18.魔法使いとの旅がファンタジーっぽくないわけがない
神殿の探索を終えた私たちは、グランアルブの根元で休息を取っていた。
「はぁ⋯⋯疲れた身体にこの澄んだ空気が染み渡るようですね。もうクタクタです」
座ったまま大きく伸びをする。
転落のダメージと、小部屋に閉じ込められた疲労が蓄積しているみたい。
「いや、こっちのセリフだろ。誰かさんのせいでめちゃくちゃ疲れた」
ジェード様は深い溜息をついた。
「まぁ無事に秘宝も手に入ったんだから、よかったじゃないか」
ブラン様はジェード様の肩に手を置いた。
「この度は大変申し訳ありませんでした⋯⋯ところで、アルブルの秘宝ってどういう効果があるんですか? やっぱり神様の名を冠しているくらいですから、すごい効果があったりするんでしょうか!?」
「んー何となく魔力がみなぎってくる感じはするな。試しに何かやってみるか」
ジェード様は立ち上がって目を閉じ詠唱を始めた。
周りに風が集まって来たかと思ったら⋯⋯
――ゴォォ
飛ばされそうなくらいの突風が吹いた。
「は? 火力がやばすぎんだろ」
ジェード様は自分でも信じられないという顔をしている。
木の上で寛いでいた他のエルフたちもざわつき始める。
「ちょっと待て。手帳を確認すんぞ⋯⋯⋯⋯は!?」
ジェード様が驚きの声を上げるので、私とブラン様も横から手帳を覗き込む。
すると、驚くべき変化が現れていた。
「ええ! ジェード様! 特級に昇格されてるじゃないですか!」
どうやらグランアルブの事件解決と神殿の攻略を経て、ジェード様はさらに力をつけたらしい。
「まじで? よし! ジジイに自慢してこよ!」
ジェード様は無邪気な笑顔で風に乗って木の上に登っていった。
その翌々日。
8割まで低下していたジェード様の魔力が回復どころか急成長を遂げたので、エルフのみなさんに見送られ、ヴェールの森を旅立つことになった。
「あぁ⋯⋯聖女様⋯⋯」
「ジェード! がんばれよ〜!」
「ブラン様、お気をつけて」
「おぅ! お前らも元気でな! お前は母ちゃんの言う事をちゃんと聞けよ! そこ! 泣くなよ、もう」
ジェード様はみなさんとのしばしの別れを惜しんでいた。
森を出た私たちは、ライズの街の騎士団に預けていたラセットと荷馬車を取りに歩いて戻った。
騎士団の人にアッシュ様への手紙も託した。
ここからは三人で荷馬車に揺られ、プラウという農村を経由して、宗教都市イーリスに向かう。
途中何度か休憩をはさみつつ夜になったので、野営することになった。
こういうときは焚き火を起こすのが定番っぽいけど、ジェード様が火が苦手なのでその方法は使えない。
「これでいいだろ? この光には変な生き物は寄ってこないしな」
ジェード様が原っぱに魔法を使うと、青白く光るキノコが生えてきた。
「すごい! なんだかロマンチックですね! いい夢が見れそうです!」
素敵な気分で横になる。
安全のために探知のスキルを使ったまま眠りについた。
翌朝、朝食にはエルフのみなさんが持たせてくれた果物を食べ、再び馬車に乗り込む。
「プラウまであとどれくらいでしょうか?」
「この調子だと、おそらく明日中には着くはずだ」
「ならもう一泊野宿か」
今進んでいるのは、土で舗装された道の上で、見渡す限り草原、時々大きめの木⋯⋯というある意味見慣れた風景だ。
しかし、あと一泊の野宿でたどり着けるなら全く問題ない。
この世界の農村ってどんな雰囲気なんだろう。
明日が楽しみだ。
その後、私たちはお昼ごはんを食べるために、草原で休憩を取ることになった。
食後、ジェード様が強化された魔力を持て余していると言うので、色々な魔法を見せてもらった。
「じゃあまずはこれだな」
ジェード様が魔法を使うと、草原の広範囲に強い風が吹く。
「これは服がびしょ濡れになった時に使えそうですね! 一瞬で乾きそうです!」
不便なことが多い冒険も、魔法を使えばより便利になりそうだ。
「こういうのもできるぞ」
次にジェード様が見せてくれたのは可愛らしい魔法だった。
緑の草しか生えてなかった草原に、ジェード様が起こした風が吹くと色とりどりの花が咲きはじめた。
「すごい! ジェード様、素敵です! ねぇ、ブラン様!」
「あぁ。これは美しいな」
それからは三人で花を愛で、冠を作って遊んだ。
なんて平和なんだろうか。
夜、薄っすらとプラウの明かりが遠くに見える場所までたどり着いた。
近くに林を見つけたので、そこで野営することにした。
明日プラウに到着するのが楽しみ過ぎた私は、なかなか寝つけなかった。
どうやらジェード様も寝つけていないらしく、木にもたれて座っている。
「ジェード様も寝つけませんか? 明日が楽しみですか? それともホームシックとか?」
ブラン様を起こさないように小声で話しかける。
「あ? こんなすぐにホームシックになるやつがあるか。何となく胸騒ぎがしたんだ」
「そうですか。今のところ探知には何も引っかかってなさそうです。怪しい動きがあったらちゃんと言いますから」
「おぅ」
それでもジェード様は落ち着かないようだった。
「そうだ、首飾りを貸してみろ」
ジェード様は私のペンダントに手を伸ばした。
「木の神アルブル様の御加護があらんことを」
ジェード様が緑色の宝石にキスを落とすと宝石が光り始めた。
「これで半分か。俺も神殿に入る前にしてやってたら、穴に落ちずに済んだかもな」
ジェード様はイタズラっ子のように笑った。
「どうでしょう。あれはあれで必要な犠牲だった可能性も⋯⋯」
「俺の犠牲は不要だっただろ」
「それは申し訳ありません⋯⋯」
ふとあの時のキスの感触を思い出しそうになり、振り払う。
「そうだ。これはもう使わないからセイラにやるよ」
そう言ってジェード様は、秘宝が手に入るまで身に着けていた頭飾りをくれた。
私の頭のフードを外し、そっと頭に乗せてくれる。
『ファンタジーRPGあるある』
主要キャラにいい装備が手に入ると、メンバーにお下がりが渡るのはとても自然なこと。
この国では頭飾りを贈る意味は、ずっと一緒にいたいだとかなんとかあるらしいけど、それは今のシーンには不要な情報だ。
「ありがとうございます。大切に使います」
「おぅ。これで多少は魔力もつくといいな」
「そんな効果があるんですね!」
盗賊は魔力が低くて魔法が使えないけど、魔力が底上げされたら出来ることが増えたりするのかな。
私も早く力になれるようになりたいな。
「あとは鈍くさいのも治るといいな」
「それは結構気にしてるんです⋯⋯新しい村でもちゃんとできるといいんですけどね。まぁ、明日は明日の風が吹くと言いますから、気負わず前向きに⋯⋯」
その瞬間、ジェード様の周りに風が巻き起こった。
「その言葉⋯⋯お前、誰に聞いたんだ?」
ジェード様は驚いたような目で私を見つめている。
「誰って⋯⋯子どもの頃とかでしょうか。わりとよく聞く言い回しですけど。ジェード様は?」
「俺はオッサンから。あの人からしか聞いたことがない」
⋯⋯⋯⋯もしかして、オッサンも転移者だったりして。