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100/108

100.大切な人たちを犠牲にしていいわけがない


 火の玉攻撃のターゲットである私は、街やお城の巻き添えを防ぐために、パステルに乗って王宮を飛び出した。

 誰かに付いてきてもらったら良かったんだろうけど、それではパステルの機動力が落ちてしまう。


「うぅ⋯⋯あぁ!」


 すぐにまた痛みが来た。

 それと同時に火の玉が空に打ち上がる。

 火の玉はやっぱり私を追尾しているんだ。

 方向転換をすると付いてくる。

 

「あの辺りに降ろして! パステルはすぐに引き返して、みなさんと一緒に敵を倒して! 私はここで耐えしのぐから!」


 遮蔽物になりそうな林に降り立つ。

 少し後退すれば丘もあるし、洞窟もある。

 しばらくはなんとかなりそうだ。


 しかし、そんな考えは甘かった。

 敵の攻撃は火の玉だけじゃなかったらしい。

 気づいたら目の前に幻獣がいた。

  

 幻獣キマイラ――ライオンの頭と前脚、雄山羊の体と後ろ脚、蛇の尾を持っている。


「どうしよう⋯⋯」

 

 今の私は足を引きずるようにしないと、動く事が出来ないのに。

 それでもやらないと。短剣と盾を構える。


「ガルルル⋯⋯」


 キマイラはこちらを威嚇してくる。


「キュルキュル!」


 パステルが私を庇うように前に出た。

 氷の壁を作って守ってくれる。


「ゴォーー」


 幻獣キマイラはパステルに向かって火を吹いた。

 私たちを守る氷の壁は、いとも簡単に溶かされる。


「キューー!」

「パステル!」


 パステルの体毛に火が燃え移り、負傷してしまう。 


「パステル! 逃げて! キマイラの狙いは私だから!」

 

 こうなったら短剣で仕留めるしかない。

 両手に剣を構えてパステルの前に出る。


「キュン!」


 パステルは短く鳴いたあと、再び私を後ろに庇おうとする。


「駄目だって! このままじゃ二人ともやられちゃうから!」

「キュン! キュルル!」

 

 言い合いしながら庇い合う。

 そこに再び火の玉が飛んできた。 

 さっきより発射場所が近づいて来ている気がする。

 こっちに向かって移動してるんだ。


 大きな木の後ろに隠れて火の玉をやり過ごす。

 そこにキマイラが再び襲いかかって来た。

 覚悟を決めてやるしかない。


 ふらつく身体を安定させ、木の幹に足の裏をつけて、飛び出す準備をしたその時。


 遠くから大量の魔法が飛んできた。

 白黄緑黒青⋯⋯

 過剰ともいえる攻撃を浴びたキマイラは、地面に倒れた。


「おいこら! セイラ! お前! ふざけんなよ!」


 この声は⋯⋯


「ジェード様! みなさん!」


 ジェード様の移動の魔法で追いかけて来てくれたんだ。

 その姿を見て、心細く震えていた胸に安堵が広がる。

 

「いくら三人分のバフがかかってるからって、こんな大人数をこの距離運ぶのは無茶だろうが。勝手に飛び出しやがって」


「すみません。助かりました。そのせいで、パステルが私を庇って怪我を⋯⋯」

 

「軽い火傷だ。すぐに治る。パステル、お前は立派だ」


 アッシュ様はパステルを撫でながら、回復魔法で手当てしてくれる。


「セイラ! 君は、いくら国民を守るためとは言え、どうして無茶ばかりするんだ! 君にもしものことがあったら⋯⋯心臓が止まるかと思った」


 ブラン様に強く抱きしめられる。


「心配かけてごめんなさい⋯⋯パステルにも申し訳ないことをしました。みなさん、助けに来てくれて、ありがとうございます⋯⋯」


「あぁ。無事で良かった」


 優しくおでこにキスされ、身体が離れる。



「よっしゃ〜! んじゃ、セイラちゃんを守りながら、火の玉を飛ばしてる奴を倒すぞ〜!」

 

 ボルド様は大きな盾を構えて、前に出てくれた。

 今まで何度、この背中に守ってもらったことか。


 火の玉を飛ばして来ていた敵が、ずりずりと土埃を巻き上げながら近づいてきた。

 その正体は巨大なトカゲ――幻獣サラマンダーだ。


「僕がやろう」


 セルリアン様が精霊たちに語りかけると、大量の水が作り出され、波となりサラマンダーを飲み込む。

 激しく抵抗している所に、容赦なく波が押し寄せ、やがて結界で作られた巨大な金魚鉢に包まれ、沈んでいった。

 

 すごい。

 あっという間に倒してしまった。

 これが神話級精霊術師の実力⋯⋯


「セルリアン様、ありがとうございました!」


「礼には及ばない。君が無事で良かった」


 セルリアン様は柔らかな表情で、微笑んでくれた。


「この後はどうしましょうか? 幻獣キマイラとサラマンダーをけしかけた犯人を、探さないといけませんよね?」


 ブラン様を振り返る。


「そうだな。サラマンダーがやってきた方角に、主導者がいると考えるのが普通だが⋯⋯」


「他にも調べるとしたら、幻獣たちかな」


 ノワール様はキマイラの方に歩いて行く。



「⋯⋯このキマイラ、様子がおかしい」


「おかしいとはどういう事だ?」


 ブラン様の肩を借りて、キマイラの元へと歩く。

 様子を観察していると、薄っすらと白い煙が出ているのが分かった。


「コイツは火を吹いてやがったから、湯気が出てんじゃないのか?」


 ジェード様は杖の先っちょで、キマイラの足をツンツンとつつく。

 すると、大量の煙が吹き出してきた。


「うわぁ! なんだ!? 爆発すんのか?」


 ジェード様は驚きながら、ボルド様の盾の後ろに隠れる。

 燃えたような臭いはしないし、この煙は何だろう?


 離れたところで見守っていると、煙は収まり、信じられない光景が広がっていた。

 幻獣キマイラが姿を消し、代わりに倒れていたのは⋯⋯

 

「ええ! ウィローさん!? 失踪中だった、ライズの騎士団の方ですよ!」 

「どうして彼がここにいるんだ!」

「うそ〜! 幻獣の正体は人間〜!?」

 

 ウィローさんは生きているけど、意識はなく、ぐったりとしている。

 何かに巻き込まれたのか、さらわれたのか、幻獣の姿でずっと生きていたんだ。


「サラマンダーの正体は、ルートル副長だ」


 アッシュ様の声に振り返ると、先ほどセルリアン様が倒したサラマンダーが姿を消し、びしょ濡れで弱った姿のルートル様がいた。


「はぁ? どうなってんだ? んじゃあ、お前も人間なのか?」


 ジェード様が話しかけると、パステルは首を振った。


「キュルキュル!」


「『我も、あの卑猥な水馬も人間ではない。この者たちが、一時的に幻獣に化けさせられたのだろう』とのことだ」


「そうなると、セイラちゃんの変身の呪いは、彼らと同じ状態になるものの可能性が高いよね」


 説得力のあるノワール様の言葉に恐怖を感じる。

 この呪いが進行したら、私もあんなふうに姿を変えてしまうってこと?

 何者かの指示に従って、人を襲うようになるなんて⋯⋯


「どうしましょう。そんなの怖いです。誰かを傷つけるなんていやです」


 こんな残酷な事をする犯人が憎くて、そんな人に命を握られているのが恐ろしい。


「大丈夫だ。私たちが付いている。そんな事は絶対にさせない」


 ブラン様は抱き締めて、背中をポンポンと叩いてくれる。

 この温かい体温をずっと感じていたい。

 失いたくない。

 もちろんみなさんのことも。


 ウィローさんだって、ルートル様だって、今までずっと人々を守るために戦ってきたんだから、そう思っていたはず。

 それなのに、こんな風に彼らの気持ちを踏みにじる犯人を、許してはいけない。


「そうなると彼らも皆人間ということになる」

 

 セルリアン様が指さした方向には、新たな幻獣たちがいた。


 白馬の背中に羽根がある姿のペガサス。

 鶏の体にヘビの尻尾が生えたバジリスク。

 タカの翼と上半身にライオンの下半身を持っているグリフォン。

 他にも知らない幻獣たちがいる。

 これがみんな元々は人間だったのかな。


「そうだと分かると、途端に攻撃しにくくなってしまうね」

「手加減をして勝てる相手ではなさそうなのが、厄介です」


 モント様とアッシュ様は厳しい表情をしている。


 ボルド様が盾を使って、幻獣たちからの攻撃を防いでくれているけど、とにかく数が多い。

 セルリアン様も前に出て、精霊たちの力で全方向に結界を張ってくれる。


 一番手強そうな動きをしていたのはグリフォンだ。

 空を飛び回りながら、時折鋭い爪で攻撃して来る。

 みなさんが攻撃魔法で応戦し、ジワジワ体力を削り、ようやく倒せた。



「うわ〜!」


 突然ボルド様の叫び声が聞こえて来た。

 振り返ると、信じられないことに、ボルド様とセルリアン様とパステルが石化させられていた。


 どうやらバジリスクが術を使ったらしく、この攻撃は盾や結界では防げなかったらしい。

 セルリアン様の精霊たちも消えてしまい、これをきっかけに、一気に守りが崩れる。


 後衛職の方にも幻獣の接近を許してしまう。

 なんとか魔法で応戦し、一体一体仕留めてはいるものの、数が多すぎる。 


「⋯⋯⋯⋯このままじゃ全滅すんぞ」


 ジェード様の表情は、強張っている。


「そうだね。まぁ、時間稼ぎくらいなら、なんとか出来そうだけど」


 ノワール様はアッシュ様の顔を見て頷いた。


「ここは我々に任せて、お二人はセイラ様を連れて、お逃げ下さい!」


 アッシュ様は叫んだ。


「いやですよ! そんなの、あんまりです!」

「君たちを置いて行くなんて、そんなことが出来る訳がないだろう?」


「いいから行け! 絶対にセイラを守れ! それがお前の役目だろうが!」


 躊躇する私たちに向かって、ジェード様が叫ぶ。


「ブラン、ここはもう、君たちが居たってどうする事も出来ない。行くんだ」

 

 モント様がブラン様の背中を押す。

 三人の魔法が激しく飛び交う中、ブラン様は私を支えながら、戦線を離脱する。

 気になって後ろを振り返ると、三人がバジリスクに毒を浴びせられるのが見えた。


「アッシュ様! ジェード様! ノワール様!」


「私が残るから、二人は行ってくれ。あの状態の彼らを置いてはいけないから」


「兄上!」


「ブラン、君がセイラさんを連れて逃げるんだ。絶対にセイラさんだけは、失ってはいけない。この国の希望の光なんだから」


「それはそうですが、それならば私も」


「君だって生き延びなければ、意味がないだろう? セイラさんの事も、この国の未来の事も、君が責任を持つんだ。もう時間がない。良いから早く行きなさい!」


 モント様は再度ブラン様の背中を押したあと、アッシュ様たちの元へと歩いて行く。


「⋯⋯⋯⋯セイラ、行こう」


 ブラン様は覚悟を決めたように、モント様に背を向けた。

 最強だったはずの、私たち英雄のパーティーは、呆気なく崩壊させられてしまった。

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