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107.この歴史的瞬間に涙しないわけがない

※出産シーンがあります。ご注意下さい。

 季節は初夏。

 とうとう臨月に入った。

 安静制限も解除され、あとはその時が来るのを待つだけだ。


 この日は、教皇聖下による安産祈願を受けた後、久しぶりにブラン様と庭園での散歩を楽しんでいた。

 優しい彼は、私の歩く速度に合わせながら、ゆっくりと歩みを進めてくれる。


 浮気濡れ衣事件以降も、ブラン様は私への愛情表現や優しい言葉かけを欠かさずにしてくれる。

 まさにスーパーダーリンだ。


 

「あ〜外の空気は気持ちが良いですね! 臨月はたくさん散歩した方が良いと聞きましたが、このお庭は最高のコースです! 可憐な花たちに癒されますね!」


 大きくせり出したお腹を突き出すようにしてバランスを取りながら、ゆっくりと花を見て回る。

 全体的に紫色のお花が見頃のように思う。


「そうだな。いよいよだな。待ち遠しいと同時に、不安な気持ちもある。セイラに、もしものことがあったら⋯⋯」


 ブラン様はなんとも言えない表情をしていた。

 

「私も怖くないと言えば嘘になりますけど、安産祈願もしてもらいましたし、何かあれば優秀な神官のみなさんが助けてくれるはずですから」

 

 ブラン様を勇気づけようと笑顔で手を握る。


「そうだな。一番不安なのはセイラのはずなのに、弱気になって申し訳なかった。ありがとう」


 ブラン様は手を握り返し、微笑んでくれた。


 

 その日の午後。

 英雄のみなさんが、妊婦状態の私に会っておこうと来てくれた。


 今の私は戦闘なんてもっての外だから、警備を強化するために、陛下がみなさんを呼び寄せてくれ、先ほどまで集まって会議をしていたらしい。


「はぁ〜こん中に赤ん坊が入ってんのか?」


 感心したように私のお腹を観察するジェード様。

 

「はい! もう服の上から見てるだけでも、動いてるのが分かりますよ!」


 最初は違和感くらいだった胎動は、力強い蹴りへと成長している。


「男の子か女の子かどっちだと思う〜? 前に出てたら男の子とか、横に出てたら女の子とか言うよね〜」


 ボルド様も私のお腹をまじまじと観察している。

 だんだん恥ずかしくなってきた⋯⋯


「どうだろうな。どちらでも良いように、準備は整えてあるが⋯⋯」


 後継者になれるのは慣例では男の子だけど、女の子だって可愛いだろうな⋯⋯

 

「とうとうブランとセイラが親になるのか。月日が経つのは早いな」


 アッシュ様は震える声でコメントした後、目頭を押さえた。

 この調子だったら、生まれてからも、節目節目で一緒に泣いてくれるかもしれない。

 

「今日こそは我慢するって言ってたのにね」


 ノワール様がアッシュ様と肩を組む。


「出産に関しては、僕たちには祈ることしか出来ないが、護衛に関しては任せて欲しい」


 セルリアン様はそう言ってくれた。

 


 みなさんが帰った後は、再びブラン様と二人きりの時間だ。


 浮腫んだ脚をマッサージしてくれたり、髪を櫛でといてくれたり⋯⋯

 徹底的に甘やかしてもらい、今はバッグハグをしてもらっている。


「会える日はいつになるだろうか。楽しみに待っているからな」


 お腹を撫でながら話しかけてくれる。


「はい。楽しみですね。こんなにもたくさんの人に誕生を待ち望まれているなんて、幸せなことです」


 この国では、お腹にいる時にたくさん話しかけられて、さすられると幸せな子になれると言い伝えられている。

 先ほどみなさんにも、たくさん言葉をかけてもらったから、きっとこの子は幸せになれるはずだ。


「ブラン様が生まれてくる時も、そうだったんでしょうね」


「あぁ。たくさんの人々に祝ってもらえたのだと、父上と母上から聞いた。それはセイラ、君だってそうだったはずだ」


 ブラン様は優しい目で見つめながら言ってくれた。

 王子様とは人数規模は違えど、私だって少なくとも両親には心から望まれて生まれてきたはずだ。

 

 温かい気持ちになりながら、眠りにつくことができた。


『聖良⋯⋯今までよく頑張ったな。あともう一踏ん張りだ』

『聖良ちゃん、大変だけど、私たちもついてるからね』


 夢の中に現れたのはお父さんとお母さんだった。


『うん! ありがとう! 応援しててね!』


 二人にお礼を言い。手を振る。

 すると⋯⋯


――チョロチョロ


 ん? お股に感じる不思議な感覚。

 それに加えて、なんとなくお腹が張っているような、そうではないような。


 え? おねしょ? やっちゃった? ブラン様のベッドで?

 いや、違う⋯⋯⋯⋯


「なんと! 破水しました! 生まれます!」


 隣で眠るブラン様を叩き起こす。


「なんだって!? 痛くはないのか? 大丈夫なのか? とにかく、すぐに神官たちを呼んでくるから!」


 ブラン様は大慌てで部屋を飛び出して行った。


 そしてあれよあれよと言う間に、女性神官たちが集まってくれた。

 この時のために、日夜交代で待機してもらっていたらしい。


「あ〜そこそこ痛くなってきました。生理痛くらいです」


「そうですか。今のご様子でしたら、あと半日くらいはかかりましょう」

 

 五十代くらいの銀髪銀眼の女性神官、ペルル様が答えてくれた。

 このお産を主に担当してくれる、リーダー的ポジションのお方だ。

 ご自身も出産経験をお持ちとのことで、大変心強い。


 それにしてもあと半日か⋯⋯

 そう簡単には生まれないらしい。

 けどまぁ、これくらいの痛みなら毎月経験してるし、全然我慢できるな。

 そう油断していた。


 約三時間後。


「ひぃ~ひぃ~ふぅ〜⋯⋯うぁ゛あ゛あ゛〜」

  

 既に痛みが未知の領域に達しようとしていた。

 猫にされた呪いと同じかそれ以上に痛い。 

 身体を雑巾絞りされて、骨を折られるみたいな感覚だ。

 呼吸方法の指導を受けるも、そんな余裕はない。

 

「あぁ⋯⋯セイラ⋯⋯」


 ブラン様は腰をさすってくれている。

 ペルル様はお尻をギュッと押してくれる。

 こうしてもらえると、痛みがほんの少しマシに感じる。

 それと、今は力を入れてはいけない段階らしいから、その余計な力を逃がすのにも助かる。

 それでも、狂う一歩手前って感じだけど⋯⋯


「ペルル様、あと何時間かかりますか?」


「この様子でしたらあと半日から九時間程度⋯⋯」

「ええ! 全然縮まっていないじゃないですか! こんなに痛いのに! あぁ、来る来る⋯⋯ぎぃやあ゛〜!」


 しかしこれは序章に過ぎず。


「はぁ⋯⋯もうきついです⋯⋯限界です」


 痛みの強度は増し、痛くない時間が短くなってくる。

 破水してから六時間。

 既に体力は限界。

 腰をさするブラン様にも、疲労の色が見え始める。


「あの⋯⋯甘ったれたこと言いますけど、回復魔法とか、使って頂けたり⋯⋯」


「お気持ちは大変よく分かりますが、出産は親子二人三脚です。回復魔法を使用すれば、御子様が外に出ようとするエネルギーを弱めることになってしまいますから。ですが、分娩時に裂けたような部分や消費された体力は、後ほどすぐに回復致します」


「前半は理解出来たのですが、後半はなんと? 裂けるってどこがですか? お股ですか? ウソですよね!? 来たあ゛〜いだい゛〜」


 こうして格闘すること更に九時間。

 痛みはどんどん強さを増し、常に何らかの痛みを感じるようになった。

 そして、とうとう、その時がやって来た。


「妃殿下、次の痛みで、いきんで下さいませ!」

「え⋯⋯良いん⋯⋯ですか? やっと⋯⋯来た⋯⋯あ゛〜あ゛〜」

「声を出さずに力を入れて! 目は閉じない! はい! お上手です!」

「セイラ! 君はすごいな! よく頑張っているぞ!」

 

 一生懸命応援してくれるペルル様とブラン様。


 何度かそんなことを繰り返す内に⋯⋯


――ドゥルン


 あ。なんか出た。


「オギャア! オギャア!」


「はい! お生まれになりました! 元気な男子でいらっしゃいます!」


 赤ちゃんはそのまますぐに、浴室に連れて行かれた。

 元気に泣いているのが、ここまで聞こえてくる。


 はぁ⋯⋯終わった⋯⋯辛すぎた⋯⋯

 喉はガラガラ、全身は筋肉痛。

 お股もちょびっと裂けたらしい。

 

 すぐに控えていた神官の方が、回復魔法を使ってくれる。

 出産は自力で頑張ったけど、ボロボロの身体がすぐに治るのはありがたい。

 これが元いた世界なら、処置を受けながら、地道に回復を待つしかなかったんだろうから。


「セイラ! 本当によく頑張ったな! ありがとう。ありがとう⋯⋯」


 涙目になっているブラン様⋯⋯

 手を握り、労ってくれたあと、ハンカチで額の汗を拭いてくれる。


「めちゃくちゃしんどかったですけど、ブラン様も全力で寄り添ってくれて、ありがとうございました。ますます大好きです」


 こうやって、夫婦二人で乗り越えることによって、絆が深まるんじゃないだろうか。


 それもこれも、ペルル様のお陰。


「ペルル様、ありがとうございました⋯⋯って、あれ? ペルル様?」

 

「このような歴史的瞬間に立ち会えたこと⋯⋯光栄に思います。懸命な妃殿下のお姿と、殿下の深い愛情に感動いたしました。母子ともに無事にお生まれになって、本当によかったです。いつか家の堅物息子にも、妃殿下のような女性が現れるでしょうか⋯⋯」


 ペルル様はハンカチを取り出し、涙を押さえている。

 あれ? もしかして⋯⋯


「ペルル様って、アッシュ様のお母様ですか?」

「はい。左様でございます。いつも息子がお世話になっております」


 やっぱりそうだ。

 アッシュ様の感動屋は、どうやらお母さん譲りらしかった。



 そうこうしている内に、我が息子が浴室から帰ってきた。

 温かいお湯で身体を清潔にしてもらい、服を着せてもらったらしい。


 お風呂が気持ちよかったのか、今は安心したように眠っている。

 生まれたての赤ちゃんって、本当に真っ赤なんだ。

 髪色はブラン様と同じ金色。


「ブラン様、抱っこしてあげてください」

「ここはセイラから抱くのが、筋ではないだろうか」 

「最初はブラン様が良いんです。お願いします」

「そうか。分かった」


 ブラン様は神官から、恐る恐る赤ちゃんを受け取り、その胸に抱いた。


「あぁ⋯⋯なんて愛らしいんだ。愛おしすぎて言葉では表現出来ないほどだ」


 温かい眼差しで我が子を見つめるブラン様。

 早くも父親の顔になっていて、その表情から目が離せなくなる。

 あぁ。やっぱり私はこのお方が好きだなと再認識する。


「さぁ、次はセイラの番だ」


 ブラン様から赤ちゃんを受け取る。

 こんなに小さくて、ふにゃふにゃの子を抱っこするのは初めてだ。


「かわいい⋯⋯」


 この子がお腹の中にずっと入ってたんだ。

 後ろから両肩にそっと手を置いてくれるブラン様を見上げて微笑み合う。


「生まれてきてくれてありがとう。私がお母さんです。これからもよろしくね」


 すやすやと眠る愛おしい我が子に挨拶した。

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