105.愛する人の誕生日をお祝いするのに全力を出さないわけがない※
とある秋の日。
愛するブラン様が二十五歳になる、お誕生日の一ヶ月前のこと。
ベッドの上でイチャイチャしながら、当日の希望をリサーチしていた。
「ねぇ、ねぇ、ブラン様〜お誕生日はどうやって過ごしたいですか? プレゼントのリクエストはあるでしょうか?」
隣に寝転ぶ彼に抱きつきながら、甘えるように身体を揺らす。
ブラン様もその動きに合わせて、ちょっとゆらゆらしてくれているのが、なんとも可愛らしい。
「そうだな⋯⋯セイラが一緒に過ごしてくれれば、それで⋯⋯」
ブラン様は、私のことを愛おしそうに見つめながら答えた。
「もう! それは当たり前じゃないですか! それに加えて、何か希望が無いかを教えて欲しいんです。全く、無欲なのはブラン様の方じゃないですか!」
照れ隠しもあって、ついついお説教っぽくなる。
「私は無欲なんかじゃないだろう? それなら、お言葉に甘えて、一日私の望みを聞いてもらうというのはどうだろうか?」
キラッキラの笑顔でリクエストしてくれるブラン様。
もちろん答えはイエスだけど、またコスプレとかするのかな⋯⋯
ドキドキしながら当日を待つことになった。
お誕生日当日。
ブラン様は贈り物の山に埋もれていた。
執事たちが開封し、ブラン様が中身をじっくり確認した後、お礼状を書くというチームプレーが出来上がっている。
私はというと、ブラン様のリクエストである手料理を作るため、朝から厨房の隅をお借りしていた。
「妃殿下は料理もお上手なんですね〜」
王宮で提供される食事の全責任者である料理長が、感心したように鍋を覗き込んで来た。
「はい! こう見えて、料理は得意ですよ〜子どもの頃から自炊してましたし、働いていた定食屋でも、調理の過程を近くで見て、お手伝いしてましたから!」
とは言え、お洒落な料理は、あまり経験が無いんだよね。
メニューはおまかせとのことだったので、以前にセルリアン様から授かったレシピの内、鯛の白ワイン蒸しと、チョップドサラダを作ることにした。
後は個人的な懐かしの味、豚汁と卵焼きを作った。
昼食の時間。
二人きりで食事をすることに。
料理長には自信満々にああ言ったけど、いざブラン様を目の前にすると、緊張して来た。
「どうぞ⋯⋯お口に合うといいのですが⋯⋯」
椅子に座るブラン様の斜め後ろに立ち、お皿をテーブルの上に並べていく。
「全てセイラが作ってくれたのか!? どれも美味しそうだ!」
嬉しそうなブラン様。
「これがセイラの故郷の味か⋯⋯どこか温かみがあって癒される⋯⋯私はなんて幸せ者なんだ⋯⋯」
豚汁と卵焼きを食べながら、ほっこり気分を味わってもらえたみたいだった。
デザートのお誕生日ケーキは、パティシエが作った『超超ゴージャスな特大ケーキ』⋯⋯ではなく、『かわいいクマさん型のチョコケーキ』だ。
「わぁ! とっても可愛いですね! まるでテディベアですよ!」
さすが、王室専属のパティシエの方は、ブラン様の好みを熟知しているようだ。
「あぁ。幼い頃からずっと、クマやウサギなどの可愛い生き物のケーキにしてくれるんだ。もう二十五歳だと言うのに⋯⋯」
ブラン様は顔を赤くしている。
可愛すぎて崩せないと苦悩しながらも、最後は幸せそうにケーキを食べていた。
次なるリクエストはなんだろう?
ワクワクした気持ちで待機していたのにも関わらず、ブラン様に予定が入ってしまった。
「すまないな。スカーレット公爵が、急ぎ打ち合わせたいことがあると言って来ているんだ。恐らく燃料に関する問題だろうから、後回しにするのは難しそうだ」
ブラン様は困ったように眉を動かした。
「そうですか⋯⋯急ぎのお仕事なら仕方ないですね。でも、せっかくのお誕生日なんですから、無理はしないでくださいね⋯⋯」
「あぁ。セイラが私のために頑張ってくれているというのに、申し訳ないな」
落ち込む私の頭を優しく撫でてくれる。
「お戻りは何時頃でしょうか?」
「今は分からないが、もし今日中に戻れたら、夜は一緒に過ごしてくれるか?」
片手で抱き寄せられ、耳元で甘えたような声でお願いされると、一気に顔が火照ってくる。
「はい。何時になっても待ってますから」
頬に手を添えてキスすると、両手で抱きしめてくれた。
そして夜。
ブラン様が戻って来る事を信じて、メイドさんたちに準備を手伝ってもらう。
「殿下への最高のプレゼントになるよう、いつも以上に美しく仕上げさせて頂きますからね!」
マロンさんは顔に保湿剤を塗ってくれている。
「ありがとうございます⋯⋯頑張ります⋯⋯」
いわゆる『プレゼントは、わ・た・し』状態。
これはなんとも恥ずかしい。
「そう言えばセイラ様? ブルムの露店で、ベッド用の香水を入手されたのではありませんでしたか?」
「そうなんですけど、これを買った直後にあんな事になったので、なんとなく使うのに躊躇してしまって⋯⋯」
「それはいけません! 香水に罪はありませんからね。ぜひ使いましょう! 今こそ、その時です! さぁ!」
マロンさんの圧に負け、おずおずと入手した香水を渡す。
シナモンさんとグレナさんも、マロンさんと顔を寄せ合って、香水の説明書きを読んでいる。
「セイラ様、これはかなり強力な香水のようです! 私たちも嗅いでしまえば、おかしくなってしまうかもしれませんので、二人きりになられてから、ご自分で使用してくださいませ!」
「うふふっ、楽しみですね」
「感想を教えてくださいね!」
メイドさんたちはそう言い残して、出ていってしまった。
嗅いだだけでおかしくなってしまうって、そんな物を使っても良いのか、果たしてどうなってしまうのか⋯⋯
期待と不安が入り交じる中、説明書通りに香水を腰に吹きかけ、ブラン様の寝室へと向かった。
まだブラン様は帰って来ていないみたいだ。
ベッドに潜り込んで、シーツにくるまり、帰りを待つ。
香水の香りは一言で言えばフルーティ。
ありがちな香りと言ってしまえば、それまでだ。
けど、そこから徐々に香りが変わって行って、石けんのような清潔感のある香りになったかと思ったら、ムスクのような妖艶な香りになっていき⋯⋯
香りを嗅いでいる内に、身体に変化が起こった。
なんだろう。
香水を吹きかけた辺りがゾクゾクする。
じんわりと何かが広がっていくような感覚。
どうしよう。ブラン様が帰って来てないのに、一人でおかしくなり始めてしまった。
腕が寂しくなって、枕を抱きしめる。
洗いたてのはずだけど、微かにブラン様の香りが残っているような気がして、鼓動が速くなる。
「ブラン様⋯⋯早くぎゅってして欲しいのに⋯⋯」
しばらく枕に頬を擦り寄せていると、耳元で声が聞こえた。
「何をしているんだ? 俺のベッドで、一人でそんなに乱れて」
いつもより低い声に敏感に反応して腰が跳ねる。
恐る恐る振り向くと、早くもオスの顔になったブラン様がいた。
「これは! あの! その⋯⋯⋯⋯うぅ⋯⋯ごめんなさい⋯⋯」
こんな姿を見られるなんて。
恥ずかしさで涙目になる。
ブラン様はすぐに馬乗りになって、噛み付くようにキスしてくれた。
両手の指を絡めるようにして、シーツに押し付けられる。
「遅くまで待たせて申し訳ないと思っていたが、俺がいない間に、セイラは一人で、いけない事をしていたのか?」
「違います! これは、香水のせいで!」
間髪入れず正直に答えても、ブラン様は納得してくれない。
「確かにいい香りだが、言い訳にはならないな。いったい何をしていたんだ?」
射抜くような目で見つめられながら、問い詰められると、また身体が反応してしまう。
「だって⋯⋯」
いやいや。こういうのって、香りをかいだ男性側がめちゃくちゃ積極的になるとか、そういうのじゃないの?
想像と違い、おかしくなっているのは私だけみたいだ。
「ブラン様の匂いがしたから、ドキドキして⋯⋯もう自分ではどうすることも出来ないんです。だから、お願い。もっと」
両手で頬を包みこんで、唇を奪う。
全然足りない。こんなんじゃ満たされない。
「どうして君はいつも俺を振り回すんだ。もうどうなっても知らないから」
息が止まるほど強く抱きしめられる。
深くなるキスに頭が真っ白になる。
「もうだめです。助けて、おかしくなる⋯⋯全部欲しいです。ブランの愛が欲しい」
背中に腕を回して縋り付く。
「あぁ。俺の愛は全てセイラの物だ」
抱きしめられて、頬や耳、首筋にキスされる。
無意識に身体をよじって逃げてしまう。
「逃げないでくれ。今、楽にしてあげるから」
その後は明け方まで、気が狂いそうになるほど、ぐずぐずに甘やかされた。
翌朝。
気づいたら眠っていた私は、盛大に乱れたシーツの上で目を覚ました。
全身に甘いだるさを感じる。
もう一歩も動ける気がしない。
ふと隣を見ると、キラッキラ王子様モードに戻ったブラン様と目があった。
「あ、おはようございます⋯⋯ブラン様は⋯⋯大丈夫ですか?」
叫び過ぎたからか、少し声が枯れている。
「おはよう、セイラ。私は大丈夫だが⋯⋯随分と無理をさせたな」
私の頭を撫でながら、申し訳なさそうにしている。
けれども、なんだかいつも以上に、キラキラ度が増している気がしてならない。
肌ツヤがさらに良くなってるんだ⋯⋯
薄々感じてたけど、ブラン様って絶倫?
もしかして、今までのは物足りなかった?
まぁ、今回ご満足頂けたのなら、なによりだ。
この日以降、二人の間には香水ブームが巻き起こり、より濃密な時間を過ごすようになっていった。
そして、とうとうこの時がやって来た。
なんだか最近、お腹の下の方がチクチクするんだよね。
それと、なんとなく胃もたれがして、食べ物が喉を通らない。
「セイラ、大丈夫か? 口に合わなかったか?」
向かい合って食事をとっているブラン様は、手を止め、心配そうに私を見つめる。
「なんだか胃の調子がおかしくて、味覚も変わった気がします。美味しそうなのは、頭ではわかっているんですけど、どうも受け付けなくて⋯⋯」
本音では匂いを嗅ぐのも、見ているのも苦しい。
「まさか⋯⋯」
ブラン様は、すぐに女性神官による治療を手配してくれた。
ベッドに横になる私に、神官が手をかざす。
すると、聖属性のはずの私の身体が白く光った。
これって⋯⋯
「ブラン殿下、セイラ妃殿下、おめでとうございます! ご懐妊です!」
女性神官は満面の笑みで言ってくれた。