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10.旅立ちが寂しくないわけがない


 肌寒かった冬が終わりに近づいてきた。

 日中は暖かい日が増え、柔らかい風が吹くようになった。

 もうすぐ旅立ちの春がやってくる。

 

 この2ヶ月間、毎日訓練や座学に励んだ私は、たまには休息をとのことで、メイドのマロンさんとお庭でお茶を楽しんでいた。


「セイラ様はがんばりすぎです。毎日毎日訓練訓練⋯⋯こうしてお誘いしなければ、またどこかへ向かわれる予定だったでしょう? たまには英気を養うことも必要ですよ?」


 マロンさんはいつも私の体調を心配してくれている。

 けど焦っていた私は、アッシュ様やセピア様が不在の時も休まずにいたので、とうとう今日は強制的に休まされたというわけだ。

 

「はい、馬の手入れに行こうかと思ってましたけど、少し休憩してからにします。せっかくの王宮暮らしなのに、こんな素敵なお庭を見ずに旅立ってしまうところでした。マロンさん、ありがとうございます」 


 マロンさんが淹れてくれた華やかな香りの紅茶を飲みながら、クッキーやマカロンなどの甘いお菓子をいただく。

 

 ここは庭園内にある西洋風の東屋で、庭園に咲く色とりどりの花や噴水なんかもよく見える。



 マロンさんは私より二歳年上の二十三歳で、十五歳の頃から王宮に仕えているらしい。

 元々はここから離れた街の出身で、その街の貴族に仕える選択肢もあったけど、王宮での仕事に憧れてここまで来たのだそう。


「メイドさんのお仕事は大変そうですね。誰かのお世話をするというのもそうですし、お作法とか色々と⋯⋯」


「大変なのは最初のうちだけです。お作法は一度覚えてしまえば、何年経ってもそう大きく変わることはありませんし、お世話も慣れれば手際が良くなりますから。それに、セイラ様はご自分で何でもなさいますし、わがままや苦情もおっしゃいませんから、他のメイドたちから羨ましがられるくらいです」


 マロンさんは紅茶を飲みながら言った。


「羨ましいと言えば王子様のお世話係ですが、これは男性の使用人しかなれない決まりですので、同じ王宮内にいてもお近づきになることはできません。けれども遠くからお見かけするだけでも、目の保養になります⋯⋯」


 マロンさんはほんの少しだけ頬を赤らめながら言った。

 みんなの憧れのブラン様が初心なのは、単純に年頃の女性との接点が少ないことが理由なのかもしれない。

 純粋培養ってやつなんだろうか。

 あの王様なら過保護になるのも無理はない。


「では、マロンさんはモント王太子殿下のこともご存じなんですか?」


「はい。モント王太子殿下はお身体が弱く、年に一度の建国記念日位しかお目にかかる機会はありませんが⋯⋯ですが、ブラン王子殿下を中性的にしたようなお顔立ちに、柔らかく(はかな)げな雰囲気を(まと)った素敵なお方です。女学生の頃はモント王太子殿下とブラン王子殿下のどちらが魅力的かなんてことを、友人たちと話したものです」

 

 そっか。

 マロンさんは学生時代はお友だちと恋愛トークなんかも楽しんでたんだ。

 私はどんな発言が火種になるか分からないからって、ビクビクしながら過ごしてたっけ。

 

「セイラ様はどんな殿方が好みですか? やはり聖騎士アッシュ様のような精悍(せいかん)なお方でしょうか? よく仲睦(なかむつ)まじく過ごされてますものね」


 マロンさんはキラキラした目で見つめてくる。


「アッシュ様のことは師匠として尊敬してますけど、そういう関係ではありませんよ? 好みのタイプは、そうですね⋯⋯私の場合はほんのりとした恋心位しか自覚した経験がないんですよね⋯⋯」


 恋愛に興味はあるものの、ややこしい目に合いたくなくて避けてしまったり、それでもやっぱり恋を知りたいと前向きになったりと揺れ動いてきた結果、出来上がったのが今の私だ。


「それはもったいないです! セイラ様はせっかく魅力的なんですから、もっとたくさん恋をなさらないと! ロマンス小説をお読みになった経験はありますか? よろしければお貸ししましょうか?」


「転移前の世界で似たようなものを読んだことがあるので大丈夫です! それよりもこんな風に自分のことを心配してくれて、こんな風にお話しできる同年代の女性と出会えたことが嬉しいです。あの、いつからか勝手にマロンさんのことは、お友だちのようだと思っています⋯⋯」


 なんかすごく恥ずかしいこと言ったかも?

 それに、勝手に友だち呼ばわりなんてやっぱり失礼だった?

 しかしそんな心配は必要なかったみたいだ。


「セイラ様! こちらこそ光栄です! セイラ様はお客様なので、お友だちなんて言ったら失礼かと思ってましたけど、私は大歓迎です! 他にもセイラ様とお近づきになりたいというメイドたちもおりますので、ぜひみんなでお友だちになりましょう!」


 マロンさんは満面の笑みで、手を握ってくれたのだった。

 

 

 マロンさんと分かれたあとは、馬小屋に来た。

 これから旅の馬車を引いてくれる馬の手入れをするためだ。

 

「ラセット〜! 身体洗おうね!」


 ラセットは赤褐色の身体に黒っぽいたてがみが生えていて、おでこから鼻にかけては白い。

 性格は温厚で我慢強く、きれい好きな女の子。


 まずは水で身体を濡らし、洗剤を泡立てながら身体をこする。

 ブラシは汚れ落とし用や、毛並みを整える用など複数の種類があって、順番に全身にかけていく。

 

「ほらきれいになった!」 


 最後に頭を撫でるとラセットは嬉しそうに頬ずりしてきた。

 彼女もこの世界でできたお友だちの一人だ。


「私、この世界に来てからびっくりするくらい順調なんだ。元の世界では友だちが出来てもすぐに上手くいかなくなって⋯⋯でもまぁ、大人になってからの友だちは続いてたんだけどね。みんな元気かな⋯⋯」


 ほんの少しだけ元の世界が恋しくなりつつも、そのままラセットと遊んでいると、仕事を終えたアッシュ様がやってきた。


「またラセットと戯れていたのか。きれいになったからか、嬉しそうに見えるな」

「はい! 最初の頃はお互い緊張していたんですけど、もうお友だちなんだよね〜?」


 ラセットに尋ねると再び頬ずりしてくれた。


「アッシュ様のお陰で馬車の運転もできるようになりましたし、ラセットとも打ち解けられて、旅の準備も順調です。もう春はすぐそこまで来ていますよ」


「セイラは毎日訓練に勉学に励んで来た。突然自分に降りかかった運命さえも受け入れて⋯⋯もう何も恐れることはないな」

 

 アッシュ様は私の頭を撫でながら寂しそうに笑った。



 この三日後には、気象学者が春の訪れを宣言した。

 離れるのが名残惜しいと思えるほどに、この世界で出会った人たちと親しくなれていることを実感した。


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