108.私の王子様が私と我が子を溺愛しないわけがない
阿鼻叫喚の出産が終わり、生まれた我が子をヘリオスと名付けた。
この国を照らす太陽のように、眩しい人になってくれたらという想いを込めて、ブラン様と相談して決めた。
親になった私たちは、毎日てんてこ舞いだった。
というのも、引き続き、使用人のみなさんには、身の回りのサポートをお願いしているけど、ヘリオスのお世話だけは、自分たちの手でやりたいという想いを尊重してもらったから。
だから、乳母を雇うこともしていない。
そうなると一番大変なのは、授乳。
一日に約十二回、二時間おきに飲ませている。
しかも生まれたての赤ちゃんは、母乳を飲むのがあまり上手ではない上に、一生懸命飲んでも時間がかかるから三十分位かかる。
つまり、毎日ほとんど寝ていないということだ。
「セイラ、おしめは私が替えるから、君は横になっていないと」
ブラン様はそう言って、ベビーベッドの上で、仰向けに寝ているヘリオスの元へと向かった。
ブラン様は公務の合間を縫っては、甲斐甲斐しく我が子のお世話をし、私を休ませようと奮闘してくれている。
自分だってあまり休めていないはずなのに。
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて⋯⋯」
ブラン様には申し訳ないけど、私は休まなくてはならない。
なぜなら、母乳を作り出すのにも体力を消耗するそうで、無理をして疲れが溜まると、母乳量が減ってしまうからだ。
ベッドに潜り込み、布団に包まる。
「なっ!⋯⋯⋯⋯くっ⋯⋯⋯⋯」
驚いたようなブラン様の声。
「どうかされました?」
「かけられてしまったんだ⋯⋯⋯⋯」
なるほど。
どうやらヘリオスにお小水を飛ばされ、ご自分の服やヘリオスの服、シーツなどが少し濡れてしまったらしい。
キラッキラの王子様にお小水をかけるこのお方もまた、王子様⋯⋯
「お手伝いしましょうか?」
「いや、ここは私一人で十分だ。君は休んでいてくれ」
ブラン様はぎこち無いながらも、一人で着替えやシーツ替えをしている。
なんと頼もしいことか。
よし。あと一時間は寝られるぞ。
その事実に心の底から喜びが湧き上がってくるけど、睡眠不足だからと言って、人間というのはそんな器用には寝られないらしい。
眠れずにぼーっとした状態のまま一時間が過ぎ、ヘリオスがお腹が空いたと泣き始めた。
次の日。
この日は、モント様がイーリスから王都に戻られ、ヘリオスと初めて面会される日だった。
真っ白なベビードレスに着替えさせ、モント様のお部屋へと向かう。
我が子ながら人形のように美しい⋯⋯
「なんて愛らしいんだ。誰の子かすぐに分かるくらい、二人によく似ている」
モント様は椅子に腰かけながら、ヘリオスを抱いてくれた。
ブラン様はモント様の椅子の隣に立ち、一緒にヘリオスを覗き込んで微笑んでいる。
気品溢れる三人の王子様たちのオーラ⋯⋯
その姿はまるで後光が差しているかのように神々しい。
「私が伯父になるのか」
「はい。兄上」
「なんだかくすぐったい気分だが、こんな日が来るなんて、夢みたいだ」
モント様は嬉しそうに笑っていた。
それから二週間後。
生後一ヶ月になったヘリオスは、教皇聖下による成長祈願を受けた。
少しずつ目を開けている時間が長くなり、大人の動きにも反応するようになって来た。
私とブラン様は相変わらず昼も夜も休みなく頑張っているけど、少しずつお世話には慣れて来た所だ。
今日は英雄のみなさんが、初めてヘリオスに会いに来てくれた。
「『ハーイ! ハンサムプリーンス! 僕こそが君の本物のダディーなのさっ!』なんちゃって〜!」
ぬいぐるみを使い、ヘリオスをあやしてくれているのはボルド様。
何故ゼニス陛下のモノマネをしているかと言うと、陛下から頂いた出産祝いの中に、『陛下のぬいぐるみ』が入っていたから。
今はそのぬいぐるみを使って、人形劇のような事をしているというわけだ。
いったい誰がこんなものを作ったのか⋯⋯
「あの国王なら本当に言いそうだからタチが悪い⋯⋯これは僕たちからの出産祝いだ。受け取って欲しい」
セルリアン様の精霊たちが、プレゼントボックスを持って、ぞろぞろと部屋に入って来た。
「ありがとうございます! こんなにたくさん⋯⋯」
感動で胸が熱くなる。
了承を得て中身を開封すると、洋服やぬいぐるみ、積み木やよだれかけなどなど。
どれも品質が良さそうだ。
「あれ? これは大人用ですか?」
少し重い箱にはビンが入っていた。
「そう。それは疲労回復ドリンク。セイラちゃん、ほとんど寝てないでしょ? それを飲んだら数分眠るだけで、何時間分もの睡眠効果が得られる。お酒とは違って、殿下に影響はないから」
さすがはノワール様。
これぞ私が求めていたもの。
私が摂取した成分は母乳に出てしまうから気を遣うけど、心配ないなら最高だ。
「ありがとうございます! 早速いただきます! あぁ〜アセロラジュースみたいで美味しい!」
「そう。それならよかった」
ノワール様は、喜ぶ私を嬉しそうに見つめてくれていた。
「二人が無事で良かった。セイラは本当によく頑張っていたと、母から聞いた」
アッシュ様は涙を堪えているのか、瞬きが多くなっている。
「はい! アッシュ様のお母様のお陰ですよ! ありがとう〜」
ヘリオスを抱き上げ、左手首を持って、アッシュ様に向かって手を振る。
「ヘリオス殿下⋯⋯ありがたきお言葉⋯⋯貴方様の治める世は、明るいものとなりましょう⋯⋯」
感極まったアッシュ様は、騎士モードになって、泣き出してしまったのだった。
その後はせっかくなので、みなさんに順番に抱っこしてもらった。
まだ首が座っていないので、みなさん恐る恐るといった所だ。
私たちも先月まではそうだったな⋯⋯
私とブラン様は、ベッドに並んで腰かけ、そんなみなさんの様子を眺めている。
「愛する妻と息子、そして大切な仲間たち⋯⋯私はとても幸せだ」
ブラン様は、穏やかな表情で、目の前の光景を見つめながら、つぶやいた。
「はい。私もとても幸せです⋯⋯」
こんなにも幸せな日々を送れるなんて、昔は想像できなかったな。
両親を亡くして、交友関係も決して広くはなくて、常に心のどこかに隙間があって⋯⋯
でも、今の私は、満たされ過ぎて溢れるくらいだよね。
それもこれも、周りの人に恵まれたお陰だ。
「あ゛〜〜! んぎゃあ゛〜〜!」
だんだん眠たくなってきて、ご機嫌ナナメになったのか、ヘリオスは泣き出してしまった。
「おいおい。王子様っつっても、まだまだガキんちょだな。情けない泣き方しやがって」
ジェード様はヘリオスを抱きながら、呆れたように言う。
まだ生後一ヶ月だから許してあげてくださいと、心の中でツッコむ。
ジェード様はあやすように身体を揺すりながら、子守唄を歌ってくれた。
大泣きしていたヘリオスが、ピタリと泣き止み、しばらくすると、安心したのか目がとろ~んとして来た。
さすがジェード様。凄く心地良い歌声だ。
私まで眠たくなってきちゃった。
ブラン様の肩をお借りして、ちょっとだけ、目を瞑って⋯⋯
「どうやらセイラ君まで眠ってしまったらしい」
「まぁ、俺の手に掛かれば、こんなもんだ」
「やっぱり疲れてたんだね」
「寝顔がヘリオス殿下と瓜二つだな」
「赤ちゃんみたいで可愛い〜!」
「すまないがヘリオスを見ていて貰えないだろうか? あちらの部屋で寝かせて来る」
その言葉のあと、身体がふわっと浮き上がる。
ブラン様がお姫様抱っこしてくれてるのかな。
自分で歩きますから⋯⋯と言いたい所だけど、眠すぎて意識を保っていられない。
「お休み」
お布団をかけてもらったあと、おでこに温かくて柔らかいものが触れた。
守られているような安心感を覚えながら、幸せな気持ちで眠りについた。
あれから時は経ち、春の終わり。
ヘリオスが生後11ヶ月になった頃のこと。
この日は建国記念日のため、パレードが行われることになっていた。
ヘリオスにとっては、国民のみなさんに初めてお披露目される日。
いつもの赤ちゃんらしいロンパースではなく、真っ白なジャケットを羽織って、正装する。
ふっくらとしたほっぺたと、ふにゃっとした表情とのミスマッチ感がなんとも愛らしい。
両陛下とモント様、ブラン様と私たちは、三人ずつ、二台の馬車に分かれて乗り込み、スタートを待つ。
パレードの警備には、英雄のみなさんも協力して下さっていて、それぞれの持ち場で待機してくれている。
既に街の方から大きな歓声が聞こえる中、準備が整ったようだ。
今回もパレードの開始を告げる花火は、アッシュ様が担当だ。
アッシュ様が先頭の馬に乗り、手を天にかざすと、キラキラとした魔法が打ち上がった。
「何度見ても素敵です! ヘリオスも見えたでしょ? キラキラだね〜?」
膝の上に座るヘリオスとともに、うっとりとした気分で空を見上げていると、アッシュ様はさらに追加で花火を打ち上げた。
すると、それに返事をするかのように、離れた場所からも魔法が打ち上がる。
舞い上がる花びらと緑の葉、黒く光る花火、真っ赤な火柱、飛沫をあげる水柱⋯⋯
どれも光り輝いている。
アッシュ様がもう一度花火を打ち上げると、今度はモント様が白い光を打ち上げた。
白い魔法は空高く上ったあと、周りの空気を巻き込むようにして、消える。
「モント様の魔法も凄いですね! あんな風に触れた物が全て消えるなんて!」
「皆がヘリオスの初お披露目だから、派手にやりたいと言ってくれたんだ。セイラもこういうのが好きだろうからと」
隣に座るブラン様が種明かししてくれる。
嬉しい。英雄のみなさんがサプライズしてくれたんだ。
前代未聞の派手な演出でスタートしたパレードは、ゆっくりと進み出す。
「ヘリオス殿下〜! なんてキュートなんでしょう〜!」
「生まれて来てくれて、ありがとう〜!」
国民のみなさまから温かい言葉をかけて貰う。
「たったったぁ〜!」
ヘリオスは緊張している様子もなく、この日のために練習した、拍手とバイバイを嬉しそうに披露している。
手を振り、声をかけてくれる人の中には、赤ちゃん連れの人もたくさんいた。
「ヘリオスには、この国の未来を背負って貰うことになるが、まずは私たちが、この子やあの子らに、明るい未来を見せなければならないな」
ブラン様は決意のこもった熱い眼差しで、街の人々を見ながら私の手を握った。
「そうですね。私たちならきっと出来ます。今までだって、何度もこの世界を救って来ましたから。これからも一緒に守って行きましょうね」
この人の隣にいられる喜びを噛みしめながら、手を握り返す。
反対の手で、膝の上に座る宝物を抱きしめると、温かくて幸せな気持ちが胸を満たしてくれた。
【完結】
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