19.勇者のパーティーが副業するわけがない
今、事態は急展開を迎えている。
「フォグさん! この箱はこっちに積んでいったらいいですか?」
「あぁ。でもそれくらいワシが自分でやるから」
「無理しないでください! 腰が悪いんでしょ? 私にとってこれは、トレーニングの一環でもありますから!」
私たちは昨日、予定通りに農村プラウに到着した。
この村は広大な土地で米や根菜、キャベツや茄子など様々な作物を育て、近隣の街へ出荷しているのだそう。
民家の造りは、白っぽい木材の壁と、赤っぽい板葺き屋根だ。
この村のはずれには牧場もあり、鶏や牛を育てている。
のどかな雰囲気に心安らげる⋯⋯はずだった。
しかし今、私は村長に頼み込んでこの村の仕事を手伝い、日銭暮らしをしている。
どうしてこうなったかというと⋯⋯
プラウ到着日の朝。
「なにぃー!? 金を盗まれただと!?」
「はい⋯⋯確かに昨日の夜までは間違いなくあったんです。けど、朝起きたらお財布袋ごと無くなってまして⋯⋯」
今日が楽しみで昨夜なかなか眠れなかった私は、ジェード様と少し話をした後、確かに探知スキルを起動して眠ったはずだった。
しかし、今朝起きて見ると、枕代わりにしていたリュックサックの中から見事にお財布袋だけを盗まれてしまったのだ。
「やっぱりな。昨日はなんとなく嫌な予感がしたんだよ。けど俺のは盗られなかったみたいだな」
「私のも無事のようだ」
「なぜ私だけ⋯⋯」
これがアッシュ様の言っていた、女は狙われやすい理論なんだろうか。
「お前、いくら持ってたんだよ」
「80万コロルです⋯⋯」
「はぁ!? お前、やっぱり馬鹿なのか? そんな大金を持ち歩くやつがどこにいんだよ!」
「私だってブラン様みたいに騎士団に預けようと思ったんですよ? でも断られちゃって⋯⋯」
ブラン様は安全のため、最低限の現金だけを持ち歩くようにしていて、これから行く先々の騎士団に旅費を預かってもらっている。
けど王族じゃない私のお金は責任が取れないと言われ、全財産を持ち歩くことになってしまった。
「あと、馬鹿正直に財布袋に入れんな。靴底とか、下着の中とかに分けて入れとけよ」
「それがどれもなくなってるんです。寝ている間に下着の中も探られてしまったんでしょうか⋯⋯」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯よし。殺るか」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯重罪人とは言え国民だ。王族が直接制裁を下すなど⋯⋯やむを得ないのか」
物騒な会話が繰り広げられた後、まずは取り急ぎプラウにある騎士団の詰所に向かうことにした。
「もぬけの殻ですね⋯⋯」
これはデジャヴだ。
通常ならこの村には、十名に満たない騎士たちが常駐しているらしいけど、詰所は無人だ。
「そこの洞窟にコウモリのような魔物が出るようになりましたので、騎士様は退治に向かわれました。ものすごい数いるみたいで⋯⋯」
村長さんが教えてくれた。
「よっしゃ! いっちょ特級魔法使い様が助けてやっか!」
というわけで、騎士たちを助けるために、洞窟に潜ることになった。
暗い洞窟の中、ランタンの明かりを頼りに奥へと進む。
洞窟内は湿度が高くて、時々天井から水滴が垂れて来るのがなんとも不気味だ。
しばらく進むと分かれ道があった。
「魔物の反応は右のようですね。けど左にも何か居る気がします。今、暗視も使ってるんですけど、奥の方に⋯⋯」
何か白っぽい塊だ。
あれはなんだろう。
少し近づくと⋯⋯
「ギャー! 騎士のみなさん!」
「君たち大丈夫か!?」
「おいおい、やられちまったのか?」
急いで駆け寄ると、八人の騎士たちが青白い顔で倒れていた。
「見てください! 首に噛み跡が! きっと血を吸われたんですよ!」
「まずは彼らを手当てしないと! ジェード! なんとか出来ないか?」
「気休め程度の応急処置なら出来るけど、ちゃんと神官に見せたほうがいい」
ジェード様が回復魔法を使い、なんとか全員の顔色が戻る。
「村に運ぶぞ」
ジェード様は木のツルを呼び出し操って、騎士たちを村へと運んだ。
村の教会に聖属性の神官が居たので、その人に騎士たちを任せ、再び洞窟に潜る。
先ほどの分岐を右に進むと、おぞましい数のコウモリが天井からぶら下がっていた。
身体は黒っぽくて、大きさはネズミに羽根が生えた位だ。
名前は⋯⋯ヒカリコウモリ。
「一気に片付けるぞ」
ジェード様が魔法を使い始める。
すると光った杖に反応したコウモリたちが、一斉にジェード様の方へ飛んでいく。
「うわぁ!」
ジェード様は悲鳴を上げ、後退する。
「セイラ! 辛いが踏ん張るんだ! この魔物たちをジェードに近づけてはいけない!」
ブラン様は盾と剣を使ってコウモリを倒していく。
私も短剣を使い、コウモリたちを捌く。
これが私たち前衛職の役割だ。
「よし! 行くぞ!」
詠唱を終えたジェード様が杖を振ると、緑に光る無数の葉っぱがコウモリたちの方へ飛んでいった。
すごい。これが範囲攻撃。
数え切れないほどいたコウモリたちを、あっという間に倒してしまった。
「すごいです! これが後衛職との連携⋯⋯」
「あぁ。上手く決まったな」
「助かった。体張ってくれてありがとな」
こうして洞窟のコウモリの魔物の討伐が完了した。
「騎士たちを救い出せたことはよかったが、金銭面は当面解決しそうにないな」
ブラン様は困ったように頭をかいた。
「セイラの分の食いもん位はおごってやれるけど、この先の通行料と拝観料が払えねぇと、どのみちイーリスに入れないからな」
「ちなみに通行料と拝観料っていくら位でしょうか?」
「三人ならば20万コロルといったところだろう」
「ええ! パン二千個分?」
お金がないと街にすら入れないとは。
相当な維持費がかかる街なのか、格式が高いのか⋯⋯
というわけで。
騎士たちが回復するのが先か、お金が貯まるのが先か分からないけど、お金稼ぎを始めることになった。
「フォグさん! 辛いピーマンの正体が分かりました! この株だけ唐辛子になっちゃってます! これでクレームが来なくなりますね!」
今日の私は農家の七十代男性のフォグさんの所で雑用係をしている。
フォグさんの一番の困りごとは、ピーマンが辛かったと突然返品されることだったらしいけど、鑑定スキルを使い、無事に解決した。
「セイラちゃんは働き者だし、優秀だし、このまま嫁に来んか?」
「それはちょっと⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
「あと三十年若ければのぉ」
「いやーどうでしょう。あはは」
この日はフォグさんの家に無償で三人泊めて貰えることになった。
そして翌朝。
「ギャー! 今度はアクセサリーがない! アッシュ様から頂いたペンダントも、ブラン様から頂いたブーツ飾りも、ジェード様から頂いた頭飾りもない!」
「はー? なんで人んちで寝てんのに、またお前だけ盗まれんだよ?」
「執拗にセイラだけを狙ってるのか。やり口は完全に盗賊のものだ。かなりの手練か⋯⋯」
被害状況を確認したところ、フォグさんもブラン様もジェード様も何も盗まれていないという。
それは良かったんだけど⋯⋯
なんでこんなひどいことするんだろう。
お金なら最悪また稼げばいいけど、あのアクセサリーたちは大切な人たちからもらった大事なもので、二度と手に入らないのに。
「ごめんなさい。ごめんなさい」
悔しさと申し訳なさと喪失感で涙が出る。
「おい、泣くなよ。似たようなやつ探してやるから」
「そうだ。セイラが謝ることじゃない。アクセサリーはまた手に入る。君が無事なのが何よりだ」
二人は背中をさすって慰めてくれた。
この日の仕事は、村人のみなさんへの生活講座の講師だった。
「まず、外から見えるカーテンをかわいい柄にすると、女性の一人暮らしだと簡単にバレてしまい危険です。かわいい柄は内側だけにしておきましょう」
講義のテーマは名付けて盗賊が教える防犯教室。
「腕に覚えがない方は番犬がいると安心ですね。しかし間違えても魔物を飼わないようにしましょう⋯⋯」
「ほぅ。なるほど」
「お母さん! 家も犬を飼おう!」
「新しい布でカーテンを作り直さないと」
幸いなことに村人のみなさんの反応は上々だった。
「今日のお仕事が終わりました! ブラン様、後は私がやりますから!」
講義を終えた私は、井戸の近くの広場にいるブラン様とジェード様の元に戻った。
ジェード様は魔法で作物の成長を促進させる仕事を、ブラン様はポーションづくりの仕事をしてくれている。
「あぁ、お帰りセイラ。疲れただろうから少し休むといい。こちらは順調だから」
ブラン様は赤いベロガエルの毒を一滴ずつ瓶に入れて、そこに井戸水を入れる作業をしている。
これが復活薬になると言うのだから不思議だ。
「終わったのか、防犯教室。まぁ、お前が講師じゃ説得力ねぇけどな」
ジェード様に痛いところを突かれる。
「この度は申し訳ありませんでした⋯⋯」
「悪い。言い過ぎた。泣くなよ。なぁ?」
再び涙が溢れそうになる。
しかし、くよくよばかりはしていられない。
「私、今夜こそ残忍な変態盗賊を捕まえてみせます」
そう決意した。
夜。
引き続きフォグさんの家に泊まらせてもらった私は、盗賊を待ち伏せしていた。
毛布を丸めたものの上に布団をかけて、寝ているように偽装し、自分は屋根裏から布団を見下ろす。
探知スキルを起動し、待機する。
私が持っている金目のものはあとは短剣位だ。
布団の中に一本だけ短剣を置き、残り一本の短剣と秘密兵器を手に持ち、待ち構える。
何時間経っただろうか。
だいぶ夜が深くなってきた。
体感ではおそらく2時か3時くらい。
月明かりもなく真っ暗な部屋の中、暗視を使いながらじっと観察する。
すると部屋の中に堂々と人が入ってきた。
「お嬢ちゃん、笑わせてくれるなぁ。本当に初級のひよっこだ。こんなんで俺を騙せると思ってんのか?」
焦げ茶色のブーツに焦げ茶色のズボンを履いて、ネイビーのチュニックを着ている。
両手には革のグローブをはめ、頭からは亜麻色のフードを被っている。
五十代〜六十代くらいの男性だ。
こちらをニヤニヤした顔で見上げている。
「あなた、何がしたいのか知りませんけど、私は怒ってるんですからね! 全部返してもらいますよ! この変態オヤジ!」
私は秘密兵器の吹き矢を取り出した。
ハグネズミの針に毒を塗ったものを、盗賊に打ち込む。
「あ? おい! なにしやがった!? 毒は反則だろ⋯⋯」
変態盗賊は泡を吹いて呆気なく倒れたのだった。