は悲しそうに笑った。

 位が高い王子様ならではの苦悩⋯⋯

 けど、本当にそれが普通のこと、当たり前のことでいいのかな?


 表向きは王子様だからと持ち上げて、時には取り入ろうとして、それで裏ではブラン様を傷つけるようなことを平気で言う。

 これがとんでもなく理不尽な暴君への態度なら分からなくもないけど、ブラン様はそういう人ではない。

 それに王子様だって心がある一人の人間だ。

 国民の苦しみに心を痛め、危険を冒してでも自らの手で救おうと立ち上がれる、優しくて勇敢な人だ。

 それがみんなにも伝わればいいのに。

 

「こんな話をして悪かったな。野営続きで疲れただろう? 今日はゆっくりお休み」


 ブラン様は久しぶりに、おでこにお休みのキスをしてくれた。

 柔らかく微笑みながら私を見つめてくれるけど、どこか寂しそうで⋯⋯

 この人のこんな顔は見たくないのに。

 居ても立ってもいられなくって、ブラン様の身体を抱きしめた。


「ブラン様は日々、この国のために、国民のために努力されています。それが国民のみなさんにも伝われば良いのにと、私は思いますけど、言えないんですもんね。それでも、私やジェード様はちゃんと分かってます。だから落ち込まないでください。ブラン様がおっしゃる通り、この街の皆さんだって何が起こっているのか分からなくて、混乱しているだけです。一緒に解決しましょう。そうすればきっとみんな、心から笑えるようになりますよ」


 ブラン様の頭を撫でながら、なんとか自分の考えを言葉にした。

 ブラン様の髪は柔らかくてサラサラで、触れる度に石けんのいい香りが漂ってくる。


「ありがとう。セイラ」


 ブラン様は私の肩に顎を乗せた。

 しばらくして、ブラン様の気持ちが落ち着いた所で部屋を出た。



 本当、この街で何が起こってるんだろう。

 ブラン様の役に立ちたいと言う気持ちばかり早るけど、問題なのは私は二人に比べてこの街のことを知らなすぎることだ。

 そう考えた私はヒントを探りたくて宿屋を出ることにした。


 イーリスの夜は明るかった。

 道には街灯がたくさんあって、大神殿や神の像には夜中でも明かりが灯されている。

 けど雨も降ってるし、どこか寂しくて不気味なんだよね。


 神の像を見上げて観察していると、見覚えのある人物が広場の端の方を通り過ぎて行くのが見えた。

 あれは⋯⋯ノワール様だ。一人で歩いている。

 日中は接触の機会がないから、時間はかかるけど手紙でやり取りするしかないという話だったから、これはチャンスだ。

 

 私はすぐにノワール様の後を追った。

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