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12.誰にでも自分をさらけ出せるわけがない


 王都を出た私とブラン様は東に向かっていた。

 ヴェールの森に住む、魔法使いのジェード様に会いに行くためだ。

 

 森に入るためにはライズという街を経由する必要があるため、まずはそこを目指す。

 道中にはいくつか遺跡があるようなので、立ち寄って試練をクリアし、神様からの贈り物を受け取り、自身を強化しながら進む予定だ。


 この辺りの道は馬車が通りやすいように土で舗装されていて、左右には草原が広がっている。

 交通量もそこそこあって、先ほどから何台かの馬車とすれ違っている。

 

「ライズというのはどういう街なのですか?」


「王都とヴェールの森を繋ぐ重要な都市だ。日頃エルフたちは森の奥で自給自足の生活を送っているが、豊かに暮らすためには人の手も借りる必要がある。人間だって生きるのに木材や果物、肉などの森の恵みが必要だから、互いが助け合って暮らすためにある街と言ったところだ。エルフ以外は森には住めない決まりだから、人間たちはライズで生活しているんだ」


「なるほど。二つの種族が共存するための街ですか」

 

 ジェード様たちエルフは森の妖精と呼ばれる種族で、姿形や大きさなどは人間と大きく変わらないものの、知能が高く、魔法の扱いに長けていて、人間よりも遥かに寿命が長いそうだ。

 ライズの街は商業に加えて、林業や農業でも栄えていて、木こりや猟師、採集家などが暮らしているらしい。


「それでジェード様が森を出られない理由と言うのは?」


「エルフたちが大切にしている母なる樹、『グランアルブ』が枯れかけているらしい。グランアルブは神話の時代からほとんどその姿を変えていないとされる大木で、エルフにとっては住処であり、力の源であり、心の拠り所でもあるんだ。ジェードはグランアルブに起きた異常を調べるために、心血を注いでいる。王都からも人を送ってはいるんだが、残念ながら手応えはないらしい」


「それは大変ですね⋯⋯ではその問題を解決しない限りは、ジェード様も旅立てないということですか」


 グランアルブが枯れた原因も魔王の瘴気と関係あるんだろうか。

 私たちに出来ることがあれば良いけど⋯⋯

 今は考えても何も分からなかった。



 お昼時、草原に立つ木の陰でラセットを休ませながら、二人並んで昼食を取り、しばらくの間休憩することにすることにした。


「馬車って結構揺れますよね。私、ブラン様さえ良ければ運転担当がいいです。座っているだけだとなんだか酔いそうで」


「私は運転でもそうでなくても、どちらでも構わないから、セイラのいいようにしてくれ。ずっと運転を任せるというのも申し訳ないことではあるが⋯⋯」


「それは大丈夫です! 初めて見る景色を眺めると、気分転換になりますから!」


 馬車も自動車と同じで、遠くの景色を見ていた方が酔いにくいらしい。

 それに、どんなタイミングでどのくらいの揺れが起こるか予想できた方が、身体が上手く備えられるみたいだ。




「神々の御加護があらんことを」


 ブラン様がペンダントトップの透明な宝石にキスを落とすと、宝石が輝き出した。


「ありがとうございます! ブラン様は無属性だから、神々の御加護なんですね。ということはブラン様たち王族が生まれてくる時は、五柱の神様たち全員から祝福されたんですかね? それってすごいですね!」

 

「あぁ。そうだと言い伝えられている。残念ながら赤ん坊の頃のことなんて覚えていないが⋯⋯」


 ブラン様は照れたように笑った。


 そうか、無属性だと五柱の神々⋯⋯

 けどこのペンダントは六属性だから六芒星?


「それにしても君はアッシュに相当気に入られているんだな。生真面目な彼が女性にアクセサリーを贈るなんて」


「とても良くして頂きましたが、アクセサリーと言ってもお守りですから」


「けれども私は何ももらってないからな。まぁ男同士でアクセサリーというのもおかしな空気になるかもしれない。首飾りならば、愛するあなたを守りたいなんて意味があるから」


「⋯⋯⋯⋯」


 まさかアッシュ様が⋯⋯いや、まさかね。

 きっとお守り以外の深い意味はないはずだ。

 速くなりかけた鼓動を鎮め、話題を変える。


「ブラン様はこれから一緒に旅するみなさんとお友だち同士だから、やはり勝手知ったる仲と言いますか、安心感がありますかね?」


「そうだな。彼らは物心ついたときからの友人で、私にとって信頼できる仲間たちだ。こんな立場の私とも分け隔てなく接してくれる貴重な友人なんだ」


 そう語るブラン様は穏やかな目をしていた。

 王子様には王子様なりの苦労もあるみたいだ。

 

「セイラも転移前の世界で、友人たちとパーティーを組んで冒険をしていたんだろう? いったいどんな様子だったんだ?」


 ブラン様は興味津々に聞いてくる。


「冒険と言っても、私の場合はバーチャルな世界での話ですよ? そうですね。例えば⋯⋯」


 

※ ※ ※


 この世界に来る一年ほど前のこと。

 この日は休日ということもあり、パーティーメンバーとボイスチャットをしながら、ファンタジーRPGをプレイしていた。


茄子(なす)ちゃん! 回復頂戴!」

「あと三秒待って!」

「茄子ちゃーん!」

「はいはーい! バフかけとくね〜!」


 茄子というのは私のプレイヤーネームだ。

 可愛い名前じゃないけど、子がついてるからちょっと女の子っぽい所が気に入ってつけた。


 私は僧侶を担当するのが好きだった。

 前線で戦うほどアクションには慣れていないけど、チームに貢献できている感じが嬉しくて。


「よし! 宝は手に入ったぞ! あとは適当にずらかろう!」

白兎(はくと)くんさすが〜!」


 白兎くんと言うのは、うちのパーティーの盗賊だ。

 勇者の獅子神(シシガミ)くんに、魔法使いのタルトちゃん、そして盗賊の白兎くんの四人パーティーで遊ぶことが多かった。


 ダンジョンを攻略したあとは、レベル上げをしながら雑談する。


「で、タルトちゃんはその後どうなったの?」


 獅子神くんが質問する。


「え〜そらもう、無事に告白されて付き合うことになりました〜!」


 タルトちゃんは大学生で、先週、意中の男の子から大事な話があるとデートに誘われたと言っていた。

 結果、恋が成就したらしい。


「タルトちゃん、おめでとう!」

「茄子ちゃん、ありがとう〜!」


「で、茄子ちゃんは最近彼氏とどうなの?」

「実は、一昨日別れました⋯⋯」

「え! やっぱりしっくり来なかった?」

「うん。『付き合ったら今まで見たことのない世界を見せてあげる。絶対に夢中にさせてやる』って言われたから付き合ったけど、置いてきぼりなまま結婚の話が浮上しまして⋯⋯」

「付き合って何ヶ月だっけ?」

「4ヶ月ちょっと」

「早くない? 社会人ってそんなもんなの? けど合わなかったんなら仕方ないね」


 この頃の私は別れさせ屋の仕事をしているうちに、ますます男女関係に絶望する日々を送っていた。

 けど所長が真実の恋を見つけるよう、お尻を叩いてくるもんだから、アピールしてくれる男性の中から、大切にしてくれそうな人とは積極的に付き合うようにしていた。


「もう私の話はいいや。獅子神くんは最近どうなの? もうすぐ文化祭なんでしょ?」

「俺は高校入ってからは楽しいかも。毎日普通に通えてるし。文化祭も結構クオリティ高くなりそうだから、見に来て欲しいくらい」


 獅子神くんは中学生の頃は、人間関係が上手く行かずに、あんまり学校に行っていないと言っていたけど、高校に入ってからは充実しているみたい。


「若者たちは(まぶ)しいね〜! がっはっは!」


 そう言って笑うのは白兎くんだ。


「オッサンはまた上司に叱られたのか?」

「オッサン言うなよ。上司に叱られ、部下には泣かれ、間に挟まれて辛いんだよ!」

「私、社会人になりたくない〜」

「俺も〜」

「そう言ってられるのも今のうちだぞ!」


 白兎くんは三十代のサラリーマンで、仕事で色々と苦労があるらしい。


「白兎くんのプレイヤーネームの『砂川白兎』は本名なんだろ? そんなんで顔も知らない相手に愚痴垂れ流してて大丈夫なのかよ」

「白兎の漢字は違うけどね。大丈夫! だって君たちを信用してるから!」

「オッサン、すぐ騙されるタイプだ」


 獅子神くんと白兎くんは一回り以上離れてるし、他のみんなも歳はバラバラだけど、ゲーム中ではそんなこと関係なく、みな友だちという雰囲気がなんとも心地良い。

 それにしても白兎くんが本名とは知らなかった。


「なんで本名のままなの?」


「俺の親父、俺が十歳の頃に行方不明になってて。妹にねだられたおもちゃを買いに行くとか言って出かけたっきり、そこから帰って来なくなったんだ。不自然だろ? けど警察は動いてくれないし、自分で探すしかないなって。親父もこういうゲームが好きだったから。左手の甲に十円玉くらいのホクロがあるジジイを見かけたら、俺まで知らせてくださーい」


 まさかそんな事情があったとは。

 白兎くんは他にも色々なゲームに実名で登録しているけど、なかなか情報は掴めないと教えてくれた。

 


 年齢も生い立ちも性格も違う私たちだけど、ゲームの中の繋がりだからか、割とそれぞれが抱えているものを本音でさらけ出せた。

 この三人と過ごす時間は、自然体でいられる貴重なものだった。



※ ※ ※


「とまぁ長々と語りましたけど、私はゲームでは僧侶ばっかりやってました。盗賊の人が優秀すぎて、気づいたら任務完了していたんですけど、彼がどういう動きをしていたのかもっと見とけばよかったな〜なんて⋯⋯」


「なるほど。そうやって迷宮攻略の経験を積んだのか。興味深いのは、セイラの世界では顔を見たことがない者同士でも友情が成り立つんだな。むしろ顔が見えないからこそ本音が言える⋯⋯⋯⋯それに、セイラには異性との交際経験があるというのか⋯⋯」


 ブラン様は最後の方は消えそうな声でブツブツと言っていた。


「まぁでも交際経験がいくらあったって仕方ないですよ。私も他の人と同じように、本気の恋とやらを経験してみたいものです。ではそろそろ出発しましょうか!」


 魔王がいなくなって平和になったこの世界で、いつか運命の人に出会えるといいな。

 このささやかな願いが、すでに聞き届けられていると気づくのは、もう少し後のことだ。


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