21.この出会いを忘れられるわけがない
砂川さんは、光の輪に弾かれてしまったあの日以降も、熱心に稽古をつけてくれた。
今、私たちは、魔物のカラスの巣にあるお宝を盗む訓練をしている。
このオタカラガラスは番になって巣を作る際に、巣をお宝できらびやかに飾り立てる習性がある。
ざっと見た感じ、どこかの誰かのネックレスや、指輪なんかが巣に絡みついている。
巣と私たちの距離は、30メートル位離れている。
「奴らに見つかると激しく頭を突かれて、大怪我することになるからな。まずは俺が合図するから、お嬢ちゃんはそのタイミングで略奪を使うんだ」
「分かりました」
オタカラガラスは普段から警戒心が強い。
その上、今はメスが卵を産んだ直後のようで、巣から離れる様子はない。
オスはエサを取りに行っているのか不在。
機をうかがっていると、メスが警戒するようにキョロキョロし始めた。
どうやら自分のパートナーではないカラスが近づいて来たらしい。
メスは鳴き声を上げながら、バサバサと羽根を動かして威嚇している。
「今だ!」
「はい!」
カラス同士が仲間割れしている隙に、その場で略奪を使う。
巣の枝のチクチクした感触の中に、金属の冷たい感触が紛れている。
そのまま掴んで引き寄せると、お宝を手に入れることができた。
手に入ったのは指輪だった。
カクレシアをグランアルブから引きずり出した時もそうだけど、略奪のスキルを使えば、こんなに遠くからでも物を盗むことができるんだ。
「んじゃ、次はお嬢ちゃんが一人でやるんだ」
「分かりました」
別のオタカラガラスの巣を見つけ、近くに移動してきた。
巣との距離は同じく約30メートル。
カラスは番で巣の中でくつろいでいる。
早く飛んでってくれないかな。
「敢えて二羽ともいる状態で盗ってみろ」
砂川さんはカラスの巣を鋭い目で見ながら言った。
「え? そんなのバレバレなんじゃ⋯⋯」
「あんな状態でも隙がある。俺ならもう五回は行けてる」
「ええ! すごいですね。では、挑戦してみます⋯⋯」
カラスたちはキョロキョロと辺りを見回している。
ずっと観察していると、二羽それぞれ癖があるのか見回す方向の順番は決まっている。
二羽ともがこちらを見ていないタイミングを狙う。
よし! ここだ。
略奪スキルを起動し、アクセサリーを奪う。
しかし、一羽のカラスに気づかれてしまった。
――カァ! カァ!
二羽のカラスが怒った様子でこちらに飛んでくる。
「ギャー! 頭をかち割られます!」
「判断が遅い! スキルの起動に時間がかかる分、早めに行動しないといけないんだぞ!」
砂川さんは木製の軽そうな盾を取り出し、攻撃を弾きながら、短剣でカラスを退治してくれた。
「すみません。助かりました⋯⋯」
「あと一歩なんだけどなぁ」
「ありがとございます。あと、盗賊って盾を装備できるんですね?」
「この盾は一級品だ。これくらいの軽さなら、盗賊でもなんとか扱える」
なるほど。それはうらやましい。
盾が欲しいと思った場面は、数え切れないほどあるから、私もいつかそういう盾が手に入るといいけど。
そして三日後の夜。
カラスのお宝を狙うのに慣れて来た頃、今度はサルの魔物のお宝を盗む訓練をしていた。
「盗賊の基本は敵の習性を理解し、隙を伺うこと。今日一日ずっと奴らに張り付いて観察して気づいた事を活かせ。俺はもう何も言わない」
砂川さんはそこからは黙ってしまった。
私が狙っているのはクスネザルのお宝だ。
クスネザルは二十匹くらいの群れで行動していて、知能が高いのか、お宝を見せ合って喜んだり、交渉して交換したりと、人間顔負けの行動をとっている。
それぞれのサルが自分のお宝を持っている上に、ボスザルの元には大量のお宝が献上されていて、ふてぶてしく寝転がるボスザルの近くには、宝の山が出来ている。
このサルたちは日中ずっと活動していたからか、暗くなってきて活動が鈍ってきたみたいだ。
見張り担当の一匹以外はみんな横になっている。
見張り担当のサルは、群れの中でも位が低そうで、臆病な性格と見た。
近くにあった小石を投げて、見張りのサルの注意を逸らす。
サルの目が小石の方向に釘付けになった所で、略奪を使う。
すると不思議な感覚がした。
濡れ手で粟、もしくは磁石で金属?
どんどんお宝が自分の手に吸い寄せられていく。
掴んで引き寄せると、ジャラジャラとお宝が私の足元にこぼれ落ちた。
「ええ! すごい! 一掴みでこんなに取れましたよ!」
「おお! 上達したな! お嬢ちゃん!」
二人でハイタッチして喜び合う。
すると⋯⋯
――キィキィキィキィ
怒ったサルたちに囲まれていた。
「詰めが甘ーい! ごめんなさーい!」
「全くだ! つられて騒いじまった!」
サルの魔物も討伐し終えた所で、ブラン様とジェード様の元に帰った。
「遅くまで大変だったな。その顔は何か収穫があったのか?」
「なんだお前、ニヤニヤして」
ブラン様とジェード様はフォグさんの家の庭で、お茶を飲んで寛いでいた。
「見てください! なんと私! 中級への昇格を果たしました!」
手帳を広げ、高く掲げる。
砂川さんにみっちりと稽古をつけてもらえたおかげだ。
「おぉ! やったじゃねぇか!」
「セイラはすごいな! よくがんばったな!」
二人は自分のことのように、嬉しそうに喜んで、頭を撫ででくれた。
中級になって新たに獲得したものは、探知スキルの『望遠』と『透視』
短剣での攻撃時の『状態異常付与』
相手を拘束する『捕縛』
相手を怯ませた後、ヘイトを買う『騙し討ち』
それぞれの使い方を二人の前で、砂川さんに教えてもらった。
「本当に砂川さんのおかげです! ありがとうございます!」
「おぅ。お嬢ちゃんもよくここまでついてきたな!」
砂川さんとハグを交わす。
すると、目の前にひとりでに虹の輪が現れた。
「え? キリリとキララが出してくれたの?」
バングルに話しかけると3回点滅した。
違うって言ってる。
砂川さんはゆっくりと輪に近づいて、手を入れる。
今度は弾かれずに中に入れそうだ。
「なるほどな。俺がここに連れて来られたのは、坊主を救い、お嬢ちゃんを鍛え上げるためだったのかもな。俺も魔王を倒すために必要な駒だったってわけだ」
砂川さんは疲れたような、でもホッとしたような顔で笑っていた。
「砂川さん。ありがとうございました。このご恩は決して忘れません」
「セイラに稽古をつけてもらい、ありがとうございました。どうか、お気をつけて」
砂川さんは私とブラン様とそれぞれ握手を交わす。
「オッサン⋯⋯俺⋯⋯オッサンのこと親父だと思ってるから。感謝してる。今までありがとうな。あんまり飲み過ぎんなよ」
ジェード様は今にも泣き出しそうだった。
砂川さんはジェード様に近づき、抱きしめて頭をポンポンと撫でる。
すると堰を切ったようにジェード様の目から涙が溢れる。
「おぅ。バカ息子のジェード。元気でな」
砂川さんの声は涙声になって震えていた。
二人の身体が離れて、砂川さんは手を振り輪の中に入っていく。
「おっと。忘れ物だ。昇格祝いにやるよ」
砂川さんは盾をフリスビーみたいにして、私に向かって投げる。
砂川さんは眩しい光に包まれ、光が収まると同時に目の前から消えていった。
「初めて名前で呼ばれた。知ってたのかよ」
ジェード様は目元を腕で隠しながら芝生の上に寝転んだ。
「ジェードは彼にすごく愛されていたんだな」
ブラン様もジェード様の隣に寝転がる。
「この出会いは宝物ですね」
私も反対隣に寝転んだ。
草と土の匂いをすぐ側に感じる。
空には無数の星が輝いて見える。
「昔から覚悟してたんだ。いつかオッサンもいなくなるって。しかも、俺ってエルフじゃん? だからほぼ間違いなく、自分が置いてかれる側だって。オッサンが死ぬとこを見なくて済んだのは良かったけどさ。やっぱ寂しいよ。それにみんなも先に死んでくだろ? 俺がジジイみたいになるまでに、いったい何人大事な人を見送らないといけないんだよって。本当イヤになるよな⋯⋯⋯⋯⋯⋯悪い。感傷的になりすぎた」
ジェード様は辛そうに語った。
長命種であるエルフは、数百年は生きると言われている。
だからジェード様が天寿を全うするころには、砂川さんやブラン様、私はもうとっくの昔にこの世にいないだろう。
それってどれだけ寂しいことなんだろう。
「ジェードの人生の最期まで一緒にいてやれないのは申し訳ない。だが、俺の人生の中心にはいつだってジェードがいた。これからもずっとそうだ。俺にとってジェードはかけがえのない存在だ」
ブラン様は空を見上げながら話した。
口調が変わっているから、これは立場抜きの本音で話してるんだというのが、私にも伝わってきた。
「私はジェード様と知り合って、まだそんなに日が経っていませんけど、私にとってジェード様は初めて仲良くなれたエルフで、魔法使いで、木属性の人で⋯⋯初めてってやっぱり特別ですよ。これからの私の人生、何人のエルフと知り合っても、何人の魔法使いと冒険したとしても、まずジェード様のことが思い浮かぶと思います。きっとジェード様は、たくさんの人にとって、人生で忘れられない人になるんですよ」
私が話し終わるとしばらく沈黙が流れる。
それからジェード様にガシッと手を握られた。
「ははっ! ありがとな! 俺もお前らのこと、一生忘れられない! 何百年経っても、今日のこと思い出す!」
ジェード様は寝転がったまま、バンザイをした。
片方の手は私と繋いで、反対の手はブラン様と繋いで⋯⋯
どこか砂川さんと似た雰囲気の笑顔で、嬉しそうに笑っていた。