17.盗賊なのに罠にハマるわけがない
ジェード様とスキルに関する情報交換を終え、いよいよ神殿の探索が始まる。
目の前にある苔むした神殿は、今までの遺跡とは違い、石造りの小さめの古城のように見える。
「それじゃあ行こう」
「はい!」
「おぅ」
ブラン様の後に続き、建物の中に入った。
「では、まずは地図を作成します!」
スキルを起動して地図を三枚作成し、ブラン様とジェード様にも一枚ずつ渡す。
構造は地上二階、地下二階建てだ。
「階層はそう多くは無いが、孤立した部屋が多い。ということは、上下の方向にしか繋がっていないということだろうか。ひとまず一階を全て周りきってから考えよう」
ブラン様に従いまずは一階の探索を進める。
一階の中央には屋内だと言うのに庭があった。
吹き抜け構造になっていて天井が高く、屋根の一部が壊れて外の光が差し込んできている。
庭の左右には二階まで続く階段があって左右対称になっている。
庭はもうずっと手入れされていないようだけど、不思議とくるぶしくらいまでの高さの草しか生えていない。
まずは庭から右方向に続く廊下を歩く。
廊下は太いツタが絡み合って筒状になった構造をしている。
ツタがねじれているせいで、先ほどまでは床だった部分の続きが今度は壁になるので、不思議な感覚がしてなんとも歩きにくい。
「そう言えばジェード様やエルフのみなさんは、今までこの神殿に入られたことはあるんですか?」
「いや、今日が初めてだ。この神殿自体はジジイが子どもの頃⋯⋯それはもう大昔からずっとここにあったらしいけど、入り口が開くようになったのは魔王が現れてからだ。奥からかすかに火の気配がするから、ビビって誰も近づかなかった」
「伝承では天変地異や魔王などの脅威がこの国を襲うと、それに対抗する力を我々に与えるために、神々は試練を乗り越えたものに贈り物を授けるとされているんだ。この神殿も神々が我々に力を与えるために建てられたものなのだろうな」
「以前ブラン様たち王族は、魔王を倒す役割を担う一族だとおっしゃってましたけど、魔王は今まで何度もこの国に現れているんでしょうか?」
「魔王は今までも数百年ごとに、この国に降り立ってきたとされている。その正体は怨念が実体化したという説や、他の世界を追われてこの世界に行き着いたという説など様々だ。その度に我々王族が魔王を討ち取り、平和を守ってきたんだ」
「なるほど。ブラン様たち王族はいつの時代もその役割を果たしてこられて、神様たちもこの世界を守ろうと力を貸してくださる⋯⋯ギャー!!」
話の途中、突然ツタの隙間に現れた穴にハマったかと思ったら、そのまま真下に落ちていく。
「セイラー!」
「おーい!」
二人の叫び声が聞こえるも、ツタがうごめき、私が落ちた穴は塞がれてしまった。
「痛たたた⋯⋯」
かなり下の方まで落ちたみたいだ。
地図で言うところの地下二階。
ちゃんとした部屋みたいだし、床によくわからないスイッチもある。
これを押したら外に出られるのかな?
「⋯⋯おい!⋯⋯おい! 聞こえるか!?」
耳元でジェード様の声が聞こえる。
どうやら音声通信みたいだ。
「ジェード様? 聞こえてますよ!」
「見事にストンと落ちてったけど大丈夫か? 怪我は?」
「お尻を強打しましたけど、大丈夫です! 歩けます! これは便利ですね?」
「ならよかった⋯⋯風を送り込める場所なら通信できる。そこはどこだ?」
なるほど。
先ほど落ちた穴のわずかな隙間から風が送り込まれてるんだ。
「おそらく地下二階の小部屋です! どのみち一度は何らかの方法で来ようとしていた部屋なので、ちょっと探索してみます! いいところにスイッチもあってですね⋯⋯」
ポチッと手でスイッチを押すと⋯⋯
――ゴゴゴゴ
地響きが聞こえ、床が震えだす。
あれ? この部屋の出口が現れる系のスイッチじゃないの?
しばらく経って地響きが止んだので、床のスイッチから手を離す。
――ゴゴゴゴ
再び地響きが聞こえ始めた。
何のスイッチか分からないけど、これは押しっぱなしじゃないと駄目なやつ?
「おい待て! さっきからなんなんだよ、この音は! 勝手に動くなよ! 返事は! 聞こえてんのか?」
ジェード様の焦ったような声が聞こえたあと、部屋の中に風が起こり、目の前にジェード様が現れる。
「おい! 大丈夫かよ!」
床に座っている私の両肩をジェード様が掴む。
どうやら心配して来てくれたらしい。
「ごめんなさい! このスイッチは何か大きな装置を起動するものだったみたいです。あはは」
「はぁ⋯⋯まぁ、無事ならいい。それにしても盗賊のくせに呆れたやつだな。とにかく立てよ。ブランが待ってる。さっきの廊下に戻んぞ」
ジェード様はため息をついたあと、私の手を引いて、立たせようとしてくれる。
「ありがとうございます。私ってそそっかしくて、本当良くないですね」
手を借り立ち上がろうとした私は、ジェード様のローブの裾を踏んでしまっていることに気付かなかった。
「うわぁ!」
私を引っ張り上げようとしたジェード様はバランスを崩し、そのままこちらに倒れてきた。
そして⋯⋯
ちゅ。
仰向けに倒れる私の上に、ジェード様が覆いかぶさり、唇が触れ合った。
しばらくそのまま見つめ合う。
何度かお互いがぱちくりとまばたきしたところで状況を理解する。
「おい! 何してくれんだよ、この変態女! やっぱり女狐だったな! 俺の唇を奪いやがった!」
ジェード様は顔を真っ赤にしながら飛び起きる。
「申し訳ありません! わざとじゃないんです! 事故なんです!」
床にひれ伏し頭を下げる。
やってしまった⋯⋯
「とにかく無事ならそれでいい! お前は足手まといだから、ここにいろ! そんで俺が合図したらそこのスイッチを踏め! ブランと二人でどこが動いたのか確認してくる!」
ジェード様はそう言い残し、あっという間に目の前から消えてしまった。
それからしばらく小部屋でお留守番していると、ジェード様から合図があり、スイッチを押した。
どうやらこのスイッチを押すと、一階の庭から地下に降りられる下り階段が現れる仕組みだったらしい。
ジェード様が重りになりそうな壺を持って迎えに来てくれたので、壺をスイッチの上に置き、私は小部屋から脱出した。
「いや〜失礼しました。こういう場所でこそ盗賊の真価を発揮するはずが、私抜きでほとんど探索してもらっちゃって⋯⋯」
「まったくだ。助けに行ってやったのに、転ばされるとはな! しかもお前、ブランの事も転ばせたことがあるんだって? もうこいつには近寄らないほうがいいぞ」
「まぁまぁ、セイラもわざとじゃなかったんだろうし⋯⋯それにスイッチを見つけたのはお手柄なんだ」
どうやらジェード様とブラン様の間では、それぞれ私に転ばさせられた被害者だという会話がなされたらしい。
雰囲気から察するに、それに付随するハプニングは伏せてもらえているようだ。
地下への階段を下りていくと、ジェード様が立ち止まった。
「火の気配がする。ちょっと様子を見てきてくれないか」
木属性のジェード様は火が弱点だから、万が一火を使った罠や火を吹く魔物なんかに出くわしてしまったらひとたまりもない。
「では私が様子を見てきますから、ブラン様はジェード様についてあげてください!」
「セイラ、本当に大丈夫か? 探知は起動したか? 短剣は持ってるな?」
ブラン様は心配そうに確認してくれている。
「大丈夫です!」
元気よく返事して奥に進む。
階段を下った突き当たりに部屋があった。
この部屋の中に敵の反応がある。
ドアをそっと開けると⋯⋯
「いました! 火クラゲです!」
まるで海の中を泳ぐように空中をプカプカと赤いクラゲが浮いている。
傘の下面の中央にある口から火を吹きながら。
私の短剣じゃリーチが短いから炙られるのがオチだな。
「ブラン様! チェンジでお願いします!」
ドアを閉めて元来た道を引き返す。
「あぁ。任せてくれ」
ブラン様は剣を抜き、火クラゲを一太刀で倒してくれた。
「ジェード! どうだ? もう火の気配はしないか?」
「おぅ、助かった。おっかねぇやつだったな」
「森の中の神殿なのに、火を吹く魔物がいるとは。それにスイッチの仕掛けもあって、なんだか協力し合うのが前提みたいですね!」
どうやらこれが最後の試練だったらしく、火クラゲがいた部屋の奥からさらに階段を下ると祭壇があった。
祭壇の傍らには緑色に光る玉があった。
ジェード様が祭壇に近づくと、呼応するように玉が点滅しだす。
祭壇全体がまばゆい光に包まれ、思わず目を瞑る。
光がおさまり静かに目を開けると宝箱が現れた。
ジェード様がそっと宝箱を開ける。
中身は頭飾りだ。鑑定によると⋯⋯
「アルブルの秘宝だそうです」
「そっか、アルブル様の⋯⋯」
木属性の神様からの贈り物。
ジェード様は元々付けていた頭飾りを外し、片手で髪を整える。
「ん」
神妙な面持ちで私にアルブルの秘宝を渡し、目の前に屈んだ。
それを受け取り、ジェード様の頭の上にのせる。
アルブルの秘宝は金色の柊の葉と実のようなデザインで、中央には緑色の宝石が埋まっていた。
「よくお似合いです」
「おぅ。ありがとうな」
こうして無事にヴェールの森の神殿の攻略が完了した。