103.このオトコたちに魅せられないわけがない
今回の争いの首謀者、王族の血を引くサフェードさんに捕まった私は、床に押し倒されてしまった。
サフェードさんは、私の頬を撫でながら微笑んでいる。
ブラン様と似た美しい顔だけど、身体が完全に拒絶反応を起こし、震えが来る。
「止めてもらえませんか? 寒気がするんですけど」
目の前の彼を睨みつける。
身体が言うことを聞きさえすれば、絶対に負けたりしないのに。
「さっきの話を忘れたのかな? 僕の機嫌をとっておいた方が、長期的に考えたら、いい思いが出来ると思うけど。それとも、まだ君の王子様が迎えに来るのを期待してる?」
サフェードさんは再び私の首筋の刻印に触れた。
「痛い! 止めて!」
顔を振って抵抗しても離してもらえない。
「今すぐ君を幻獣に変えても良いんだよ? どんな姿になるのかな? カーバンクルみたいな可愛いのだといいね」
私を支配できていることが嬉しいのか、余裕ありげに微笑んでいる。
「僕にだって心があるからさ、女性なら誰でも良いってわけじゃ無いんだ。だから君で良かったよ。こんなにも美しい人を、妻に出来るなんて⋯⋯ね?」
サフェードさんの手が脚に伸ばされる。
「嫌! 助けて! ブラン様! ルーチェ様!」
目をつぶり、声を振り絞って叫ぶ。
そのまま祈りを捧げると、熱いお湯が降ってきた。
「え!? 何? 熱っ! 熱い!」
「君! 何したの!?」
二人して飛び起きて、逃げ惑う。
え? サフェードさんがやったんじゃないの?
よくわからないけど、普通に動けてる。
力が戻って来る感覚がする。これって⋯⋯
「セイラ! 遅くなって、すまなかった!」
「先生! 大丈夫?」
部屋の入り口には、ブラン様とアガットくんが立っていた。
アガットくんの右手には、お湯が入っていたであろう、ビンが握られている。
ここまで助けに来てくれたんだ。
「ブラン様! アガットくん! ありがとうございます!」
愛しい人と救世主に、すぐに駆け寄って抱きつきたい所だけど、先にやることがある。
「僕の呪いが解かれるなんて、あり得ない⋯⋯⋯⋯まさか⋯⋯⋯⋯理想郷は実在したのか?」
サフェードさんは、ケルベロスが作り出す影に潜る。
恐らくセイルの街でも、こうやって逃げたから、捕まえられなかったんだ。
「させません!」
低迷のスキルを使い、サフェードさんとケルベロスの行動を遅らせる。
アガットくんがケルベロスを縛り上げ、ブラン様は剣を振り抜いた。
剣を避けようと、後ろに手をついて倒れたサフェードさんの首元に、刃を突き立てる。
「騎士たちを、私の仲間たちを、愛するセイラを傷つけたこと、決して許しはしない。一生かけて償って貰わなければならない⋯⋯⋯⋯けれども、貴方達も私にとっては血族であり、大切な国民だ。人々に信頼される王となることを私はここに誓う」
ブラン様は、最後にはサフェードさんとケルベロスの前にしゃがみ、目線を合わせながら言った。
それに対して、サフェードさんとケルベロスは、返す言葉が見つからなかったようだった。
サフェードさんを拘束し、屋外に出ると、そこにはバーミリオンがいた。
私を見た瞬間、満面の笑みになる。
「ゴーゴーゴーゴー!」
「『セイラちゃん、無事で良かった! ボルドたちもみんな大丈夫だ!』と言っている」
「バーミリオン! ありがとう! みなさんも無事なんだね! 良かった⋯⋯」
駆け寄って体を撫でると、バーミリオンは嬉しそうに火を吹く。
良かった。みなさん生きててくれたんだ。
「あの状況から、どうやって窮地を乗り切ったんですか?」
私の質問には、アガットくんが答えてくれた。
「俺たちはあの後、無事に温泉のお湯を手に入れることができたんだ。その時にハーピーたちに事情を説明したら、ビンに入るだけじゃ足りないかもって、みんなもそれぞれ容器にお湯を汲んで、大量のお湯を一緒に運んでくれたんだ。それで、幻獣たちと戦っている大師匠たちを見つけて、幻獣たちにお湯をかけて、騎士に戻して戦闘不能にできたってわけ!」
アガットくんは鼻高々に語った。
「なるほど。それはお手柄だったね! それで、どうして、ここが分かったんですか?」
「サフィール氏なら頼れるのではないかと言う考えと、一連の状況から犯人の可能性が高いんじゃないかと言う考えが半々で、ここに向かったんだ。君が無事で本当に良かった」
ブラン様は温かい手で、頬を優しく撫でてくれた。
あぁ、この人のもとに帰って来れたんだと強く実感する。
「ブラン様、助けてくれてありがとう。生きててくれてありがとう」
勢いよく抱きつくと、しっかりと抱きしめてくれた。
こうして誰も失うことなく、戦いは幕を下ろした。
王宮に戻りサフェードさんたちの身柄を預けると、無事だったモント様と合流し、陛下への報告を済ませる。
サフェードさんのお母さんの治療も、神官たちが最善を尽くしてくれるとのことだ。
その後はすぐに牢屋に行き、メイドさんたちを釈放してもらうことが出来た。
「ごめんなさい。マロンさん、シナモンさん、グレナさん。みなさんは何も悪くなかったのに」
「セイラ様〜! 最後まで信じて下さり、ありがとうございました〜!」
「セイラ様が殿下に進言して下さったお陰で、手枷もこの通り、キツくない物にして頂けました!」
「一生ついていきますから〜!」
メイドさんたちと涙の再会を果たすことができた。
そして今からは、ブラン様と共に、お見舞いのために休養所を訪れるところだ。
休養所とは城内にある入院施設のようなもので、怪我人や急病人を収容し、神官たちが治療をする場所だ。
神官たちが、慌ただしく病室に出入りしているのが見えて来た。
今回の争いでは、幻獣に変えられていた騎士たちや、英雄のみなさんも負傷してしまったから。
入り口近くの病室には、ずらりと並ぶベッドの上に、騎士たちが寝かされていた。
「全員意識は戻ったそうだ。今ここにいる騎士たちと失踪者リストにあった者たちは一致した。まさか、こんな酷い目に遭わされているとは想像もしていなかったが、全員見つかったことだけは喜ぶべきだ」
ブラン様は、複雑そうな表情をしながら病室内を見渡す。
「ブラン殿下、セイラ妃殿下⋯⋯」
騎士たちは私たちに気づくと、ボロボロの身体で起き上がろうとした。
「畏まる必要はない。楽にしていてくれ。皆よく頑張ったな」
「ゆっくり休んでくださいね」
長居をしては気を遣わせてしまうので、労いの言葉をかけて直ぐに退室した。
英雄のみなさんが、奥の病室で休んでいるというので向かう。
「おい、お前! ふざけんなよ! さっきから暑苦しいんだよ!」
「だって〜! この部屋、寒すぎない〜?」
「お前たち、うるさいぞ! 静かにしないか」
「騒々しくて休めない。早く帰りたい」
「寒いと感じる者が厚着をするべきだ。もしくはこのカーバンクルを別室へ移すことで解決可能だろう」
「キュルーン! キュウ!」
ドアの前に立つと、中から騒がしい声が聞こえて来た。
思わずブラン様と顔を見合わせる。
良かった。みなさん元気そうだ。
ブラン様がドアを開け、声をかける。
「外まで大きな声が聞こえているぞ。君たちは何を騒いでいるんだ?」
病室内には六台のベッドがあり、パステルはウサギの姿でベッドの上に丸まっていて、アッシュ様、ジェード様、ノワール様、ボルド様、セルリアン様は浴衣タイプの病衣を着て、ベッドの上にいる。
アッシュ様は腕に、ジェード様は頭に、ノワール様は胸に包帯を巻かれている。
「あ〜! ブラン! セイラちゃん! ちょっと聞いてよ〜! この部屋があまりにも寒いから、ジェードにひっついてたら怒られて、諦めてちょっと火を焚こうとしたら、また怒られちゃって〜」
「怪我人なんだから大人しくしてろよ。そもそも、病室内で火を焚くやつがあるか」
ボルド様とジェード様は早くも通常運転らしい。
「パステルがいると、どうしても気温が下がっちゃいますよね。おいで、パステル。助けてくれてありがとう」
「キューーン!」
ベッドの上でこちらを見上げながら、尻尾を振っているパステルを抱き上げる。
頬ずりするなど、しばらくじゃれ合った後、バングルに戻した。
それからみなさんを振り返る。
「みなさん、この度は命がけで助けて頂き、本当にありがとうございました」
感謝を込めて頭を下げる。
みなさんがゆっくりと立ち上がる気配がしたので、顔を上げる。
「セイラが無事で何よりだ」
「俺、肝心な時に石になっちゃってごめんね? 怖い思いをさせちゃったね」
「君とブランが無事ならそれでいい。とは言え、僕が気がついた時には、全てが終わっていたが⋯⋯」
アッシュ様、ボルド様、セルリアン様は優しく微笑んでくれた。
「ほらあれだ。俺はお前の『ブシ』だからな」
「俺もブシだよ。髪型は真似出来なかったけど」
ジェード様とノワール様は冗談ぽく笑った後、それぞれ私の手をとって、甲にキスしてくれた。
「ブシとはなんだ?」
「僕もブシなのか?」
この話を知らないアッシュ様とセルリアン様に、ノワール様が説明してくれる。
「そうか。ならば俺は、元よりセイラのブシだ」
「僕も立場上、ブシと言うことで問題ないだろう」
アッシュ様とセルリアン様も、手の甲にキスしてくれる。
「え〜! みんなずるい! 俺も俺も〜!」
「皆、待ってくれ! 私だってブシだ!」
ボルド様とブラン様も、私の手を取り、甲にキスした。
「ねぇ、ねぇ、セイラちゃん。俺たち、格好良かった〜?」
白い歯を見せながら、ボルド様は少年のように笑う。
ブラン様、アッシュ様、ジェード様、ノワール様、セルリアン様も笑いかけてくれる。
胸がジーンと熱くなって、ときめきと幸福感が広がっていく。
「はい! みなさん、宇宙一、格好良かったです! 私の武士たちは最高です! 愛してます!」
みなさんの愛情に感動した私は、ブラン様たち六人に思い切り抱きついた。