13.未婚の男女がツインルームに泊まれるわけがない
私たちはライズの街に向かう道中、遺跡に立ち寄っていた。
ここらにある遺跡群は、中にはお墓くらいの小さなものもあって、お花や食べ物などのお供え物をすることで、能力をわずかに強化してもらえるというものが多いみたいだ。
そして今から入る遺跡はここらでは一番大きくて、見た目は石で造られている一軒家という感じだ。
元々は誰かの住居だったのかもしれない。
大きく開いた空洞から中に入り、地図を作成する。
「中も狭いみたいだな。地下に二部屋だけか」
ブラン様は地図を持ち上げて確認する。
「では探知を使いながら行きますね」
地図を頼りに奥まで進んだ。
そう言えば、こうやって密室で二人きりになるなんて、訓練でラッキースケベをされて以来?
ふと頭に不要な情報がよぎり、心がざわつく。
平常心平常心。
言い聞かせるものの、心なしかブラン様の頬も赤い気が⋯⋯
邪念を消し去りながら階段を下ると、地下の広間にたどり着いた。
地図では正面の壁の噴水の奥に、もう一つの部屋があるみたいだけど。
探知が作動している。何かありそうだ。
「ブラン様、壁の四隅に罠がありそうです」
よく見ると壁に丸い穴が空いている。
「罠は飛び道具かもしれません。おそらくあの噴水の水流を止めるスイッチが何処かにあって、それを作動させたら奥に入れるのではないでしょうか」
「わかった。では私が盾と剣で飛来物を弾くから、君は噴水を止めるのに集中してくれ」
左右を警戒しながらそっと噴水に近づくと、私たちに向かって矢が飛んできた。
――キンキン
ブラン様が予告通り、盾と剣で矢を跳ね返してくれている。
凄い動体視力⋯⋯って感心している場合じゃない。
噴水のスイッチは⋯⋯あった。
水の中に入り、吹き出し口の下を探るとボタンがあった。
それを押すとすぐに水が止まり、矢も止まった。
「ブラン様ありがとうございます! 見てください! 穴です!」
水流で隠れていた場所に腰より低いくらいの穴が空いている。
「セイラ、お手柄だな! 先に進もう」
しゃがみながら中に入ると、小さい部屋の真ん中には台座があった。
私とブラン様が近づくと、目の前にキラキラとした光が見え、突然二つの宝箱が現れた。
「これが贈り物⋯⋯」
武器かな? 装備かな? それともお宝⋯⋯
二人がそれぞれ中を開けると⋯⋯
「なんですかこれ? マスク?」
なんと、二つの宝箱の中からは、布製のマスクが出てきた。
私のは黄色で、ブラン様のは白色だ。
試しに装着してみると、筒状の構造になっていて、左右にある切れ目を耳にかけると、目の下から首全体まで覆えるようになっている。
「これって何に使うんでしょう?」
「掃除や発掘作業など、粉塵が舞う場所で使われるイメージだが、布の繊維はかなりきめ細やかで質が良さそうだ。神から与えられたのだから、この先使い道があるんだろうな」
顔を見合わせ、首を捻りながら遺跡を後にした。
そしていよいよ最初の街、ライズに到着した。
街の建築物は王都の城下町と雰囲気が似ていて、レンガと木材で民家や商店が建てられている。
ほとんどの建物は平屋か二階建てだ。
王都と違うのは露店が多いこと。
石畳の道の上に大きな布を広げたスペースに、アクセサリーや書物、絵画などが売られている。
「露店は後でゆっくり覗くといい。まずは宿を押さえよう」
ということで、ブラン様の案内で、この街唯一の大きな宿屋にたどり着いたんだけど⋯⋯
「なっ⋯⋯二人部屋しか空いていない!?」
ブラン様は女性店主の言葉に大きく動揺している。
「はい。今は森があんな状態ですから、街の外からのお客様がとても多くて⋯⋯」
どうやら森の異常を調査しに来た学者や、新聞記者たちが押し寄せているらしい。
「⋯⋯わかりました。ではとりあえずその部屋をお願いします」
ブラン様はしぶしぶ受け入れ、宿屋の店主にお金を支払った。
店主に宿の中を簡単に案内してもらう。
この宿では、トイレとお風呂は部屋の外にある共用のものを使用するとのこと。
ちなみにこの世界のトイレと風呂の標識は、男性が赤で、女性が青だ。
それは男性が情熱的で動的な性であるとされているのに対し、女性は受動的で静的な性であるとされているかららしい。
うっかり間違えないようにしないと⋯⋯
案内された部屋には、木で出来たベッドに白いシーツがかかったものが二組、並んで置かれていた。
後はクローゼットと小さな書き物机があるくらいの狭い部屋だ。
「では、ごゆっくり」
店主は微笑みながら部屋を出ていった。
足音が遠ざかると、ブラン様は深刻そうに口を開く。
「セイラはここを使ってくれ。私は適当に外で休むから。明日の朝、迎えに来る」
ブラン様は紳士なんだろう。
私に部屋を譲り、出ていこうとする。
私だってこの状況に対して、何も意識しないとまでは言わないけど⋯⋯
残念ながら、そこまで気遣ってもらうほど清らかな女でもない。
「いやいや、そこまでして頂かなくて大丈夫ですよ? それに適当にってどこに行くつもりですか?」
腕を掴んで引き止めると、ブラン様の肩がビクンと跳ねた。
「なっ、それは⋯⋯街の外で野営でもすればいい」
「何言ってるんですか? 王子様に一人でそんなことさせられません! そんなに二人きりが嫌なら私が野営します! 私には探知もありますから、ブラン様より全然危なくないですから!」
「君こそ何を言ってるんだ! そうだとしても、女性にそんなことをさせられるわけがないだろう? 決して嫌なわけじゃないんだ。ただ、未婚の男女が一晩密室に二人きりだなんて、君が不利益を被ることになる。どんな噂が立つか分かったもんじゃない」
そこまで心配してくれるのはありがたいけど⋯⋯
その後も話し合いは平行線をたどる。
いったいどう説得すれば⋯⋯
「ブラン様⋯⋯お気持ちはうれしいですが、もうこうやって気を遣うのも疲れますし、大人しく二人でこの部屋を使いません?」
「だめだ。そんなことは許されない」
「誰が許さないんですか? 私たちは神託に従って魔王を倒しに行く、勇者のパーティーなんですよ? これからこんなこと、何度でも起こり得ます。外で雑魚寝をすることだってあるはずです。今のうちに慣れてしまった方が、後々楽ですよ?」
「⋯⋯⋯⋯」
「明日は騎士団の支部を訪ねたあと、いよいよ森に入るんですよね? なら今日は二人ともしっかり休んでおかないと。ね?」
「⋯⋯⋯⋯君がそう言うなら」
長い説得の末、ようやくブラン様は頷いてくれた。
簡単に荷物を整理したあと、日の入りまでもう少し時間がありそうだったので、再び街に繰り出した。
「わー! お店がたくさんありますね!」
露店は様々な種類があって、アクセサリー、書物、絵画の他にも、壺や革細工、花なんかも売っている。
「王都は交通量が多いから、露店は規制せざるを得ないんだが、ここは馬車で通るような道以外は、自由に出店できるようになっているんだ」
なるほど。
確かに王都の大通りでお店を広げられたら、馬車がすれ違えなくなっちゃうもんね。
残念ながら、一つ一つ丁寧に見る時間はないけど、目を引くのはやっぱりアクセサリー屋さんかな。
並べられた商品を屈みながら見ていると、ブラン様が声をかけてくれた。
「せっかくだから私にも何か贈らせては貰えないだろうか? そうだな⋯⋯これなんかどうだろう」
ブラン様が手に取ったのは、銀色の花からツルと葉が伸びているようなデザインのものだ。
うっとりするほど美しく輝いている。
「そんな! 素敵ですけど、これはネックレスですか? それとも⋯⋯」
「これはブーツの上から着ける足首飾りです。旅人のお嬢さん方にも大変人気です」
お店の人が説明してくれた。
「ではこれを頂けますか」
あれよあれよと言う間にブラン様はその足首飾りを購入し、早速その場にひざまずいて足首に着けてくれた。
今は身分を隠しているけど、目の前にいるのは王子様だ。
そんなお方からここまでしてもらえるなんて、とっても贅沢な気分だ。
「よし。これでいい。セイラによく似合っているな!」
ブラン様は私を見上げて、キラキラの笑顔を向けてくれた。
今ちょっと、ときめいてしまったような⋯⋯
丁寧にお礼を言い、隣のお店に向かう。
ブラン様は少し離れたところで絵画を見始めた。
「どこのお生まれかは存じ上げませんが、なかなかに大胆な殿方ですな」
アクセサリー屋さんの隣のお店のお婆さんに話しかけられる。
「足首飾りは妻や婚約者、恋人などに身に着けさせることによって、所有を示す意味合いがありますので」
お婆さんは意味深に笑っている。
え? いやいや、たまたま可愛いアクセサリーがあったからってだけだよね?
「はぁ。ちなみに他のアクセサリーを贈る意味って⋯⋯」
「頭飾りはずっと一緒にいたい。耳飾りは自分を側に感じて欲しい。首飾りはあなたを守りたい。足首飾りと同様、子どもでも答えられる常識です⋯⋯」
「わ! わかりました!」
この世界ではアクセサリーを贈る意味がずいぶんと明確にされているらしい。
「お嬢さんはあの殿方に、お礼がしたいと思いませんか?」
「それはまぁ、思いますけど⋯⋯」
「ではこれなんて、いかがでしょうか?」
お婆さんが見せてくれたのは、小さい蓋つきの容器に入った、赤いクリーム状の染料のようなものだ。
「みなまで言わずともお分かりでしょうか?」
「いえ、さっぱり。教えてください!」
「若い娘さんならご存じないのも無理はありません。湯上がりに、この紅を目元に塗ってください。それをあの殿方に見せれば、さぞかし喜ばれましょう。後はその時のお楽しみです。クククッ」
「はぁ。塗るっていうのはどのように⋯⋯?」
お婆さんは丁寧に塗り方を教えてくれた。
これを目に元に塗るだけで、ブラン様へのお礼になるんだ。
魔法か何かと関係するのかな?
「じゃあ試してみます! これください!」
私は無事に謎の染料を購入した。
そしてお風呂上がり。
お婆さんに言われた通り、目元に染料をつけた。
「まぁ!」
「おぉ⋯⋯!」
すれ違う宿泊客がなんだか、とっても喜んでくれている気がする。
なんでだろう。
さっき鏡で見た限りでは、色が奇抜なアイシャドウって感じだったけど。
自分の部屋に帰り、ドアを開ける。
ブラン様は自分のベッドの上で手帳を確認しているみたいだ。
「ブラン様! 見てください! これ、実はさっき⋯⋯」
「なっ! セイラ! どこでそれを!」
私の声に振り向いたブラン様は、持っていた手帳をベッドの上に落とし、大きなリアクションを取ってくれた。
「さっき露店で買ったんです! ブラン様に喜んでもらいたくって!」
「⋯⋯⋯⋯」
ブラン様の顔色がみるみるうちに赤くなっていく。
「喜んでもらえました? って、あれ? ブラン様?」
「まさか、あの時の責任を問われているのか? セイラ、君は最初からそのつもりで私をここに引き止めたと言うのか。そうだとしても私は王族だぞ? 婚約もなしに、宿屋でなんて⋯⋯しかし、ここまでされて女性に恥をかかすなど⋯⋯男に生まれたからには⋯⋯」
ブラン様は難しい顔をしながら、ブツブツとわけの分からないことを言っている。
「ブラン様、喜んでもらえませんでしたか? 私は何か間違えたでしょうか?」
ブラン様のベッドの上に正座する。
ブラン様は私の方に向き直り、両肩に手を置いた。
「嬉しくないわけではないが、間違えていると言えば間違えている。その⋯⋯君は積極的すぎやしないか? 私と⋯⋯⋯⋯婚前交渉を望んでいるなんて⋯⋯」
ブラン様は顔を真っ赤にしながら、声を絞り出すように言った。
「婚前こう⋯⋯ええ! 違います違います! なにをどう捉え間違えたらそうなるんですか!? 私一言もそんなこと言ってません!」
急いで立ち上がり、ブラン様から距離を取る。
「目元に紅を引いて帰ってきたら、そういう意味に決まっているだろう? 勘違いなら早く落としてきてくれ! もう心臓がもたないんだ!」
ブラン様の悲痛な叫び声が部屋中に響き渡ったのだった。