100.大切な人たちを犠牲にしていいわけがない
火の玉攻撃のターゲットである私は、街やお城の巻き添えを防ぐために、パステルに乗って王宮を飛び出した。
誰かに付いてきてもらったら良かったんだろうけど、それではパステルの機動力が落ちてしまう。
「うぅ⋯⋯あぁ!」
すぐにまた痛みが来た。
それと同時に火の玉が空に打ち上がる。
火の玉はやっぱり私を追尾しているんだ。
方向転換をすると付いてくる。
「あの辺りに降ろして! パステルはすぐに引き返して、みなさんと一緒に敵を倒して! 私はここで耐えしのぐから!」
遮蔽物になりそうな林に降り立つ。
少し後退すれば丘もあるし、洞窟もある。
しばらくはなんとかなりそうだ。
しかし、そんな考えは甘かった。
敵の攻撃は火の玉だけじゃなかったらしい。
気づいたら目の前に幻獣がいた。
幻獣キマイラ――ライオンの頭と前脚、雄山羊の体と後ろ脚、蛇の尾を持っている。
「どうしよう⋯⋯」
今の私は足を引きずるようにしないと、動く事が出来ないのに。
それでもやらないと。短剣と盾を構える。
「ガルルル⋯⋯」
キマイラはこちらを威嚇してくる。
「キュルキュル!」
パステルが私を庇うように前に出た。
氷の壁を作って守ってくれる。
「ゴォーー」
幻獣キマイラはパステルに向かって火を吹いた。
私たちを守る氷の壁は、いとも簡単に溶かされる。
「キューー!」
「パステル!」
パステルの体毛に火が燃え移り、負傷してしまう。
「パステル! 逃げて! キマイラの狙いは私だから!」
こうなったら短剣で仕留めるしかない。
両手に剣を構えてパステルの前に出る。
「キュン!」
パステルは短く鳴いたあと、再び私を後ろに庇おうとする。
「駄目だって! このままじゃ二人ともやられちゃうから!」
「キュン! キュルル!」
言い合いしながら庇い合う。
そこに再び火の玉が飛んできた。
さっきより発射場所が近づいて来ている気がする。
こっちに向かって移動してるんだ。
大きな木の後ろに隠れて火の玉をやり過ごす。
そこにキマイラが再び襲いかかって来た。
覚悟を決めてやるしかない。
ふらつく身体を安定させ、木の幹に足の裏をつけて、飛び出す準備をしたその時。
遠くから大量の魔法が飛んできた。
白黄緑黒青⋯⋯
過剰ともいえる攻撃を浴びたキマイラは、地面に倒れた。
「おいこら! セイラ! お前! ふざけんなよ!」
この声は⋯⋯
「ジェード様! みなさん!」
ジェード様の移動の魔法で追いかけて来てくれたんだ。
その姿を見て、心細く震えていた胸に安堵が広がる。
「いくら三人分のバフがかかってるからって、こんな大人数をこの距離運ぶのは無茶だろうが。勝手に飛び出しやがって」
「すみません。助かりました。そのせいで、パステルが私を庇って怪我を⋯⋯」
「軽い火傷だ。すぐに治る。パステル、お前は立派だ」
アッシュ様はパステルを撫でながら、回復魔法で手当てしてくれる。
「セイラ! 君は、いくら国民を守るためとは言え、どうして無茶ばかりするんだ! 君にもしものことがあったら⋯⋯心臓が止まるかと思った」
ブラン様に強く抱きしめられる。
「心配かけてごめんなさい⋯⋯パステルにも申し訳ないことをしました。みなさん、助けに来てくれて、ありがとうございます⋯⋯」
「あぁ。無事で良かった」
優しくおでこにキスされ、身体が離れる。
「よっしゃ〜! んじゃ、セイラちゃんを守りながら、火の玉を飛ばしてる奴を倒すぞ〜!」
ボルド様は大きな盾を構えて、前に出てくれた。
今まで何度、この背中に守ってもらったことか。
火の玉を飛ばして来ていた敵が、ずりずりと土埃を巻き上げながら近づいてきた。
その正体は巨大なトカゲ――幻獣サラマンダーだ。
「僕がやろう」
セルリアン様が精霊たちに語りかけると、大量の水が作り出され、波となりサラマンダーを飲み込む。
激しく抵抗している所に、容赦なく波が押し寄せ、やがて結界で作られた巨大な金魚鉢に包まれ、沈んでいった。
すごい。
あっという間に倒してしまった。
これが神話級精霊術師の実力⋯⋯
「セルリアン様、ありがとうございました!」
「礼には及ばない。君が無事で良かった」
セルリアン様は柔らかな表情で、微笑んでくれた。
「この後はどうしましょうか? 幻獣キマイラとサラマンダーをけしかけた犯人を、探さないといけませんよね?」
ブラン様を振り返る。
「そうだな。サラマンダーがやってきた方角に、主導者がいると考えるのが普通だが⋯⋯」
「他にも調べるとしたら、幻獣たちかな」
ノワール様はキマイラの方に歩いて行く。
「⋯⋯このキマイラ、様子がおかしい」
「おかしいとはどういう事だ?」
ブラン様の肩を借りて、キマイラの元へと歩く。
様子を観察していると、薄っすらと白い煙が出ているのが分かった。
「コイツは火を吹いてやがったから、湯気が出てんじゃないのか?」
ジェード様は杖の先っちょで、キマイラの足をツンツンとつつく。
すると、大量の煙が吹き出してきた。
「うわぁ! なんだ!? 爆発すんのか?」
ジェード様は驚きながら、ボルド様の盾の後ろに隠れる。
燃えたような臭いはしないし、この煙は何だろう?
離れたところで見守っていると、煙は収まり、信じられない光景が広がっていた。
幻獣キマイラが姿を消し、代わりに倒れていたのは⋯⋯
「ええ! ウィローさん!? 失踪中だった、ライズの騎士団の方ですよ!」
「どうして彼がここにいるんだ!」
「うそ〜! 幻獣の正体は人間〜!?」
ウィローさんは生きているけど、意識はなく、ぐったりとしている。
何かに巻き込まれたのか、さらわれたのか、幻獣の姿でずっと生きていたんだ。
「サラマンダーの正体は、ルートル副長だ」
アッシュ様の声に振り返ると、先ほどセルリアン様が倒したサラマンダーが姿を消し、びしょ濡れで弱った姿のルートル様がいた。
「はぁ? どうなってんだ? んじゃあ、お前も人間なのか?」
ジェード様が話しかけると、パステルは首を振った。
「キュルキュル!」
「『我も、あの卑猥な水馬も人間ではない。この者たちが、一時的に幻獣に化けさせられたのだろう』とのことだ」
「そうなると、セイラちゃんの変身の呪いは、彼らと同じ状態になるものの可能性が高いよね」
説得力のあるノワール様の言葉に恐怖を感じる。
この呪いが進行したら、私もあんなふうに姿を変えてしまうってこと?
何者かの指示に従って、人を襲うようになるなんて⋯⋯
「どうしましょう。そんなの怖いです。誰かを傷つけるなんていやです」
こんな残酷な事をする犯人が憎くて、そんな人に命を握られているのが恐ろしい。
「大丈夫だ。私たちが付いている。そんな事は絶対にさせない」
ブラン様は抱き締めて、背中をポンポンと叩いてくれる。
この温かい体温をずっと感じていたい。
失いたくない。
もちろんみなさんのことも。
ウィローさんだって、ルートル様だって、今までずっと人々を守るために戦ってきたんだから、そう思っていたはず。
それなのに、こんな風に彼らの気持ちを踏みにじる犯人を、許してはいけない。
「そうなると彼らも皆人間ということになる」
セルリアン様が指さした方向には、新たな幻獣たちがいた。
白馬の背中に羽根がある姿のペガサス。
鶏の体にヘビの尻尾が生えたバジリスク。
タカの翼と上半身にライオンの下半身を持っているグリフォン。
他にも知らない幻獣たちがいる。
これがみんな元々は人間だったのかな。
「そうだと分かると、途端に攻撃しにくくなってしまうね」
「手加減をして勝てる相手ではなさそうなのが、厄介です」
モント様とアッシュ様は厳しい表情をしている。
ボルド様が盾を使って、幻獣たちからの攻撃を防いでくれているけど、とにかく数が多い。
セルリアン様も前に出て、精霊たちの力で全方向に結界を張ってくれる。
一番手強そうな動きをしていたのはグリフォンだ。
空を飛び回りながら、時折鋭い爪で攻撃して来る。
みなさんが攻撃魔法で応戦し、ジワジワ体力を削り、ようやく倒せた。
「うわ〜!」
突然ボルド様の叫び声が聞こえて来た。
振り返ると、信じられないことに、ボルド様とセルリアン様とパステルが石化させられていた。
どうやらバジリスクが術を使ったらしく、この攻撃は盾や結界では防げなかったらしい。
セルリアン様の精霊たちも消えてしまい、これをきっかけに、一気に守りが崩れる。
後衛職の方にも幻獣の接近を許してしまう。
なんとか魔法で応戦し、一体一体仕留めてはいるものの、数が多すぎる。
「⋯⋯⋯⋯このままじゃ全滅すんぞ」
ジェード様の表情は、強張っている。
「そうだね。まぁ、時間稼ぎくらいなら、なんとか出来そうだけど」
ノワール様はアッシュ様の顔を見て頷いた。
「ここは我々に任せて、お二人はセイラ様を連れて、お逃げ下さい!」
アッシュ様は叫んだ。
「いやですよ! そんなの、あんまりです!」
「君たちを置いて行くなんて、そんなことが出来る訳がないだろう?」
「いいから行け! 絶対にセイラを守れ! それがお前の役目だろうが!」
躊躇する私たちに向かって、ジェード様が叫ぶ。
「ブラン、ここはもう、君たちが居たってどうする事も出来ない。行くんだ」
モント様がブラン様の背中を押す。
三人の魔法が激しく飛び交う中、ブラン様は私を支えながら、戦線を離脱する。
気になって後ろを振り返ると、三人がバジリスクに毒を浴びせられるのが見えた。
「アッシュ様! ジェード様! ノワール様!」
「私が残るから、二人は行ってくれ。あの状態の彼らを置いてはいけないから」
「兄上!」
「ブラン、君がセイラさんを連れて逃げるんだ。絶対にセイラさんだけは、失ってはいけない。この国の希望の光なんだから」
「それはそうですが、それならば私も」
「君だって生き延びなければ、意味がないだろう? セイラさんの事も、この国の未来の事も、君が責任を持つんだ。もう時間がない。良いから早く行きなさい!」
モント様は再度ブラン様の背中を押したあと、アッシュ様たちの元へと歩いて行く。
「⋯⋯⋯⋯セイラ、行こう」
ブラン様は覚悟を決めたように、モント様に背を向けた。
最強だったはずの、私たち英雄のパーティーは、呆気なく崩壊させられてしまった。