2.転移初日に王子様に見初められるわけがない
誰かの声に導かれて、七色に輝く穴に飛び込んだ私は、西洋の城下町に立っていた。
「助かった⋯⋯のは良いけど、ここはどこ?」
私が立っている場所からは、遠くの方に、ワインレッドのトンガリ屋根のお城が見える。
この街は、一軒一軒の家が、木材とレンガで作られているようで、屋根はオレンジ色で統一されている。
道はグレーの石畳だ。
吊り看板なんかには、金属も使われているっぽい。
人々の服装は、女性は膝下より丈が長めのワンピースを、男性は、下半身はズボンを履いていて、上半身は、チュニックを着ている人が多い。
少し肌寒いからか、生地は厚手のものだ。
髪の毛の色や眼の色は、私がいた世界の人とは、少し特徴が違うみたい。
黒や茶色以外の色をしている人も多い。
水色や黄緑、オレンジ色の人もいる。
西洋のどこかの国だと思ったけど、少し様子がおかしい。
あっちには屋台が出ているみたいだ。
果物屋さんとお花屋さん、あとはお肉屋さんかな?
もうちょっと近くで見てみよう。
一歩踏み出した所で、斜め後ろから声が聞こえてきた。
「お兄ちゃん! セイラちゃん、気がついたみたいだよ?」
「待てセイラ! まずは俺たちの説明を聞いてから⋯⋯」
この声は、さっき私をDV男から逃がしてくれた⋯⋯
後ろを振り返ると、信じられないものが目に飛び込んできた。
テディベアが宙にプカプカと浮いている。
まるで生き物みたいに、胸を上下に動かして呼吸していて、表情豊かに目や口を動かしている。
「まさか⋯⋯キリリとキララ?」
「セイラちゃん、危ない所だったね! 助かって良かった!」
キララは安心したように笑っている。
「間一髪だった。あのまま、あの世界に残っていたら、あの場を逃げ切ったとしても、いずれヤツの手によって、命を落とす運命だった。強引だったが、こちらの世界に連れて来ることにした。申し訳ない」
キリリは宙に浮きながら、両手を前で揃えてお辞儀をした。
話によると、驚いた事にこの二人は元々ここ、ファルベ王国で作られたテディベアだそうだ。
それでどういうわけか、私の世界に出荷されて、私が生まれた日に、うちの父に街のおもちゃ屋さんで購入された。
以降、私の愛情をたっぷりと受け続けたことで、この世界で言うところの精霊になれたらしい。
この世界は、私がいた世界とは理が違い、魔法使いや精霊術師なんていうものも存在するらしい。
そして、私はというと⋯⋯
先ほどまでとは、服装が変わっている。
足元は、茶色のショートブーツに、ダークブラウンのニーハイソックスを履いている。
服はカーキ色のショートパンツとグレーのへそ出しタンクトップを着ていて、なんとも肌寒い。
頭にはまるで顔を隠すかのように、深々と黒っぽいフードを被っていて、左腕には、黄色い宝石が輝くバングルをはめている。
試しにフードを外して、灯りの消えた民家の窓ガラスに、自分の姿を映して確認する。
元々の顔立ちはそのままに、髪の色と眼の色が、ピンク色に変わっているみたい。
そう言えば、足の傷が完全に消えている。
じゃあ、この身体は新しい身体ってこと?
それにこの格好ってファンタジーRPGで言うところの⋯⋯
考え込んでいると、男の人の大きな声が聞こえて来た。
「おい! お前、まさか、盗賊か!?」
その人は騎士だろうか。
上下白の正装に赤いマントを羽織っていて、腰には剣を挿している。
足元は黒いブーツだ。
「バカ! あいつらは逃げ足が早いから、こんな遠くから声をかけてどうする!」
なにやら二人の騎士が、こちらに向かってこようとしている。
こんなに怪しい格好をして、民家の窓を覗いていたから、泥棒と間違われたのかな?
「いえ! 私は盗賊ではありません〜!」
二人の騎士に向かって叫ぶ。
「何を言っている!? どこからどう見ても盗賊だろう! 盗賊は全て捕らえる! ブラン殿下からのご命令だ!」
いやいや、全然話が通じない。
殿下ってことは、偉い人ってこと?
そんな事より、よくわからないけど逃げなきゃ。
私は騎士たちに背を向けて走り出した。
「こら! 待て!」
騎士たちも走って追いかけて来る。
けど、身体が自分のものじゃないみたいに軽くて、足が速く動かせるから、全く追いつかれる気配はない。
あっという間に、騎士たちを撒くことができた。
けれども、上手く逃げられたことによって、街は大騒ぎになっていて⋯⋯
「女盗賊が逃げたぞ!」
「増援要請を!」
「なんとしても、この街で捕らえなければ!」
ぞろぞろと騎士たちが周囲に集まってくる。
私は、とある民家の屋根に登って、煙突の陰に身を隠している所だ。
ここにいても時間の問題かもしれない。
「ねぇ、どうしよう? なんで私は追われてるの? 服を着替えたら良いのかな?」
近くに浮いているキリリとキララに相談する。
「盗賊はあくまでも役職の一つで、セイラの世界の泥棒のように、裁かれる存在じゃないはずだ。それがこれだけ躍起になって捜索されると言うのは、何か別の問題が起こっていると考えられる」
キリリは顎に手を当てながら、考え込んでいる。
「服を着替えても無駄だと思う。この世界でのセイラちゃんの役職が、盗賊だということは、もう覆せないの。だから服装が変わっても、見る人が見ればすぐにバレちゃう」
キララは汗をかきながらあたふたしている。
キララの説明によると、この世界の人々には、一人一人に役職が与えられていて、それは生まれつき決まっているので、後から変更することは出来ないそうだ。
異世界から転移してきた私は、あの七色の輪をくぐった瞬間に役職が与えられて、それが盗賊ということらしい。
なんでよりにもよって盗賊なの?
精霊を二人も連れてるからって、精霊術師じゃないんだ。
どうせなら、もっとファンタジーっぽい役職がよかったな。
「どの道ここにいたらまずいよね? 騎士たちの目が届かないところに逃げたらいいのかな? 街の外に出て、身を隠せる場所を探すしかないか⋯⋯」
二人に問いかけると頷いてくれたので、街を出ることにした。
少し高い建物の屋根に登って辺りを見回す。
街全体が壁に囲まれているみたい。
出口は⋯⋯あそこだ。
建物の屋根を伝って出口に近づく。
すごい。普通の人間だったらありえないような距離を、いとも簡単に飛び移れるし、足音もしない。
これが盗賊の性能⋯⋯
屋根をどんどん伝っていき、出口に一番近い建物に到達した。
出口は巨大な門になっていて、外には跳ね橋がかかっている。
門の直ぐ側には、騎士団の詰所があるらしい。
しばらく上から観察していると、どうやら騎士たちは、見回りのために、定期的に移動する事が分かった。
その隙に逃げよう。
騎士たちが門に背中を向けた瞬間、地面に飛び降りた。
この距離なら、見つかっても駆け抜けられる。
そう思っていたのに⋯⋯
「待ってくれ!」
その声が聞こえた瞬間、ウソみたいに身体が動かなくなった。
まるで石像にでもなったかのように、手も足も顔も何も動かせない。
「やっと見つけた。君は、盗賊なんだな?」
声の主が目の前に回り込んで来る。
その男性が、位の高い人だと言うのはすぐに分かった。
太陽光を眩しいくらい反射している真っ白なジャケットと、ズボンを着用していて、同じく真っ白なマントを羽織っている。
ジャケットとマントには、金色の華やかな装飾が施されていて、右肩から左の腰にかけて、真っ赤なサッシュをたすき掛けにしている。
二十代前半くらいの、金髪金眼の眉目秀麗な長身男性だ。
「あぁ、すまない。楽にしてくれ」
男性がそう言うと、身体が動かせるようになった。
「君は、まさか。そんなこと⋯⋯」
男性は私の肩に手を置き、目を見開いている。
「あの⋯⋯どちら様でしょうか? それと、どうして盗賊を捕まえるんでしょうか⋯⋯?」
恐る恐る尋ねる。
「私はブラン・アラバストロ。この国の第二王子だ。私はずっと君を探していたんだ! 私のパートナーになってくれ!」
王子様はひざまずき、私の手をとり、甲にキスをした。
これが私とブラン様の運命の出会いの瞬間だ。