20.盗賊なのにスリに遭うわけがない
部屋に忍び込んで来た変態盗賊に毒針を打ち込んだ私は、変態盗賊を縄でぐるぐる巻きにしてから復活薬を飲ませ、ブラン様とジェード様を叩き起こした。
「ご覧ください! 見事、盗賊を捕らえました!」
自信満々に二人にアピールする。
「セイラ。暗くてよく見えないが、彼は生きているのか?」
「え? 大丈夫だと思います。たぶん⋯⋯」
「よし、明かりを持ってきたぞ。これで変態盗賊の面が拝めるな」
ジェード様がランタンを持ってきてくれたので、部屋が一気に明るくなる。
ジェード様が変態盗賊のフードを勢いよく外す。
そしてしばらく盗賊と見つめ合ったかと思ったら⋯⋯
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はぁ? オッサン!? こんな所で何やってんだ!?」
どうやら私を執拗に狙っていた盗賊とは、ジェード様の命の恩人のオッサンだったらしい。
「よぉ、エルフの坊主。久しぶりだな。魔王討伐だか、特級昇格だか知らねぇが、ずいぶんと浮かれてたようだな。ゴホッゴホッ。つい懐かしくなって遊んでやろうかと思ったら、面白そうな同業者が居たもんでちょろっとからかっただけだ。ゴホッゴホッ。お嬢ちゃん、毒の量が容赦ねぇな」
オッサンは激しく咳き込みながら言った。
さすらいのオッサンは、この近くを旅していたところ、ジェード様の巨大な魔力に気づき、しばらく私たちを観察していたそうだ。
そこで私がひよっこ盗賊だと気づき、特級盗賊の実力を見せつけ、からかってやろうと近づいて来たらしい。
ちなみにこのオッサンは木属性なので、自然豊かな場所で気配を消すのは得意中の得意とのこと。
「からかいたかったからって、下着に手を突っ込む必要はないですよね!」
「中級以上の盗賊の略奪では、一掴みで狙った金品を全て回収できる。だからお嬢ちゃんに触れずとも金は盗める」
⋯⋯なるほど。
それは便利そうだ。
いつか会いたいと思っていたオッサンとの出会いは、なんとも間抜けな形となった。
朝。
無事にオッサンから現金とアクセサリーを返してもらった私は、そのままオッサンに弟子入りすることにした。
特級の盗賊と言うのは上位1%にも満たない希少な存在で、大抵の盗賊は上級止まりが良いところらしい。
それは盗賊という役職は、騎士や魔法使いのような人の暮らしと密接な関係がある役職と違って、自ら進んで遺跡に入ったり、何処かに忍び込んだりして鍛える必要があるからとのことだ。
つまりこのオッサンはベテラン中のベテラン⋯⋯
「スキルに頼るな! もっとコソコソ歩け!」
「え! こんなにゆっくりですか?」
「筋肉が足りないみたいだな。脚が弱い! 脚が! もう一本!」
「はい!」
オッサンの特訓はまさに地獄のようだった。
けど、今まで本で得た知識と勘を頼りに、曖昧に使ってきたスキルの本当の使い方が分かるので、みるみるうちに上達していった。
クタクタになるまで脚の筋トレをした後、昼休憩を取ることになった。
今から食べるのは、農家の人が握ってくれたおにぎりだ。
白米に塩をかけただけのシンプルなものだけど、結局これが原点にして頂点だ。
オッサンは両手にはめていた革のグローブを外し、素手でおにぎりを掴んで食べ始めた。
「うまい! この村の米は本当うまいんだよな! 原点にして頂点だ!」
「私も全くおんなじこと考えてたので、ちょっと鳥肌が立ちました」
「あ? 真似すんな!」
オッサンは豪快に笑った。
本当、話し方がジェード様とそっくりだ。
「オッサンは幼かったジェード様を闇商人から救ったんですよね? その話を聞いて、オッサンに憧れていたんです!」
「お嬢ちゃん⋯⋯さっきからあまりにも自然にオッサンオッサン言い過ぎて、それが本名みたいになってっけど⋯⋯まぁいい。その頃は都会で義賊の真似事をしてた時期でな。闇商人が持ってるお宝を盗みに上がった所、エルフの坊主がいたってだけだ」
「義賊ですか! お陰さまでジェード様は今やあんなに立派な魔法使いになられて、これから魔王討伐という偉業を成し遂げられる⋯⋯これはある意味オッサンの功績でもありますね!」
ジェード様とオッサンが出会っていなければどうなっていたかなんて、恐ろしいこと考えたくもないけど、これは運命と言えるような気がする。
「昔は俺にも子どもがいたからな。坊主のことが気になったんだ。さすらいの盗賊とは言いつつ、こっそり坊主の様子を見に、近くを通れば森には必ず立ち寄るようにしてたんだ。坊主は親がいないって言ってたから、俺が親代わりになれたらと思った時期もあったが、やっぱりエルフは森で暮らさないとな。人間とエルフは一緒にはいられないってことだ」
オッサンは寂しそうに語った。
昔子どもがいたってことは、今はもうこの世にはいないってこと?
それでジェード様を自分の子どものように思っていたけど、人間とエルフでは住む環境が違うから、身を引いて見守っていたと⋯⋯
お互い親子のように思ってるのに、それは寂しいな。
そしてもう一つ気になるのは、オッサンと私が同じ転移者という説だ。
「単刀直入に聞きますね。オッサンは転移者なんですか? 私と似たようなことわざを使うみたいですけど」
「⋯⋯⋯⋯なんのことだか。そういうややこしいことを人前で言うと痛い目に遭うぞ。いいから早く喰えよ。午後からもビシバシ鍛えてやるからな!」
オッサンは左手でシッシと動物を追い払うような仕草をした。
その時、左手の甲に十円玉くらいのホクロがあるのが見えた。
「私、たぶんあなたのこと知ってます。砂川さん。白兎くんのお父さん⋯⋯ですよね?」
私の言葉にオッサンは一瞬固まった。
けどすぐに焦ったように私に飛びかかってきた。
「珀人を知ってんのか? あいつは元気なのか? 今どこで何してんだ? なんで俺のこと知ってんだ?」
オッサン改め砂川さんは私の肩を激しく揺すった。
「白兎くんとは直接会ったことはありません。ゲームをしながら会話する位で、声しか知りません。今は三十代で会社員をしてるって、大手だって言ってました。妹さんは福祉関係みたいです。白兎くんはずっとあなたを探してました。妹さんのおもちゃを買いに行ったっきり、戻らないのは不自然だからって。あなたに見つけて貰いたくって、オンラインゲームに実名で登録して、情報を集めていました」
砂川さんは私の話を目を見開きながら聞いていた。
期待に満ちたような、でも悲しそうな複雑そうな表情に見える。
「そうか。あいつら立派な大人になったんだな。お嬢ちゃんの言う通りだ。娘の瑞穂のおもちゃを買いに出かけたあの日、気づいたらこの世界に移動してた。休日で酒を引っ掛けて出かけたから、はっきりとは覚えてねぇが、まぶしい穴に吸い込まれたんだ」
まぶしい穴⋯⋯私がくぐったのと同じだ。
「ここに来たばっかりの頃、元の世界に帰る方法を必死に探して情報を集めようとした。そこで転移者だってバレそうになって、騎士に不審者扱いされて捕まりかけたんだ。それからはもう帰れる方法を探すのも諦めてた。この世界の住人として適応して、二十年以上やってきたんだ。でも珀人と瑞穂と瑠璃子に会いたい⋯⋯」
砂川さんは手で目を覆った。
震えているその背中をしばらくさすった後、砂川さんの元を離れて、キリリとキララに話しかけた。
「ねぇ、砂川さんを元の世界に帰してあげられないのかな?」
「セイラをここに連れてきた方法を使えば不可能じゃないはずだ。試してみよう」
キリリとキララに頼んで、こちらの世界と元の世界を繋ぐ、七色の輪を出してもらった。
砂川さんが試しに手を輪の中に入れようとする。
――バチン
砂川さんの手は弾かれてしまった。
「なんだ。だめなのか⋯⋯」
砂川さんはさらに落ち込んでしまった。
「砂川さんをここに連れてきた存在が必ずいるはずだけど、その存在が何を意図して砂川さんをここに連れてきたのかが分からないよね。もしかしたら砂川さんに何かを求めていて、それが達成されたら帰れるのかなぁ」
キララが考えを教えてくれた。
「俺の役目か⋯⋯盗賊を極めて特級までは上り詰めたし、次は超越級を目指せってか? それとも何かを盗んで来ないといけないのか⋯⋯」
砂川さんは落胆し、地面にドカッと座った。