14.エルフの森を見て美しいと思わないわけがない
事件の翌日。
私とブラン様は最高に気まずい状態で朝を迎えた。
「まぁ! 昨日はさぞかし熱い夜だったんでしょうね!」
「若い頃を思い出すのぉ」
ただでさえいたたまれないのに、宿泊客にさんざんからかわれる羽目になった。
「ブラン様⋯⋯申し訳ありません⋯⋯」
「あぁ。まぁ、過ぎたことだ。仕方ない」
多分ブラン様も、一睡もできなかったんだろうな。
夜中もずっと寝返りをうってたし、今も顔色が悪いし。
ふらふらの状態で宿屋を後にし、騎士団の支部に向かったんだけど⋯⋯
「もぬけの殻ですね」
普段この支部には、二十人近い騎士たちが交代で詰めているらしいけど、今は誰もいないみたいだ。
「騎士様たちは一昨日、ぞろぞろと森の方へ向かわれましたよ? そう言えばそれからはお一人もお見かけしませんね」
道行く人が声をかけてくれた。
「騎士たちが支部を二日も留守にするとは、何かあったのかもしれないな」
騎士たちの身を案じた私たちは急いで馬車に乗り、ライズの街を出て、森へと向かった。
舗装された道をしばらく進んだ所に森の入り口があった。
何やら騎士たちが集まって、騒いでいるようだ。
「だめだ。まだ起きない」
「きっと他の奴らも森の中で倒れているんだろう」
「救助に行くにしても、アイツらを何とかしないと、俺たちも同じ目に遭うぞ」
「どうした? 何があったんだ?」
ブラン様は馬車を降りて、騎士たちに話しかけた。
「⋯⋯⋯⋯あぁ! ブラン王子殿下! 予定通りのご到着でしたか! お迎えに上がれず申し訳ございません。実はここ四日ほどで事態が急変しておりまして⋯⋯」
騎士たちはブラン様の前にひざまずいた。
最近のブラン様はしょっちゅうあたふたしてるけど、この国の偉い人なんだと再認識する。
「実は四日前からグランアルブから異臭がするようになりまして、それに誘われるかのように、あの巨大な蝶たちが森の上空を飛ぶようになりました。あの蝶がまき散らす粉を吸いますと、たちまち眠ってしまうのです」
騎士が指さす方向には、とんでもない大きさの蝶が三匹ほど舞っていた。
羽全体が水色っぽくて、羽の先の方は紫色に輝いて見える。
小型の飛行機くらいの大きさがあるかもしれない。
騎士たちの説明によると、先に森に入った他の騎士たちもおそらく眠らされていて、連絡が取れなくなったのではとのことだ。
「ではエルフのみなさんも眠っているんでしょうか?」
「大抵のエルフ族は防御魔法を習得していますから、おそらく全員が眠らされているということはないと信じていますが、実際の所はなんとも⋯⋯」
少しは希望が持てそうだけど、中の状況が分からない以上、早く何とかしないと。
でもどうやって⋯⋯
「あ! ブラン様! 昨日の贈り物が役立つのでは!?」
昨日遺跡の宝箱から手に入れたマスクを付けて、森の中に歩いて入る事にした。
ラセットと荷馬車は騎士たちに預けた。
森の奥に進むと、徐々にモヤがかかってきた。
上から差し込んでくる光がモヤに反射して、神秘的に輝いて見える。
「これは霧ですか? それとも蝶の鱗粉ですか?」
「これは霧だろうな。普段からヴェールの森は霧が濃いんだ。迷わないように気をつけて進もう」
ブラン様を見失わないように、後ろをついて歩く。
旅人が道に迷わないようにするためか、ところどころ木の枝から、暖色のランタンがぶら下がっている。
道中、眠っている騎士たちを何人か見つけた。
今は森の外に運び出すのは難しいので、ひとまずランタンが吊るされた木の根元に横たえることにした。
途中に何度か休憩をはさみつつ、森の中を歩くと突然一気に視界が開けた。
「あれが、グランアルブ⋯⋯」
目の前には巨大な木が見えた。
タワーマンションよりも大きいかもしれない。
まるで何本もの木を束ねたみたいに幹が太くてボコボコしていて、根っこでさえもその辺に生えている木より太くてうねっている。
伸びた枝と葉は空を覆い尽くしていて、真下には木が育たないらしく、グランアルブだけが巨大な空間に佇んでいる。
堂々とそびえ立つ姿は神秘的なんだけど、ところどころ黒く枯れかけているように見える。
近づくにつれ甘ったるいような、でも何かが腐っているような変な臭いが強くなってきた。
「これはひどいな⋯⋯」
ブラン様はグランアルブを見上げながら一言つぶやいたものの、その後は驚きで言葉が出ないようだった。
そのまましばらく歩いていると、結界にぶち当たった。
ブラン様が祈るように目を閉じながら、そっと結界に触れると、そこから波紋が広がる。
「ブラン様。お待ちしておりました」
それに反応するかのように、美しい女性のエルフが目の前に現れ、結界に人が通れるくらいの大きさの穴を開け、私たちを中に入れてくれた。
「この結界は蝶の鱗粉対策なのか?」
「はい。異常に気づいた時には、すでに何人か眠ってしまった後だったのですが、ひとまずこの中は安全です」
女性はアイビーさんと言う名前だそうだ。
アイビーさんの言葉で、私たちはマスクを外した。
彼女の後ろについて歩き、グランアルブの根元までたどり着く。
グランアルブがエルフたちの住処と言うのは本当らしい。
黒くなっていない枝の上には、エルフが座ったり、寝転がったりとくつろいでいる。
「私たちエルフにとってグランアルブは心の拠り所でもあります。そのグランアルブがこのような姿に変わり果てたことで、中には体調を崩す者、魔法が使えなくなった者が現れ始めています。現在ここを守っている結界も、本来ならもっと少人数でも維持可能なはずですが、このような状況で皆が動揺しているため、長くは保たないかもしれません」
アイビーさんは表情を曇らせながら説明してくれる。
「セイラ様はグランアルブの本来の姿をご存じないのでしたね。よろしければこちらをご覧ください」
アイビーさんが渡してくれたのは額縁に入った絵画だ。
絵の中のグランアルブは、瑞々しく光る紫色の果実を実らせて、生き生きとして見えた。
それが今はこんな姿に⋯⋯
「そう言えば族長のジャスパーの姿が見えないが」
「はい。実はジャスパー様は四日ほど前から行方不明でして⋯⋯」
「それはどういうことなんだ。異臭がし始めた時期に、ジャスパーまで居なくなるなんて⋯⋯」
一体この森で何が起きているというのか。
「とにかくジェードだ。彼はどこにいるんだ?」
「彼なら泉の浄化を行っていると思います」
「分かった。ありがとう」
アイビーさんにお礼を言った後、ブラン様についていき、泉へと向かった。
森の奥、木が密集していて暗くなった場所に泉はあった。
泉の奥には苔むした神殿のような遺跡が見える。
ジェード様が浄化した後だからか、泉の水はきれいに澄んでいた。
水面近くには水色や黄緑色の大小様々な球体が浮いている。
どうやらこの子たちも精霊の一種らしい。
泉のほとりにその男性は立っていた。
私たちの足音に気づいたのか、ゆっくりとこちらを振り返る。
淡緑色の髪は襟足が長めのウルフヘアだ。
翡翠のようにきれいな瞳に、耳はエルフ族に特徴的な細くとがった形をしている。
魔法使いらしい深緑色のフード付きローブを羽織り、身長くらい長い杖はダークブラウンの木で出来ていて、緑色のツタが絡まっており、先端の台座には緑色の宝石がはまっている。
頭には月桂樹をモチーフにしたような銀色の飾りをつけ、耳には緑色の宝石が使われた立体ひし形の飾りが揺れている。
ジェード様は⋯⋯とても神秘的なお方だった。