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16.この私がパーティークラッシャーにならずに済むわけがない

 

 グランアルブに巣食う魔物を倒した後、上空を飛んでいた蝶は何処かに消え、眠っていた騎士とエルフたちは無事に目を覚ました。

 グランアルブについては、枯れてしまった部分は簡単には元に戻らないそうだけど、徐々に元気を取り戻しているとのことだ。


 事件が解決したことを喜んだエルフたちは、連日連夜、宴を開いていた。

 森で採れたという果物や動物の肉などの豪華な料理を食べながら、エルフのみなさんが嬉しそうに踊ったり、楽器を演奏したりしている姿を眺める。

 事件解決に大きく貢献した私とキリリとキララは、ブラン様とともに上座に座らされているんだけど、困ったことになっていた。


「イヤじゃ! セイラ様とともに、わしも旅に出る!」 


 族長のジャスパーさんに、まとわりつかれる。


「ジャスパー! 離れるんだ! セイラが困っているだろう?」


「ジジイは精霊術師だから、神託に逆らうことになるぞ! それにもうヨボヨボなんだから、大人しく留守番してろ! 族長の仕事を放棄するつもりか!?」


 ブラン様とジェード様が、力づくで引き離してくれた。

 ここ三日間、もう何度もこんな調子でまとわりつかれている。


「族長さんはこの森になくてはならない存在ですから。ね?」 

「セイラ様⋯⋯貴女がそうおっしゃるなら⋯⋯」


 はぁ、このやり取り何十回目だろう⋯⋯


「あぁ、聖女様⋯⋯」

「だからこいつは聖女じゃなくて、盗賊だって言ってんだろ!? このローブの下にはあだっ⋯⋯じゃなくて、アホっぽい身体を隠した女狐だぞ?」

「アホっぽい女狐!?」

「ジェード、君は今、あだっぽいと言おうとしなかったか? そんな目でセイラを見ていたのか!?」


 

 こんなグダグダな私たちのこれからの予定は、三人で泉にあった神殿を探索した後、闇属性の神官のノワール様がいる、宗教都市イーリスを目指してここを旅立つことになっている。

 

 グランアルブが枯れてしまった影響で、ジェード様の魔力が普段の8割程度に落ちているため、回復次第、出発することに決まった。 



 グランアルブに実る果実――ブドウで造られたというお酒を飲みながら、宴の雰囲気を楽しむ。

 お酒は濃い赤色で、赤ワインのような香りと味がする。


 夜のグランアルブはランタンの優しい灯りに照らされて、とてもロマンチックな雰囲気だった。


 

 その日の宴が終わり解放された後は、森の外れにある小屋で休んだ。

 この小屋は人間の来客用に建てられたもので、ここでの滞在中は私が一人で使わせてもらえることになっている。

 ブラン様は積もる話があるからと、ジェード様の元で休むそうだ。

 


 布団に潜り込み横になり目を閉じていると、微かに音が聞こえてくる。

 なんの音だろう。笛の音かな?


 音の正体が気になった私は、ジェード様から借りているローブを羽織り、外に出た。



 音に誘われてたどり着いたのは、泉だった。

 一人のエルフが横笛を吹いている。

 こちら側に背中を向けているので、どんな姿かは分からない。


 奏でられたメロディーに合わせて精霊たちがチカチカと光り、風が吹いて、木や草花が揺れている。

 なんだかみんな喜んでいるみたい。

 その不思議な様子を眺めていると、突然笛の音が止まった。


「誰だ?」


 振り向いたエルフはジェード様だった。


「え? ジェード様?」

「セイラか?」


 ジェード様はゆっくりとこちらに歩いてきた。


「お邪魔してすみません。小屋で休んでいたら、きれいな笛の音が聞こえてきたもので⋯⋯」

「そっか。小屋の方には聞こえんのか。うるさくして悪かったな」


 ジェード様はこれ以上は笛を吹くのは止めたのか、そのままどさっと地面に座った。

 なんとなく私も隣に座る。



「ジェード様の笛の音は不思議な力があるんでしょうか? 精霊たちも風も草花も、嬉しそうに踊っているように見えました」


「え? お前、こいつらの表情が見えんの?」


 ジェード様は目を見開く。


「いえ、目鼻口が見えるわけじゃないですけど、なんとなくそういう雰囲気を感じただけです。変なこと言ってすみません」


「別に変じゃないだろ。俺たちエルフの中では風と戯れるって表現をするから。そうか、こいつらも喜んでくれてんのか」


 ジェード様は穏やかな表情で、泉とその周りに咲く草花を見つめている。


 しばらく沈黙があった後、ジェード様が口を開いた。


「グランアルブのこと、この森のみんなのこと、救ってくれてありがとな。全部セイラのお陰だよ。初対面の時、ひどいこと言って悪かったな」


 ジェード様は私に頭を下げた。


「いえいえ。確かにジェード様の口の悪さには驚きましたけど、この世界での私の存在が異端だというのは分かってますから。でもこれからは仲良くしてくれますか?」


 友好の気持ちを込めてジェード様に手を差し出す。


「おぅ。よろしくな」


 ジェード様はその手を握ってくれた。



「それで、どうしてそんなに口が悪いんですか?」


「なんだよ。もう謝っただろ?」


「いえ、嫌味とかじゃなくて純粋に興味があるんです。口が悪いのはジェード様と、ジェード様から悪影響を受けている子どもたちだけみたいですし」


 つまり、元祖口が悪いエルフはジェード様という可能性が濃厚だ。


「俺が悪影響を受けたのは、さすらいのオッサンだよ。三つの頃、オッサンに命を救われたんだ。そのオッサンもセイラと同じ盗賊だった。属性は木だったけどな」


 ジェード様はポツリポツリと語りだした。


「まだアカデミーに通う前で、魔法を満足に使えなかった頃のことだ。森の外れで遊んでいた俺は、人間の男たちにさらわれたんだ。縄で縛られ馬車に押し込められ、闇商人の元に連れて行かれた。この国では奴隷制度は固く禁じられてるけど、裏では悪いことをしてる奴らがいたらしい。エルフは高く売れるって言って喜ばれたもんだ」


 まさかジェード様が幼い頃に、そんな恐ろしい目に遭っていたなんて。


「それでいよいよ危ないって時に、オッサンに盗み出されて助かったんだ。それからはオッサンと旅をしながら、無事にこの森まで届けてもらった。俺の親は二人とももういないから、その時はオッサンが親代わりだったな」


 ジェード様はなんてことないみたいに明るく言った。

 そっか。ジェード様も私と同じで両親がいないんだ。


「なるほど。その正義の盗賊のオッサンに憧れて、ジェード様も口が悪くなったと」


「そういうこと。懐かしいなー。オッサンは今頃どこで何やってんだろうな。もういい歳だからくたばってるかもしれねぇな」


 ジェード様は少年のような顔で笑いながら言った。

 口は悪いけど、その人がこの世界の何処かで生きていて、必ずまた会えると確信しているように見える。


「私もそのオッサンに会ってみたいです!」

「おぅ。もし会えたら稽古つけてもらえよ。オッサンは当時で上級だったから、今頃特級になってるかもな」


 ジェード様は嬉しそうに笑った。




「お邪魔してすみませんでした。私はそろそろ戻りますね」

「おぅ。けどお前、一人で帰れんのかよ?」

「⋯⋯⋯⋯確かに。来るときは音のする方に来るだけでしたけど、帰り道は自信ありませんね」

「じゃあ送ってってやるよ。明日はいよいよこの神殿に入るんだ。俺ももう休む」

「ありがとうございます!」

「ほら、行くぞ。夜の道は余所者には危ないからな」


 ジェード様は私の手を引き、小屋まで連れて帰ってくれた。



 そして翌日、私たち三人は神殿の前に立っていた。


「そう言えば私、ジェード様がどんな魔法を使えるのか、まだよく知らないんですけど⋯⋯」

「使える魔法はざっくり言えば、攻撃・防御・移動あと気休め程度の回復と浄化だな。口で説明すんのはめんどいからこれを読め」


 ジェード様はこちらに手帳を投げた。


 木属性、魔法使い、等級は⋯⋯上級だ!

 使える魔法は⋯⋯ふむふむ。



「セイラ、お前のも見せろ」


 ジェード様は私の方に手を出して、催促する。


「前の方のページだけにしてくださいね?」


 恐る恐るジェード様の手の上に手帳を置く。


「えー聖属性、盗賊、初級、スキルが⋯⋯⋯⋯おい。何でこの先のページは開かないように細工されてんだよ」


 禁断のハートマークのページは、こんな時のためにクリップを挟んで簡単には開かないようにしてある。


「そこは個人の侵害してはいけない領域なんです」


「なに言ってんだ? そんなもんでもないだろ」

「え! では、ジェード様のは見せて頂けると?」

「おぅ。見たいなら見ろよ」


 ジェード様の気が変わらない内に急いで内容を確認する。


「ジェード様って今おいくつですか?」

「あ? 二十三だけど」

「では最初は六歳くらいですね」


 えーなになに。

 数え切れないほど記載はあるけど、どれも町娘の落とし物を拾ったら感謝されたとか、農家の女の子から野菜を分けてもらったとか可愛いものばかり。

 そして最新のものが、昨日の夜だ。

『ほんの少しの勇気〜繋いだ手から伝われ真心〜』


「⋯⋯⋯⋯エルフ族も純粋培養なんですか?」

「なんでエルフを培養すんだよ」

「分かりやすく言うと、女性とお付き合いしたご経験は?」

「はぁ? なんでそんなこと今お前に教えなきゃいけないんだよ!」

「いえ。やっぱり答えなくて大丈夫です。ただのパーティーメンバーが踏み込んでいい領域じゃないですから」


 どうやらジェード様も口が悪いだけでピュアなお方のようだ。


「なんだよお前。なんで嬉しそうなんだよ」

「平和な旅になりそうでよかったです!」


 きっと今までの私だったら、複数人の異性と旅なんてした日には、コミュニティクラッシャーの特性を発動して、パーティーを崩壊させかねなかった。

 しかし、これから旅をするこの二人の男性は純粋培養。

 多少のラッキースケベがあっても、深刻な事態にはなり得ない。

 なんと平和なことか。


 きっと残りの三人も、この二人の友達なら純粋培養でしょう。

 私はそう思い込んでいた。


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